比べないし、足さないし、無理に埋めない…。ある週末の話
お疲れ様です、ぽんずです。
先週末の夕方、子どもたちと近所の公園にいました。妻はスーパーで買い出し。終わるまで、ワイは子どもたちと遊んで待ってる係です。
少し遊んでるうちに、周りの家族がぽつぽつ帰っていく。うちの子どもたちは、遊んではいるけど、ちらちら公園の入り口を見てる。たぶん心の中は「ママ、まだかな…」です。
それを少し離れたベンチから眺めてました。何も起こらない普通の週末の光景です。でも、その何気ない瞬間、「たぶん、これが幸せなんだろうな」って、しみじみ思った。
ありふれた家族の週末は傍から見るほど余裕がない
こう書くと、絵に描いたような幸せな家族に見えるかもしれません。パパが子どもと公園で遊んで、ママの買い物を待ってる。仲良し家族の休日です。
でも、裏側はそんなに余裕がない。
ワイの場合、こんな感じです。
お小遣いは、世のお父さんの平均より少ないハズ
仕事と子育てで、自分の時間はほぼない
これといった趣味も、気づいたら無くなってた
家族のために、基本は土日も休めない
だから、走り続けるしかない。平日は本業でAIを推進して、夜はnoteを書いて、土日は家族。立ち止まると、いろいろ追いつかなくなる感覚があります。
しかも、子どもが4人いると、幸せが増えるぶん、悩みも同じだけ増えるんですよね。世間では「子どもがいると幸せもらえるね」「悩みは家族で分け合いっこ」みたいに言われます。
半分は本当ですが、もう半分は違うというか、そんなにあまくないよって思ってます。子どもの数だけ、心配の種も増える。
親の心配って、割り算じゃなくて、掛け算なんですよ。だから、体感では、9割が心配で1割が幸せって感覚です。
傍から見たら幸せそうな週末も、中身は無いものだらけで、心配だらけです。
比べて凹むのはコスパもタイパも悪いと気づいた
何で、9割が心配なのに、公園で1割の幸せを感じられたのか…。
独身の人には、自由な時間と、自由に使えるお金がある。パートナーがいる人には、二人の時間っていう、今の自分には、ない幸せがある。趣味に没頭してる人も、めちゃくちゃ羨ましい。
ワイなんて、そもそも趣味すらないですからね。
こうやって並べると、みんな違う幸せを持ってて、自分にないものばっかりが目につく。
でも、ある日ふと思ったんですよ。これ、比べるだけ損じゃないかって。
比べて凹んだら、気分は下がる。下がった気分が元に戻るまで、時間もかかる。最近の言葉で言うなら、コスパも悪いし、タイパも悪い。比較って、やってる間ずっと、自分の持ち時間と気力を削ってるだけなんですよね。
そもそも、誰かと比べて勝ったところで、また上には上がいる。負けたら凹む。勝っても負けても、戦いは続く地獄のようなトーナメントのようなものです。
ぶっちゃけ、誰かと比べること自体が、もう時代に合ってない気がしてます。
足すのをやめたら生まれたスキマにそのまま挟まってみた
比べるのをやめるには、どうするのか?
普通は、今を変えようとして、何かを足すんですよね。趣味がないなら新しい趣味を探す。時間がないなら時短術を調べる。足りないものを見つけて、今にプラスオンしていく。
でも、最近は逆をやってます。足すんじゃなくて、引く。
何かを引くと、その分のスキマが生まれる。時間でも、お金でも、心の余白でも。そして大体の人は、そのスキマを「次は何で埋めよう」ってすぐ埋めにいく。そうやって、ぴったりハマる何かをずっと探してました。
でも今は、そのスキマに、そのまま挟まってる感覚です。
何もしない。埋めない。そのままにしておく。
あの公園の時間が、まさにそれでした。子どもと遊んで、妻を待ってるだけの、ぽっかり空いた時間。いつものワイなら「この時間でnoteのネタでも考えるか」って、すぐ埋めにいってたはずです。でもあの日は、なんでか埋めなかった。
ただベンチで、子どもが入り口を気にしてる姿を、ぼーっと眺めてた。
何も生み出してない。誰の役にも立ってない。過去も未来も関係ない。完全に、空白の今ココです。
だから、そのスキマで、じんわり幸せを感じられたんだと思います。
少し先のことは置いといて今はスキマを空けておけばいい
このスキマが、そのまま広がっていくのかもしれない。逆に、いつのまにか縮まって、埋まるのかもしれない。あるいは、ずっと探してた「ぴったりハマる何か」が、ある日ふらっと現れるのかもしれない。
でも、もし今に納得できてないなら、選択肢はひとつじゃないんですよね。納得いくまで進むのもアリ。一旦立ち止まって休むのもアリ。そして、無理に埋めずに、ただ空けておくのもアリ。
ワイの場合は、休めないから、ひたすら走り続けてるだけなんですけどね。だから、せめて、このスキマだけは、無理に埋めないでおこうと思ってます。
「比べないし足さないし無理に埋めない」のまとめ
比べない。足さない。無理に埋めない。
並べてみると、なんだか悟りを開いた人みたいですけど、全然そんなことないです。9割は心配で、相変わらず走り続けてて、趣味だって、未だに見つかっていません。
ただ、あの夕方の公園で、子どもが入り口を気にしてる姿をぼーっと眺めてた時間。あの何でもないスキマが、ちょうどよかった。それだけの話です。
幸せそうに見えるかどうかは、たぶん関係ない。それを幸せって感じられる心が、少しでも残ってるかどうか。そっちのほうが、よっぽど大事な気がしてます。
それでは、お先に失礼します。
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