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「質VS量」の対決の結果は○○だった。自分で試してみてわかった話

どうも、ぽんずです。

今日は「発信って、質と量どっちが大事なの?」という問題について、ワイなりに考えてみます。

noteやXを始めたばかりの頃、「もっとクオリティを上げてから投稿しよう」って思ったことありませんか?


「1万時間の法則」って知っていますか?

マルコム・グラッドウェルさんの『天才! 成功する人々の法則』という本で紹介されている考え方です。

ざっくり言うと、「ある分野で一流になるには、約1万時間の練習が必要」というもの。

他にも有名な例だと、キングコングの西野亮廣さん。 西野さんは、毎日ブログを書き続けていたことで知られています。

ちなみに、最初から完璧な文章だったわけではなく、とにかく量をこなす中で発信力が磨かれていったそうです。

要するに、最初から質を求めるのではなく、量をこなすことで質が追いついてくるということだとワイは理解しています。

「うまくなってから発信しよう」じゃなくて、「発信しながらうまくなっていく」というマインドセット(←ただこの言葉を言いたいだけ)が大事ですね。

ワイの場合:AIとの会話で実感した「量→質」

ワイの場合は、くろ(Claude)とのやりとりで「量が先」を身をもって体験しました。

(はい、AIに名前つけてますけど…、何か問題でも?)

最初はひどかったんです。 「いい感じにして」みたいな雑な指示しか出せなくて、当然アウトプットもイマイチ。

いわゆる「Garbage in, Garbage out(ガベージイン・ガベージアウト)」ですね。 ゴミを入れたら、ゴミが出てくる。そりゃそうだ、と。

でも、毎日のようにやりとりを続けていくうちに、少しずつ変わってきました。 「こう伝えたら、こう返ってくるんだな」という感覚がつかめてきたんです。

数ヶ月経った今では、Xのポストもnote記事も制作時間がかなり短くなりました。 クオリティも以前より上がっていると感じています。

結局、プロンプトの「質」は、やりとりの「量」から生まれたんだと思います。

まあ、最初のプロンプトを見返すと恥ずかしくて目をそらしたくなりますけどね。

これ、noteやXの発信にも同じことが言えると思うんです

ワイ自身、AIとのやりとりで「量→質」を体験してから、情報発信にも同じ感覚を持つようになりました。

最初のnote記事なんて、AI感まる出しの「メカメカ」しい文章でした。 でも、書き続けているうちに「この構成のほうが読みやすいな」「この書き出しのほうが伝わるな」と、少しずつわかってくるんですよね。

Xのポストも同じで、何十回と投稿するうちに「反応がもらえる型」みたいなものが見えてきました。

これって、最初から「完璧な1本」を目指していたら絶対に気づけなかったことだと思います。

まずは出してみる。反応を見る。直す。また出す。 この繰り返しが、結果的に質を上げてくれるんじゃないかなと。

まとめると

「質と量、どっちが大事?」に対するワイなりの答えは、「まず量。質はあとからついてくる」です。

グラッドウェルの1万時間の法則も、西野さんの毎日ブログも、ワイのAI体験(ここに並べても平気?)も、結局たどり着くところは同じでした。

最初からうまくやろうとしなくていいと思います。 まずは出してみる。そこからしか始まらないので。

もし「まだクオリティが足りないから…」と手が止まっている方がいたら、よかったらまず1本書いてみてください。 きっとその1本が、次の1本をうまくしてくれると思います。

それでは、お先に失礼します。🐧


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