【第2回】巨大プラットフォーマーの破壊力
東京大学大学院情報学環を拠点とする「プラットフォーム研究会」は、国内外のさまざまなプラットフォーマーの経営、歴史、思想、創業者群像、政治との関係、生成AI戦略などについて、2025年5月まで24回の会合で議論を重ねてきました。本noteでは、西村陽一・客員教授による「情報社会論」講義の一部を再録するとともに、研究会での議論内容を特集記事として順次紹介していきます。
初回講義再録の第2回配信は、巨大プラットフォーマーがもたらすメディア環境の変化に焦点を当てます。ハフィントンポストとの提携や取材経験を通じて、伝統メディアとプラットフォーマーの力関係の逆転、AI時代の急速な技術進展、そしてビッグデータの影響について語ります。
読み上げ内容には複数のミスが含まれます。あくまで理解の補助としてお使いください。
破壊的イノベーション
クリステンセンの言葉から
皆さんの多くは20代ですが、20代のころの私は、原稿用紙にボールペンで原稿を書いていました。写真を撮影したらオフィスに飛んで帰り、暗室にこもって自分で写真の現像と焼き付けをして本社に送っていた、そんな時代でした。
いまはデジタル・ディスラプション、破壊的イノベーションの時代です。次のスライドにクレイトン・クリステンセンの有名な言葉を二つ紹介しました。

「破壊する側」ハフィントンポスト立ち上げ
これらの言葉は、まさに「破壊される側」の伝統メディアの世界で働いてきた私が日々痛感してきた言葉です。同時に、「破壊する側」のハフィントンポストの代表として日々実感してきた言葉でもあります。
いっとき米国のメディア界を席巻し、ニューヨーク・タイムズが「あのメディアに追いつけ、追い越せ」を合言葉にしていたのが、アリアナ・ハフィントンというギリシャ生まれの女性ジャーナリストが立ち上げたハフィントンポストでした。
世界にネットワークを広げようと考えた彼女が、アジア最初の提携先に選んだのが朝日新聞でした。我々は彼女が率いるチーム、この写真がその一部のメンバーですが、彼らと日米合弁の会社をつくり、さまざまな提携をしました。
アリアナはじめとする創業メンバーやニューヨーク本社の幹部たちと交渉し、会議や食事、イベントやコラボ企画などをともにしながら交流するなかで、担当者の私自身が彼らの破壊力を痛感してきたわけです。

体力が弱体化した伝統メディア
シリコンバレー発の巨大プラットフォーマーは、人々をオンラインにつなぎとめ、自社のサービスをずっと使わせ続けるための入り口として、まずは質の高いニュースコンテンツを必要としていました。
彼らからラブコールを送られた世界の伝統メディアの多くは、いっとき、コンテンツという名の製品は世界のどこでも無料で手に入るものであるべきだという、後から振り返れば間違った考えを持つようになりました。
米国でニューヨーク・タイムズを皮切りに、それに遅れて日本でも日経や朝日がニュースに課金するサブスクモデル、一定数以上の記事を読むためにお金を払ってもらう「ペイウォール」(課金の壁)を本格的に取り入れるようになったのはもっと後のことでした。
そして、その時点ではすでに、世界の多くのメディアが破壊的イノベーションの波に翻弄され、基礎体力が弱まっていました。
世界と日本で、伝統的な新聞、通信、出版社とプラットフォーマーとの力関係がいかに逆転していったかという話は、彼らと交渉してきた私の実体験も交えながら別の回で話します。
新興デジタルメディアを襲った危機
では、新興のデジタルメディアはその後、我が世の春を謳歌しているのでしょうか?
違います。
ハフィントンポスト、さらに私が朝日を退任した年にハフィントンポストと経営統合したバズフィードなどの米国発のデジタルメディアは、まさに米国のメディアマーケットの新たな破壊者だったのですが、黄金期を享受していた新興デジタルメディアのなかには、その後、経営破綻に追い込まれたり、人員整理を余儀なくされたりする会社が出ています。
伝統メディアだけではなく、新興デジタルメディアも、巨大プラットフォーマーから自社サイトへのトラフィック遷移に頼っていたのがあだとなり、巨大プラットフォーマーの「ニュース離れ」によって経営的に大きな打撃を受けました。伝統メディアを破壊した新興デジタルメディアでさえ、巨大プラットフォーマーの力の前ではかくも脆かったというわけです。
テクノロジーサイクルの未曾有のスピード
ラジオからTikTokへ
伝統メディアのビジネスモデルの決定的な破壊をもたらしたのが、GAFAMと呼ばれるビッグ・テックです。膨大な個人データと最先端のテクノロジーの力を背景としたプラットフォーム企業、この授業では巨大プラットフォーマーと呼びますが、彼らが登場して報道機関と読者の間に介在したことによって、その関係が決定的に変わりました。
ラジオが発明されて5000万台使われるまでに38年。テレビの5000万世帯普及までが13年。インターネットの5000万ユーザー獲得までが3年。フェイスブックが同数のユーザーに達したのは1年で、ツイッターは9カ月。上には上がいます。ポケモンGOが5000万人のスマホにダウンロードされたのは19日でした。
もう少し例を挙げましょう。Z世代のうち10代を中心に広がったTikTokは中国のバイトダンスが開発したアプリですが、わずか5年で世界10億人のユーザーを獲得しました。インスタグラムより3年、フェイスブックより4年短い記録です。世界の累計ダウンロード数はこの講義の時点で150か国30億を突破しています。米国内のユーザーは1億5000万人を超え、昨年(2023年)の米国人のTikTokの1日あたりの平均利用時間はインスタグラムやXを超えました。
TikTok規制の力学
TikTok規制論については、今日のところは簡単な説明にとどめます。
アメリカの下院は先月(2024年3月)、米国内でのTikTokの利用禁止法案を本会議で可決しました。厳密に言えば、親会社バイトダンスが半年以内に他の企業にTikTokを売却しなければ、米国内で利用できなくなるという内容です。
背景にあるのが米中対立です。米国の議会や政府は、このアプリを通じた中国側の世論操作や米国人の個人情報の流出のリスクがあると見ています。ただ、背景にあるのは、テクノロジーをめぐって覇権競争を繰り広げる米中二大パワーの関係だけにとどまりません。
イスラエルとハマスの戦争でも両陣営がTikTokを使っているのですが、米国の親イスラエル派議員たちは、TikTokで反ユダヤ主義的なコンテンツが増えてきたことに懸念を示すようになりました。TikTok側は対立する一方の側の意見を優遇することはないと言っているのですが、パレスチナ支持の動画やその視聴回数がはるかに多いというのが、TikTok規制派の議員たちの主張でした。
米議会における対中国強硬論はいまや超党派の方針となっており、この流れは変らないでしょう。ただ、そのさなかに起きた中東紛争によって、親イスラエル派グループの危機感が重なり、規制法案採決へ一気になだれこんだわけです。プラットフォーマーをめぐる論争に、国際政治の力学、戦争や紛争が大きな影を落としている事例と言えます。
レーニンの言葉
世界がコロナ禍に襲われた直後、世界のいろいろなところで引用されている言葉がありました。私自身もいくつかの講演で引用しながら話をしたのですが、それはこんな言葉です。

「何十年も何も起こらないこともある一方で、何十年分のことが数週間で起きることもある」。ロシア革命のレーニンの言葉です。今年(2024年)は彼の死から100年になります。
レーニンというと、皆さん、なんでいまさら?と、ぎくっとするかもしれません。私はソ連崩壊後のモスクワに語学留学生と新聞社の特派員として計5年滞在し、ロシア、ウクライナ、中央アジア諸国などの旧ソ連圏を歩いてきたため、彼の言葉を、ときには好意的に、ときには激しい糾弾調で聞く機会が結構ありました。最近はプーチンがウクライナ侵攻にからんでレーニンを批判していましたね。
これを現代に当てはめれば、私たちが生きている時代は1年のうちに10年分の変化が人々の価値観や社会システムに起きていると言えるでしょう。
次のスライドは、ニューヨーク大学のスコット・ギャロウェイ教授の発言ですが、まさに先ほどの言葉をいまに当てはめるとこうなります。

ビッグテックトップ5の時価総額合計は、昨年(2023年)9月時点で約8兆5000億ドル。トヨタを筆頭とする日本の東証プライム上位5社の合計額の12倍以上あり、わずか5社で日本の東証全体の1.5倍となります。
ビッグ・テックからビッグAIへ
TikTokの急成長ぶりに世界が驚いたと思ったら、今度はChatGPTが公開からわずか2カ月でユーザー1億人を獲得しました。AIの性能向上のペースは実に驚異的です。
巨大プラットフォーマーはAI開発への巨額投資、AI登載サービスの公開にどんどん踏み切っており、いまや「ビッグ・テック」ならぬ「ビッグAI」という言葉がふさわしい状況となりました。
「ビッグAI」の登場で、テクノロジーのサイクル、技術拡散のスピードは歴史上未曽有の次元に達したといえます。変化のスピードを予測することがとても難しい時代になりました。
これからの講義では、プラットフォームとAIの規制をめぐる国際的な論議を取り上げます。このAI時代、テクノロジーは、政府や国際機関の規制の努力をはるかに上回るスピードで進展しています。テクノロジーと民主主義が競争すれば、速度ではテクノロジーが勝つに決まっています。では、民主主義はどう対応すべきか、これは別の回で取り上げます。
プラットフォーマーの破壊力とは
デジタルの渦
この渦巻きを見てください。デジタル・ボルテックス(digital vortex)という名で、デジタル・ディスラプションの影響をイメージするために使われていた図です。渦の中ではビジネスモデルや製品・サービス、バリューチェーンが徹底的にデジタル化されます。

渦の中心に近ければ近いほど、破壊の影響は深刻度を増します。逆に、渦の外縁にある業界は破壊が起きる可能性が低く、当面は非デジタル化のなかで既存の利益を享受することができます。2022年にある講演でこれを使ったとき、渦のど真ん中にあったのがまさにメディア業界でした。
無料・完璧・瞬時の「クレイグスリスト」
ここで一つ例をあげます。
アメリカの新聞、とくに地方紙に壊滅的な打撃を与えるきっかけをつくったデジタルプラットフォーマーのことです。

1995年、あるプログラマーが簡単なカテゴリー別のリストとメアドをサイトで公開し、サンフランシスコのベイエリアのローカル情報を投稿してほしいと呼びかけました。これがその人物の名前クレイグをとったクレイグスリスト(craigslist)です。
私はワシントンに2回勤務したのですが、最初の勤務のとき、すでにこれは話題になっていました。2014年には不動産や求人などの広告の投稿先として圧倒的な地位を築き、当時、ローカルサイトは70か国700にのぼっていました。ニューヨークの求人や賃貸物件の広告には料金を取りましたが、それ以外はただでした。これが米国の新聞社から求人広告を奪い、新聞社の広告収入に致命的な打撃を与えました。
まとめサイトとターゲティング広告で追い打ち
追い打ちをかけたのがあと二つのプラットフォームでした。
一つは皆さんも使っている無料のニュースのまとめサイト、二つ目が、広告主とコンテンツプロバイダーを高速かつ自動的にマッチングするターゲティング広告のプラットフォームでした。
新興のデジタルプラットフォーマーが既存のメディア産業を破壊するにあたって威力を発揮した武器は何だったのか。情報のデジタル化をただでやってのけたこと、完璧なコピーができたこと、あっという間に拡散ができたことです。紙主体の既存メディアはこの三つでプラットフォーマーにかないませんでした。
ただ、情報のコピーは完全ではありませんでした。コピーの過程でさまざまな改ざんが可能になり、フェイクニュース、ディープフェイク動画が蔓延する世界を迎えました。これについては別の回で説明します。
クレイグスリスト、ニュースのまとめサイト、オンライン広告のマッチングサービスは、いずれもこれら三つの優位性を組み合わせたもので、紙メディアに挑戦状をたたきつけ、あっという間にそのビジネスモデルを破壊しました。
三つの要素は『プラットフォームの経済学―機械は人と企業の未来をどう変える?』(アンドリュー・マカフィーほか、原題”Machine, Platform, Crowd”)にあります。プラットフォームビジネスについては次回深掘りします。
なお、私が講義のなかで引用した文献はその都度紹介しますし、シラバスにも挙げた参考文献は改めてリストとして皆さんに示します。
ビッグデータ革命の奔流
デジタル革命、モバイル・ソーシャル革命、データ革命の同時進行
冒頭話したように、世界中の情報をデジタル化するデジタル革命が起き、メディアでは紙からデジタルへの「第1の変革」が起きました。欧米の主要メディアではこの変革はほぼ終わりに近づきつつありますが、日本ではまだ明確な出口が見えない段階です。

そこにモバイル・ソーシャル革命という100年に一度といっていい「第2の革命」がすさまじい勢いで始まりました。ニュースにアクセスするのにスマホを使うユーザー数が突然、そして爆発的に増えました。皆さんの世代にとっては「デスクトップPCはもはや紙のような存在」と言ってもいいでしょう。
ソーシャル革命によって、人間同士の関係がデジタル化され、人間関係や行動に対してAIやアルゴリズムが適用されるようになりました。
ビッグデータは21世紀の石油
紙からデジタルへの「第1の変革」、モバイル・ソーシャル革命がもたらした、スマホユーザーの爆発的拡大と人間関係のデジタル化という「第2の変革」という二つの奔流に、第3の革命であるデータ革命、「21世紀の石油」といわれるビッグデータ革命が合流しました。
私たちがデジタル空間で生活すれば個人データが次々に生み出されます。巨大プラットフォーマーは、石油会社が原油を掘削するように、私たちからデータを採取し加工していきます。原油と違い、採取データは我々がデジタル空間で活動している限りは無限にあります。「21世紀の石油」であるデータについて「データマイニング」、採掘を意味するマイニングという言葉が使われるのは決して偶然ではありません。
三つの革命がもたらす変革が絡み合いもつれ合いながら進んでいるのが、私たちを取り巻くメディアの風景です。
ではその風景の変容を語るときの切り口にどういうものがあるのか、これについて話します。
(第3回配信に続く)
初回講義「イントロダクション~プラットフォーマーとメディアを取り巻く潮流について」
第1回配信 三つの革命と三つのトンネル
第2回配信 巨大プラットフォーマーの破壊力
第3回配信 変革の移り変わりをとらえるためのキーワード
第4回配信 メディアのパワーシフトとAI
第5回配信 未来につなげるための変換作業
第6回配信 ジャーナリズムの活性化のために
第7回配信 「Q&A」、「講義を聴いていま思うこと」

