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ちっぽけな私。重いバーベルを上げた先に見えたこと。

いつものように、一杯のコーヒーから始まる朝。

けれど今朝の心は、少しだけ重たく、沈んでいました。

私がnoteに思いを綴り始めた理由のひとつは、「自分は自分」だとアウトプットすることで、周囲に左右されない精神力を養いたいと思ったから。他人と比較せず、自分を受け入れる。……そう決めたはずなのに。

昨夜、二人の友人からビッグニュースが飛び込んできました。

一人はデュアスロンで優勝。
もう一人はキリマンジャロの登頂成功。

彼女たちは、人柄も素晴らしく、頭脳明晰で、仕事も優秀。経済的にも自立していて、運動神経まで抜群という、いわゆる「完璧な女性」です。

二人が成し遂げた快挙を心から讃えたいと思うのと同時に、私の心には「じゃあ、私って何なんだろう?」という、ちっぽけな虚しさが湧き上がっていました。

実は近々、彼女たちと3人でスポーツの大会に出場します。私にとっては3回目の挑戦。

過去2回、思うような結果が出せなかった時、私の中で何かの糸がプツンと切れて、闘志が湧かなくなってしまいました。
やる気が起きないまま、ただ淡々とトレーニングをこなす日々。

「初めて挑む彼女たちは、きっと私よりずっと良い結果を残すだろう」

そんな予感が頭をよぎり、今の自分に引け目を感じて、気持ちが落ち着かなかったのです。

そんなモヤモヤを抱えたまま、夜、いつものジムへ向かいました。

思わず口をついて出た弱音に、トレーナーから一喝されました。

「それはネガティブな発言だね」と。

自分自身の不甲斐なさを嘆いたつもりが、私の可能性を信じてくれているトレーナーまで悲しませてしまったのかもしれません。

そこからは、ただ「無心」で取り組みました。

余計な思考を捨て、目の前の動きに集中する。

トレーニングの終盤、トレーナーがふと言いました。

「今日のスクワット、今までより重い設定だったんですよ。それを形を崩さず、しっかり上げられていましたね」

驚きました。自分では気づかないうちに、私は過去の自分を超えていたのです。

クヨクヨして他人の強さに負け、勝手に自己否定しても仕方ない。

私の実力は、私だけのもの。

それを嘆き悲しむのではなく、ただ無心で積み上げていく。それでいいんだ、と。

自分のためにトレーニングをしているのだから、誰かと競い合う必要も、引け目を感じる必要もありません。

大切なのは、昨日の自分より一歩でも、1前へ進むこと。

朝の重たかったコーヒーの味が、今は少しだけ、清々しいものに変わった気がします。

今日も無事に一日を終えられた。それだけで、最高に「いい一日」だったとしよう。

明日は、今日よりも少しだけ自分と仲良くなれそうです。

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