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【第11回】ツーサイド効果と成長の壁

東京大学大学院情報学環を拠点とする「プラットフォーム研究会」は、国内外のさまざまなプラットフォーマーの経営、歴史、思想、創業者群像、政治との関係、生成AI戦略などについて、2025年6月まで25回の会合で議論を重ねてきました。
本noteでは、西村陽一・東京大学大学院客員教授(朝日新聞のワシントン・モスクワ特派員、政治部長、編集局長、常務取締役編集担当。元ザ・ハフィントン・ポスト代表取締役)による「情報社会論」講義(情報学環教育部)の一部を再録するとともに、研究会での議論内容を特集記事として順次紹介していきます。
第1回配信~第7回配信では、「情報社会論」講義の初回「イントロダクション ~プラットフォーマーとメディアを取り巻く潮流について」(2024年4月)の一部を再録しました。
第8回配信からは、講義の2回目「プラットフォームビジネスのメカニズム~その急成長とパワーの源泉」(2024年4月)を再録しており、この第11回配信では、グーグルやウーバー、エアビーアンドビーなどを素材に「ネットワーク効果」のメカニズムについて説明し、「ネットワーク効果」を「エンゲージメント効果」「ユーザー獲得効果」「経済効果」の三つに分解しています。また、プラットフォームビジネスが巨大化する背景を説きながら、その成長には壁があることを説明しています。


グーグルとエアビーアンドビーの成長

ネットワーク効果について、皆さんおなじみのグーグルの成長を例にとってみましょう。
 

買収に次ぐ買収

 
たとえば、いい検索サイトだという評判が広がれば、利用者が増えます。利用者が増えれば、それにつれて検索データも増えます。検索のデータが増えていけば、検索エンジンの精度が上がります。
 
検索結果の精度が向上し、利用者の検索ニーズを満たすようになれば、さらに利用者が増え、同時に多くの広告主を引き付けることが可能になります。広告が増えればそれをクリックするトラフィックも増えます。それがさらにデータの蓄積を促します。その結果、検索能力がさらに向上します。
 
思い切って単純化して言うとこんなループでしょうか。
 
グーグルのネットワーク効果を拡大させたのはこれだけではありません。
 
相次ぐ買収がそれを可能にしました。

グーグルマップのもとになったキーホール、ユーチューブ、アンドロイドなどを次々と買収することによって、検索、地図、動画、スマホOSの市場シェアは拡大していきました。


この買収の過程で、サービスの利便性が改善され、多彩なプラットフォーム全体のユーザー数が増えるとともに、複数のアプリを横断したユーザーのデータがたまっていき、それが、ターゲティング広告の精度向上につながっていきました。
 
まさに、複数の分野にわたってネットワーク効果が働いていることになります。
 
ちなみに、企業買収の専門家(松本茂さん)によると、2000年から2019年までの20年間にグーグルの持ち株会社アルファベットによる買収は合計234件だそうで、これは1カ月に1件のペースとなります。
 
買収に次ぐ買収がネットワーク効果を後押ししました。それによって、グーグルのような巨大プラットフォーマーの持つデータとツールは、質量ともにさらに増えていきます。

利便性と危機感
 


データをもとにしたサービスの提供が自分にとってどんどん最適化されていき、それに伴ってサービスがますます便利になっていくことに満足する人たちがいます。
 
その一方で、検索や購買、視聴や通話、メール、予約、移動などのあらゆる履歴、さらには人種、性的嗜好、犯歴、病気、隠したいプライバシー、怒りなどの感情などが、プラットフォーム企業に知られたり、勝手に推測されたりするようになったことに、強い不快感、無力感、危機感を持つ人たちがいます。
 
これに関連してEU(欧州連合)や米司法省などが、巨大プラットフォーマーがデータの力で独占的地位を強めてきたことを懸念し、規制シフトを敷いたり訴訟を起こしたりしています。これについては回を改めて説明します。


エアビーアンドビーのオーディエンス構築


プラットフォームビジネスは、参加者が多くなければ発展しません。
 
「Critical Mass(クリティカルマス)」という言葉があります。
 
ネットワークの価値が、そこに参加するためのコストを上回るポイントです。生産者、消費者の数が一定の規模、いわば最小必要人数に達したら、「ネットワーク効果」によって新規のユーザーが増え始め、成長に弾みがつきます。
 
エアビーアンドビーの始まりは2007年。サンフランシスコで国際デザイン会議が開かれたのですが、そこでホテルが不足しました。当時、ロフトで共同生活をしていた二人の貧乏学生がおり、彼らは家賃支払いに困っていました。
 
そこで、自分たちのロフトにエアマットを敷いて会議参加者に貸し出すことを思いつきます。「パジャマ姿で仲間と交流するネットワークづくりはどうですか」。二人はそう呼びかけて、1000ドル稼ぎ、家賃支払いに充てました。これがそもそものきっかけでした。


そんな彼らにとって、「オーディエンス構築」の踏み台になった大きなイベントがありました。オバマ大統領の誕生です。


English Wikipediaより

オバマ氏が民主党の大統領候補に指名されたのが2008年の民主党全国大会でした。彼の指名受諾演説の会場は当初、ペプシセンターだったのですが、とても足りないので、76000人収容できる場所に変更する必要が出てきました。
 
しかし、会場のデンバー市には約8万人もの人を受け入れる準備はなく、市のホテル部屋数は28000程度でした。これがエアビーアンドビーのネットワーク成長のチャンスとなりました。同社は大会後に急速に成長します。

ツーサイド効果


 
グーグルでもウーバーでもそうですが、ネットワークの一方のユーザーが増えれば、もう一方のユーザーにも恩恵がもたらされます。これがツーサイド効果であり、一方のサイド(例えば生産者)が反対側のサイド(例えば消費者)に影響を与えるクロスサイド効果です。
 

両サイドで好循環


もう一回、ウーバーの例で見てみましょう。
 
利用者が増えれば増えるほど、運転手を引き付け、利用者にとっての価値が高まります。運転手がさらに多くの利用者を引き付け、その過程でデータ収集が進み、サービスの価値が高まります。登録する運転手が増えれば、利用者の待ち時間も短縮され、需要が喚起され、営業範囲の密度が高まります。もうけを投資に回してサービスを向上させればさらに新しいユーザーを獲得します。簡単にいうと、そんな好循環が生まれるわけです。
 
先ほどの電話の例とは違いますね。友人の輪が同じSNSを使うことによってそのSNSのユーザーが増えていくという場合とも違います。
 
ウーバーの場合は、利用者が運転手を、運転手が利用者を互いに引き付けるという構図です。


エアビーアンドビーも同じです。家や部屋を提供するホストが旅行者を呼び込み、今度は旅行客がホストを呼び込むというネットワーク効果になっています。グーグルの例でも、ユーザーと広告主のネットワーク効果がクロスしています。
 
面白いのは、ウーバーの利用者が今度は運転手になって客を乗せる、あるいは、エアビーアンドビーを利用していた旅行者が次は自分の家を観光客に提供するホストになるというように、両サイドが入れ替わってさらなる成長をもたらす場合があるということです。
 

高くなる乗り換えコスト
 


プラットフォームの参加者が増えて、プラットフォーム自体の価値が高まるというのは、簡単にいえば、そのプラットフォームがお客さんでにぎわうということです。そして、成長したプラットフォーマーは、そのにぎわいを維持しながら、集まってきた顧客を囲い込みます。
 
「囲い込む」とはどういうことでしょうか。
 
プラットフォームという「場」がにぎわいを享受しているということは、ECサイトなら利用者の購入履歴や「ほしい物リスト」、ポイント、特典などがどんどんたまるということです。

ところが、ユーザーがほかの業者に乗り換えようとしたら、そうしたものを閲覧できなくなる、利用できなくなるというデメリットが生まれてしまいます。
 
つまり、利用者にとっては「乗り換え」にコストがかかるということになります。

鶏か卵か

ツーサイド効果に関してよく言われるのが、プラットフォームビジネスを立ち上げる時に「鶏か卵か」の問題に直面するということです。
 
これは、生産者と消費者の二つのサイドにサービスを行うビジネスの立ち上げにつきまとう難題でもあります。両サイドが等しく重要なツーサイドの市場を構築しようとする場合、どちらを最初に固めるべきか、という問題です。
 
この図は、一昨年(2022年度)の講義の受講者が見つけてくれたものです。


ウーバーの場合でいえば、ドライバーが先か客が先か、という問題です。
 
ウーバーが新しい都市に進出して配車サービスを立ち上げるとき、乗客とドライバーのどちらを先に獲得すべきか。
 
ウーバーは手当を出して、まずドライバーを集めました。前回の授業で紹介したあの「クレイグスリスト」の求人掲載枠を買い取り、時給30ドルでドライバーを募集しました。そして、乗客を乗せた回数にかかわらず固定の時給を払いました。アプリを起動しておけば金が入りますので、ドライバーたちが集まってきました。
 
「鶏か卵かの問題を解決したいなら鶏を買え」作戦でした。
 

規模の拡大とデータの蓄積

 
いったん鶏をそろえると卵を産んでくれます。しかし、ここで終わるわけではありません。
 
初回講義で、「情報のデジタル化をただでやってのける」「完璧なコピーができる」「あっという間に拡散できる」という「無料・複製・瞬時」の三大メリットを説明しましたね(:第2回配信)。リアルビジネスに比べて、在庫や流通のコストがかからないので、デジタルテクノロジーを梃にしたプラットフォームビジネスは、規模を簡単に拡大できます。
 
規模が拡大するとデータがたまります。
 
ネットワークの拡大とビッグデータの蓄積が進むと、今度は個々人に合わせた細かいパーソナライズやターゲティングが可能になります。
 
ウーバーは最初一律の時給を払ってドライバーを集めたと言いましたが、次の段階では、高度な機械学習モデルにもとづいて各ドライバーに個別の報酬条件を提案できるようになりました。

ネットワーク効果の三つの効果

 
ネットワーク効果は三つの効果に分解できます。
 
それぞれがばらばらに独立しているのではありません。互いに絡み合って効果を発揮しています。それが「エンゲージメント効果」「ユーザー獲得効果」「経済効果」です。
 

エンゲージメント効果
 


「エンゲージメント」とは関与、かかわりという意味です。
 
メディアが読者や視聴者の「エンゲージメント」と言うのはこんな場合です。「長年の読者」も「一見のお客さん」も続けて記事を読んでほしい、番組を見てほしい。自社のサイトになるべく長い時間とどまり、回遊してほしい。では、そのために必要なことは何なのか?離脱や解約を防ぐにはユーザーとの間の「つながり」を深め、「かかわり」をずっと維持してもらうことが大切だ――。そんな文脈で強調される「つながり」とか「かかわり」がエンゲージメントです。
 
プラットフォームビジネスの場合も、ネットワークが密になればなるほど、ユーザーの利用頻度が増え、やがてはそのプラットフォーマーの製品やサービスから離れづらくなっていく、そんな効果です。
 

ユーザー獲得と経済の効果

 
「ユーザー獲得効果」はその名の通り、新規顧客の獲得促進です。
 
「経済効果」は、ネットワークの拡大とともにコスト構造と利益率が改善し、収益を上げやすくなる効果を指します。


皆さんはslackを使っていますが、ある企業でslackの社員ユーザーが増えれば、もっと高度な機能を使えるプランに切り替えたくなる社員が増えるかもしれない、そうなったら高額な法人契約プランを勧めやすくなるだろう、という期待が働きます。
 
アマゾンで見てみましょう。

アマゾンは自社ブランドだけでなく、サードパーティーと呼ばれる外部の小売業者が出品する「マーケットプレイス」事業を急速に拡大しました。いまやその流通取引総額はECサイト全体の半分以上を占めるまでになりました。
 
自社のブランドにかかわらず、ネットワーク内の出品数が増えれば増えるほど、ユーザーひとり当たりの平均購入金額が上昇します。商品の選択肢が充実するほど、ユーザーが欲しいものを見つけられる可能性が高まるからです。
 

つながる三つの効果

 
三つの効果はつながっています。
 
利用者の「エンゲージメント効果」が高いということは、製品やサービスを長く利用すればするほど、その製品やサービスを友だちに紹介する機会が増える、あるいは、そのサービスに同僚を招待する機会が増える、ということになります。つまり、「ユーザー獲得」を促してくれるということになります。
 
新しいユーザーを獲得するだけでは長続きしません。そのユーザーにかかわりを持ち続けてもらうためのインセンティブ、かかわりを持つことが魅力的だと思わせるような対策を打たなければなりません。そうすることによって活発な交流が始まれば、今度は「エンゲージメント効果」が高まっていくでしょう。
 
「経済効果」が高まると、そのサービスで稼げるようなユーザーが増え、「エンゲージメント効果」も高まります。ひとつの効果を高めると連動して他の効果も高まるというわけです。
 

フライホイール効果

 
あとひとつ、キーワードを紹介します。
 
三つの効果の相乗効果としてネットワーク効果が働き、成長の軌道に乗るとき、それを回していくものがあります。
 
いわゆる「フライホイール(はずみ車)(flywheel)」効果です。
 
フライホイールとは、物理学では回転の運動エネルギーを蓄えて近くのエンジンを動かす円形ディスクを指します。ここでは顧客を集める「目玉商品」を指します。フライホイールが回転すればするほど収益が増えていきます。
 

究極の?フライホイール

 
現代における究極のフライホイールはアマゾンプライムなのかもしれません。
 
アマゾンプライムは幅広い商品をすぐ手に入れたいと思う買い物客を引き寄せるでしょう。会員になるとアマゾンプライムビデオのようなサービスも受けられます。プライムの定着率が高まると、アマゾンという名のプラットフォームで利用者が過ごす時間が増えるというわけです。
 
アマゾンは、ビジネス史上最大と言えるかもしれないフライホイールをほかにも二つ持っています。何度か紹介したクラウドのAWSとマーケットプレイスです。


 
いったんフライホイールが回り始めると、フライホイールがネットワーク効果を促し、ネットワーク効果がフライホイールの回転を助けるという構図となります。
 
ここまで話してきたいくつもの効果や仕掛けが重なり合い、巨大プラットフォーマーによる独占・寡占の時代が到来することになります。


成長の壁

 
ただし、ネットワーク効果にはいくつかの留保をつけなければなりません。
 
ひとつはネットワーク効果で指数関数的な成長をしても、どこかで壁にぶつかる日がくるということです。
 

飽和市場の問題点

 
市場が飽和状態になるとマーケティング効果は見込めなくなります。
 
トロール(荒らし)やスパム、フェイクレビュー、ステマ(ステルスマーケティング)などが氾濫してきます。
 
市場が過密状態になると、つながりたい人や見たいコンテンツを発見することも難しくなります。
 
たとえばフェイスブックは、それぞれの加入者が「最初の10日間で7人の友人とつながる」ことに目標を置きました。友人7人よりは14人、21人とつながった方がユーザー体験は向上するわけです。
 
しかし、すべてのユーザーがそれぞれ1万人の友人とつながっていたとしても、エンゲージメントが1万倍になるわけではありません。過密化のあおりでかえってエンゲージメントが下がる可能性があります。

社会問題となった労働条件

 
ウーバーの運転手、アマゾンやウーバーイーツの配達員などの「プラットフォームワーカー」が増えるに従って、その労働問題がとても深刻になっています。
 

経済産業省「『雇用関係によらない働き方』に関する研究会報告書」(2017年3月)

彼らは形のうえでは、プラットフォーム企業から仕事を請け負う個人事業主です。App-based workerともいわれるように、モバイルアプリに登録し、指示を受ける働き方です。
 
しかし、彼らには労働者としての保護が及びません。このため、欧米では、ウーバーのドライバーたちが、賃金引き上げや福利厚生の改善を要求する運動や訴訟を起こしています。日本でもウーバーイーツやアマゾンの配達員の労働条件が社会問題になっています。
 
こういったさまざまな問題に直面することが成長を妨げる壁、ときには天井となります。
(第12回配信に続く)

初回講義「イントロダクション~プラットフォーマーとメディアを取り巻く潮流について」
第1回配信 三つの革命と三つのトンネル
第2回配信 巨大プラットフォーマーの破壊力
第3回配信 変革の移り変わりをとらえるためのキーワード
第4回配信 メディアのパワーシフトとAI
第5回配信 未来につなげるための変換作業
第6回配信 ジャーナリズムの活性化のために
第7回配信 「Q&A」「講義を聴いて今思うこと」

2回目の講義「プラットフォームビジネスのメカニズム~その急成長とパワーの源泉について」
第8回配信  主戦場はモバイルからAIへ
第9回配信  オンラインとオフラインの二刀流
第10回配信  ネットワークの魔法とは?
第11回配信  ツーサイド効果と成長の壁
 
第12回配信  グーグルの巨大化と監視資本主義
第13回配信  パイプラインからプラットフォームへ
第14回配信 「Q&A」


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