【第13回】パイプラインからプラットフォームへ
東京大学大学院情報学環を拠点とする「プラットフォーム研究会」は、国内外のさまざまなプラットフォーマーの経営、歴史、思想、創業者群像、政治との関係、生成AI戦略などについて、2025年6月まで25回の会合で議論を重ねてきました。
本noteでは、西村陽一・東京大学大学院客員教授(朝日新聞のワシントン・モスクワ特派員、政治部長、編集局長、常務取締役編集担当。元ザ・ハフィントン・ポスト代表取締役)による「情報社会論」講義(情報学環教育部)の一部を再録するとともに、研究会での議論内容を特集記事として順次紹介していきます。
第1回配信~第7回配信では、「情報社会論」講義の初回「イントロダクション ~プラットフォーマーとメディアを取り巻く潮流について」(2024年4月)の一部を再録しました。
第8回配信からは、講義の2回目「プラットフォームビジネスのメカニズム~その急成長とパワーの源泉」(2024年4月)を再録しており、この第13回配信では、伝統的なパイプライン型ビジネスと新興のプラットフォーム型ビジネスの違い、時代の変化に伴う「ゲートキーパー」の衰退、そして、新しい管理者の登場などについて説明しています。
パイプライン型ビジネスとは?
ここまで、プラットフォームビジネスの基本について、「ネットワーク効果」や「監視資本主義」などを切り口に話してきました。
これらを頭に入れたうえで、プラットフォームビジネスを、伝統的なビジネスモデルである「パイプライン型」のモデルと比べてみましょう。
初回の講義(「イントロダクション」、第1回配信~第7回配信)では、破壊的ディスラプションによって旧来のビジネスが破壊された話、とくに紙の新聞の広告モデルが新興プラットフォーマーによって壊滅的な打撃を受けたという話をしました。
伝統的なパイプライン型ビジネスモデルが、新興のプラットフォーム型ビジネスモデルによって弱体化し、場合によってはそれに従属化し、そして崩壊しつつある例といえます。
パイプライン型ビジネスとプラットフォーム型ビジネスの対比については、多くの文献で紹介されていますが、ここから先の基本的な定義については、主に『プラットフォーム・レボリューション』(ジェフリー・G・パーカーほか、ダイヤモンド社、原題”PLATFORM REVOLUTION How Networked Markets Are Transforming the Economy-And How to Make Them Work for You”)に依って説明します。
直線的で一方向のパイプライン型
パイプラインといえば、石油や天然ガスを輸送する巨大な導管を連想します。円筒型で、直線的、一方向に、エネルギー資源を流していきます。

ビジネスの世界でいえば、出発点には、製品やサービスの生産者がいて、ゴールには、消費者がいます。この二つをつなぐのが、パイプラインのように一つの方向に流れていくプロセスとなります。

企業はまず、製品やサービスの設計をします。その後、製品をつくって販売先に供給したり、サービスをユーザーに提供したりするために、さまざまなシステムを整えます。最後に顧客、消費者がいて、届いた製品やサービスを買います。
片方からもう片方に一方向に進む、直線的な流れです。さながら原油がパイプラインのなかを流れていくイメージです。
左から右に向かって、製品や活動が次々と一方向に、直線的に、押し出すように工程をリレーしていくのがサプライチェーンです。製品やサービスを供給側から需要側に届ける一連の物理的な工程を指します。
この過程では段階的に価値を高めていきます。これがバリューチェーンです。
川上から川下に向けて、素材→部材→部品→製品といった段階を経る工程ごとに価値が付加されていき、最終的にユーザーにわたる段階で最高価値になるというわけです。また、このモデルでは情報も直線的に流れていきます。
ゲートキーパーの役割
ここで重要なのが、「ゲートキーパー」の存在です。ゲートキーパーは、「門番、門衛」といった意味があります。
パイプライン型ビジネスでは、工程ごとにゲートキーパーが座っています。段階ごとの出入り口で、その先にモノを通すかどうかを仕切る役目を負っています。それぞれの段階にいるゲートキーパーが、生産者から消費者に至る価値の流れを管理しています。
石油のパイプラインのバルブ開閉をする管理人といったイメージでしょうか。
出版、新聞業界では
コンテンツ産業を見ればよくわかります。
出版業界なら、編集者が何千、何万もの作品の中からこれはと思う作家と作品を選びます。作品は、編集者というゲートキーパーを経て、編集会議、営業会議、雑誌掲載・本の出版、取次、店頭、消費者の購買へと流れていきますが、それぞれの段階に次のステップへのゴーサインを出すゲートキーパーがいるわけです。
編集者の手元にはもちろん出版市場のデータはありますが、伝統的に重視されてきたのは長年の編集経験によって培われたプロの勘です。市場に出してみないとヒットするかどうかはわからないところもあります。
私が長年勤務していた新聞社の紙の時代のプロセスを例にとりましょう。

まず一線の記者が取材し、原稿を書きます。その原稿や写真に最初に目を通すのが、キャップ、さらにはデスクという名のゲートキーパーです。デスクというポストは政治や経済といったセクションごと、特定のテーマの取材チームごとに置かれています。
原稿がボツにならずに関門を通ったら、今度は、見出しやレイアウトを考える整理部門、インフォグラフィックをつくるデザイン部門、文字やデータの誤りをチェックする校閲部門などに届きます。そして、かつて私も務めた最終関門としての編集長、編集局長のもとに原稿、写真、インフォなどの一式が到着します。
1面トップの記事に値するか、社会面のトップ記事としてふさわしいか、編集トップが最終的なニュースバリューの判断をしたあとは、印刷、輸送、配達の各段階のゲートキーパーを経て、ようやく読者のもとに紙の新聞が届きます。これが旧来型のパイプラインビジネスにおける典型的なゲートキーパーの役割です。

一方で、工程の段階ごとのゲートキーパーとは別の文脈で、この言葉が使われていた時代がありました。
新聞、テレビの既存メディアが巨大プラットフォーマーにビジネスモデルを侵食される前の時代、つまり、記事がデジタル・コンテンツとしてばらばらにモジュール化されていく前の時代のことです。そのときは、新聞の1面やNHKの夜7時のニュースが、世の中の「ニュースのゲートキーパー」としての役割を果たしているといわれていました。
規模拡大のコスト
出版社や新聞社の例をみれば明らかなように、これはまさに時間のかかる労働集約型のプロセスです。
コンテンツ産業にとどまらず、従来のパイプライン型企業では、編集者、デスク、マネージャー、監督といったゲートキーパーのコントロールメカニズムが、製品やサービス、コンテンツの品質を保証してきました。そして、企業や産業の成長に伴ってこのコントロールメカニズムの規模を拡大しようとするとコストがかかります。
ところが、プラットフォームビジネスはこの規模の問題に効率的に対応できます。
たとえば、オンライン上ではだれでもその気になれば「本の出版」が可能になりました。消費者、つまり読者がリアルタイムに評価をフィードバックすることで本の成否が決まることもあります。
伝統的な職人芸を持つゲートキーパーとしての編集者に代わって、読者コミュニティが、出版市場の評価、市場のシグナルを発信しています。質にばらつきはありますが、より速く、より効率的に、低コストで規模に対応することが可能です。

復活した「ゲートキーパー」論
このパイプライン型ビジネスがプラットフォームによって駆逐される例が出てきたのに伴い、ゲートキーパーの役割も次第に廃れていきます。
しかし、皮肉なことに、プラットフォーム全盛の時代に、この「ゲートキーパー」という言葉が、重要なキーワードとしてよみがえりました。これはプラットフォーマー規制の回で改めて説明しますので、今日は簡単に済ませます。
ゲートキーパーという言葉は、巨大プラットフォーマーが覇権を握る前の、旧来型産業の工程において欠かせない存在だったという話をしましたが、いまは、EU(欧州連合)が、域内で活動するグーグルなどの巨大プラットフォーマーそのものを「デジタル上のゲートキーパー」と名付け、規制の対象に位置付けているのです。

彼らが破壊した旧産業の工程において欠かせない役割を果たしていたゲートキーパーという概念が、栄枯盛衰を経て、巨大プラットフォーマー自身に向けた規制政策のキーワードとして復活した、ということになりますね。
プラットフォームが最大化するもの
石油産業の巨人との違い
パイプラインといえば石油ですが、かつて経済界の巨人といえば米国のスタンダード・オイルがそうでした。
ジョン・ロックフェラーによってつくられ、世界最大の製油所を持ち、業界の生産能力の大部分を事実上買い上げて、精製から輸送、流通、取引のあらゆる面で独占的な地位を築きました。

結局、反トラスト法で34の会社に分割されたのですが、全盛期には、ライバル会社は石油の生産さえできないほどの独占状態でした。分割された会社を源流とするのが、皆さんも聞いたことのあるエクソンモービルです。いっとき、アメリカで最も価値のある企業10社のうち7社までが石油会社でした。
現代の巨大プラットフォーマーの市場支配のやり方は、文字通りパイプラインを張り巡らした石油産業の巨人が築き上げた市場支配の方法とは全く違ったものです。
プラットフォームビジネスにおいては、企業が何を所有しているかではなく、何を結び付けられるかが重要となります。
プラットフォーマーは、油田や製油所や工場をたくさん手中にするのではなく、ネットワーク内のユーザーを増やし、彼らを結びつけることによって成長します。生産手段を所有するのではなく、ユーザーを結び付ける手段によって市場支配力をつくりあげます。
ですから、イメージとしては、パイプライン型ビジネスのような直線的で一方向の流れではなく、左から右へ、右から左へ、そして、ループのようにぐるぐる回転しながら、多様な方向性を持つのが、プラットフォームビジネスのかたちといえるでしょう。

パイプライン型ビジネスなら、とりあえずひとつの顧客グループを押さえればいいのですが、プラットフォームビジネスでは、少なくとも二つ、つまり、消費者と生産者というタイプの異なる顧客グループの支持を取り付けなければなりません。ウーバーならドライバーと乗客の両方ということですね。
どの価値を最大にするのか?
次のスライドで示した論文に、こんな一節がありました。

「パイプライン型ビジネスでは、直線的なプロセスの最終地点に、製品やサービスの個々の消費者がいるのだが、このモデルでは、その消費者の生涯価値を最大化しようとする」
「対照的に、プラットフォーム型ビジネスは、循環し、反復し、フィードバックすることによって動くプロセスにおいて、拡大するエコシステム全体の価値を最大化しようとする」
つまり、顧客に提供する価値を最大化しようとするパイプライン型ビジネス、エコシステムという枠組み全体の価値を最大化しようとするプラットフォーム型ビジネスという違いです。
巨大プラットフォーマーの時代においては、価値が高い企業とは、大規模なネットワークを構築し、それを調整しながら拡大できる企業ということになります。
ですから、社内に大量のリソース(資源)をためこみ、それを動かす企業ではありません。価値を創造したり、交換できたりするインフラを生み出し、プラットフォームの拡大に伴って、ユーザー同士、生産者と消費者、クリエイターと広告主の間の相互作用を統治するルールを設定する力のある企業、ということになります。
新たな供給は低コストで
既存の市場に新しいコンテンツや製品・サービスを供給するとき、プラットフォーム型ビジネスは低コストで持ち込むことができます。
ユーチューブがいい例です。視聴者がつくるコンテンツを活用するので、テレビ局のような大規模なスタジオはいりません。しかし、視聴者数は時にテレビ番組を上回ります。
新しい供給物を流し込むとき、プラットフォームビジネスでは、使われていない部屋や家、ドライバーと車といった「遊休資産」を活用します。
パイプライン型ビジネスの時代には、企業が消費者にアクセスするには、既存メディアかデパートなどの小売りチャンネルを使うしかありませんでした。そこでパワーを握ったのが広告代理店でした。
プラットフォーム型ビジネスでは、ビジネスのかたちにかかわりなく、直接消費者を巻き込み、消費者にリーチし、サービスを直接提供できるようになりましたので、オンライン市場で一人ひとりが「出版社」になることが可能になったのと同じように、個々のプラットフォーム企業が低コストで広告代理店、広告事業会社になることも可能になりました。
ゲートキーパーから中央管理者へ
プラットフォーム型ビジネスが成長する過程では、プラットフォームに加わる「作り手と使い手」「生産者と消費者」の両サイドのメンバーを増やす仕掛けをつくる管理者的な役割が重要になります。
プラットフォームがさらに成長し、GAFAMのように、ときに国家と比べられるほどの規模にまで巨大化したり、市場の独占・寡占状態を強めたりすると、プラットフォーム自体の管理・運営をしたり、膨大な数の参加者の利害調整や紛争調停をしたり、エコシステムの統治ルールをつくったりする強力な管理者が登場します。
ここには、パイプライン型ビジネスで見てきたようなゲートキーパーはいません。しかし、システム全体の管理者はいるわけです。
これが、初回講義のなかの「Web1.0から2.0、そしてWeb3へと向かう構図」(第3回配信)で説明した点、つまり、巨大プラットフォーマーによる「集中管理の時代」という話につながります。
本日の2回目の講義(第8回配信~第13回配信)の主な参考文献は次の6冊です。


それでは皆さんの質問をどうぞ。
(第14回配信に続く)
初回講義「イントロダクション~プラットフォーマーとメディアを取り巻く潮流について」
第1回配信 三つの革命と三つのトンネル
第2回配信 巨大プラットフォーマーの破壊力
第3回配信 変革の移り変わりをとらえるためのキーワード
第4回配信 メディアのパワーシフトとAI
第5回配信 未来につなげるための変換作業
第6回配信 ジャーナリズムの活性化のために
第7回配信 「Q&A」、「講義を聴いて今思うこと」
2回目の講義「プラットフォームビジネスのメカニズム~その急成長とパワーの源泉について」
第8回配信 主戦場はモバイルからAIへ
第9回配信 オンラインとオフラインの二刀流
第10回配信 ネットワークの魔法とは?
第11回配信 ツーサイド効果と成長の壁
第12回配信 グーグルの巨大化と監視資本主義
第13回配信 パイプラインからプラットフォームへ
第14回配信 「Q&A」
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