とある在宅ワークの日(実録編)
毎日、誰かがペンキを投げつけない限り、絶対に変わることのない真っ白い壁。
最近の寒暖差のせいで、タオルケットの出入りが激しいグレーの布団。
そして、目の前には、黒い画面とPC二つ。
この椅子の上で、私はほぼ毎日過ごしている。一年以上。
机の上で一番の割合を占めるメインモニタの下には、小さなカレンダーがある。
よく見てもらえばわかるのだけど、Googleのカレンダーには祝日が書いていないから、いつがお休みか忘れてしまう。祝日は赤色。数少ない机の上の色彩。
そしてその隣には、ものが少ない中で唯一の愛らしさ担当である秋葉原のガチャガチャから出てきた小さなコーヒー色の猫のフィギュアと、神田明神で頂いた金に輝くIT情報安全守護のお守り。
日々、データと向き合う私の日常の中で毎日願っていることは、「どうか入力ミスをしませんように」という、自分で何とかしなさい、というレベルのお願いだ。
自分で何とかするから、最後は神様、守ってくださいな、そんな祈りを、このお守りに毎日捧げている。
そう。人間、最後まで足掻いたら、神頼み。
SEをやっていて思うのは、パソコンは信用できて、システムは信用できて、一番信用ならないのは人間という真理である。
パソコン様万歳。人間の頭なんて一番信用してはいけないものなのよ。
大抵のミスを、パソコン様はカバーしてくれる。
それでもなお、大変低レベルなものからかなり高レベルなものまで、あらゆるミスをするのが人間なのである。
こりゃあ、神様さえ匙を投げちゃうね。
さて、いい加減、私の説明をしよう。
私は一年以上、家の中で仕事をする人間だ。
では、想像してほしい。
私が会社の人と顔を合わせて会話をするのは月曜日の朝、一時間。
そのほかの時間はキーボードで黙々と真面目に仕事をしているかと思いきや、ところどころ力を抜いてSNSを高速で回している。
必要な時はキーボードを叩き、そのほかはスマホをぼーっと見て、何かあればまたべったりと画面に張り付く。
お昼ご飯は12時きっかりから一時間を取得。
夕飯の残りをもぐもぐと食べ、せめてもの抵抗でスマホを見ない。そうしないと、目が疲れて、夕方には完全に死んでしまうのでね。
そして5時半まで椅子に座る。
必要な時にはキーボードを叩き、画面とにらめっこし、空いている時間はSNS遊覧をする時間が始まる。
はい。想像できましたか?
この間、私は人としゃべることが一度もございません。椅子から動くこともございません。
この状況を読んで、読者であるあなたはどう思っただろう。
「こんなの私じゃ耐えられない」?
「ありえない。もっと動かないと体に悪いよ」?
それがねぇ。慣れるんです。
SNSでは、よく整体や体を整える動画が高速で流れてくる。
それをみて、「あ、動かなきゃ!」
椅子の上で、にょろにょろ、くねくね、びーんと動く要注意人物の爆誕。
「はぁ、動いたわー」
背中がぐっと伸びる。なぜなら今まで猫背だったから。
肩が軽くなる。なぜなら今まで肩こりを無視していたから。
10分後には、ctrl+zを押したみたいに、体がすべて元に戻っている。
それを私は5日間続け、2日間の休みを経て、またそれを再開する。
私の輪郭、溶けてないかなぁ。
世の中から隔絶されている孤独、日の光を浴びるという生物として必要な行為、会話のない8時間。
私は、これに耐えられる。寂しいとも思わないし、辛いとも思わない。なんとも思わない。
そんな私は、人間として、ちゃんと輪郭を持っているのだろうか。
そう問いかける時、哲学的だけど、私は「私」にしかなれないからだなと思うのだ。
他の誰かは耐えられないかもしれない。でも、「私」は耐えられる。
いつか、体を壊してしまうかもしれない。なら、もっと「能動的に」動けばいい。
そう、こんな生活をして、私は人生で初めて体のために過ごすことができるようになった。
無理はしない。無茶もしない。
体が異常だよと声を上げるなら、それは治療すべきことで、ケアすべきこと。
もし、私が電車通勤していたあの日だったなら、私は体の異常を無視していただろう。
毎日、満員電車に揺られて、むぎゅっと体と心を潰されながら、出勤をすることが第一だった。
仕事にずぶずぶと頭を突っ込んで、パソコン様万歳仕事人間になることが一番優先すべきこと。
それと引き換えに得た時間が、今なのだ。
一番影響があったことと言えば、人と話をしなくなったことだろう。
私は上司の趣味を知らない。同僚の顔も、実際に会ったことがないので、ちゃんと覚えていない。
ただし、上司の猫ちゃんの性格は知っている。
甘えん坊で自分最優先で猫ハラをしてくる拝むべき猫様である。
けれども、人と会話しないことを、辛いとは思わない。
勘違いしないでほしいのだが、会話が嫌いというわけじゃなくて私はむしろ、喋るタイプの人間である。
会話が盛り上がるのが好きだし、盛り上げるのも好き。
他の人と違うかもしれないのは、どれだけ楽しんでいても、「会話をする」という脳のメモリや必要となるエネルギーが気になることだろうか。
それを気にしてきた人間には、この会話のない在宅ワークというのが本当に性に合っている。
たとえ輪郭が溶けてしまったとしても、私は私にしかなれないと気づいた場所。
今までで一番、私らしくいられて、私を運用できる環境が、ここにはある。
これが、私の在宅ワークの実録である。
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