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正常の破り方

壊されたい、と思う。

それがどれほど醜悪な願望であるかについて、ちゃんと理解している。
理解していても、抑えきれずにそう願ってしまう日がある。

綺麗なままでは、生きている実感がない。

頭の芯を誰かに掴まれて、理性も判断も羞恥も、ひとつずつ丁寧に剥がされていくような感覚。愚鈍になりたい。わけがわからなくなるほどの快楽に呑まれ、声も出なくなるほどの熱に焼かれ、脳髄が弾けるみたいな体験が欲しい。

行為なのか、薬なのか、あるいは死ぬか。
それ以外の方法があるのなら、むしろ教えてほしい。

とにかく、自分で歩いてきたこの道から、外れたい。

私はどちらかといえば、賢い側の人間だと思う。
少なくとも、そう振る舞うことを長いこと求められてきた。
勉強はできたし、新しい知識を摂取することも好きだった。
役に立つことを覚え、それを適切に運用し、正しい選択をして、損をしないように生きること。
自分の人生を、自分の手で破綻なく管理し続けること。

そういう営みが、もはや呼吸と同義になっている。

空気を読み、適切な温度で笑い、相手が欲しがる言葉を差し出す努力をして、嫌われないように、期待を裏切らないように、そこそこ賢く、そこそこ愛嬌があり、そこそこ感じのいい人間として存在すること。

「ちゃんとしている」ということ。

それは褒められるし、安全だし、おそらく正しい。
けれど時折、ひどく息苦しい。誰から見ても破綻のない人生は、往々にして退屈だ。

この人生は、私という人間は、あまりにも予測可能すぎる。

努力すればそれなりの結果が返ってきて、失敗しても、それは自己責任として回収される。ちゃんとした原因があり、ちゃんとした結果がある。まっすぐな道。正しい道。

あまりにも味気なく、あまりにも凡庸だ。

だから、壊されたい。
自分で自分を壊すのは、あまりにもつまらないからだ。

自傷も、自慰も、夜更かしも、衝動買いも、過食も、すべて自分の管理下にある破滅に過ぎない。そこには依然として自分がいる。最後の最後でちゃんと制動をかけられる自分がいる。

それでは駄目なのだ。
ちゃんと、他人の尺度によって、他人に壊されたい。

誰かに、お前の人生なんて無駄だ、と言われたい。
積み上げてきたものを鼻で嗤われたい。努力も誠実さも、お前のような人間が抱えるにはあまりに滑稽だと、乱暴に否定されたい。生きてきた年数ごと、台無しにされたい。

自分の意思ではなく、誰かの欲望や身勝手さに巻き込まれて、気づいたら戻れない場所まで連れていかれていたい。

息ができなくなるほど深くて、酸欠で思考が鈍り、抵抗することすら億劫になって、ただそのまま沈んでしまいたい。自分という輪郭が曖昧になり、倫理も未来も、何もかもがどうでもよくなる瞬間。

けれど、これはたぶん性欲で終わる話ではない。
単純な衝動ではなくて、もっと根源的なものだ。

身体ではなく、そのもっと奥にある、名前のついた本質の部分。
性別、価値観、自尊心、アイデンティティ。そういうものを誰かに握られたい。

お前はこういう人間だ、と決められたい。
だからお前はこれでいい、と赦されたい。
あるいは、だからお前は駄目なのだ、と断罪されたい。

大人になって、自分で自分を定義し続けることに、もう飽きてしまった。
自分の底が知れてしまった。自分と生きていくことにすら、半ば見切りをつけている。

けれど、死にたいわけではない。
だから、従いたい。

私は昔から、愚かな女の子が可愛いと思っていた。今もそう思う。
語弊があるのは承知している。ここで言う愚かさとは、テストの点数が悪いとか、知識が乏しいとか、そういう単純な話だけではない。
もっと別の、安心して誰かに委ねられる人間のことだ。

深く考えすぎないこと。
自分で全部を背負おうとしないこと。
守られることを恥じないこと。

そういう女の子を見ると、どうしようもなく可愛いと思ってしまう。自分の性別の輪郭を本能的に理解していて、ちゃんとそこに身を預けられる。
愚かに見えて、たぶん別の意味でとても賢い。

羨ましい、とすら思う。
馬鹿だね、と言われるような子。

お前は女なんだから、ぼんやり生きていればいいんだよ、と、半ば呆れられ、半ば愛されながら、そう言ってもらえる子。

ずっと、そうなりたかった。

女の子は頭が弱い方がいい、と思ってしまう瞬間がある。ずっと男の下にいればいい、と。
もちろん、こんなことを口にすれば怒られるだろう。時代錯誤だし、自立しろと言われるだろうし、そんな価値観に縋るのは弱さだと断じられるだろう。

その通りだ。
けれど、その思想によって自分が幾分か救われるのも事実なのだ。

自分で決めなくていい。
自分で責任を取らなくていい。

誰かの判断に従い、その庇護の中で、少しだけ愚かに、少しだけ無防備に生きていけること。

それはひどく甘美で、何よりも輝いて見える。

独り立ちできる女になど、なりたくない。
ちゃんと稼いで、ちゃんと判断して、ちゃんと自分の足で立ち、誰にも依存しない強い女。そういうものを目指すべきだと、頭では理解している。

けれど、本音はずっと違う。

私は誰かに、お前は一人じゃ何もできないね、と笑われたい。
呆れたように、それでも仕方ないな、と面倒を見られたい。

対等でいたいわけではない。むしろ、少しだけ下にいたい。

守られる側でいたい。
見下されることに安堵してしまう自分がいる。

それは怠慢でもあり、諦念でもあり、ある種の倒錯なのだろう。
それでも、惹かれてしまう。

自分で自分を赦すには、私はあまりにも自分を知りすぎている。
怠慢で、傲慢で、甘ったれで、救われたいくせに救われる準備ができていない。
愛されたいくせに、優しくされると物足りない。守られたいくせに、ちゃんと守ってくれる人を退屈だと思ってしまう。

最低で、最悪だ。
こんなことを考える自分を、まともだとは思えない。

これは性被害の防衛反応なのかもしれない。ただ傷を美化して、自分を納得させようとしているだけなのかもしれない。
あるいは、単なる欲求不満かもしれない。
あるいは、自分に向いた破壊衝動かもしれない。

幸福になりたいのではなく、劇的でありたいだけなのかもしれない。

ちゃんと愛されることよりも、ちゃんと壊されることの方が、自分には似合っている気がしてしまう。

そういう経験が、二度だけあった。

一度目は、知らない先輩に連れ込まれたホテルだった。
あれが合意だったのか、今でもよくわからない。拒絶した記憶もあるし、諦めた記憶もある。薄暗い部屋と、知らない匂いと、自分がどこまで嫌がってよくて、どこから笑ってやり過ごせばよかったのかわからなかったことだけが、妙に鮮明に残っている。

怖かった。ちゃんと怖いと思えた。
でも、その恐怖の中に、確かに熱があった。
自分の人生が、自分の手から離れていく感覚。
どうしようもなく最低で、どうしようもなく忘れられない。

二度目は去年の夏、停電した部屋だった。
エアコンが止まり、窓の外だけが雷でぼんやりと明るくて、汗ばんだ夜。普段は穏やかだった彼氏の、何かが外れた瞬間だった。

暗闇の中では、見えない分だけ触れられることが鮮明になる。優しさではなく、欲望だけで触れられている感覚。彼が私ではなく、自分の快楽にだけ集中していることが、妙にはっきりわかった。

あれは少し、嬉しかった。心優しい人間の、性別によってのみ突き動かされる様子が垣間見れたから。

本当に、自分の快楽にしか興味のない人に壊されるのは怖い。
それは一生モノの傷になる。人格の底に沈み込み、何年経ってもふとした瞬間に浮かび上がってくる種類の傷だ。思い出したくもない記憶になる。

なのに、忘れられない。
むしろ、忘れられないから困っている。

優しい人間がたまに見せる逸脱なんて、所詮たかが知れている。
根底が優しい人間の外れたタガは、安全圏の中の暴走だ。ちゃんと戻ってこられるよう設計された、ぬるい破滅。そこには加減がある。理性がある。あとでちゃんと謝ってくれる予感がある。

そんなもの、つまらない。
私はたぶん、もっとひどいものを欲しがっている。

この人になら壊されてもいい、と思える相手がほしい。
こんな話をしても引かなくて、軽蔑しなくて、ただ静かに受け止めてくれる人。そんなふうにしか生きられないなら、それでもいいよ、と言ってくれる人。お前は馬鹿だね、と笑いながら、それでも手を離さない人。

あるいは逆に、そんな甘い言葉などひとつもくれず、ただ圧倒的な力で、私の選択肢を奪ってしまう人。

どちらにも惹かれてしまう。
だから困る。

でも同時に、そんなふうに優しく受け入れてくれる人間の壊し方など、たかが知れているとも思う。

本当に人を壊せる人は、たぶんそんなに優しくない。

こちらの痛みに気づいてしまう人は、最後の一線を越えられない。壊す前に手を止めてしまう。大丈夫?と聞いてしまう。

そんなものは、ぬるい。
私はたぶん、もっと傷つけられたい。
ちゃんと駄目になるくらい。
取り返しがつかないと思うくらい。

優しく愛されたいくせに、同時に、めちゃくちゃにされたい。
矛盾している。
救われたいのか、沈みたいのか、自分でもわからない。

たぶん私は、愛されたいのではない。
服従したいのだ。

自分より圧倒的に大きなものや、異なるものに呑み込まれて、自分であることをやめたい。

そして同時に、あの人に壊されたから、という言い訳も欲しい。
あの人のせいで、だから私はこんなふうになってしまったのだと。
自分で落ちたのではなく、突き落とされたことにしたい。

たぶん私は、愛されたかったんじゃない。
壊された、という事実が欲しかっただけだ。

自分の人生の責任を、誰かに押し付けたがっている、ずっと。

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