見出し画像

1990年⑭2月25日アムステルダムで迷子【女子大生ヨーロッパ32日間バックパックひとり旅】

※本稿は、1990年に大学生だった私が、2月21日から3月24日の32日間バックパックでヨーロッパを旅した時のエピソードです(第14話:需要、ないだろな…)。旅の間に書いていた旅日記のオリジナルは2026年時点で行方不明ですが、その日記をもとにした原稿が残っていました。旅に慣れて写真が増えるのと反比例して文章量が減っていくその原稿をnote用に編集し、ところどころ2026年の私が突っ込み注釈[*]を入れつつ、ゆるっと投稿します。
なお1990年の旅のお話はマガジン「1990年ヨーロッパ女子大生バックパックひとり旅」にまとめています※

デンハーグからアムステルダムに日帰り

2月25日。
天気は良くない。

7時前に目を覚まし、部屋の外のボックスを覗くと、トレーに乗った朝食が入っていた。パンとチーズとハム。

飲むものがなく、パンが喉を通りづらくて少し残してしまった。
残ったパンを袋に入れ、出掛けることにする。

デンハーグ10:22発の列車に乗るため、駅へ向かう。アムステルダムに11:08到着予定の列車だ。

駅前には一面に広がるクロッカス。
昨日私も感動したその花たちを、小さな女の子がしゃがみこんで見ている。パパとママに呼ばれて、つまずきそうになりながら走っていく。

オランダではぜひ花畑を見たいと思っていたが、3月にもならないこの時期はまだ寒く、花はクロッカス以外ほとんど見られなかった。
(*オランダのチューリップは、1996年と2025年に見ることができました。キューケンホフ公園は毎年3月下旬から開園です)

オランダやドイツでは、花は日本に比べるとだいぶ安かった。薔薇の花が10本くらいの束で200円か300円くらい。
一方パリなどでは、日本とほとんど同じくらいの値段で高かった。

デンハーグにも花屋さんがあったので、1本だけ薔薇を買おうとしたら追い払われてしまった。
束でしか売らないらしい。ホテルの部屋に飾りたかったのにな。

列車の中では、アムステルダムの評判を思い出し、落ち着かなかった。

本当にそんなに治安が悪いんだろうか。
でも、アンネの家を見てみたいし、ゴッホ美術館や国立美術館にも行きたい。

どんなに怖い所だと言われても、たくさんの人が訪れているんだし、きっと日本人もいるだろう。
見るところだけ見て帰ってくればいい。

そんなことを考えて身構えていた私だが、アムステルダム駅に近づく列車の中から見た街の第一印象は決して悪いものではなかった。

実を言うと、最初はアムステルダムに着いたことに気付かず

「あ!きれいな可愛い街!」

と思っていたら、そこがアムステルダムだったのである。

ふたたび迷子 歩いただけのアムステルダム

周りに注意しているようで、不注意な私は、なんとその日1日もまた道に迷って過ごしてしまった。
(*またもや…)

駅前に出てから日本人旅行者らしき人に3回ほど声を掛けたが、道連れは見つからず、まずVVVへと行く。

そこで街の地図を買い(2.95Hfl:Hflは当時のオランダ通貨フローリン)歩き出した。

アムステルダムにもトラムやバスが走っているが、ブリュッセルですっかりトラム恐怖症に陥っていた私は、地図を見ながら歩き出した。

アムステルダムは扇状に運河が走る街だ。

まずは駅前の道をまっすぐ歩いて、国立美術館へ行こうと決める。

人通りが多い。スリやひったくりが多いという話だったので、私は緊張しきっていた。

600~700mも歩くとダム広場に出た。
たくさんの人が、モニュメントをバックに写真を撮ったり大道芸人のパフォーマンスに見入ったりしていた。

さらに歩き運河をいくつか越えると、国立美術館があるはずだった。

しかし、行けども行けどもそれらしい建物が見当たらない。

運河はもう何度か渡ったはずだ。

空は曇っているし、人通りもほとんどなくなってくる。
ここで気付いてすぐ道を訊くなりすればよかったのに、私はさらに歩いた。

ひたすら歩いて、大きなビルが並ぶ通りへ出た。

道路沿いの家の庭で遊んでいた子どもが、珍しそうに私を見送る。

もうお腹はペコペコだけど、適当なお店も見当たらない。

持ってきたパンを食べようかとも思ったが、落ち着けそうな場所もないし、人通りが少なすぎる。
ぼーっとランチなんて食べていたら襲われるんじゃないかと思うと、そんな気にもなれなかった。
(*よっぽど怯えていたようです)

さらに歩くと、ハイウェイか列車かわからないが高架が見えた。
それを見て思わず私は声を上げた。

「えーー?何あれ?!」

どう見ても国立美術館なんて建っていそうにないところまで来てしまったことに、やっと気付いたのである。

私は、来た道を振り返った。
そして辺りを見渡して、まさに途方に暮れてしまった。

通るのは車ばかりで、ほとんど人は歩いていない。
(*Google Mapsで見る限りそれほどさびれた印象ではないのですが、1990年頃はもっと建物も少なかったのかもしれません)

(どうしよう)

道路標示がないので、地図をいくら見ても自分がどこにいるのかわからない。

砂埃は舞ってるし、お腹は空くし、脚はもうクタクタだし…。

そこへ大きな真っ黒い犬を連れたおじいさんが歩いてきた。
ぼさぼさの髭を生やし帽子をかぶっている。ギョロっとしたその目と私の目が合った。
瞬間、おじいさんがにこっと笑ったので、私もにっこり笑い、道を訊いてみようと地図を指さしながら近づいた。
おじいさんはサッと顔を強張らせたが、道を尋ねていると分かってくれたらしく、大声で言った。

「WIBAUT STREET!」

なぜか私の手にした地図を見ようともしない。
「WIBAUT STREET!」と、あと2回ほど叫ぶ。
私が同じ音を繰り返して口に出すと、彼は安心したように地下鉄の駅への階段に消えて行った(犬を連れたまま)。

「ウィバウトストリートぉ?どこよ、それって…」

私はぶつぶつ言いながら地図を見る。


…。


あったあった!…えーーっ?

GoogleMapsで見ると、こんな位置関係

地図上では、アムステルダム駅を上にすると、その通りは斜め右下に向かって伸びている。

目指す美術館はもっと左の方だ。

私はいつの間にかアムステル川も越えて、ひたすら郊外へ向かって歩いていたことになる。
(*Google Mapsで見ると、記憶の中のイメージほど遠いところではないのですが、この時はとても遠く感じました)

自分に腹が立ったが、来た道を戻るしかない。

もうクタクタだというのに。
お腹もペコペコだ。

歩く元気を取り戻すため、どこかでパンを食べようと思った。
少し歩くとベンチがある。
へたり込んで、ゴソゴソとバッグの中からパンを取り出した。

飲み物は持っていなかったので、パサつくパンを何度も噛んで、苦労して飲み込んだ。

この辺りは日曜日だというのにあまり人が歩いていない。

アムステルダムという街に対して警戒心の塊だった私は、落ち着かず、パンを食べ終わるとまたすぐに歩き始めた。

もう今度は迷うわけにはいかない。

ひとつひとつの角を地図で確認しながらやっと人通りの多いところまで戻ることができた。

ここまでくれば安心だろう。
扇状に広がる街の輪郭を取るように伸びる広い道をなぞって行けば、左手に美術館が見えるはずだ。

(それにしてもどうして迷っちゃったんだろうなぁ)

運河に沿って歩いて行くと、途中に公園があった。
そこにもたくさんのクロッカスが咲いている。

高校生か大学生くらいの白人男女6~7人のグループがいて、そのクロッカスの真ん中に立った木の根元にかわりばんこに座り込み、賑やかに写真を撮っていた。

私はベンチに座ってまた少し休んだ。
私もクロッカスの中で写真を撮りたかったが、頼めそうな人もいない。
諦めて、ただそのベンチとクロッカスを写真に収めた。

ティーンエイジャーのグループが、右側の斜めの木の根元で写真を撮っていました

またしばらく歩くともうひとつ公園があり、おじさんがふたり、犬を散歩させていた。

おじさんたちは、それぞれの犬のひもを外し、芝生の上で自由に遊ばせて、自分たちはおしゃべりを楽しんでいる。
犬がどこに駆けて行こうと気にしていないふうだ。
犬たちは犬たちで、からみあうようにして転げまわってはしゃいでいる。

平和な日曜日。

しかし、私の気持ちは、ずんと落ち込んでいた。


【2026年の私から】
2025年の私なら、もっと早くに人に道を聞いたのにと思います。
というかGPSのおかげで、スマホがあれば初めての街で迷うこともほとんどありませんでした。

そう考えると、現代の私が迷って時間を費やしてしまっている他の何かも、将来はもっとすいすい進められるようになるのかもしれません。

その時、今度は自分がそのテクノロジーを使いこなせるかが問題になりますが…。

いいなと思ったら応援しよう!