見出し画像

【第16回】巨大プラットフォーマーと戦争~ウクライナでの情報戦の威力、地上の冷酷な現実

東京大学大学院情報学環を拠点とする「プラットフォーム研究会」は、国内外のさまざまなプラットフォーマーの経営、歴史、思想、創業者群像、政治との関係、生成AI戦略などについて、2025年6月まで25回の会合で議論を重ねてきました。

本noteでは、西村陽一・東京大学大学院客員教授による「情報社会論」講義(情報学環教育部、2024年度)の一部を再録するとともに、研究会での議論内容を特集記事として順次紹介していきます。

第8回~第14回は、2回目の講義「プラットフォームビジネスのメカニズム~その急成長とパワーの源泉について」(2024年4月)の再録を分割してお届けしました。

第15回からは3回目の講義「戦争と情報~ウクライナ戦争とプラットフォーマーについて」(2024年4月)の再録をお届けしており、この第16回配信では、戦争初期にウクライナが見せたサイバーレジスタンス、そして、ソーシャルプラットフォームではわからない地上の過酷な現実と現代の「戦場の霧」について説明しています。


ウクライナでのネット戦と地上戦

ウクライナ戦争で特徴的なのは、「ウクライナIT軍」「IT義勇軍」「サイバーレジスタンス」「デジタル封鎖」といった言葉が世界中で飛び交ったことです。
 

30万人が登録したIT軍

ロシアのサイバー攻撃能力は世界でもトップクラスです。

このため、ウクライナは侵攻直後から、ロシアに対してハッカー攻撃をするための志願制の「IT軍」を国内外から募集しました。多いときで約30万人が登録していました。

彼らは、先ほど説明した「テレグラム」(:第15回配信)のチャンネルに登録します。そこを通じて、ハッキングやサイバー攻撃の標的についての指示を受け、ロシアの重要インフラなどに対する「分散型サービス拒否攻撃」(DDoS攻撃、DDoS =Distributed Denial of Service attack、ウェブサイトやサーバーに対して過剰なアクセスやデータを送り付けるサイバー攻撃)を仕掛けました。


DDoSは、インターネット初期のころから多く見られた、いわば古典的なやり方で、安定した成果を出しやすいところがあります。ひとことで言えば、複数のPCから標的のサーバーに対して大量のアクセスを送りつけるという単純なものです。

ウクライナ国内では、多くのエンジニアがIT軍の「義勇兵」となりました。海外のハッカー集団も加わりましたが、このタイプの攻撃について言えば、ITに深く精通したプロではなくともハッキング攻撃に加われるという利点がありました。

志願制の「ウクライナIT軍」
・ピーク時には30万人が登録
・「分散型サービス拒否攻撃」(DDoS攻撃) 
  DDoS =Distributed Denial of Service attack
   ウェブサイトやサーバーに過剰なアクセスやデータ
   インターネット黎明期から多用された古典的手法
・対象はロシアとベラルーシの政府、企業、メディア
・専用のテレグラム(Telegram)チャンネルで指令通達
  このチャンネルを通して登録者に任務を付与
  簡単な登録

ゼレンスキーのマーケティング戦略

こうしたSNS効果を熟知していた俳優出身のゼレンスキー大統領は、「マーケティング戦略」にたいそうすぐれていました。

そのやり方は、戦前には他国のメディアやコミュニケーションの専門家が予想もしていなかったものでした。

彼のシナリオは、「被害者」と同時に「英雄」としてウクライナと自らの自画像描き、「あなたたちはウクライナを助けなければならない」というメッセージを、感情を込めて世界中に発信することでした。

彼は各国の政府や議会にむけて、その国々の歴史や背景を意識しながら、ときにチャーチルのスタイルを、ときにレーガンのレトリックをコピーして演説を重ねていきました。

ハイブリッド戦争

一方、これまでロシアのサイバー能力といえば、2014年のクリミア併合、2017年のウクライナへのハッカー攻撃、ロシアのインターネット組織による2016年米大統領選への介入(これは別の回で解説します)が広く報道されていますが、その攻撃能力は国際的に定評がありました。


皆さんは「ハイブリッド戦争」という言葉を聞いたことがあると思います。

伝統的な戦闘とサイバー戦、認知戦・心理戦などを組み合わせたものです。

ロシアが無血でクリミアを併合したときは、通信網の遮断、携帯電話網の麻痺、政府サイトのダウン、偽・誤情報の拡散による社会の不安定化工作、SNSを通じた物語(ナラティブ)拡散による世論工作などを組み合わせていました。

今回の戦争でも、たとえば2022年7月にウクライナのラジオ局がロシア側とみられるハッカーに乗っ取られ、「ゼレンスキー大統領の病状が深刻でいま集中治療室にいる。大統領の仕事は最高会議議長が引き継ぐ」との偽情報が流されたことがありました。この前には、ロシアのラジオ局がウクライナ側とみられるハッカーの攻撃を受けており、反戦歌が流されていました。

こうした情報工作、世論工作に加えて、今回は、ウクライナ政府の呼びかけに応じた米国の巨大プラットフォーマーがロシアでのサービスや製品の提供を次々とやめたこと、それによってロシア側によるSNSや交流サイトの利用が制約されたこと、そして、巨大プラットフォーマーがウクライナのサイバー防衛に積極的に加担したことが、これまでの戦争とは違う特徴といえます。これについては後ほど詳しく話します。

SNSレジスタンス

相手国民を説得する。プロパガンダとアジテーションを利用する。世論工作をしかける。これらは古くからある戦争の戦術です。

しかし、初回の授業で紹介したように、現代は「モバイル・ソーシャル革命」の奔流のなかにあり、個人の発信力、情報拡散の速度と規模が劇的に変わりました。当然のことながら、戦争においても宣伝戦、情報戦の方程式が変わりました。

ウクライナでは「SNSレジスタンス」という言葉が生まれました。

ウクライナ市民がSNSを使ってウクライナ軍を支えようという動きです。

たとえば、ロシア軍の戦車や部隊を目撃したら、その位置をウクライナ軍に伝える。SNS上でその動きや配置の模様を暴露する。こうすることによってロシア軍の侵攻を妨害しようという試みで、侵攻直後は一定程度の効果を発揮しました。


ウクライナ政府は、2022年2月24日にロシアの侵攻が始まった直後の2月下旬、先ほど紹介したロシア発のアプリであるテレグラムに「ロシアの戦争を止めろ」と題した専用の窓口を設けました。

市民の力を得てロシア軍の位置情報をつかもうという狙いでした。市民はフォーマットに従って、指定されたアプリにロシア軍を目撃した場所と時間、具体的に見たのは何だったのかなどの情報を送り、ウクライナ軍がその情報を精査して軍事作戦に役立てるという仕組みでした。

これは、史上初めて、スマホがある意味、戦争の武器として使われたことを意味していました。

SNSレジスタンス
・市民がロシア軍の戦車の位置や動きを軍に伝える
・SNS上に配置を暴露
・ロシア軍侵攻を妨害する試み
・市民が戦局情報を軍当局と共有
・写真と動画を世界に発信
・新しいかたちの市民の「参戦」

歴史上初めてスマホが武器 と して 使われた戦争

もっとも、戦争が長びくにしたがって、米国の軍と、最先端技術を持つビッグテックや軍事データ企業、新興AI企業などが密接に提携するようになります。

彼らは、衛星の情報、位置情報などの「戦場ビッグデータ」を統合し、AIで分析して攻撃につなげるというシステムを運用するようになるのですが、初期の段階では、まさに「サイバーゲリラ」「ITレジスタンス」的な動きがウクライナで組織化されていたといえます。

現代の「戦場の霧」という落とし穴

SNS主導の情報戦には落とし穴があります。

戦争は昔から情報戦です。情報をいち早く分析し、司令部と前線、部隊と部隊が共有できる態勢を持つ側が有利になります。

一方で、私が取材したイラク戦争のように、イラクの大量破壊兵器についての壮大な虚構の情報、つまり嘘の情報によって開戦が決まってしまった戦争もあります。

現代では、ウクライナ戦争のように、大量の偽情報・誤情報、世論操作情報などが飛び交い、プロパガンダやアジテーションが繰り出されますので、それにだまされるリスクも飛躍的に高まります。

衛星画像やSNS情報、ビッグデータを通じて、さまざまな情報が可視化され、いわゆる「透明性」が増してきたと言うこともできますが、「透明性」が高まれば高まるほど、そこに偽・誤情報、操作情報による世論工作などがたくさん入り混じる「不確実性」も高まってくるというジレンマに直面します。

戦場には不確定要素、不確実性がつきものです。プロイセンの軍事戦略家クラウゼヴィッツはこれを「戦争の霧」と言いましたが、これはまさに現代の「戦場の霧」といえるでしょう。

現代の「戦場の霧」という落とし穴
・「透明性」のジレンマ
  透明性が高まる
   偽情報・誤情報、操作情報、希望的観測が増える
  高まる情報の「不確実性」 
   騙されるリスク

10代が多国籍サイバー部隊に参加

さまざまな国の市民がオンライン上の戦争に善意から参加するという点は大きな問題をはらんでいます。

英ガーディアン紙には、スイスの10代の若者の「何か貢献したくて、ウクライナを助けるために自分の攻撃スキルを使えればと思いました」「私はスイス出身ですが、ハッカーとして腕に覚えがあり、そしてウクライナの人々一人ひとりに胸を痛めています。ウクライナの人々に寄り添い、どうにか助けになりたいのです」という声が紹介されていました。

ニューヨークの20代の女性、リトアニアの30代のIT専門家など、さまざまなバックグラウンドをもつ人々がボランティアでウクライナのIT部隊に加わりました。豪公共放送は、オーストラリアやスペインからも参加者が出ていると報じていました。


IT部隊はこのように未成年を含め多国籍化していきました。

ところが、こうした多くの国の未成年を含む国民が、ロシアへのサイバー攻撃に加わることで、参加者は居住国の法に触れるリスクが出てきます。

ガーディアン紙は記事のなかで、ボランティアで対ロシアサイバー攻撃に加わることの危険を指摘していました。欧米の当局関係者は同紙を通じ、ウクライナIT部隊のメッセージグループへの参加を「強く非推奨」とすると述べ、「いかなる形であれ、我々が犯罪を奨励することはあり得ない」と警告していました。

さまざまな国からオンライン上の戦争に「参加」
 「自分の攻撃スキルを使いたい」(スイスの10代の若者)
 NYの20代の女性、リトアニアの30代のIT社員・・・
 未成年を含む「多国籍部隊」
 サイバー攻撃ボランティアの法抵触リスク

SNSだけで実態は把握できない

皆さんに留意してほしいことがあります。

私は冒頭、この戦争はその気になれば、自分の部屋にいながら、ほぼリアルタイムで戦況を観察することもできると言いました。また、世界のメディアでは、ウクライナのオンライン戦の能力、SNSを駆使するIT能力を絶賛する声が広がっていました。

確かに、ウクライナ人のIT能力は優れています。旧ソ連時代からウクライナの理系大学のレベルは高く、キエフ工科大学は軍事技術、航空エンジンの研究では有名でした。

ちなみに、ロシアといえばモスクワ大学です。私もソ連崩壊直後の1年間、ロシアに語学留学し、一時期、モスクワ大学でもロシア語を学んでいましたが、ソ連時代、モスクワ大学の最難関学部といえば哲学部だったと友人から聞いたことがあります。


ソ連崩壊後もウクライナは優秀なエンジニアを多数擁しました。人件費が相対的に安かったこともあり、日本企業を含む海外の大企業が開発拠点にしやすく、「東欧のシリコンバレー」と呼ばれていました。

ですから、国民のIT能力がとても高く、デジタルツールを駆使した戦闘力も高いレベルにあることは事実です。

ただ、ここで強調したいのは、一般のユーザーでもSNSで戦争のリアルタイム情報を簡単に手にすることができる時代となったといっても、あるいはウクライナ市民のサイバーレジスタンスが世界中で称賛されていたといっても、皆さんは、SNSを飛び交う断片情報の集積だけで戦争の実相を把握できるわけではまったくない、ということです。

ソーシャルプラットフォーム上では、断片的な、一面的な、ときに楽観的な、ときに誇張に満ちた「戦況情報」「連帯情報」「糾弾」などが、事実、主張、意見、宣伝が混然一体となって洪水のように流れています。

しかし、現実の地上の戦場では、とくに戦線が膠着し戦況が泥沼化していくなかの戦場では、こうした「情報」ではとらえきれないものがたくさん出てきます。

たとえば人道危機の深刻化です。なかなか目に見えないところで人道危機が止められない、止まっていないという過酷な現実があります。

地上には、SNSの情報やメッセージとは全く別の次元の冷酷な現実が横たわっています。皆さんには、ツイッターではわからない、そうした現実にも目を向けてみてほしいと思います。

SNSの断片情報だけで戦争の実相はつかめない
地上にはSNSとは別次元の冷酷な現実が横たわっている

「地獄へようこそ」 チェチェンで見たこと

私の体験をお話しします。

私が記者としてロシアで過ごしたのは、ソ連崩壊翌年の1992年から5年余でした。最初の1年は、先ほどちょっとお話した語学留学で、あとの4年は記者として、当時のエリツィン政権と旧ソ連諸国、米ロ関係、核管理問題などを取材しました。

第一次チェチェン戦争の戦場取材はそのなかでも大きなテーマでした。

初回講義の「イントロダクション」で、私の原点として20代のころの日航機墜落事故の現場取材の話をしましたね(:第1回配信)。それと並んで、私には忘れられない光景がもうひとつあります。


チェチェンの首都グロズヌィを訪れたときのことです。そこに「地獄にようこそ」と書かれた大きな垂れ幕がかかっていました。

その垂れ幕の先に、ロシア軍の攻撃でまったくの焦土と化した、荒涼とした光景がどこまでも広がっていました。

私はその後、破壊された土地の奥でゲリラたちに同行したり、戦災孤児やPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむロシア兵の取材をしたりするのですが、いまでも、あの荒れ果てた土色の光景は忘れられません。

「地獄にようこそ」。この言葉は、チェチェンの捕虜収容所で、ロシア兵が拘束されたチェチェンゲリラに言い放った言葉と伝えられています。

この画像は、私が見た垂れ幕ではなく、別の場所に書かれていたものの画像です。

ロシア軍といっても、その中には、契約兵、傭兵や私兵もいますが、こうした兵も含めたロシア軍は、チェチェン、あるいは、その後のシリアを見ても、民間人を標的にすることも躊躇しないところがありました。いまのウクライナは、あのころとは比べ物にならないほどの広範囲の国土にわたって人道的な危機が深刻化していますし、ロシア兵の死傷者数もチェチェン戦争の比ではありません。

戦場ルポをチェックしよう

その気になればいつでもSNSで断片的な「戦争情報」を目にすることができるように、皆さんはその気になれば、APやBBC、ニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナルなどの熟練の戦場記者たちの「地上ルポ」を読むことができます。

もちろん、私自身の反省も込めて言えば、いわゆる西側の報道陣のなかには情報戦に踊らされている記者たちもいるでしょう。

ミクロな地上ルポだけで戦況、さらには戦争の全体像を伝えられるわけでもありません。

しかし、命を危険にさらしながら地べたを這いずり回って記事を送ってくる記者たちはいまもいます。

さらに、いまでは、さまざまな言語のAI翻訳ソフトがリリースされ、日々精度が向上しています。そうしたアプリの助けも借りながら、英語圏だけではなく仏語圏、スペイン語圏、ドイツ語圏などの記者たちの現地レポート、映像、番組、写真を読み、視聴することは皆さんもできます。

さて、今回のウクライナ戦争を通じて、これから話すように、巨大プラットフォーマー、ビッグテックはそれまでの政治や安全保障に対する中立的な姿勢を捨てました。SNSの使い方によって戦争のあり方も変わりました。戦争におけるプラットフォーマーの役割を私たちは直視しなければなりません。同時に、私たちはその変化や役割を過大評価してはならないし、批判的にとらえなければならない側面も多々あります。
(第17回配信に続く)
 
・初回講義「イントロダクション~プラットフォーマーとメディアを取り巻く潮流について」
第1回配信 三つの革命と三つのトンネル
第2回配信 巨大プラットフォーマーの破壊力
第3回配信 変革の移り変わりをとらえるためのキーワード
第4回配信 メディアのパワーシフトとAI
第5回配信 未来につなげるための変換作業
第6回配信 ジャーナリズムの活性化のために
第7回配信 「Q&A」「講義を聴いて今思うこと」
・2回目の講義「プラットフォームビジネスのメカニズム~その急成長とパワーの源泉について」
第8回配信  主戦場はモバイルからAIへ
第9回配信  オンラインとオフラインの二刀流
第10回配信  ネットワークの魔法とは?
第11回配信  ツーサイド効果と成長の壁
第12回配信  グーグルの巨大化と監視資本主義
第13回配信  パイプラインからプラットフォームへ
第14回配信 「Q&A」

・3回目の講義「戦争と情報~ウクライナ戦争とプラットフォーマーについて」
第15回配信 ウクライナのSNS戦争とアルゴリズム戦争
第16回配信 ウクライナでの 情報戦の威力、地上の冷酷な現実
 
第17回配信  イーロン・マスクとスターリンク
第18回配信  巨大プラットフォーマーとウクライナ
第19回配信     戦争とディープフェイク
第20回配信  戦争とスプリンターネット 
第21回配信 「Q&A




いいなと思ったら応援しよう!