「出世しない生き方」を考えたら独立に憧れてたけど問題がある件
お疲れ様です、ぽんずです。
半期の評価面談が終わった。次の半年の目標を話しながら、頭の片隅ではずっと別のことを考えていた。
進退のこと。この先どう働いて、どう生きていくのか。面談って、なぜかそういうスイッチが入る。
世間ではよく言う。「管理職は罰ゲーム」「出世は報酬と責任が見合わない」と。その空気は年々濃くなってる気がする。
でも、本当にそうなんだろうか…。
先に言っておくと、もともと出世したい側の人間だ。報酬も上げたいし、だからこそ40代半ばでもリスクを取って転職してきた。
だから、ぶっちゃけ、少し暇だったから、あえて逆の生き方を考えてみたくなった。出世しない生き方って、何なのか。どっちが正しいの話じゃなくて。
娘が大学を卒業するのは18年後だった
まず、お金の話で、父親としてここは避けて通れない。
一番下の娘が大学を卒業するのは18年後。そのとき60代半ばで、定年を迎えて再雇用でバリバリ働いてる時期になる。
ちゃんと考えたら、ゾッとしました。それまで「老後」だと思ってた年齢が、まだ子育ての延長線上にあったことに。
会社の給料だけに頼っていたら、それなりの暮らしすら怪しくなる。18年後の自分に、いまの給与体系のまま丸投げするのは無理がある。
だから、副業に挑戦する必要があって、会社一本に依存しない収入の柱を、いまのうちに作っておく。このnoteも、そんな未来への種まきだと思って続けている。
仕事のスタンスは専門家として生きたい
メインストリームはずっとプロマネだった。今後は、スクラムマスターまでに広げて、もっと深く極めていきたい。
人と人をつなぐ、プロジェクトを前に転がす。この手の仕事は、たぶんすぐにはなくならない。AIがまだ苦手にしている領域でもある。今のところは、だけど。
歳を取ると新しいことへの挑戦が億劫になると言われる。だから意識して、自分から取りにいく。
管理職の椅子に座り続けるより、現場で手を動かせる専門家でいたい。要は、専門家として生きる。今は、「静かなる退職」を選ぶ気は、まったくない。
出世を選ばなければ時間はゆとりが持てる
専門家を目指すなら、まとまった時間の確保がいる。スキルアップには、それ相当の時間が必要だから。
ここは、出世を選ばない生き方の数少ないメリットだと思ってる。組織や人を管理しないぶん、融通も利きそうだ。
管理職をやってると、持ち時間の多くが「人のため」に消えていく。部下の相談、上との調整、会議の段取り。どれも大事な仕事だけど、スキルは1ミリも伸びない時間でもある。
専門家として生きるなら、そこをまるごと自分に投資できる。新しいフレームワークを学ぶ、資格を取る、手を動かして試す。管理の椅子を降りるって、失った工数を取り戻すことなのかもしれない。
もちろん、余白があるからといって、ちゃんと使えるかはまた別の話なんだけど。そこは後述する。
憧れたそばから無理だとわかっている
こうして一個ずつ並べてみて、結論めいたものが出た。
お金の自立
専門性の確立
時間の自由
これら全部つなげると、これ独立とかフリーランス的な生き方が見えてくる。
出世しない生き方を考えていたはずが、気づいたら別の登り方に憧れていた。頭の中では、平日の昼に自分のペースで仕事を進める姿すら浮かんでる。
でも、ここで冷静な自分が首を振る。
フリーランスっぽい働き方は、過去に2回やってる。2回とも「一本では無理」で終わった。寝起き声でクライアントの電話を取り、訪問日を間違えて先方をワタワタさせた男が、独立に憧れてる。笑える。
さっき「余白があっても使えるかは別」と書いたのは、これのことだ。融通が利いたあの頃、生活リズムを崩して寝坊した。自由は、律せる人にだけ許される特権だった。
頭ではわかってるのに、また憧れる。
面談で進退を考えたつもりが、答えはその外にあって、しかも外にも弱点がしっかり待っていた。憧れと諦めのあいだで、今日もぐるぐるしている。
まあ、こういう人間だから、出世を目指すしかないな。自分は…。
それでは、お先に失礼します。
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