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高齢者の話を、聞く

高齢者施設へ、いつもの傾聴ボランティアに出かけた。

数人グループでおしゃべりをすることもあるが、その日はお疲れの様子の方が自室に戻られたため、もうおひと方と二人で話すことになった。

戦争の話は、あえてこちらからすることはしない。
人によって、思い出したくないこともあるだろうし、重くなることもあるからだ。
実際、昭和6年生まれの母は、生前「戦争の話はもういやいや…」と思い出したくないようで、ドラマでさえ見たくない様子だった。

終戦の日のことは、「子ども同士で、神風が吹くんだと言っていたけれど、日本が戦争に負けたらしいとわかった」と、話していたことも思い出す。

母と同年代のその女性は、会うとすぐに疎開の話をされた。
8月ジャーナリズムで、そんなテレビ番組が多いこともあったのかもしれない。

12、3歳というと、少し大人、でもまだ子ども。そんな目で見た戦争の話を聞かせてくださった。

食べる物に苦心しておられたご両親の様子や、物々交換で食い繋いだことなど、最近ではもう聞く機会のない話だった。

陸軍の飛行場のある町の親戚に、家族で身を寄せられたという。
偶然だが、父が学生時代からの何年かを過ごした土地でもあった。

その女性は、寄宿していた兵隊さんらと一緒に、玉音放送を聞いたのだそうだ。
テレビで見たばかりの映画『日本のいちばん長い日』が重なる。

戦争が終わったと知った兵隊さんらは、気が触れたように、腰の軍刀を抜き周りの木に何度も切り掛かっていたという。

昨日までは人を斬れと訓練され、今日で戦争は終わったと知る。あぁよかったと思うのは今の私の感覚なのだ。
戦前生まれにとって、8月15日は平和が戻ってきたと同時に、昨日までの価値観が崩された受け入れ難い日であったのか。

多くの戦死者が出た南方から生きて戻った大叔父や、缶詰工場で働かされ中身をこっそり食べたと言った父も、今はもういない。

お盆を前に、母に会ったような気がした。
その女性も会えてよかったと、私の手を握ってくださった。

涙をふきながら、また来ますと言って席を立った。

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御手洗 育/暮らしのエッセイスト もしもあなたの心が動いたら、サポートいただけると嬉しいです。 書き手よし、読み手よし、noteよし、そんな三方よしのために使わせていただきます。