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【第3回】時代の変遷をつかむためのキーワード

東京大学大学院情報学環を拠点とする「プラットフォーム研究会」は、国内外のさまざまなプラットフォーマーの経営、歴史、思想、創業者群像、政治との関係、生成AI戦略などについて、2025年5月まで24回の会合で議論を重ねてきました。
本noteでは、西村陽一・客員教授による「情報社会論」講義(2024年度)の一部を再録するとともに、研究会での議論内容を特集記事として順次紹介していきます。

初回講義(2024年4月)の再録第3回配信は、時代の変化をとらえるために「デジタル化の対象」や「技術の世代交代」などを切り口とするいくつかのキーワードを紹介します。そのうえで、データと民主主義、「思想の自由市場」と「表現の自由」の関係などについて語り、これからの一連の講義を通じて私たちが向き合うことになる問いを考えます。


(▶)AIモデレーターによる要約を聞く・5:49min

本記事をもとに、NotebookLM(Google)を使って生成したポッドキャストです。
読み上げ内容には複数のミスが含まれます。あくまで理解の補助としてお使いください


時代の変遷をつかむためのキーワード

情報のデジタル化→人間関係のデジタル化→「ミラーワールド」

三つの革命、三つのトンネルの話をしましたが、時代の変化についてはほかにもいくつかの切り口があります。

たとえばデジタル化の対象は何か、という切り口で、世界の変化を三つの段階でとらえる見方があります。

ケヴィン・ケリーが提唱しました。彼は『<インターネット>の次に来るもの 未来を決める12の法則』(NHK出版、原題”THE INEVITABLE”)の著者で、私はこの人が来日したときに対談したのですが、彼によると三つの段階はこうなります。

「情報のデジタル化」「人間関係のデジタル化」に続く第三世代のプラットフォームが行ったのが、物理的な全世界のデジタル化です。ケリー氏はこれを「ミラーワールド」と呼びます。

簡単に言うと「現実世界の上に、その場所に関する情報のレイヤーを重ねて、それを通して世界を見る方法」で、三次元の広がりを持っていることから「空間ウェブ」ともいわれます。

VR(仮想現実) はゴーグルの中でのバーチャルな世界ですが、AR(拡張現実)は、スマートグラスなどを通して現実世界を見ますと現実の風景に重なる形でバーチャルの映像や文字が現れてきます。

実際、彼が指摘した世界は、アップルが今年(2024年)2月に発売した初のゴーグル型ヘッドマウントディスプレーで実現します。まだ一般には普及していませんが、ミラーワールドに一歩近づいたと言えるのではないでしょうか。


Web1.0→Web2.0→Web3

別の切り口があります。インターネットの歩みを、Web1.0、Web2.0、そしてWeb3という流れで見ることが可能です。

インターネットの黎明期はWeb1.0、ひと言でいえば「読む時代」でした。2.0になると、誰もが情報の送り手となる「書く時代」となり、情報量は爆発的に増えました。

そもそもインターネットの草創期は、サンダル履きの長髪でマリファナを吸っていたようなヒッピーたちのカリフォルニア・カウンターカルチャーを背景としていました。東洋思想に傾倒していたスティーブ・ジョブズはとりわけ禅宗の影響を受けていました。この世代の基本理念は「自律、分散、協調」でした。


しかし、巨大プラットフォーマーの登場でWeb2.0の時代を迎えると、それはあまりにも中央集権化した時代となりました。巨大プラットフォーマーが覇権を握る独占・寡占の時代の到来です。

Web2.0とは、巨大プラットフォーマーが個人データの収集と分析と管理を一手に引き受けている時代です。ビッグデータの集約と統合が個人のプライバシーをリスクにさらしている時代です。フェイクニュースが世界的な問題となっている時代ともいえます。

ユートピアとしての「自律、分散、協調」の対極にあった旧ソ連共産党の個人データ集約体制とどこかつながっているように見えてしまうのは(もちろんシリコンバレーとクレムリンの間に横たわるテクノロジーの差はとてつもなく大きいのですが)、皮肉としか言いようがありませんね。


その次が個の時代、Web3と言う名の新しい潮流となるだろうという未来観です。世代によっては「自律、分散、協調」への進化というよりも、インターネット黎明期の「自律、分散、協調」を取り戻したいと考える人たちがいます。

Web3を支える考えは、データ改ざんが難しく、特定の国や企業に縛られないブロックチェーンという技術を使えば、独立性が高く、介入を受けにくいというものです。

根底には、中国をはじめとする権威主義国家のネット規制や、米国の巨大プラットフォーマーによるデータ独占を克服するには、「データの民主化」が必要だという思想があります。単なるビジネスモデルの転換だけではなく、ある種の社会運動論とみる向きもあります。集中と分散のサイクルがひと回りして、もう一度分岐点に差し掛かっているのかもしれません。


ただ、暗号資産交換業の大手の破綻と詐欺的な実態が明らかになり、かつてのようなブームは衰えたかのようにも見えます。

国際会議やテクノロジーの発表会では、いっとき猫も杓子もWeb3だったのが、いま(2024年春)は右を見ても左を見てもAIです。そしてAI技術を潤沢な資金でリードしているのが、Web2.0時代の主役であるGAFAMです。

ですから、2.0から3への移行で新しい時代が到来したとはまだ言えないでしょう。バズワードとしてのWeb3に踊らされていた人もいたのかもしれません。サービスや製品だけに着目すれば、はやりすたりはつきものですが、Web3にせよ、メタバースにせよ、これからも技術的な進化は続くでしょう。ここでは、その進化の根底には思想の変遷があるということを覚えておいてください。


キュレーション→検索→レコメンドエンジン

もうひとつの切り口を紹介します。技術の世代交代を媒介にインターネット発展の時代を区切るという切り口です。

たとえば、初期のポータルサイトはインターネット登場前の紙の新聞にも似た形で、人の手でカテゴリー別に整理、更新されたコンテンツを大量に集めたものでした。人手による集中管理的なキュレーションは、紙の新聞編集の延長といっていいでしょう。

その後、ネット上の情報が爆発的に増えました。想像を絶するほど広大なネットワーク上で必要とする情報を見つけ出すという差し迫ったニーズを満たすために、検索エンジンという技術が登場します。


この分野を制覇したのがグーグルであり、米国ではグーグルがヤフーを完全に駆逐しました。検索はコンテンツとユーザーを結びつける、とても効率的で正確な方法としての優位な地位を確立し、検索広告と結びついて莫大な利益をたたき出しました。

その次が、高度なAI技術に基づくレコメンドエンジンの時代です。

これについては、中国版ビッグ・テックの回で紹介しますが、検索が「人が情報を探す」ものなら、レコメンドは「情報が人を探す」という定義になります。TikTokは中国の国内では別の名前のアプリが使われていますが、中国では「あなたがニュースを読むのではなく、ニュースがあなたを読むのだ」といわれていました。


AIは検索ビジネスを変えるのか

ここで、レコメンドエンジンの発展は検索ビジネスを凌駕するのか、という問いが生まれます。しかし、私たちがその答えを考えようとした矢先に、ChatGPTに代表される生成AIが旋風を起こし、生成AIをめぐる巨大プラットフォーマー同士の新たな競争が始まりました。

生成AIは検索ビジネスそのものの構造を変えるのか。これが、私たちが直面する新たな問いとなりました。


巨大プラットフォーマーとメディアの関係の変遷は別の回で取り上げますが、一つだけ簡単に触れます。

皆さんが日常的に使っているグーグルは,検索エンジンに高度のAIを搭載します。そうなると、メディアのニュースが対価なしにAI学習に利用されます。しかも、これまでの読者は、検索エンジンからそれぞれの会社のニュースサイトに飛んでいたのですが、高度のAIでまとまった検索結果が効率的に示されると、サイトに飛ぶリンクがいちいちクリックされない可能性が飛躍的に高まります。

そうなると、一般のメディアはさらに深刻な打撃を受けますし、当のグーグルの広告収入にも影響が出てくるでしょう。


13年サイクル

最後にもっとざっくりした説を紹介します。イノベーションの13年サイクル、つまり、イノベーションの巨大なうねりは、およそ13年周期でやってくるというものです。

PCが1980年から81年ごろ、インターネットが1994年、モビリティとクラウドが2007年。次はAIで、ChatGPTブームの始まりが2022年。13年より若干あとですが、近いとはいえますね。

これは、『The Power Law(ザ・パワー・ロー)ベンチャーキャピタルが変える世界』(セバスチャン・マラビー著、日本経済新聞出版、原題 ”The power Law Venture Capital and the Art of Disruption”)のなかにありました。


データ革命と民主主義

次のスライドのように世界の歩みをいくつかの切り口で見てきました。

このスライドの最後の一行、これは別の回で詳しくお話しますが、国境を超えたフラットなインターネットの世界から、逆説的ともいえるデジタルブロックの時代、あるいは、ネットが国や地域ごとに分割されてしまうスプリンターネットへの移行という「逆流」を指しています。

まさに、グローバリズムが頂点に達したところで、国家が勢力圏をめぐって覇を競う新・帝国主義時代、大国間の競争の時代に移りつつある国際秩序の変遷を映し出しているように見えます。

こうした時代の流れを頭に入れたうえで、これからの講義では巨大プラットフォーマーに正面から向き合い、それと国家、メディア、市民との関係について考えていきますが、イントロダクションの本日は、いま話した要素のうち、強烈な奔流となって世界を覆うデータ革命について少し触れます。


プラットフォーマーのデータビジネス

データを武器とするプラットフォーマーは巨大化の一途をたどり、その独占は規模と実態においてこれまでに例を見ないほどになっています。

ただ問題とされているのはデジタル技術そのものではありません。いま、欧州や米国、中国で政府や議会による様々な規制の動きが出ているのですが、問題とされているのはビジネスモデルです。

彼らは無料サービスを提供し、それと引き換えにユーザーの膨大な個人データを集めます。このデータをもとに消費者一人ひとりの好みや関心に合わせたターゲティング広告が放たれ、それによってマネタイズを図ります。


巨大プラットフォーマーの世界とは勝者総取りの世界であり、彼らは常にその独占的な地位を維持しようとします。グーグル、フェイスブック改めメタ、アマゾンなどの巨大プラットフォーマーが個人データをいかに独占し、ネット上の閲覧データを第三者企業に渡す追跡型広告、ターゲティング広告でいかに巨額の利益を上げているか、プラットフォーマーのビジネスモデルの構造、成長の源泉については次回に取り上げます。


プライバシーの保護との相克

 これからの授業ではビジネスモデルとともに、プライバシー保護や規制が各国でどう展開されているかを説明していきます。

企業側は、規制のメスをあまりに深く入れすぎると、イノベーションの芽を摘み、インターネットの価値を壊しかねない、と反論しています。ここにはいくつかのジレンマともいうべき論点があります。

企業側からすれば、あるいは、皆さんの中にもこうした考えの人がいると思いますが、一定のユーザーにとっては、膨大なビッグデータが正確なかたちでたまっていくこと自体が、科学的な分析の必要条件になり、そうしたデータを分析することは消費者に多くの便益を与えることにつながるということになります。


そうは思わない利用者もいます。集められたデータによって自画像が勝手につくられているのは耐え難い。そんな自己イメージを自分の手でコントロールしたい。自分の手にデータを取り戻したい。場合によっては消し去りたい。彼らはそんな権利を持ちたいと考えています。

ここにはデータの利活用とデータの制御の相反する関係があります。詳しくは欧州と巨大プラットフォーマーの関係の回で説明します。


思想の自由市場と表現の自由


 表現の自由、言論の自由も一連の授業では大切なテーマとなります。

かつて情報の送り手の数が限られていた時代、民主主義を支える表現の自由の基礎となる考えとされていたのが「思想の自由市場」論でした。

表現の自由を認めることで、多様な情報が流れることになります。そこでは、自由な表現活動によっていろいろな思想が切磋琢磨し、競い合います。間違った事実や質の悪い情報が、反論と批判によっていずれ淘汰され、消え去っていくだろう、そして最善の思想が勝ち残るだろう、という考えです。

まさに市場原理が悪しき情報を淘汰していくイメージですよね。そこには「権力者が真実の認定をすべきではない」という確固たる思想があります。ですから「言論空間という市場に判断を委ねよう」「政府があれこれ介入して、物事の善悪や真偽の判断をしてはらならない」という考えになります。

この主張の前提は、言論という名の市場に流れる情報の量は多ければ多いほうがいいし、政府の介入の度合いはなるべく小さいほうがいい、そして、情報の受け手である市民は、自らの力で情報に判断を下す力のある、独立した存在なのだ、ということになります。



プラットフォーマー時代の「表現の自由」「民主主義」「個人の尊厳」
 
いまデジタル空間には情報があふれています。まさに、流通する情報量がどんどん増えているわけで、その点にだけ目を向ければ、「理想的」な世界に近づいていることになります。
 
ところが、この空間では、実に多くの不正やスキャンダルがあぶりだされ、操作情報や不正情報によって民主主義の基本となる選挙に影響を与える事態すら各国で出てきました。
 
また、巨大プラットフォーマーの力が強大になるに従って、人々がプラットフォーマーに頼る度合もますます強まります。先ほど話した前提のうち、個人は独立した態度で情報を選別できる存在である、という姿が崩れつつあります。
 
それでも、公権力による規制を徹底排除したいグループ、その中にはプラットフォーム企業の有力な創業者や経営者もいるのですが、彼らは「表現の自由・言論の自由絶対主義者」を自認し、「自由な言論市場」を死守すべきだと主張します。イーロン・マスクがその代表格です。


 


 
これに対して、市場原理や企業の行動に対応を委ねることには人権擁護の観点からも限界があるのだから、「巨大プラットフォーマーに対する規制や監視が必要だ」「偽・誤情報、ヘイトスピーチ、洗脳や扇動も放置するのは、表現の自由を、自分のビジネスに好都合なかたちで正当化しているにすぎない」という議論が、欧州を中心に有力になっています。
 
 表現の自由は民主主義の根幹です。
 
しかし、自由の名のもとに何もかもデジタル空間の野に放っていては、傷つく人が出てくるだけでなく、民主主義の意思決定に影響を与えかねません。
 
同時に、児童ポルノとか人身売買、暴力的な行動の扇動、法で定義されたヘイトスピーチなどを規制するのは当然ですが、それらをはるかに超えたところにまで、政治家や司法機関の裁量による言論介入、批判封じ、権力の恣意的な乱用が許されてしまうとどうなるでしょうか。多様な言論による討論の機会が失われ、ここでもまた民主主義の意思決定プロセスは損なわれてしまいます。
 
巨大プラットフォーマー全盛のこの時代、「完全なる表現の自由」「理想的な民主主義」「個人の尊厳の尊重」の三つは両立しなくなりました。巨大プラットフォーマーとの関係でこれらのバランスをどこに見出すべきか、これからの授業では皆さんと一緒にこの点も深掘りしていこうと思います。
 


私たちの問い


 
一連の授業を通じて私たちはまず次のような問いに直面するでしょう。

 
皆さんは、プラットフォームのユーザーです。同時に、情報について専門的に学ぶ学生です。将来はコンサル、官僚、メディア研究者、ジャーナリスト、編集者、クリエーター、マーケターなどさまざまな職業につくでしょう。すでに働いている社会人学生の方はこの先、いまの勤め先か転職先で、責任ある立場につくでしょう。そこでは巨大プラットフォーマーの公共性やAIについての倫理をめぐる問題に正面から向き合うことになるかもしれません。

では、ここまで話してきた変化の波は、メディアの世界にどんな影響を与えたのでしょうか?
(第4回配信に続く)

初回講義「イントロダクション~プラットフォーマーとメディアを取り巻く潮流について」
第1回配信 三つの革命と三つのトンネル
第2回配信 巨大プラットフォーマーの破壊力
第3回配信 変革の移り変わりをとらえるためのキーワード
第4回配信 メディアのパワーシフトとAI
第5回配信 未来につなげるための変換作業
第6回配信 ジャーナリズムの活性化のために
第7回配信 「Q&A」、「講義を聴いていま思うこと」
 

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