【第15回】巨大プラットフォーマーと戦争~ウクライナのSNS戦争とアルゴリズム戦争
東京大学大学院情報学環を拠点とする「プラットフォーム研究会」は、国内外のさまざまなプラットフォーマーの経営、歴史、思想、創業者群像、政治との関係、生成AI戦略などについて、2025年6月まで25回の会合で議論を重ねてきました。
本noteでは、西村陽一・東京大学大学院客員教授による「情報社会論」講義(情報学環教育部、2024年度)の一部を再録するとともに、研究会での議論内容を特集記事として順次紹介していきます。
第8回~第14回は、2回目の講義「プラットフォームビジネスのメカニズム~その急成長とパワーの源泉について」(2024年4月)の再録を分割してお届けしました。
ここからは、3回目の講義「戦争と情報~ウクライナ戦争とプラットフォーマーについて」(2024年4月)の再録をお届けします。この第15回配信では、メディア報道の観点からウクライナ戦争が過去の戦争とどこが違うのか、とくに、SNS戦争・アルゴリズム戦争ともいうべきこの戦争の特色について説明しています。
読み上げ内容には複数のミスが含まれます。あくまで理解の補助としてご利用ください。
はじめに
ロシアの侵攻で始まったウクライナ戦争は3年目(2024年4月の講義当時)に入りました。昨年(2023年)に始まったウクライナの反転攻勢は、ウクライナとNATOが期待していたような成果をあげることができず、本日時点では失敗と言わざるをえません。プーチン大統領はいま、トランプ氏のホワイトハウス返り咲きに期待しています。戦線は膠着化し、長期化の様相を示しています。
この戦争は、第二次世界大戦後の国際秩序の最大の危機として、軍事・地政学、ロシアとウクライナの国内政治、経済制裁と資源エネルギー問題、グローバル・サウス外交、帝政ロシア以降のロシアの歴史やプーチンの心理分析、中ロ関係など、多岐にわたる論評ができますが、講義の3回目は、この戦争における巨大プラットフォーマーの役割の劇的な変化、AIが戦争に与えた影響といった点から、「戦争と情報」「戦争とプラットフォーマー」「戦争とテクノロジー」のテーマでお話しします。
ウクライナ戦争はこれまでの戦争と何が違うのか
ベトナム戦争とクロンカイト
皆さんにとっては歴史上の人物ですが、テレビジャーナリズムのレジェンドといえば、アメリカのCBSテレビのウォルター・クロンカイトです。
ニュースキャスターが「アンカー」と呼ばれるようになったのはクロンカイトからです。
ちなみに「アンカー」とは、船の錨のようにニュース番組を固くつなぎとめるまとめ役、番組の中核の人物といった意味を持ちます。日本によくある単なる番組司会者とは違います。
ベトナム戦争では、彼の戦争批判が、米国の反戦世論に決定的な影響を与えました。その批判的なコメントが放送された直後、ジョンソン大統領が「クロンカイトを失ったということは、アメリカの主流を失ったのと同じだ」と語った話は有名です。
ペンタゴン・ペーパーズ
ベトナム戦争では、ニューヨーク・タイムズの「ペンタゴン・ペーパーズ」報道が、隠されていた戦争の実像をすっぱ抜きました。これはいまでも、ウォーターゲート事件報道とならぶ、アメリカジャーナリズムの金字塔です。

タイムズに先を越されたライバルのワシントン・ポストを舞台に、トム・ハンクス、メリル・ストリーブが出演したスピルバーグの映画『ペンタゴン・ペーパーズ』で、この報道は再び脚光を浴びました。
皆さんの中にもこの映画を見たことがある人がいると思います。まだという人は、ウォーターゲート報道を扱った『大統領の陰謀』と並んでぜひお勧めします。

当時は、ABC、NBC、CBSの3大ネットワークのテレビ、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストを代表とする新聞メディアが戦争を伝え、ときに批判し、ときに検証をしました。
湾岸戦争とアーネット記者
1990年代、私たちの世代の記者たちは、湾岸戦争について、開戦後もイラクのバグダッドにとどまったCNNのピーター・アーネット記者の現場中継報道にくぎ付けになりました。
彼の現地リポートを通じて、パトリオットミサイルなどの戦況をほぼリアルタイムで知ることができました。ちなみにこの『湾岸戦争と日本』という本は当時、私が同僚記者とともに書いた湾岸戦争と日本外交の内幕に関する本です。

その後、私自身もロシアの第一次チェチェン戦争、ユーゴのコソボ紛争を現地で取材しました。基本的には、この段階でも、戦争報道は新聞とテレビが主役でした。
最初の戦場報道写真
戦争報道をさらにさかのぼるとクリミア戦争に行き着きます。
私はロシアで記者をしていたとき、ロシア、ウクライナ、中央アジアのいくつかの都市を定点観測的に回って取材をしていました。あのころの私にとっての定点観測地点の一つが、いまロシアに併合入されているクリミアの軍港都市で、黒海艦隊基地のセバストポリでした。

このセバストポリは、19世紀のクリミア戦争の激戦地でした。
当時、ロジャー・フェントンという英国の写真家がセバストポリ包囲戦の戦場で撮影したのが、有名な「死の陰の谷」という写真です。これが歴史上初めての本格的な戦争写真のひとつと言われています。

SNSで見る戦争
いまはどうでしょうか。
皆さんを含め世界の多くの人々は、ロシアのウクライナ侵攻とその後の戦況を、ソーシャルメディアで直接見ることが可能になりました。自宅にいても、その気になれば、この戦争をリアルタイムで目撃することができます。スマホを通じて、戦争情報を瞬時に世界と共有することもできます。
また、私が取材した湾岸戦争やイラク戦争におけるテレビ報道では、攻撃する米軍の側から見た映像が圧倒的に多かったのですが、ウクライナ戦争では、ロシアの攻撃を受けたウクライナ側から見た映像や画像―ミサイルに直撃されたアパートのがれきにせよ、犠牲になった人々の遺体にせよ―それらをネット上で多数見ることができました。
その意味で、被害の実態がこれほど可視化された戦争は過去になかったといえます。
1991年の湾岸戦争、2003年のイラク戦争が「テレビで見た戦争」なら、ウクライナ戦争は「SNSで見ている戦争」と言えるでしょう。
三つの「戦場」
私たちはいま、三つの戦場を目撃しています。
過酷な塹壕戦
ひとつは、地上で物理的に行われている戦闘です。
地上では、圧倒的な物量作戦、過酷な塹壕戦、戦車などの20世紀型兵器を主体とした泥沼の戦闘が展開されています。
キーウ近郊ブチャでの民間人虐殺(AP、AFP、ロイター、ニューヨーク・タイムズ、ガーディアン、ニューヨーカーなどの報道があります)をはじめとして、悲惨な戦争犯罪の数々も報道されてきました。そして、ロシア軍、ウクライナ軍、ウクライナの民間人の死傷者は増える一方です。(注:2025年5月時点で英国防相や米シンクタンクCSISの推計では死者はロシア軍が最大25万人、ウクライナ軍が最大10万人)

SNS戦争とアルゴリズム戦争
もうひとつの戦場はオンライン上の情報戦です。
もともと、ロシア侵攻の前年から、アメリカのCIAは衛星画像や通信傍受、盗聴、ハッキングなどの諜報活動(こうした信号情報をSIGINT=シギントと言います)を通じてロシア軍の動きをとても正確につかんでいました。
侵攻後も、この戦争では宇宙通信システム、衛星画像、地理位置情報、インターネット、SNS、AIのデータ分析などが駆使されています。
ウクライナ戦争は、本格的にSNSを駆使して情報戦が繰り広げられた戦いとして後世に記憶されるでしょう。さまざまな情報が、SNSを使って世界に発信され、戦況にも影響を及ぼしています。
その意味では、第一次世界大戦、第二次世界大戦を彷彿とさせるような旧来型の地上戦とともに、デジタル空間を舞台とした21世紀型の戦争が並行して展開されています。
インターネット上では、軍映像だけでなく、ウクライナ市民が撮影した動画が大量に流れました。
ロシア軍の軍事車両の衛星写真のほか、戦争開始直後は、ロシア軍兵士の士気が低下していることを示す動画や会話なども多数見聞きすることができました。ウクライナ側は当初、捕虜となったロシア兵の情報、その動画や会話をロシア国民に送ってロシア世論を揺さぶるという戦術をとっていました。
この戦争の特色はSNSだけにとどまりません。
欧米のさまざまな政府と企業は、最先端のAI技術を使って膨大な軍事情報をいかに効率的に統合・処理・分析できるか、そしてその情報をドローン攻撃などにすみやかにいかせるかを、ウクライナで試しています。
ウクライナ戦争は、AIやビッグデータの戦争活用をめぐる「実験場」になっていると言っていいでしょう。
その「実験場」では、米国防総省と並んで、米国のシリコンバレーの巨大プラットフォーマー・ビッグテック、防衛テックとも呼ばれるスタートアップ企業、新興AI企業などが活発に動いています。
そのひとつが、国防総省やCIAやFBIを顧客にビッグデータ解析をしているパランティア・テクノロジーという会社です。この会社のCEOは訪日して首相官邸を訪れたこともあります。
ウクライナにおける「第二の戦場」とは、SNS戦争であると同時に、アルゴリズム戦争でもあるということです。
私たちが目撃している三つの「戦場」
地上で物理的に行われている過酷な戦闘
塹壕戦 20世紀型兵器の戦車戦 民間人虐殺
グローバルなデジタル空間での情報戦
宇宙通信システム 衛星写真 インターネット
本格的にSNS情報戦が展開された戦争
先端AI技術 膨大な軍事情報の統合・処理・分析
ドローン攻撃 戦争技術の「実験場」
巨大プラットフォーマー、防衛テックと国防総省の提携
SNS戦争・アルゴリズム戦争
デジタル空間で繰り広げられる21世紀型戦争
資源・エネルギー戦争
偽情報・誤情報
この戦争では、SNSを通じて、ロシア、ウクライナ双方が情報操作を行い、ネット上にはフェイクニュースがさかんに飛び交うようになりました。
前回講義の質問コーナー(第14回配信)で、フェイクニュースについて取り上げましたが、この「フェイク」という言葉は、トランプ大統領(注:講義は2024年大統領選の前であり、ここでいうトランプ政権は一次政権を指す)が、自分に批判的なCNNやニューヨーク・タイムズなどを「フェイクニュース」と切って捨てるときにもさんざん使われました。
メディアは間違いを犯します。
誤報をトランプ氏が批判するのは当然ですが、トランプ時代、この言葉は「マスコミは自分の敵であり、アメリカ国民の敵である」というマスコミ中傷の政治的なレトリックとして乱用されました。これは彼が大統領在任当時大量に投げたツイートです。
乱用される「フェイクニュース」
トランプが自分に批判的なメディアへの中傷に多用するレトリック
「フェイクなフェイクニュース問題」(NYT顧問弁護士)
「フェイクニュースのマスコミ(落ち目の@nytimes、@NBCnews、@ABC、@CBS、@CNN)は私の敵ではない。アメリカ国民の敵だ!」
「否定的な世論調査はどれもフェイクニュースだ。選挙のときのCNN、ABC、NBCの調査と同じように」
(いずれも大統領在任当時のトランプ氏のツイート)
これからの授業では、偽情報や誤情報を頻繁に取り上げますので、ここで簡単な定義についておさらいしておきましょう。
ジャーナリズムの世界では、2017年の欧州評議会(Council of Europe)の整理がよく引用されています。次の三つです。
偽情報・誤情報、操作情報など
・Dis-information
Information that is false and deliberately created to harm a person, social group, organization or country.
・Mis-information
Information that is false, but not created with the intention of causing harm.
・Mal-information
Information that is based on reality, used to inflict harm on a person, organization or country.
まず、ディスインフォメーション。「個人、社会集団、組織、国を害するために意図的に作られた虚偽の情報」です。つまり、情報操作を目的とする悪意のある偽情報を指します。
二つ目は、ミスインフォメーション。「虚偽の情報だが、害を加える意図で作られたものではない」。つまり悪意のない誤情報です。
三つ目が、マルインフォメーション。「現実に立脚してはいるものの、個人、組織、国に害を与えるために使われる情報」で、悪意ある情報ということになります。
これが欧州評議会の定義についての図です。

このような時代ですから、戦争情報をリアルタイムで簡単に手に入るからといって、なにもかも鵜呑みにし、引用することには極めて大きな危険が伴います。
皆さんはいま、人類史上かつてないほど多くの戦争情報をその気になれば入手できます。しかし、そこには、偽情報や誤情報がたくさん混じっています。過去にはまったくなかった現象です。
三つ目の戦場は「経済制裁と資源・エネルギーをめぐる戦争」ですが、今日は省略します。
World War Wired
その気になれば戦争に「参加」できる
ニューヨーク・タイムズの著名なコラムニストにトム・フリードマンがいます。
私は、朝日新聞役員時代に、提携関係にあったニューヨーク・タイムズの経営、編集のトップとさまざまな交流をしたのですが、A.G.サルツバーガー社主(注:第6回配信で紹介)とともにフリードマン記者を日本に招いて、ここ東大の安田講堂で講演をしてもらったことがあります。

そのフリードマンが、戦争勃発直後の2022年4月、“World War Wired”というコラムを書きました。インターネットでつながれた(wired)世界戦争という意味と、インターネットのwwwをかけています。
世界のほぼすべての人が、ウクライナの戦闘をミクロなレベルで、ライブで、カラー映像で見ることができるだけでなく、どこに住んでいようと、サイバー空間を通じて何らかの方法でその気になれば戦争に「参加」できるということを意味しています。
オリガルヒの追跡
10代の若者があるアプリをつくってツイッター上に公開しました。ロシアの「オリガルヒ」といわれる、権力ある新興財閥トップの移動、具体的には彼らの豪華ヨットの航路を追跡するためでした。
プーチン政権を支えてきた新興財閥のトップである大富豪は、欧米の制裁の対象ですが、彼らの動向をウォッチしているのは、米国の財務省やEUだけではないということです。
テレグラム
ロシア発の「テレグラム」(Telegram)という暗号化され、秘匿性の高いメッセージアプリがあります。だれでも無料でダウンロードできます。
二人のロシア生まれの兄弟技術者がコミュニケーションツールとして開発したものです。彼らはロシア版フェイスブックといえる「フコンタクテ」(VKontakte、VK)を立ち上げ、「ロシアのマーク・ザッカーバーグ」(旧フェイスブックの共同創業者)とも言われましたが、ロシア連邦保安局(FSB)とのデータ共有を拒んで、政権の圧力を受けるようになります。
2013年のテレグラム創業後も、ロシアの情報機関がその通信の中身を解読できるよう鍵の公開を迫ったため、彼らはロシアを離れ、ドバイにテレグラムの拠点を移しました。
ロシアの侵攻後はユーザー5億人以上と言われていましたが、いまでは8億人とも9億人とも言われています。
ウクライナの市民や難民にとっても、米国プラットフォームの遮断で情報を途絶されつつあるロシアの市民にとっても、自由にアクセスできるテレグラムは、戦争情報を発信し、情報を得る手段となっています。
ロシアとウクライナの双方の政府や軍もこのツールを情報戦に使っています。ウクライナの場合なら、ロシア兵士の母親に向けてロシア語で「息子を戦場に送らないでほしい」というメッセージを流しています。
(注:テレグラムはメッセージを暗号化してプライバシーを担保、一定期間過ぎるとメッセージが消えるなど秘匿性が高く、犯罪の連絡手段にも悪用されている。フランス政府はこの講義の4か月後にテレグラムの創業者CEOを逮捕、起訴している)

経済支援を暗号資産で
ネットを通じてだれもがウクライナ国民を経済的に支援することができる時代にもなりました。ウクライナは支援の枯渇に苦しんでいるのですが、戦争勃発直後は、スマホ時代ならではの新しい動きがありました。
スマホとクレジットカードを持っている人が、エアビーアンドビーを通してウクライナ国民の家を一泊だけ予約します。しかし、実際には泊まりません。これによってそのアパートの部屋の持ち主を支援する、初期の段階にはこんな動きもありました。
戦争の資金集めも当初ソーシャルメディアを通じて寄付を募ったところ、世界中から7000万ドル以上集まったのですが、すべて暗号資産でした。これも今回登場した新しい動きといえます。

しかし、戦争が長引くにつれて、そして、イスラエルとハマスの戦闘が拡大することによって、さらにはアメリカでトランプ旋風が起きることによって、ウクライナ支援は先細りとなり、とくに米連邦議会では、移民規制問題がウクライナ支援と絡めた政治的な駆け引きに使われ、今日現在(2024年4月)、米国の支援予算は途絶えています。
それでは、ウクライナでは実際にどのような情報戦が展開されたのかを見ていきましょう。
(第16回配信に続く)
・初回講義「イントロダクション~プラットフォーマーとメディアを取り巻く潮流について」
第1回配信 三つの革命と三つのトンネル
第2回配信 巨大プラットフォーマーの破壊力
第3回配信 変革の移り変わりをとらえるためのキーワード
第4回配信 メディアのパワーシフトとAI
第5回配信 未来につなげるための変換作業
第6回配信 ジャーナリズムの活性化のために
第7回配信 「Q&A」「講義を聴いて今思うこと」
・2回目の講義「プラットフォームビジネスのメカニズム~その急成長とパワーの源泉について」
第8回配信 主戦場はモバイルからAIへ
第9回配信 オンラインとオフラインの二刀流
第10回配信 ネットワークの魔法とは?
第11回配信 ツーサイド効果と成長の壁
第12回配信 グーグルの巨大化と監視資本主義
第13回配信 パイプラインからプラットフォームへ
第14回配信 「Q&A」
・3回目の講義「戦争と情報~ウクライナ戦争とプラットフォーマーについて」
第15回配信 ウクライナのSNS戦争とアルゴリズム戦争
第16回配信 情報戦の威力、地上の冷酷な現実
第17回配信 イーロン・マスクとスターリンク
第18回配信 巨大プラットフォーマーとウクライナ
第19回配信 戦争とディープフェイク
第20回配信 戦争とスプリンターネット
第21回配信 「Q&A」
