いつかまた巡り合うその日まで。
あの日は朝から嫌な天気だった。
朝食の最中、食べていたものを兄が誤嚥した。
いつもなら自力で立て直すはずのところが、あの日は違った。
看護士の処置も虚しく、咳き込みが続き、酸素飽和度が徐々に低下。
状態が悪化しているため、急遽、救急車を呼ぶ事になった。
俺達はそれまで救急車なんて一度も利用した事もなく、
自然治癒で大体やり過ごしてきた。
今回ばっかりは少し状態がよくなるまで、
病院でしっかり様子を見てもらう方がいい、
確かに俺もそう思った。そう思って何も言わずに見送った。
病院に到着した親父から連絡があり、
検査の結果から、「肺気胸」である事がわかった。
肺気胸(はいききょう)とは?
肺気胸とは、何らかの原因で肺の壁に穴が開き、
肺の外側(胸膜腔というスペース)に空気が漏れ出してしまう病気です。
漏れ出た空気によって肺が圧迫され、
風船がしぼむように肺が小さくなってしまいます。
1. 主な種類と原因
特発性自然気胸
最も多いタイプです。
肺の表面にできた「ブラ」と呼ばれる空気の袋が破れることで起こります。10代〜30代の、背が高く痩せ型の男性に多く見られるのが特徴です。
続発性自然気胸
肺気腫(COPD)や肺がん、
間質性肺炎などのもともとの肺の病気が原因で起こります。
高齢者に多く見られます。
外傷性気胸
事故や怪我などで胸を強く打ったり、肋骨が折れて肺に刺さったりすることで起こります。
2. 主な症状
突然の胸の痛み
針で刺されたような痛みが急に現れることが多いです。
息切れ・呼吸困難
肺がしぼんでしまうため、呼吸がしづらくなります。
咳
肺の虚脱に伴い、乾いた咳が出ることがあります。
※ 軽症の場合は自覚症状がほとんどないこともありますが、
重症化すると血圧が下がり命に関わることもあります(緊張性気胸)。
3. 診断と治療法
診断
主に胸部X線(レントゲン)検査やCT検査で行います。
肺がどの程度しぼんでいるかを確認します。
治療
安静
軽度の場合は、自然に空気が吸収されるのを待つために安静にします。
胸腔ドレナージ
胸に細いチューブを通し、溜まった空気を外に出して肺を膨らませます。
手術
再発を繰り返す場合や、空気の漏れが止まらない場合は、
内視鏡(胸腔鏡)を使って穴の開いた部分を塞ぐ手術を行います。
まとめ
肺気胸は「肺のパンク」のような状態です。
突然の胸の痛みや息苦しさを感じた場合は、
早めに医療機関(呼吸器外科や内科)を受診することが大切です。
つまり、何らかの影響により肺に負担がかかり、
肺胞の一部が裂けてしまい、肺が膨らまなくなってしまっているという事。
幸い片肺だけで済んでいるが、
両肺となれば、呼吸機能自体が脅かされる状態に陥ってしまう。
かなり危険な状態ではあるが、回復を待つ以外に安全な治療手段がなく、
ICUで酸素を添加しながら安静にしておく事となった。
しかし、それだけでは終わらなかった。
検査結果でもう一つの重大な事実が判明する。
それは「胸水」が溜まっている、という事である。
胸水(きょうすい)とは
肺を包んでいる「胸膜(きょうまく)」という膜の間に、
異常に液体がたまった状態のことを指す。
本来、胸膜の間(胸膜腔)には、
呼吸に合わせて肺がスムーズに動くための潤滑油として、
ごく少量(10〜20ml程度)の液体が存在しています。
しかし、何らかの病気によってこの液体の作られる量が増えたり、
吸収される量が減ったりすると、胸水として溜まってしまいます。
以下に、主な症状、原因、検査、治療について分かりやすく解説します。
1. 主な症状
胸水がたまると肺が圧迫されるため、以下のような症状が現れます。
息切れ・呼吸困難
肺が十分に広げられなくなるため、
動いた時や横になった時に息苦しさを感じます。
胸の痛み
炎症がある場合、深呼吸や咳をした時に
チクチクとした痛みが出ることがあります。
咳
肺や気道が刺激されて乾いた咳が出ることがあります。
その他の症状
原因となる病気に応じて、発熱(感染症)、むくみ(心不全や腎不全)、
体重減少(がん)などが伴うことがあります。
2. 胸水の種類と原因
胸水はその性質によって大きく2つのタイプに分けられ、
原因が異なります。
① 漏出液(ろうしゅつえき):さらさらした液体
体内の水分バランスが崩れることで、血管から水分が染み出したものです。
心不全
心臓のポンプ機能が落ち、血液が滞ることで水分が漏れ出す
(最も多い原因の一つ)。
肝硬変
タンパク質(アルブミン)が作れなくなり、
血管内に水分を保持できなくなる。
ネフローゼ症候群
腎臓からタンパク質が漏れ出し、血管内の水分が外に出る。
② 滲出液(しんしゅつえき):濁ったりタンパクが多い液体
胸膜そのものに炎症や損傷がある場合に生じます。
肺炎・膿胸
肺の炎症が胸膜に波及したもの。
がん(悪性胸水)
肺がん、乳がん、中皮腫などが胸膜に転移したもの。
結核
結核菌による胸膜の炎症。
3. 検査方法
胸部レントゲン・CT検査
胸水がどのくらい溜まっているか、肺に異常がないかを確認します。
超音波(エコー)検査
胸水の量や位置を正確に特定します。
胸腔穿刺(きょうくうせんし)
針を刺して胸水を採取し、
成分(タンパク質、糖、細胞など)を詳しく調べます。
これが原因特定に最も重要です。
4. 治療方法
胸水そのものを抜く治療と、
原因となっている病気を治す治療の二段構えで行います。
原因疾患の治療
心不全なら利尿薬、肺炎なら抗菌薬、
がんなら抗がん剤治療などを行います。
胸水の排出(ドレナージ)
量が多くて苦しい場合、針や細いチューブを入れて胸水を外に出します。
胸膜癒着術
がんなどで胸水がすぐに溜まってしまう場合、
胸膜を癒着させて
液体が溜まるスペースをなくす処置をすることもあります。
まとめ
胸水はそれ自体が病名ではなく、
「体に何らかの異変が起きているサイン」です。
放置すると呼吸不全を招く恐れもあるため、
息切れや胸の違和感がある場合は、
早めに内科や呼吸器内科を受診することが大切です。
※ AIより引用
医師曰く、胸水が溜まっている事で気胸の回復状態が滞っているため、
とりあえず、まずは溜まっている胸水をドレナージで排水、
その後で気胸を治療する方向にシフト。
そして、そのための手術が始まった。
片方の胸に最小限の穴を開け、そこから管を挿管して排水する。
手術は無事成功。本人も少し楽になったとの事。
ほっと一息、家族で胸を撫で下ろす。
これで上手く排水されれば、回復も順調に進むだろう。
そんな事を考えていた矢先、
排水された胸水には血液が混じっている事が判明する。
基本的に胸水には血液が混じる事はない。
では何故混じっているのか?
というのは肺の外側、体内でどこかしらの血管が傷ついたり、
損傷しているという事になる。
兄の場合、事故による損傷、大きくぶつけたりした時に出来た外傷、
という可能性は考えられにくい。
つまり、内部で出来た傷、それも心臓の周りや
大きな血管の損傷の可能性が高い。
医師からは原因は特定できてないと聞かされたが、
我々には思い当たる節が一つだけあった。
それは「皮膚癌」である。
兄は半年程前、「悪性血管肉腫」と診断され、
放射線による治療を受けていたのだ。
悪性血管肉腫はその名の通り、血管に腫瘍が出来る、いわゆる癌であり、
大きな血管から血液に乗り、全身に癌細胞が広がりやすいため、
転移のリスク、進行の速度は癌の中でも
非常に高水準であると言われている。
もし、この見立てが正しいとすれば、全て筋が通る。
悪性血管肉腫が肺への転移が多いとされている事、
今までの経緯と症状を全て統合し、
その上で医師が原因の診断内容を何らかの理由で伏せているとしたら、
(これは別の機会に説明)
筋書きはこうだ。
まず肺の周辺に転移した腫瘍は膨張、炎症、じわじわ胸水が溜まる。
腫瘍はどこかのタイミングで臨界点を迎え、破裂し大きく出血。
それらの影響で肺がダメージを受け、
肺が普段より弱い圧力で裂けてしまい気胸になった。
胸水、気胸、血液、それぞれの関係性、
どれが鶏でどれが卵なのか、順序が正しいかも不明、
全て憶測ではあるが、逆にこうとしか考えられないくらい
条件は揃っている。
いや、もはやそんな事はどうでもいいのだ。
「本当に助かるのか?」
そんな不安を抱えつつも排水の処置が続いた。
出血が酷いため輸血をする必要があったが、
容態は安定していて、ICUから普通病棟の個室に移動。
携帯電話の使用許可が出たので、
時間があるときは家族で毎日テレビ電話を繋いで会話した。
日常の事、体調の事、治療の事。
話していてけだるそうではあったが、重体とは思えない程度で、
いつも通りと言えばいつも通りか。というくらいだった。
思えば、この時、俺にもっと力があれば・・・。
もっと行動していれば・・・。
後日、自分の通院の帰りにお見舞いに行く事にした。
時間はかかってもまた帰ってくれば二人でゲームができる。
そのために二人分のゲームをこなし、俺は待ち続けた。
お見舞いに行くと、兄は少し院内を車椅子で散歩したらしく、
晴れやかな表情を見せていた。
実際に出血量を見て動揺はしたが、わりと元気そうで、
「早く帰ってこいよ。」とだけ言って部屋を後にした。
男同士なので面と向かって言わない言葉も多く、
久しぶりに顔が見れて、俺はとても安心していた。
同じ境遇に生まれ、同じ環境で同じように育ち、
ずっと今まで一緒に生きてきた自分の分身のような存在。
照れくさいのもあるし、わかりきってる事は言わなくても、
通じ合えていると俺は今でも思っている。
翌日、
いつも通り親父が面会に行って連絡があった。
「お茶を飲んでいて誤嚥をしたようで、容態が悪化した。」と。
確かに喉も渇いていただろう。
状況はわからないが、慣れない看護士が飲ませたらしく、
お茶の飲ませ方が悪かったのかもしれない。
親父の帰りが遅い。
しばらくして親父から再度連絡があり、
「遅くなると思う。」と言われ、
容態の方はどうか尋ねると親父は
「今、心肺停止して先生が対応中。」と返答した。
何を言っているのか理解できなかった。
ただ、大丈夫だと自分に言い聞かせながら祈る事しかできなかった。
兄は帰ってこなかった。
帰ってきたのは最後まで必死に生き抜いた男の成れの果て。
まるで眠っているだけかのように穏やかな顔をした亡骸。
悲しいのか?わからない。ショックが強すぎて。涙も出ない。
あれからずっと真っ白になったままだ。
まるで、何か大きな身体の一部を失くして、
すっぽりと空洞が出来てしまっているような。
数日後、葬儀が執り行われた。
火葬された後の骨は細かったせいか、ほとんどが灰となり、
ずっとつけていたお気に入りのピアスが溶け落ち、耳元で固まっていた。
空は雲一つない快晴。
もっと話したい事が山ほどあった。
これからだって二人で相談して、まだまだ進んでいけるはずだった。
あの日お前が言ってた
「お前も一緒に入院しに来たらいいのに。笑」という冗談に、
俺が答えていれば。
あの日俺が側にいて、今飲み物を飲むのは危険だと伝えていれば。
あの日俺が意識を失ったお前を全力で呼び戻していれば・・・!
医師に死因を尋ねると、涙を堪えながら、
誤嚥が最後の引き金を引いてしまったんだという事だけ説明してくれた。
最後まで心臓マッサージを続けてくれていたと親父から聞き、
俺もそれ以上深く追求する事はやめた。
わかったところであいつは帰ってこないのだから。
いなくなって、独りなって、俺は沢山の事を学んだ。
彼がずっと俺の風上にいて、その風から俺がずっと守られていた事。
自分で切り開いていく事に対する難しさ、不安、辛さ、過酷さ。
あいつは世の中に色んな事を伝えるために前進しようとしていた。
他にもやり残した事は数え切れないほどあっただろう。
だからその一つ一つを俺が引き継いでいく。
お前に出来なかった事は俺が叶える。
俺が出来なかった事はまたその誰かが。
俺は来世でも、いつになろうと、どこへいこうと、
絶対にお前を見つけ出してみせる。
そしてこの世界にお前の遺志は誰かに引き継がれ続け、
この世界でお前は生き続ける。
別れの言葉なんて必要ない。
「またな。」
いつかまた巡り合うその日まで。
