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【第12回】グーグルの巨大化と監視資本主義

東京大学大学院情報学環を拠点とする「プラットフォーム研究会」は、国内外のさまざまなプラットフォーマーの経営、歴史、思想、創業者群像、政治との関係、生成AI戦略などについて、2025年6月まで25回の会合で議論を重ねてきました。
本noteでは、西村陽一・東京大学大学院客員教授(朝日新聞のワシントン・モスクワ特派員、政治部長、編集局長、常務取締役編集担当。元ザ・ハフィントン・ポスト代表取締役)による「情報社会論」講義(情報学環教育部)の一部を再録するとともに、研究会での議論内容を特集記事として順次紹介していきます。
第1回配信~第7回配信では、「情報社会論」講義の初回「イントロダクション ~プラットフォーマーとメディアを取り巻く潮流について」(2024年4月)の一部を再録しました。
第8回配信からは、講義の2回目「プラットフォームビジネスのメカニズム~その急成長とパワーの源泉」(2024年4月)を再録しており、この第12回配信では、グーグルの成長の軌跡をたどりながら、巨大プラットフォーマーの陰の部分としての「監視資本主義」について説明しています。


監視資本主義


「事業計画とは何ですか?」


ここまでプラットフォーマーが巨大化するうえで不可欠のネットワーク効果について、そのメカニズムを説明するとともに、いくつかの留保条件を挙げてきましたが、留保はもう一つあります。
 
ここから先の議論を深堀するために、まずはグーグルの成長のプロセスについて見てみましょう。
 
グーグルは、1998年にスタンフォード大学の大学院生ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンが、シリコンバレーのとある民家の、車二台分のガレージと二つの地下室で創業しました。二人は大学院の新入生向けオリエンテーションで出会っています。


ちょうどこの年のはじめ、このころにはすでに権勢が頂点に達していたマイクロソフトのビル・ゲイツが、「ニューヨーカー」という米国の人気雑誌の記者のインタビューを受けました。そこで「あなたが最も恐れている挑戦者はだれか?」という質問を受けています。
 
彼の答えは、こうでした。
 
「怖いのは、どこかのガレージで、全く新しい何かを生み出している連中だ」
 
もちろん、「どこかのガレージ」も、テクノロジーの中身も、「その連中」なる人物も、ゲイツに心当たりがあるはずもありません。しかし、現実に、彼にとって最悪の事態となるような挑戦が、まさにガレージで始まっていたというわけです。 

初期のころの二人を象徴的に表すエピソードがあります。
 
ある投資家が二人に対して、「最終的にどのように利益をあげるのか、明確なストーリーが必要だ」と指摘し、事業計画をまとめるよう伝えました。
 
それに対するブリンの答えは「事業計画とは何ですか?」でした。
 
ビジネスの基本である事業計画について知らなかったわけです。


その後、彼らはベンチャーキャピタル業界の大物たちの前で事業の説明を求められます。二人が用意したパワーポイントのスライドは17枚だけ、しかもそのうちの3枚は漫画で、事業にかかわる実際の数字を記したのはわずか2枚でした。
 
二人はミッション・ステートメントをこんな風に短くまとめました。
 
「われわれはワン・クリックで世界の情報を提供する」


そんなところからスタートした彼らはどのようにして驚くべき成長を遂げたのでしょうか。
 
その軌跡をたどるにあたって、ハーバード大ビジネススクール名誉教授のショシャナ・ズボフの『監視資本主義 人類の未来を賭けた闘い』(東洋経済新報社、原題“The Age of Surveillance Capitalism The Fight for a Human Future at the New Frontier of Power”)という優れた著作を手がかりに話を進めていきます。これから話すグーグルの成長の軌跡と特色は主にこの本に依拠しています。

ユーザーとの共生関係

皆さんがグーグルで検索するとき、キーワードを打ち込みます。しかし、そのとき、キーワードに加えて、検索の語数や検索のパタン、検索語の組合せやスペル、検索作業に費やした時間、滞在場所といったさまざまなデータが、皆さんからグーグルに提供されることになります。
 
グーグルは、そうしたデータをもとに、検索結果を絶えず改善していき、そのかたわらで、スペルのチェックや翻訳、音声の認識といった検索関連製品の開発も進めました。
 
グーグルは、皆さんとのいわば「やりとり」の副産物として吐き出される膨大なデータをくまなく調べ、それらを自動的に再利用することによって、サービスを改善していったわけです。


検索という「燃焼活動」によってサーバに吐き出されるのは、いわば「データのごみ」でした。しかし、それらは、検索エンジンの性能を改善するための大切な要素として見直されました。
 
検索は学ぶために人を必要とし、人は学ぶために検索を必要としました。つまりは「共生関係」といえます
 
この共生関係が、グーグルの検索アルゴリズムがより的確な検索結果を作り出すことにつながりました。検索結果の満足度が上がっていくと、検索の回数はますます増え、利用者も増えていきます。
 
これがグーグル成長の初期段階となります。

グーグルとユーザーの力の均衡

この初期段階では、データは、利用者のために使われます。利用者は自分のデータ価値をただでグーグルに提供し、提供されたデータ価値は、検索にまつわるサービスやシステムの性能向上という形で、今度は無償でグーグルから利用者に還元されます。
 
利用者は自らの行動のデータの「原材料」をグーグルに提供し、それらの「原材料」は、検索の速さ、正確さ、的確さを改善するために、また、翻訳などの副次的な製品を作るために使われていったというわけです。
 
利用者が検索を必要とし、検索もユーザーを必要とする。このことは、グーグルと利用者たちの間にパワーバランス、力の均衡をもたらしたということができます。

利益をもたらす行動余剰の発見

ところが、この均衡が崩れます。
 
きっかけはITバブルの崩壊でした。

グーグルは危機を乗り越えるため、増える一方の行動データのすべてを広告のマッチングという単一のタスクに投入します。特定の広告を、特定の個人をターゲットにして送ります。
 
かつては検索サービスの品質向上のためだけに使われていた利用者情報という名の「原材料」が、いまや、オンライン広告市場でターゲティング広告を送るために欠かせない「原材料」となっていきました。
 
グーグルはユーザーへのサービスに必要とされる以上の個人情報を集め、そこから行動データを抽出します。 


検索サービス向上以外の目的で用いられるこれらの行動データは、いわば「余剰」であり、この大量の「行動余剰」こそが、グーグルが生き残るために必要な利益をもたらしました。行動余剰はゼロコストで得られるからです。
 
無から有を生み出すかのように、ユーザーのオンライン行動からゼロコストで資源を作り出したことになります。
 
検索という利用者向けサービスの向上で始まった成長のプロセスは、ここから、高い利益を追求する広告市場の取引へと変貌していきました。


グーグルにとっては、利用者がデジタル空間のどこで、いつ、何をしているかという個人情報を知れば知るほど、どこに自分たちのターゲット(標的、対象)がいるかを知りたがっている広告主に、より多くの情報を売ることができます。
 
企業はこれによって、一人ひとりの属性、興味や好みに合わせた広告をさまざまなタイミングに分けて投げることができるようになります。同じものを一斉に大量に投げる広告ではなく、一人ひとりに「適合」した広告がターゲティング広告です。

そして、個人をターゲットにした広告は、個人データが集まれば集まるほど精緻になります。グーグルはこれによってオンライン広告市場で優位に立つことができるようになりました。

「デジタル広告市場の競争評価」(内閣官房デジタル市場競争本部事務局)より

180度転換したユーザーとの関係

実は最初、ブリンとペイジはデータを検索とターゲティング広告と組み合わせることには反対でした。もともとグーグルには広告を売って儲けるという考えはありませんでした。
 
しかし、収益化へのプレッシャーのなか、広告ターゲティングのための自動オークションという新しい方法を活用し、数十万の広告主が参加する数十億(時には数兆)のオークションを同時進行するようにしていきました。
 
クリック物理学ともいうべき、AI、統計学、機械学習、データサイエンス、予測分析といった分野の天才たちが集められました。
 
こうして広告ビジネスがグーグルを危機から救いました。

しかし、別の観点から見れば、ユーザーは目的から手段となり、「ユーザーへの奉仕」は「ユーザーのー監視」へと180度の転換がなされたことになります。

消費者の「行動予測」という商品

グーグルは、真の顧客である広告主のために、「行動余剰」をもっとたくさんかき集めるべく、ユーザー向けサービスに再投資をしました。

行動余剰が消費者の「行動予測」という商品となり、それが市場で取引されることでさらなる収益を生みました。そんなサイクルが成長を遂げる原動力となったわけです。
 
彼らが「発見」したのは、ユーザーとのやりとりを原材料にして作った製品を、オンライン広告市場で顧客である広告主に売ることによって、高い収益をあげるという方法ということになります。
 
グーグルは「行動余剰」の発見を踏み台に、ゲームのルールを根本的に変え、巨大プラットフォーマーへと変貌したといえるでしょう。

「数学破壊兵器」

消費者の「行動予測」という商品は、本格的なビッグデータ経済時代の到来とAIの進化によってさらに精度を上げていきます。

データをAIに食べさせて機械学習するときに使われる計算手順、計算方法がアルゴリズムです。
 
このアルゴリズムについて、透明性を欠いていること、人種などの属性に対する偏見を助長することなどを理由に、「数学破壊兵器」と名付けた人がいます。

ヘッジファンド出身の数学者でデータサイエンティストのキャシー・オニール氏です。ちなみに、英語ではWeapons of Math Destructionとなりますが、これは、核兵器などの「大量破壊兵器」(Weapons of Mass Destruction)のMass=大量とMath=数学をかけています。

Amazonのサイトより

アルゴリズムに説明責任求める数学者


私は2019年秋に、彼女を東京に招いて、国際政治学者のヤシャ・モンク氏、数学者の新井紀子氏とともに「AIと民主主義」をテーマとするシンポを企画し、その司会を務めました。
 
髪を青色に染めていたオニール氏が、かつて金融工学のプロとしてアルゴリズムを開発した体験も踏まえて、「アルゴリズムは一般の市民について重要な決定をしているのに過ちがあり、しかも、私たちはそれにアクセスできない。数学のなかに主観や意見が組み込まれている。だから、アルゴリズムは説明責任を果たすべきだ」と力説していたのをいまでも覚えています。
 
ここまで見てきたように、「ネットワーク効果」はプラットフォーマーの成長メカニズムの根幹をなしています。しかし、巨大プラットフォーマーのイノベーションと成長が光なら、「ユーザーへの奉仕」から「ユーザーへの監視」への180度の転換という「監視資本主義」の視点、広告市場の勢力図を塗り替えたターゲティング広告を支えるアルゴリズムのブラックボックス化は、まさにその影の部分ということになります。この点こそが、まさにネットワーク効果、とくにその経済効果という魔法に留保をつけなければならないゆえんとなります。
(第13回配信に続く)
初回講義「イントロダクション~プラットフォーマーとメディアを取り巻く潮流について」
第1回配信 三つの革命と三つのトンネル
第2回配信 巨大プラットフォーマーの破壊力
第3回配信 変革の移り変わりをとらえるためのキーワード
第4回配信 メディアのパワーシフトとAI
第5回配信 未来につなげるための変換作業
第6回配信 ジャーナリズムの活性化のために
第7回配信 「Q&A」、「講義を聴いて今思うこと」

2回目の講義「プラットフォームビジネスのメカニズム~その急成長とパワーの源泉について」
第8回配信  主戦場はモバイルからAIへ
第9回配信  オンラインとオフラインの二刀流
第10回配信  ネットワークの魔法とは?
第11回配信  ツーサイド効果と成長の壁
第12回配信  グーグルの巨大化と監視資本主義
 
第13回配信  パイプラインからプラットフォームへ
第14回配信 「Q&A」


 
 



 


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