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【第5回】未来につなげるための変換作業

東京大学大学院情報学環を拠点とする「プラットフォーム研究会」は、国内外のさまざまなプラットフォーマーの経営、歴史、思想、創業者群像、政治との関係、生成AI戦略などについて、2025年5月まで24回の会合で議論を重ねてきました。

本noteでは、西村陽一・東京大学大学院客員教授による「情報社会論」講義(2024年度)の一部を再録するとともに、研究会での議論内容を特集記事として順次紹介していきます。

初回講義(2024年4月)再録の第5回配信は、ジャーナリズムのあり方について、コロナ禍報道の反省と教訓、科学報道の強化を素材に考えます。そのうえで、ジャーナリズムに求められる「変換作業」や「全体知への貢献」について論じています。


(▶)AIモデレーターによる要約を聞く・6:41min

本記事をもとに、NotebookLM(Google)を使って生成したポッドキャストです。
読み上げ内容には複数のミスが含まれます。あくまで理解の補助としてお使いください

コロナ禍とジャーナリズム

さて、次回以降の講義では、プラットフォームとジャーナリズムの関係が大きなトピックとなりますが、イントロに当たる本日は、ジャーナリズムに関連して、コロナ報道について私が感じてきたことを皆さんにお話します。

失われた現場

世界がコロナ翻弄され、何が正解なのか、わからないなかで、洪水のような情報が次々と目の前を流れていき、記者たちも走りながら考えざるを得ない日々がずっと続きました。メディアは、仮説や常識とされてきたことが通用しなくなる経験をしてきました。
 
取材現場にも変化が生まれました。記者自身が感染リスクにさらされ、海外を含む現場を歩く機会が激減し、いっときはゼロになりました。
 
以前は対面ではなかなか会えなかった海外の要人へのZOOMインタビューができるようになったというプラスの面はあったにせよ、対面取材が格段に減ったことへの不満と不安は世界の記者たちの共通の声でした。

 
たとえばバイデン対トランプの(2020年)の大統領選です。記者たちはリモート取材を余儀なくされました。
 
私も、過去、ロシアや米国の大統領選を取材し、ロシアのエリツィンやジュガノフ、レベジ、米国のブッシュやゴア、ケリーといった候補者たちに同行して、ロシア各地や全米各州を回りました。
 
やはり選挙の取材では、そして、これは日本国内の選挙取材もまったく同じなのですが、現場で得られる手探りの、ときには五感を総動員しての感触が、とても大切でした。

候補者の遊説同行中は、候補者本人はもちろんのこと、その周辺を行き来する参謀やスタッフたちの動き、彼らの息遣いと表情と汗、選挙事務所を流れる空気、そんなものから、いわく言いがたい感触が得られたものでした。コロナ禍の選挙取材ではこれが失われました。記者たちにとっては隔靴掻痒の苦しい毎日が続きました。

ネガティブ・ケイパビリティとあいまい耐性 

失われたのは「現場」だけではありませんでした。パンデミックのなかである種の「耐性」も削られていきました。ここで、ふたつの「耐性」を紹介します。

 ひとつは、「ネガティブ・ケイパビリティ」。冒頭にも言いましたが、はっきりとした正解が出てこない、すっきりした答えが出てこない、そんな状態に耐え抜く力です。急いで結論めいたものに飛びつかずに、いったんは態度を保留して深呼吸し、問題に挑み続ける力です。

 もうひとつが「あいまいさへの耐性」。現実の社会はあいまいで複雑ですから、私たちは普通、あいまいさに無理やり白黒をつけたりせず、その不確実性に耐えながら最適な判断を探そうとします。


 ところがコロナ禍という非常事態では―ここで非常事態というのは国民すべてが等しく明日の健康や命が保証されない状態を指しますが―この二つの耐性が極めて弱くなってしまいました。

 白か黒か、断言を求める傾向。これは、私自身が肌で体験した9・11同時多発テロ後の米国でもありましたし、コロナ禍の日本でも、当時の米国と違いこそあれ、そんな傾向が強まりました。日常の膨大な情報の洪水を泳いでいる記者はふと立ち止まったときに何を考えればいいのでしょうか。

「未来としての過去」をヒントに

ここで「未来としての過去」という言葉を紹介します。これは元外務省分析官の作家、佐藤優さんとの長年の対話を通じて温めてきた切り口のひとつです。 

東西冷戦の終焉後、ドイツの社会哲学者、ユルゲン・ハーバーマスが『未来としての過去』(未来社)という本を書きました。

 「同時代」―別の言葉でいえば「共時性」、つまり同じときにおける変化や差異のことですが―この同時代に注目しても、未来を見つけることができない、理想的なモデルが見つからないときがあります。

そんなとき、過去に立ち返って、「通時性」―つまり対象の歴史的変化を追いかけることですが―そのなかに未来のモデルを見つけよう、過去の中に未来像のヒントを求めようという考えです。 

ここで注意しなければならないのは、これは過去への単なる回帰ではありません。過去の機械的な投影でもありません。別の新しい社会をつくることにつなげようという試みです。これを記者の仕事に当てはめれば、単に過去の物語を本や文献、データベースの中から取り出すだけでは不十分です。 

そこには、過去に起きたことを未来のモデルの参考にするためのある種の「変換作業」が必要となります。それがメディアの役割ではないだろうか、私はコロナ禍のなかでずっとそう思ってきました。

注:このテーマを含む佐藤優氏との長時間の対話は、その後、『記者と官僚-特ダネの極意、情報操作の流儀』(西村陽一、佐藤優、中央公論新社)として出版された)


忘れられた20世紀の教訓

たとえば混乱したコロ報道のなかで、「20世紀の教訓」というものをメディアは忘れてしまってはいなかったか、もう一回見つめ直さなければなりません。

一例を挙げます。 

いま(2024年)から約20年前にWHO(世界保健機関)が鳥インフルエンザの報告書を発表したのですが、「過去のパンデミックからの教訓」という章では、20世紀の三つのインフルエンザ大流行―スペイン風邪、アジア風邪、香港風邪―が検証されています。

すでに、20世紀のパンデミックの特色、教訓と対策が詳しく書かれていたわけです。しかし、コロナ禍では、かつて議論した内容が、少なくともメディアの世界ではすっかり忘れられ、新しい脅威としてゼロから同じような議論を繰り返していました。




 あるいは2003年のSARS、2012年のMERS。日本はともに他国に比べるとそう深刻な状態に陥らないまま乗り越えたわけです。

しかし、実はそのことが、感染症対策を軽視し、感染対策をある種のコスト部門として割り切ってしまうような傾向につながり、こんにち問題となっている保健所数やベッド数の削減、増大する医療費の抑制のための地域医療の機能分化、こういったことの背景になったのではないか―そんな仮説が提起されています。 

こうした点の検証も、メディアとしてコロナ初期のころにできたはずですが、十分ではなかった。スペイン風邪にせよ、SARSやMERSにせよ、メディアは今回のコロナ報道では、単なる過去のエピソードとして脚注のように紹介するだけにとどめず、過去の出来事と教訓が、今日と未来にどんな意味を持っているのかという解釈と提示が求められていたと思います。

ジャーナリズムの変換作業とは

単に過去を振り返る、特集記事の小さな脚注として右から左に紹介するのではなく、過去から現在を経て未来へとつなげるための分析をする、これがメディアの「変換作業」です。 

私たちは、喉元過ぎれば熱さを忘れます。危機の記憶を失います。人間だから当たり前です。

過去のパンデミックにせよ、あるいは例は違いますが、アフガン情勢にせよ、ミャンマー情勢にせよ、人々が普段からこうした歴史的な事実、複雑な歴史を記憶にとどめ続けるのは不可能です。

だから、過去の教訓を、読者や視聴者にいいタイミングで思い出してもらう、その際に、過去の事実が未来に対して持つ意味を、昨日と今日、明日をつなぐための連続線として用意して提供しなければならない、そう思います。

新聞が「一日限りのベストセラー」だった時代

「新聞は一日限りのベストセラー」という我々の世界では有名な言葉があります。ナショナリズムに関する著作で有名なベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』の中の言葉です。

遠い昔、新聞を読むことは「朝の礼拝」にも等しい、共通の物語を持つ行為でした。しかし、「一日限りのベストセラー」ということは、「印刷の翌日には古紙になってしまう」、翌日には忘れ去られる、ということです。
 
それもいまや昔、紙だけの時代のことでした。いわんやいまではアトム化した情報が速報となって24時間365日世界を飛び交うデジタル社会です。
 
だからこそ、過去から現在、そして未来へとつなげていく、そんな連続性のための補助線を引いて、いいタイミングで、読者にリマインドする、思い出してもらう、理解の一助にしてもらうこと、これが危機の時代のジャーナリズムの役割ではないでしょうか。
 
100年余前のスペイン風邪は「忘れられたパンデミック」と言われました。コロナ禍は収束しましたが、私たちは教訓を十分に学んだでしょうか。同じことの繰り返しにならないためにジャーナリズムの役割はとても重要だと思います。

科学ジャーナリズムの重要性

わかりやすさと正確さ

コロナ報道では、メディアの側に専門知識の不足、事前の準備の不十分さが見られました。役所は縦割りでしたが、記者クラブの取材体制もまさに縦割りそのもの、それに加えて横並び傾向も見られました。
 
だからこそ、科学ジャーナリズム強化の必要性を強調したいと思います。実はしっかりした科学ジャーナリズムが必要だという議論は、「スタップ細胞事件」の際も、東日本大震災の福島原発事故のときも、一部のメディア人から熱心に唱えられてはいました。
 
科学者は正確さに徹しますが、往々にして皆がわかるようには伝えられません。記者は科学を正確かつわかりやすく伝えることにあまり慣れていません。
 
作家の故井上ひさしさんの次の言葉は新聞記者時代によく聞かされました。

「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書く」
 
これは何年、何十年やっても到達できない文章道です。科学報道にこれを適用するのはもっと難しい。しかし、まずはこの境地を目指したい。そう思います。

「巨人の肩」とテレビの相性

科学の世界は「巨人の肩の上に立っている」と言われます。
 
先人が積み重ねてきた発見のおかげで、遠くを見渡せて、新しい何かを発見できるという意味です。たくさんの先人の功績の上に積み重ねられていくものだということです。
 
しかし、メディア、とくにテレビは、とかく一人のヒーローやヒロインを作り、それを舞台の中央に据えたがります。「スターの誕生」「セレブの登場」です。

これは、歴史に立脚して冷静に未来を見据える「巨人の肩」とは相性がよくありません。コロナ報道ではごく一部の例外を除いて、こうした近視眼的な欠点があらわになったと思います。
 
メディアには「媒介」の役割があります。専門家と専門家をつなぐ。専門家と国民をつなぐ。国民と国民をつなぐ。政治と科学をつなぐ。そんな媒介者としての知見が、このコロナ禍のなかでメディアには求められていたのではないでしょうか。

専門知、総合知、全体知

全体知の構築への貢献

専門知、総合知、全体知といいます。
 
とくに、最後の「全体知」の重要性については、旧知の寺島実郎多摩大学長がよく指摘していました。寺島さんは、コロナ禍では「専門知の限界」が明らかになった、と指摘したうえで、「日本の意思決定の中枢は、政策判断に不可欠なものとして、専門知よりも一次元高い全体知を持つべきだった」と主張しています。
 
メディアは専門知にアクセスします。それを集めて編集し、知見の断片を紹介します。昔はそこで終わりでもよかったのかもしれません。しかし、未曾有の危機の時代、複合危機の時代を駆け抜けつつあるとき、単に専門知をかき集めただけでは課題の解決にはつながりません。
 
断片的な、狭い「専門知」ではない、また、それらを集めて組み合わせただけの「総合知」でもないものが必要です。


 「総合知」は特定の目的を達成するための最適の手段を選ぶことはできます。しかし、本当に必要な優先事項は何かを決めるためには、最新の研究結果に加えて、歴史、哲学、政治、宗教、倫理も動員して、私たちが直面する大きな課題を解決するうえでの「全体知」を深めること、そのための対話フォーラムをつくり、その対話をファシリテートする役割を担うこと、こうした意識と試みがメディアに必要ではなかったのではないでしょうか。
 
これは、まさにこれからの科学報道のあり方にも、人工知能の将来を論じるときにも通じると思います。

 メディアは専門家との継続的な対話を通じて、断片的な「専門知」を伝えるだけにとどまらず、そして安易な二者択一や具体性のない言葉に寄りかかることなく、科学と社会・政治・経済、文化を組み合わせた「全体知」の構築に貢献していかなければならないと思います。そのインフラとなるのが、今回痛感した科学ジャーナリズムの強化です。
 
ここまでの話を踏まえてここから先はジャーナリズムの活性化について考え、初回の講義を締めくくりたいと思います。
(第6回配信に続く)
 
初回講義「イントロダクション~プラットフォーマーとメディアを取り巻く潮流について」
第1回配信 初回講義その1 三つの革命と三つのトンネル
第2回配信 初回講義その2 巨大プラットフォーマーの破壊力
第3回配信 初回講義その3 変革の移り変わりをとらえるためのキーワード
第4回配信 初回講義その4 メディアのパワーシフトとAI
第5回配信 初回講義その5 未来につなげるための変換作業
 
第6回配信 初回講義その6 ジャーナリズムの活性化のために
第7回配信 初回講義の「Q&A」、「講義を聴いて今思うこと」

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