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限界の先 生と死のハザマ

喉が乾いた。眠い。
喉はカラカラに渇き、朦朧とした意識の中、
モノクロの砂漠をたった一人で歩いていた。

俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。

俺は眠いんだ。呼ぶんじゃねぇ…。

渇きで薄れゆく意識は、まるで走馬灯の様に俺に夢を見させる。

毎日がいがみ合いで、こんな糞みたいな日々が続くなら、
いつだって望んで死んでやる。そう思っていた。

そんな日々とは全く違う、魔逆の夢。

みんな笑ってる夢。

家族で旅行に行く事になった。
親戚も交えたり、兄夫婦、姪っ子たちも一緒だ。
思えばずっとこういう事を望んでいたんだろう。

今まで口にもしなかったような本音も母に話した。
病気になった母を本当に一番心配していたのが親父だった事、
叔母とはいつも喧嘩せず仲良くいてほしい事、
いつか結婚をしたいと思っている事、
母はそれに対して、何も言わずに頷きながら微笑んでいた。

本当にいい夢だ。
もう思い残す事はなにもないと思った。


ポタッ。


目を閉じた俺の顔面に一滴の水が落ちた。

はっとした俺が目を開けると、そこは現実だった。
医者と母が俺を呼ぶ様に何か言っている。
頭が痛くて何を言ってるかよくわからない。

なんだ、ただの夢だったのか…、
いや、これが夢なのか?何もわからない。
俺はそのまま意識を失った。

俺はまた砂漠を彷徨っていた。
砂漠、というよりは荒野だった。
荒野にはなぜか貨物列車が停車していて、
俺は何かに怯える様に貨物列車の貨物に紛れ込み、身を潜めた。

しばらくすると、
列車の外で追っ手のような人間のやり取りする声が聞こえてきた。

列車内部を調べるよう伝えているようだった。
それを聞いた俺は、根拠もなく咄嗟にヤらなきゃヤられる、と直感し、
列車内の貨物の中から武器になりそうなものを探した。

あった。見つけた。サバイバル用のナイフだ。
武器としては十分すぎる。が、相手は複数だ。
孤立しているヤツを一人ずつ狙わなければ、
返り討ちにあうリスクが高い。

俺は相手の動きをしっかり捉えるため、
彼らの歩く足音に神経を全集中させ、奇襲の機会を伺った。


今ならいける。

奇襲をかけようと飛び出したその時だ。

不覚にも目の前にした相手は二人、ライフル銃を持っている。

逃げられない!


ここで死ぬのか…、つまらない人生だったな…。
俺は一体なにをやってんだ…。
そんな事を考えながら、静かに目を閉じた。


その瞬間、


バサッ。


なにやらおしぼりのようなもので顔面をゴシゴシとされ目が覚めた。

また現実に戻っていた。

相変わらず頭が痛い。
目の前にいた母は俺が目覚めた事に驚き、
同時に喜んでいたように思えた。

母は俺に喉は乾いてないか、飲み物は飲めそうかなどを聞いてきたが、
ぼんやりした意識の中、なんとなく頷き、お茶を一口だけ口にした。

数分くらいだっただろうか、
ぼーっとしていると叔母が荷物を持って現れた。


そうだ、思い出した。
ここは病院だ。

叔母は「苺買って来たよー。」と言って荷物から色々と取り出した。
母は「苺なら食べれるんじゃない?」と俺に話しかけてくる。

俺がぼーっとしていたせいか、
「歯磨きでもする?」という事になり、
とりあえず歯磨きをする事になった。

歯磨きを終えると、母が「苺食べれそう?」と言いながら、
苺をピックに刺して、俺の口元に差し出した。

その時だ。

まるでPCがブルースクリーンを表示したかの様に、
突然、頭の中が真っ青になった。

おかしい。無意識に苺をイメージしようとしていたと思うが、
苺がどういうものなのか思い出せない。記憶がない。

俺はパニックになった。
それと同時に俺は頭の記憶がどうにかなってしまった事に気づき、
ああ、俺の人生終わったな、と冷静に考えた。

パニックになった俺は、苺がわからない。わからない。と言いながら、
再び意識を失った。

この時、丁度年末年始で、世間はなにかと慌しい中だった。
少し前のクリスマスくらいの頃、
俺はテレビの映画で「マトリックス」を観ていたのを思い出した。

何度も意識を失う度に深い夢の淵で彷徨い、
それが偽物なのか、何が現実なのか、
見失いつつある状況はまるで「マトリックス」のように感じた。

記憶がないのが夢であってくれ。

これが現実じゃなかってくれ。

そう考えると急に現実が恐ろしくなった。

そして、意識を取り戻したのは数日後になる。

そもそも、何故意識を失くす様な自体に陥ったのか。
その原因は進行性の病気である事にあった。

秋くらいから俺の身体は座位を自立保持するのが難しくなるという、
大きな節目を迎えていた。
座位保持が辛くなっていた俺は、座る事にすぐ疲れ、
楽に寝たままアニメを観る時間がどんどん増えていた。

一方、その頃、同じ病気であった兄は、
人工呼吸器が必要だという事を告げられ、
導入のために入院して装着の訓練をしている最中だった。

その間、兄が不在でメリハリをなくした俺は、
ますます寝る時間を増やし、
何か座っておくための器具を必要としながらも、
良い解決案が見つけられずに時は過ぎた。

兄が呼吸器を無事導入して退院する頃には、
俺は半日以上が睡眠時間と化し、
それでもまだ強い眠気に襲われるようになっていた。

当時、毎日書いていた簡単な日記を見返してみると、
やはり起きられないや、力が入らないなどの3行程度の日記ばかりで、
身体に何か異変が起きていた事が見てとれる。

次第に家族がそれが普通ではない事に気付き始めるのだが、
兄の呼吸器の関係性もあって、パルスオキシメータを導入したので、
酸素飽和度を測ってみたところ、90%前半。
少し低めではあるが、滅茶苦茶悪い数値でもない数値だ。

リハの理学療法士も、この身体だとこれくらいが普通な場合もある、
という事で病院には行かず様子見となった。

この事によって、とりあえず座れるようにした方がいいという話になり、
急遽、座椅子を導入する事となった。
因みに、この時購入した座椅子を未だに(約18年間)愛用している。

話が逸れたが、座椅子や新しい車椅子を導入して、
座れる環境を整えても、状況は改善されず、
結局、気付いたら座ったまま寝ていたり、猛烈な眠気と、
顔が熱くなるような感じと、睡眠時間はますます増加傾向にあり、
睡眠コントロールが一切出来ない状態になっていた。

しかしながら、起きている時間もあり、
この状況が一体なんなのかわからないままだった。

夢と現実の狭間、意識が遠退いていく。

俺を少しでも目覚めさせるために、
兄と母が必死に言葉遊びゲームをしたり、
俺の名前を呼び続けてくれていた。


眠い。


朦朧とした意識の中、
モノクロの砂漠をたった一人で歩いていく。


どこか遠くから俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。

俺は眠いんだ。

呼ぶんじゃねぇ…。


明らかに様子がおかしいと家族は判断し、
年末ぎりぎりになって救急外来に駆け込んだ。

診察の順番がきて診察室に入ると、
朦朧とした俺の表情を見てか、
医師はバイタルチェックと眼球にライトを当て状況を確認した。


医師「瞳孔が開いてます。」


医師「すぐに入院しないと危険な状態です。」


この時の酸素飽和度、50%前後。
普通の人間なら、ここまで数値が落ちるまでに窒息、意識を失う。
つまり、生きているのが不思議なレベルである。

徐々に呼吸筋が落ちていく病気の影響で、
寝ている間に呼吸が浅くなってしまい、
その間上手く排出できなかった二酸化炭素が体内に蓄積。
変化が緩やかで、その状況が慢性化していたため、
たまたま耐えていられただけで、
俺はいわば仮死状態のようなものだった。

この事を調べてみると、実は同じDMD患者での前例がある。
酸素飽和度70%代の患者でも、苦しいという自覚もなく、
一人前のカレーライスを綺麗に完食する、といった内容のものだが、
その後、何かをきっかけに一気に状態が悪くなってしまったという一例だ。

そのまま即入院となった俺はわけもわからぬまま酸素マスクをつけられ、
眠るように意識を失くした。

途中、顔に水滴が落ちて目を覚ましている場面があるが、
実はこの時、俺は人工呼吸器を着用させられていた。

入院直後につけられていた酸素マスクは酸素の添加は出来ても、
二酸化炭素を排出するための換気が出来ない。
正直、この状態の人間にいきなり酸素を入れるのは危険な処置である。
医師の判断ミスと言ってもいい。

これにより俺の意識が数日戻らなくなったり、
記憶にダメージが出たりした可能性は否定できない。

しかし、偶然にも、
兄は夜間だけ人工呼吸機をつけている事等を母に聞いた医師から、
それを日中少し借りて、俺につけてみてはどうかという提案があり、
この提案を受け入れて人工呼吸機を着用。
幸い数日くらいなら兄の方も問題なくやり過ごせる状況だった。

着用時、マスク内に溜まった結露が俺の顔面に垂れ、
それに反応して俺が一瞬目覚めたのである。

状況が改善されている事を確認した医師は、
すぐさま同じ呼吸器を手配。

そのおかげで俺の状態は徐々に回復傾向へ向かい、
問題があった記憶の方も、目を覚ました後、回復していったのだった。

俺の場合、緊急を要して人工呼吸機をつける結果となりはしたが、
本来、着用すべきか否かは自分自身で決めるべき重要な事柄である。
ただ単純に死にたくないから、見捨てられないから、
人工呼吸機をつけたい。というのは安易な考えである。

自分自身が本当に死と対峙した時、その限界の先へ何を見出すのか、
自分の意志を持って、その先をどう生きていく事が出来るか、
必ずその壁と衝突する時が訪れる。

誰かが決めた事じゃない、自分自身が決めた事。
ただただ先進医学や機械の力で命の延命をしてもその本質は変わらない。
やっぱりあの時、呼吸機なんかつけるんじゃなかった。
俺は呼吸器なんかつけたくなかったのに。
そんな言葉で自分自身に言い訳しないためにも、
自分でつける事を決める必要があるのだ。

俺は上記の事を考える事がよくある。
その度に、家族や周りの人間の力に助けられた事を思い出す。
人の優しさに触れて、家族の愛に触れて、
それがただのエゴでも純粋に生きていてほしいとか、
そういう気持ちを受け取った。
そしてそれらを決して無駄にする事なんか出来ない。


俺もあいつらみたいに呼び続けなければいけなかった。


もっと寄り添ってやれたらよかった。



俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。

今でも。

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