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自分軸では足りない?これからの時代に必要な“超・自分軸”という生き方

超・自分軸という新しい生き方

こんにちは、気功師のかとうです。

これまで「自分軸の確立」というテーマで活動してきました。
けれども最近、ここをさらにアップデートする必要があると感じています。


「自分軸」という言葉の限界

「自分軸」という言葉には明確な定義はありませんが、一般的には

「他人や外部に振り回されず、自分の価値観や心身の中心に沿って生きること」

という意味で使われています。
現代のように情報が溢れる社会では、とても前向きな考え方に見えます。

でも、実は問題もあるんです。

  • 他者の影響で作られた“自我”をそのまま肯定してしまう

  • 急速に変化する現実に柔軟に対応できない可能性がある

  • 人間は開放系であるという事実を無視してしまう

  • 「自分の信念」を盾に、世の中とのバランスを失う危険がある

例えば「国民に支持されていないのに、嘘をついてでも権力の座に居座り続ける政治家」などは、
まさに悪い意味での“自分軸”の例だと思います。


「流されるだけ」もまた危うい

では逆に「流されるままに生きればいいのか?」というと、
それもまた違います。

なぜなら、自分のゴールや価値観や幸せの定義がない状態では、
人生は漂流のようなものになってしまうからです。

行き先も指針もなく、どこにたどり着くかは運次第。
これでは幸せになれる可能性は低いでしょう。


そこで「超・自分軸」

僕が提案するのは、通常の自分軸を拡張したもの。
区別のために、あえて**「超・自分軸」**と呼んでいます。

ここで言う「自分」とは、肉体や心理的自我にとどまらない存在。
もっと大きなスケールで捉えた宇宙的秩序や生命の源とつながる自己です。

つまり、

  • 生命の根幹

  • 現象としての自己

  • 未来のゴール

これらを貫く一本の軸を持つこと。
それがこれからの時代に必要だと考えています。


修行の伝統と現代の気功

「超・自分軸」というのは僕の造語ですが、
実は歴史的には、多くの宗教者や修行者が目指してきた境地でもあります。

その方法論のひとつが、まさに気功です。

ただし僕が学んできた現代の気功(苫米地博士の流れ)は、
「絶対的な真理はない=空」という考えをコアにしています。

つまり、

  • 「神に従えば大丈夫」

  • 「道を進めば正しい」

といった思考停止ではなく、
常に考え、検証し続けるプロセスそのものを大切にするのです。


超・自分軸の楽しさ

もちろん、これは楽な道ではありません。
でも、僕はこう思います。

これほど楽しい道もない。

常識がひっくり返る瞬間、脳が活性化してものすごく気持ちいい。
考え続けるからこそ、社会に役立つ機能を発揮できる。

そして、時間や空間を超えたスケールでの幸せや豊かさを追う過程そのものが軸になるので、
心はいつも穏やかでいられるんです。


これからの発信に向けて

そんなわけで、僕はこれから「超・自分軸」を活動コンセプトにアップデートします。

年末に向けて、かなり熱い企画も複数準備していますので、
これからガンガン発信していきます。

ぜひ楽しみにしていてください!

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