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【ボリビア編②】標高4000mの町ポトシ観光とルート変更について

く前回のあらすじ:
サンタ・クルスの街でボリビアの両替事情について考察していた。あと、犬に噛まれて病院に行った。

南米周遊の途にあります私は、現在ボリビアのポトシに来ております。

ちょうど時系列的には犬に噛まれる前後に観光をしていたわけですが、ごっちゃに書くとわけわかんなくなるので、今回2つの記事に分けて書いています。

で、こっちは観光時の様子です。




造幣局で歴史を学びたいとかそんな理由じゃない


ポトシにやってきた理由はセロリコ山(ポトシ銀山)を見ることとある博物館にどうしても行きたかったから。それが造幣局博物館

なんでその博物館に行きたかったか今、説明しましょう。


造幣局博物館
入口


もうね、入り口で私の目的は達成されました。
ぶっちゃけこれでもう引き返しても良かったんですけど 、一応お金を払って ツアーに参加します。(ツアーに必ず参加しないといけません)

この博物館に来たかった理由は1つ!


こいつ!
こいつ!
こいつ!!



こいつの顔!ついに会えた顔!

※ちなみにこの顔はスペイン人の侵略者の顔ではなく、ポトシ炭鉱を支えたシンボルのマスクでモデルの人物はいないと言ってました。

時を遡ること20年前。高校生だった私は世界史の資料集を見て、変な顔があるなーという漠然とした記憶がずっと心に残っておりました。
そしてある時、世界遺産の本を眺めていると判明してしまったのです。この顔はボリビアにいるんだと。

それから長い年月が経ち、ボリビアに行くんだったらこの顔に会いに行こうという無駄な使命感を抱き、ついにこの日が叶いました。

ちなみに、この顔はチケット代金を払う手前でカメラをズームにすれば取れるので、顔の写真だけ撮ろうと思えば撮れます。

ただポトシまで来たので、ちゃんとツアーにも参加をします。博物館の説明の前にポトシ銀山について軽く説明をします。

ポトシ銀山とは?
ポトシの象徴ともいえるセロ・リコ山はかつては巨大な銀山でした。この地に侵入してきたスペイン人はその大量の銀を獲得しようと企てます。

ポトシの町は銀鉱によって繁栄を極めた一方で、奴隷化された先住民は過酷な労働を強いられ多くのの労働者が犠牲になったとされており、一説によると犠牲者の数は800万人までのぼっていたそうです。

その後、ポトシ市街は1987年にボリビアで初めてとなる世界文化遺産に登録されますが、広島の原爆ドームやアウシュビッツなどと並んで、"負の世界遺産"としての登録となりました。

現在のポトシはかつてほどは銀が採れなくなったものの、現在も一部の鉱山では危険な環境の中、少数の鉱夫が銀の採掘を続けているそうです。

出典:自分で頑張ってまとめた


ムキムキの炭鉱夫。これならスペイン人に勝てそうじゃん。



そんな過酷な環境で、採掘された金銀を貨幣にするため1572年に建てられたのがこの造幣局。当時スペインで流通していた銀貨の多くはここで作られていたのです。

美しい自然や山が多いボリビアですが、滞在中にこういった歴史に目を向けてみるのもいいかもしれませんね。

というわけで ツアーのスタートです。入場料は40ボリ、撮影料は20ボリ。


中庭
当時の記録
貨幣
貨幣
なんか貨幣を作ってた感じ
貨幣をしまっていた宝箱


途中で礼拝堂のようなところにも寄った。ボリビアにもザビエルカットの宣教師たちが来ていたのね、としょうもないことを考えていた。


礼拝堂
ザビエルカットたち


無事、ツアーは終了。

この造幣局を見学することによってここで銀貨が作られていたことがよくわかりました! 


おいおい何だその中学生みたいな感想は、とか突っ込まれましてもね。マジでガイドの人も「ここで銀とミネラル(鉱物)を叩いて練っていたのよ」的な説明ばっかで、最初は「ほほうっ…」 と聞いていたがだんだん飽きてきてしまいまして。。

ミネラルの展示室に連れて来られたが、クレしんのボーちゃんでもない限りずっと石を見てるのは大変なんだぜ。。


ミネラル
ミネラル
ミネラル


あとよくわからない化学式が載っている鉱物も展示されてあった。
こういうのも化学式は分かる人は見てたら面白いかもしれないけど、私の知識だと Fe(鉄)くらいしかわからないんだぜ。



きっと私のこの記事を見てくれた著名な化学者が通りすがりに、FeAl2(OH)2(PO4)2とはこういう物質だよ〜とたぶんおそらくコメントしてくれると思うのです。それを期待しましょう。

他にも 銀で作られた食器やアルマジロ、ライオンなどの展示があった。アルマジロはちょっと欲しいと思った。



ツアー はこんな感じで終了です。英語もスペイン語も分からなくても、銀貨をここで作られてたんだぜということは伝わると思います。きっとそれで十分です。

ちなみに、このマスクは顔は街のいたるところで見ることができます。みんなも探してみよう!



博物館見学を終えた後 広場で何やらデモ的なことをやっていた。



おじいちゃんもおばあちゃんも標高4000m なのに、走り回って何やら訴えていた。元気だなー。

南米の人達ってなんかデモが楽しそうなんよな。むやみに空に向かって発砲しまくるし。





※この日から犬に足を噛まれた。

ポトシは1泊だけして、次の町に行く予定でしたが諸事情により3泊することになりました。

チェックアウトした後、すごすごと戻ってきて、ホテルにまた2泊したいと伝えた。泊まっていたホテルはLa casona hostelというところ。

シングルルームだと900円くらい、ドミトリーならば650円くらいでした。(ブルーレイト換算のため、正規レートなら2倍の金額となります)
夜は寒くなりますがちゃんと暖房もあり部屋 も温かかったです。
 
朝食もついており、療養含めての滞在はポトシで良かった(?)かもしれません。


la casona hostel
中庭、兼朝食会場
朝食


足が痛いため、あまり長歩きはできませんが暇つぶしにまた鉱山を見に行ったりしていました。


毒々しい池
炭鉱は寂れたとはいえ、今もトラックが行き来していた。
炭鉱に向かう子供たち。どこに行くんだろう。


ポトシの町は勾配が急な坂が多く歩くのは大変ですが、登りきると綺麗な景色をたくさん見ることができます。

ちなみに、高山病は大丈夫なのかと言われると、頭は痛いと言えば痛いのですが我慢できるレベルなので特に薬局にも行っていません。

とりあえず4000m 程度の町であれば、私は順応できそうです。


ポトシの町
町を少し離れただけで絶景が多そう


4000mなら大丈夫とか抜かしつつも足も痛いし頭も痛くなってきたので宿に戻って休憩。



スーパーで貼られていた万引き犯の顔写真。こいつらは今後スーパーへの侵入は禁止するみたいなことが書いていた。
日本の万引き犯にもこれくらいすりゃいいのに。

夕方、タイムラプスを撮るために丘に上がりに行く。しっかりローカルエリアを避けて、高いところまで移動しました。


ミラドール
羊ヶ丘カントリークラブで地元やん、たぶん。


夕方6時から7時ぐらいまで、日が沈む様子をタイムラプスで動画を撮った。
予定よりも長くいたポトシであったが、この夜景も見れたしまあ良かったかと思った。


17時半くらい
18時に日が沈み
19時には真っ暗に





ポトシのグルメについて


普段は貧乏旅のためレストランなどには一切行かないが、ボリビアの物価が安いこと、怪我をしたからには良いものを食べてエネルギーをつけたほうがいいという自己正当性的な理由から毎日外食に行ってました。

というわけで、ポトシに来た際に下記のレストランをおすすめします。

  1. El Boliche Del Alan


店外観


Google マップ上ではバーと書いていますが.ランチや夕食を食べる時でも活用できます。
メニューがむちゃくちゃ安くてうまい。
ハンバーガーが20〜30ボリですが、この値段でこのクオリティはおかしい。普通のハンバーガーちゃんにはもう行けなくなります。


22ボリでポテトもついてくる


2.Restaurante Tambo Señorial


小さな街角のレストラン


こちらではボリビアの伝統的なスープであるK'Alaphurcaというものを味わうことができます。


K'Alaphurca


スープは甘いため、最初はポテトスープをベースにしてるのかなと思ったけど、入っているのはグランドコーンとキャロットのみ。ポテトの甘みは使っていないようだった。

さらにスープは甘いけどブラックペッパーやオレガノの酸味が効いており、甘い舌触りの後にピリッとした辛味のある今までに食べたことのないようなスープな味だった。でも マジでうまい。自分のレシピに加えたいくらいであった。

メニュー表の写真を撮ってきたので いつか日本に帰ったら作ってみたいと思います。


K'Alaphurca というスープ


番外編 tomodachi restaurant

こちら Googleマップにのっておりませんが、ホテルの近くに怪しい日本食のレストランがありました。

ただし、営業時間が夕方6時から8時までの2時間しかやってなく、メニュー もとんこつラーメン、お好み焼き、焼きそばの3種類のみ

ポトシに訪れた方は是非この怪しい日本食レストランを探してみてください。



トモダチレストラン
とんこつビーフラーメンという謎の料理





ポトシからオルロへ出発


医者からポトシから出ていいと許可をもらえたため、深夜バスを使ってオルロの町まで行きます。

ポトシの町には、uberがないため流しのタクシーを捕まえます。大都市ではないのでぼったくり等はありませんが、必ず値段は聞いてください。バスターミナルまで20ボリ。


21時にバス停に到着。23時発のオルロ行きは広い座席で70ボリ、狭い座席で50ボリ。もちろん50ボリの座席を選んだ。

20ボリくらいケチらなくてもいいのではないかと思うかもしれませんが、私は振り返った時に乗り心地がどうだったかについてはあまり覚えていないので、今回50ボリで窮屈でも多分忘れると思います。だったら安いので十分かなと。


ポトシのバスターミナル、夜でも客の呼び込みでうるさかった


色々と長くなったポトシともこれでお別れ。次回はオルロ到着から更新します。


とにかく寒いので着込んでバスへ





今後のルート変更について


当初の予定では、ポトシを観光後ウユニに行く予定でしたが、大統領選挙にぶつかったり、犬に噛まれたりと想定よりもボリビア内をうまく移動できていない状況です。

で、ポトシの町でいろいろ考えた結果、今はウユニを飛ばすことにしました。

ボリビアに来てウユニを飛ばすなんてありえない!と思うかもしれませんが、まぁちょっと聞いてください。

一応当初のルートとして、ボリビア&ペルーが終わったら、そのままチリに入って最南端まで行くことを想定していました。


当初の想定


ただ、このルートで行くことに特にこだわりは持っておらず、むしろ現在のボリビアの両替レートがむちゃくちゃ良いという理由もあって、できる限りボリビアを通ってチリに入ったほうが安上がりになるのでは?と考え始めました。

また、ウユニからチリに抜けるツアーはオールシーズンで用意されており、今の段階でウユニ観光をした後に北上して、またウユニに戻ってくる...となると時間的にもお金的にも無駄になってしまうので、今はウユニを省いた方が得策であると考えました。

鏡張りのシーズン中であれば、無理矢理行ったかもしれませんが、ぶっちゃけ8月も9月も乾いた塩の大地のシーズンなので、急いで行く必要もないんです。

なので、ボリビアからペルーに入った後、またボリビアに再入国をしてチリに抜けるというルートに変更します。

まぁ、大元は大した変わってないんですけどね。


ルート変更


という感じで、旅行記のハイライト候補となりそうなウユニについては9月末にたぶん行きます。

じゃあ次はどこに行くの?と言いますと、次行く場所はオルロを経由してサハマ村というほぼ誰も行かない場所に行きます。




行く理由は山があります!以上です。


サハマ村はまたWi-Fiがないらしいので、しばらくまた更新が途絶えますが、頑張って弓場編の終わっていないパートについても書いておきたいと思います。

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