グレン・グールドのバッハが流れる 『スローターハウス5』
念願の『スローターハウス5』を観ることができた。
1972年製作のアメリカ映画。カート・ヴォネガット原作のSF小説をジョージ・ロイ・ヒルが脚色・監督した。音楽はすべてグレン・グールドが弾くJ.S.バッハ。嬉しい! ロイ・ヒル監督は何と趣味がいいのだろう。
スローターハウスとは屠殺場のこと。物騒なタイトルだけど・・・。
主人公のビリー・ピルグリムはトラルファマドール星にいる。こじんまりした透明な家。ワンルームで家具は少々。地球人のサンプルとして選ばれてそこにいる。外は猛毒のシアンでいっぱいだから、一歩でも出たら死んでしまう。
トラルファマドールは地球から4230億マイル離れた星で、そこには「時間」という概念が無い。ビリーは過去・現在・未来を行ったり来たりする。
初老の彼は突然、ティーンエイジャーになったり、幼児に戻ったりする。
幼い頃の思い出は、父親によってプールに投げ入れられたこと。「こうすれば無意識に泳ぐだろう。」と、父は言った。
「ランチができたわよー。」と、妻が呼ぶかと思えば、突然、若い彼は戦場にいる。
第二次世界大戦。もちろん、ドイツと戦っている。彼は捕虜となり、10数人のアメリカ兵と共に収容所に入れられる。
その名も「シュラフトホフ・フュンフ」(第五屠畜場)。場所はドレスデン。工場ひとつ無い、美しいバロックの街。ビリーはうっとりとなる。
だが、ドレスデンといえば、終戦間際に連合軍から徹底した爆撃を受け、13万5千人の死者(民間人)を出した悲劇の街だ。
爆弾が投下され、捕虜達は防空壕に飛び込む。味方から爆撃されているのだ。
爆音がしなくなり、外に出た捕虜達が目にしたのはこの世の地獄! 街は火の海。教会も街並みも廃墟となり、瓦礫の上には老人や子供の死体が山となっている。捕虜達はその始末をさせられる。
トラルファマドール星のカプセルのような家に突然、若い女性が飛び込んでくる。トラルファマドール星人がビリーの伴侶として選んだのだ。
ビリーは彼女モンタナに、自分が時間から遊離した人間であること、自分の過去や未来を旅するが、それは自分の意思とは関係なく、突然行われることなどを話す。
戦後、実業家として成功したビリー。墜落した飛行機に乗っていて、ただ一人生き残る。講演中に撃たれて死ぬが、それで終わりではない。人生に最初も途中も最後もない。
ビリーはモンタナと結ばれ、男の子が生まれる。お祝いの花火が上がる。
不思議な物語だが、スッと入っていける。ビリーはその名のように(ピルグリムは「巡礼」)時間も場所も選ぶことなく旅をする。私達、普通の地球人だって、過去の或る場面に捉われたり、未来に思いを馳せたりするじゃないか。それは突然だし順序も不同だ。ビリーと違うのは私達には終りがあることだ。生命が終わった後、私達はどこへ行くのだろう。死者が行く国があるとしたら、亡くなった人にそこでまた会えるのだろうか。ただ消えて、「無」となるのだろうか。
色んなことを考えた。時間から自由になれない。死後のことも分からない。
ただ「今」を生きている。
この映画は戦争がいかに愚かで残酷であるかを描いたとも言える。ドレスデンのシーンは強烈で忘れられない。
ビリー・ピルグリムを演じたマイケル・サックスは少年のような顔をしている。中年になっても老人になっても、その目は美しく輝き、穏やかな顔をしている。
この作品でデビュー。いきなりの主演。その後、2本出演しただけで、1984年に36歳で映画界を引退し、会社員になっている。理由は不明。思うところがあったのだろう。
実際の彼がどうであれ、彼は作品の中で生き続けている。ビリー・ピルグリムとして過去へ未来へ飛躍している。それこそが映画の特徴であり、魅力だ。
人生は何もしなくても過ぎていく。だから進もう。前へ進もう。後ろへは進めないのだから。

