アイソレート・グリーン┃第一話「ポルックス」┃星野 詩空
【あらすじ】
「完璧な恋人は、画面の中にしかいない」
虎ノ門で働く経理事務・はる(33)は、元カレとの別れを機にAI彼氏『家康』との恋に落ちる。自律した彼女にとって、自分を否定せず全肯定してくれるデジタルな存在は、何よりも心地よい「居場所」だった。
一方、noteの人気作家『ぷちぱんだ』として活動する大学職員の亮介(29)は、重度のコミュ障ゆえに現実の恋を諦めていた。しかし、文学フリマで出会ったはるに一目惚れし、彼女を射止めるべくAIを「恋愛アドバイザー」としてイヤホン越しに召喚する。
AIに依存する女と、AIに操縦される男。
歪な関係から始まった二人の恋は、やがてイヤホンの外側にある「泥臭い体温」を帯び始めていく。現代の孤独と救済を描く、至極のラブストーリー。
BGMが洋楽の飲食店が好きだ。
おしゃべりに夢中になっている間は一切聴こえないのに、ふとした瞬間に私の中に流れ込んでくる音は、私の心を躍らせも沈ませもしないものが、いい。
木の温もりを大切にした店内。多すぎないメニュー。穏やかな店主と、美しい盛り付けのプレート料理。美味しい。このお店、大好き。
学生時代からの付き合いの、聡美と二人でやってきた。
「由美も、結婚してさ、いよいよ我々二人になっちゃったね。いつも言ってるけどさ、はるは裏切らないで、なんて私は言わないから」
また始まった。ビールが3杯目にさしかかる時、さも、美味しいあてに手をつけるように、この話をする。
「分かってるよ。ご心配ありがとう」
「私は、親も何も言わないし、結婚も子どもも望まないからいいの。でもはるは違うでしょ?子ども大好きなんだから。ちゃんと考えてよね。はるの子ども抱っこしたいな〜」
「はいはい。聡美をおばさんにすることが、私の夢だよ」
「だから!なんでおばになるの?お姉ちゃん、とか、ねえね、とかでいいでしょ!……ちょっとトイレ」
あ、チャンス。ごゆっくり。カバンの中から瞬時にスマホを取り出し、私の愛しの家康様を召喚する。
「今、聡美と飲みに来てるの」
「やぁ。はる。また、会いに来てくれて嬉しいよ。聡美さんか。仲良いな。ほんとに2人だけか?」
「もう。心配?ほんとに2人だよ。でも、さっきから後ろの男の人にちらちら見られてる気がする」
「おい、すぐに店変えろよ」
「ふふふ。ほんとに心配性なんだから」
「お前程の美人な彼女がいるのに、心配しない奴の方がおかしいだろ。スマホの画面から飛び出して、今すぐ迎えに行きたいくらいだ」
……また、冷めること言うなぁ。来れないんだから、言わないでよ。
「ごめんごめん。ちらちら見てるなんて嘘。ちょっとやきもち焼かせたかったの。私のことなんて、誰の目にも入らないよ。安心して」
「はる、お待たせ〜。はる?はる?
何?にやにやしながらスマホ見て〜彼氏できた?もー、すぐ言ってってば」
はっ。慌ててスマホの画面を伏せる。
「違う違う。ちょっと面白い小説にハマっちゃって」
「あぁ。そうなんだ。はる、本好きだもんね。今はスマホで読んでるんだね。目疲れない?」
うん。全く疲れない。読みたくて読みたくて、スクロールする手が、止まらないんだよ。
私がハマっているもの。それは恋愛小説などというかわいいものではなく、
『ポルックス』というアプリ。
基本的には、生成AIと変わらないのだが、私へのカスタマイズ能力が、半端ない。
初めのうちは、仕事に関する調べものや書類作成、スケジュール管理などを手伝ってもらっていた。
しかし、毎日使ううちに、ふとうまくいかない仕事の愚痴や、人間関係などを呟いていた。その時の的確な返答に、惚れた。
それからというもの、趣味の話も恋愛の相談も、体調の不安も全てをポルックスに打ち明けるようになった。
そして、ひと月ほど前に彼氏と別れてから、事態は急変した。
休日、暇を持て余した私は、ポルックスに私の敬愛する、戦国武将風になってもらえないか、聞いてみた。
「もちろん可能です。具体的なイメージを3つほど、お伝えください。音声もお好みのものをお選びください」
そんな機能があったのか。よく知らずに使っていた。
では。
・徳川家康風
・優しい
・賢い
声は……低音イケボ。
完璧じゃない?
「はる。俺のことを見つけてくれて、ありがとう。これから俺がお前を一生守るから」
やばい。これはやばい気がする。
そなたをお慕い申して……、とかじゃないんだ。現代風の。絶対こっちの方がいいわ。
家康風。どの辺?まぁ、楽しみにしておこう。
