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【第1回】 三つの革命と三つのトンネル

東京大学大学院情報学環を拠点とする「プラットフォーム研究会」は、国内外のさまざまなプラットフォーマーの経営、歴史、思想、創業者群像、政治との関係、生成AI戦略などについて、2025年5月まで24回の会合で議論を重ねてきました。本noteでは、西村陽一・客員教授による「情報社会論」講義の一部を再録するとともに、研究会での議論内容を特集記事として順次紹介していきます。

第1回から第7回までは「情報社会論」の初回講義「イントロダクション〜プラットフォーマーとメディアを取り巻く潮流について」(2024年4月)の再録となります。メディア環境が大きく変動する現代の状況と、その中で我々がどのような姿勢を持つべきかについて、西村氏の実体験を交えながら俯瞰的に概説します。第1回配信は「三つの革命と三つのトンネル」を疾走している時代の状況と、西村氏の記者としての原体験についてです。


(▶)AIモデレーターによる要約を聞く・7:32min

本記事をもとに、NotebookLM(Google)を使って生成したポッドキャストです。
読み上げ内容には複数のミスが含まれます。あくまで理解の補助としてご利用ください。

はじめに 

問いを立てるとは?

皆さんは本格的なAI革命のまっただなかで学び、やがて仕事をする、あるいはすでに仕事をしている世代です。私の世代が体験したデジタル革命をはるかに上回る変革のときを生きています。

そんな時代に必要なのは、与えられた課題の解決のためにデータを集める力ではなく、課題の背景にある大きな構造は何かを考え、解決につなげるための問いを自ら設定する力です。

これからの授業では、米中両国の巨大プラットフォーマーを率いる天才たちの人物像にも触れますが、彼らの思考は基本的には、時代の課題をどうやったら最も効率よく解決できるか、そのための最適なアルゴリズムをいかに最速で開発し、実装できるか、そして市場における自らの優位をいかに長く保てるかといった点に集中してきました。

だからこそ、彼らの企業は急成長を遂げ、世界を変え、私たちは日々の生活でその恩恵を被り、しかし同時に、その深刻な副作用に悩んでもいます。 


問いがあり、答えがなければ、私たちは個人で、コミュニティで、大学で、組織で、それぞれの場で、解決に挑みます。そのとき、AIは間違いなく解決効率を劇的に高めてくれるでしょう。しかし、過去に学習した大量の情報から最も確からしい答えを示され、それに慣れ親しんでいるうちに、私たちは、予想外の発見に出会えなくなる可能性が出てきます。

ただでさえ、SNS時代には自分と似た意見がXやTikTokその他のアルゴリズムを通じてどんどん集まってきます。生成AIがつくってくれる回答が「自分の答え」となってたまっていくにつれて、私たちの考えの幅はますます狭まり、互いに似通っていき、そして平準化してしまう。そんな恐れがあります。

私が必要だと思うのは、果たして目の前にある問いは本当に解決を探るに値する問いなのか、それは価値のある問いなのか、アルゴリズムでは解決できない問いとはいったい何なのか、といったことを、自らに問いかける力、つまり問いを問い直す力ではないかということです。


では、問いそのものがまだ生まれていない、その結果、まだ、答えもない状態。これはどうでしょうか。

求められるのは、問いを発見する力です。目の前の問いが果たして価値のある問いなのかという自問自答にとどまらず、そもそも、問いそのものを発見することが必要な時代となりました。 


不安定な状態に耐える力

問いはあるのになかなか答えが出てこない、スパッとした回答がなかなか見えてこない。私たちはそんな状態に不安を感じます。そうした不安定な状態にも私たちは耐えられるのか、そんななかで辛抱強く熟慮を重ねる知力と胆力が備わっているか。そうした問題もあります。

私たちを襲ったコロナの時代では、まさに問いがあっても答えがスパッと出てこない日々が続きました。これはジャーナリズムが最も深刻な形で突きつけられた問題でもありました。あとでこの話題に戻ります。


もうずいぶん前から、日本の記者会見では、しゃべっている相手の顔を見ずに、パソコンをにらみっぱなしで会見内容をリアルタイムで打ち込むことに集中するあまり、質問を研ぎ澄ます余裕を持てない記者がとても増えています。

 しかし、いまや、聞いた話のトランスクリプトをほぼリアルタイムで提供してくれるサービス、それが英語や中国語などによる会見ならAIで同時翻訳してくれるサービスが、正確さを高めている時代です。人間がトランスクリプトマシーンになる必要はまったくありません。

機械的な作業はAIに任せ、相手の言葉と表情から問題の背景を考え、ごまかしや言い逃れを見抜き、問いを発することに集中することが、記者の問題意識を高めます。

皆さんに当てはめれば、毎回問いを立てること、それを私に投げるだけでなく、この教室の皆さんと対話を始めることが、この授業を豊かなものにしてくれます。さらなる対話を続けるためにオフィスアワーなどの時間も別途設けます。


メディア変動期のまっただ中で

三つの革命と三つのトンネル

いうまでもなく、私たちはメディア大変動期のまっただ中にいます。

「大変動」というのは、デジタル革命、ソーシャル・モバイル革命、データ革命の三つの破壊的な変革が同時に進行していることです。国によって、分野によって、媒体によって、ペースの違いはずいぶんありますが、メディアが長らく激しい変革のまっただなかにあるのは間違いありません。

そのさなかに、100年に一度のパンデミック危機が起きました。それに重なるようにロシアがウクライナに侵攻し、イスラエルとハマスの戦闘という中東危機が起き、二つの戦争は泥沼化、長期化しています。世界秩序にとって第二次大戦以降最大の危機といえます。

今年(2024年)11月の米大統領選でトランプ氏がホワイトハウスに返り咲けば——ちなみに世界ではすでにトランプ復活を前提にしたシミュレーションやシナリオ作りが行われています——国際秩序がさらに揺さぶられるのは間違いありません。


二つの戦争と米大統領選挙、そこに巨大プラットフォーマーの技術を重ね合わせれば、また違った時代の顔が浮かんできます。

巨大プラットフォーマーの力で、私たちはスマホで戦争をリアルタイムで目撃することが可能になりました。巨大プラットフォーマーは世論形成のうえで大統領選の行方をも左右しかねない大きな影響力を持つに至りました。この授業では、戦争とプラットフォーマー、選挙とプラットフォーマーについても取り上げます。

そして急激な進歩を遂げつつある生成AIです。

私たちはいま、メディア大変動、国際秩序の危機、AI革命の3つのトンネルの中を疾走していることになります。


変えるべきこと、変えてはならないこと

今日はイントロダクションですので、大きく二つのことをお話しします。

一つ目は、大変動期の現在地です。私たちが同時代の現象として目撃しているメディアの変容について、巨大プラットフォーマー、ビッグ・テックの力を分析しながら全体の風景を俯瞰します。

二つ目は、それでもいつの時代にも変わらない、変えてはいけないジャーナリズムの基本精神についてです。大昔から、メディアの世界とは「常に新しい世界」でした。と同時に、「いつの世も変わらない普遍的なものが存在する世界」でもありました。


GAFAM・BATH・TMDP

「新しい世界」についていえば、次回以降、巨大テック企業であるプラットフォーマー、グーグル、アップル、フェイスブック改めメタ、アマゾン、マイクロソフトのGAFAM(Google、 Apple、 Facebook、 Amazon、Microsoft)を中心にとりあげます。

最近は、GAFAMに、先端半導体大手のエヌビディア、イーロン・マスクのテスラの2社を加えた計7社を「マグニフィセント・セブン(Magnificent Seven, M7)」といいます。

黒沢の映画『七人の侍』をもとにした『荒野の七人』という西部劇があったのですが、それをリメークした映画のタイトルがこれでした。

(この授業の2024年春時点で)M7のうち株価が好調な4社(エヌビディア、マイクロソフト、アマゾン、メタ)をファビュラス・フォー(Fabulous Four、F4)とか、AIが好調な業績をけん引している三社を抜き出して「MnM(メタ、エヌビディア、マイクロソフト)」とか、いろいろな呼び名が飛び交っています。投資家の目線でつけられた名称です。


GAFAMの筆頭格だったアップルがF4にもMnMにも含まれていないのは、iPhoneの存在があまりに大きすぎて、アップルのAI戦略が遅れてしまったことに投資家がマイナスの評価をしていることの表れかもしれません。
(注:Apple Intelligenceは、他社よりやや遅れて、2024年12月に英語版がリリースされた。音声の文字起こし、画像の理解と言語による検索、メッセージ要約やリライト、Siriのアップデートなどが含まれるが、発展途上の段階。Appleの戦略は、iPhoneやMacの高性能を活かしローカルでAI処理を行うことで、独自のAI体験を提供し、拡販へつなげていく点にあると思われる)



半導体はこの講義の中心テーマではありませんが、M7、F4、MnMのすべてに名を連ねているエヌビディアがいま世界を席巻しています。AI向け半導体で世界のシェア8割を持ち、AIブームのなかで、この講義の時点で株価時価総額はマイクロソフト、アップルに次ぐ3位に急浮上しています。主力は画像処理半導体(GPU)ですが、イーロン・マスクが「GPUを買うのは麻薬を買うのより難しい」と言い放ったほどでした。台湾生まれで、米中二大AIパワーの中枢と強いパイプを持つジェンスン・フアンCEOの影響力は、これからますます増大するでしょう。


中国のビッグ4とTMDP、シーイン

中国にも、中国版グーグルである検索エンジンのバイドゥ(百度、Baidu)、ECの巨人アリババ(阿里巴巴、Alibaba)、ウィーチャット(微信)で有名なテンセント(騰訊控股、Tencent)、通信機器のファーウェイ(華為、Huawei)の四天王があります。GAFAMのように頭文字をとってBATHといいます。

さらに、TMDPと呼ばれる次世代プラットフォーマーが中国と世界の市場を席捲しています。

Tは世界最大のユニコーン企業バイトダンス(字節跳動)が提供するTikTok。

Mはメイトゥアン(美団)。私は2011年~12年、以前勤めていた新聞社のサバティカルで北京の清華大学のThe School of Journalism and Communicationで教えていました。ちなみにこの写真の建物がそうです。

メイトゥアンは、清華大の卒業生が起業しました。食べログとウーバーイーツを一つのアプリで展開しているようなものです。私が清華大で教えていたころは「中国版食べログ」に過ぎなかったのですが、食を中核に他のサービスに展開する「フードプラスプラットフォーム」戦略をとりました。

Dはライドシェアのディーディー(滴滴出行)。PはECサイトのピンドォードォー(拼多多)で、ここがグローバル戦略で展開している低価格通販サイトのテム(Temu)は、米国で最もダウンロードされているアプリです。

さらに、激安の衣料品通販サイトとして米欧、中南米に浸透し、さらに日本にも進出しているのが、中国発ファッション通販のシーイン(SHEIN)です。この講義の時点で、世界のEC アプリの月間利用者数のトップ10のうち7社が中国発アプリで、テムは4位、シーインが5位です。


このように次々と新しいプレイヤーが登場しているのが中国発プラットフォーマーの世界です。中国のビッグ・テックの特色とグローバル戦略、中国共産党の締め付けとインターネット規制、米国による制裁などは別の回で解説します。
注:その後、時価総額増加率でM7を脅かす存在として、アリババやシャオミ、テンセントなどの中国7銘柄を「7タイタンズ」=7巨人と呼ぶ向きも出てきた

講義では、こうした米中のプレイヤーを中心素材に据えて、「巨大プラットフォーマーと国家」「プラットフォーマーと市民・ユーザー、つまり皆さん」「プラットフォーマーとメディア」の三つのレイヤーについて、私の体験も交えながらお話しします。


自己紹介を兼ねて

日航ジャンボ機墜落事故取材

私は2021年夏に朝日新聞を退職するまでの間、140年余という日本有数の古い歴史を持つプリントメディアで記者と役員を、そして、米国の会社とともにゼロから立ち上げた日米合弁デジタルメディアのハフィントンポスト日本版の代表取締役を、並行して務めてきました。典型的な伝統メディアと新興のグローバルデジタルメディア、この二つの経営に同時にかかわったことになりました。


自己紹介を兼ねて、あるエピソードをお話しします。

朝日新聞に入社して5年目、2カ所目の勤務地である長野で私は生涯忘れられない事件に遭遇しました。

それは1985年8月の日航機墜落事故でした。死者520人を出した単独機としては史上最悪の事故でした。ジャンボ墜落の一報を聞いた私は車で長野と群馬の県境に向かいました。この夜だけで約40人の朝日の記者が山に突っ込んでいきました。

墜落現場をめぐる情報が混乱するなか、私は先輩カメラマン、長野支局の後輩記者とともに、ひざまで急流につかり、こけに滑り、岩壁をよじのぼり、やぶを分け入り、ひたすらはいつくばるようにして山を登りました。ぼろぼろになって墜落現場にたどり着いたとき、そこに同僚記者の姿はありませんでした。そしてフジテレビのカメラと同着だったことに気づきました。


これは全くの偶然だったのですが、現場に着いたちょうどその時、それは、奇跡的に生きていた女の子と女性が自衛隊の手で谷底から救出されようとしていた、まさにその瞬間でした。

私はハンディー無線機に向かって「生存者!生存者がいる!」と叫び続けました。前線の取材本部の指示に従って、目の前の光景を、ありったけの力を込めて、怒鳴りつけるように吹き込みました。

当時の原稿は今読むと、どうということのない、つたない文章ですが、このときの新聞社内の動きをドキュメントタッチでまとめた文庫本がありますので、そこで引用されている私の原稿の書き出しの一部を読みます。

「生存者がいた。信じられない気持ちで、その人たちを見た。群馬県上野村の御巣鷹山(一、六三九メートル)の山腹。朝、水平尾翼が見つかった地点から約一時間、谷と沢に沿って登りつめたところにくぼ地があった。四人が救助隊によって担架で運ばれてきた。のぞきこむと、一人はハッキリと意識があった。無残な墜落現場に深い感動が、広がっていった。死の淵からの奇跡的な生還だ」

『日航ジャンボ機墜落: 朝日新聞の24時』(朝日文庫、1990年)

現場に立つということ

私が墜落現場に真っ先にたどり着いたのは全くの偶然でした。私は目前の光景に押しつぶされ、ただただ圧倒されました。

私はその後、モスクワやワシントンを拠点とする記者生活を通じて、ロシアの首都の中心街で銃撃戦が展開され戦車も出動したモスクワ内乱、サハリン大地震、第一次チェチェン戦争、ユーゴ内戦などの災害現場や戦場に立ちました。

たとえばそんな現場で立ちすくんだとき、あるいは明日の朝刊でこのネタを打てるかどうか、デスクからぎりぎりの判断を迫られたとき、そして時間との競争でとにかく言葉を探さなければならないのになかなかこれはという言葉が出てこなかったとき、そうしたときに、凄惨な日航機墜落現場で私を襲ったあのときの感覚をいつも思い出すことになります。

それは何か。

あえて整理すれば、圧倒的な事実の前に言葉をたぐりよせ表現しなければならないジャーナリストの仕事に絶えずつきまとう緊張感なのかもしれません。現場に立つということの重み、そして、その現場とは必ずしも戦場や災害、事故だけではありませんが、それは、大きな無線機を肩からぶら下げていた昔も、皆さんの世代の記者が手のひらにすっぽり収まるスマホで原稿を書き、送信しているいまも全く変わりません。

(第2回配信に続く)


初回講義「イントロダクション~プラットフォーマーとメディアを取り巻く潮流について」
第1回配信 三つの革命と三つのトンネル
第2回配信 巨大プラットフォーマーの破壊力
第3回配信 変革の移り変わりをとらえるためのキーワード
第4回配信 メディアのパワーシフトとAI
第5回配信 未来につなげるための変換作業
第6回配信 ジャーナリズムの活性化のために
第7回配信 「Q&A」、「講義を聴いていま思うこと」

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