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1990年⑬2月24日デンハーグの夜【女子大生ヨーロッパ32日間バックパックひとり旅】

※本稿は、1990年に大学生だった私が、2月21日から3月24日の32日間バックパックでヨーロッパを旅した時のエピソードです(第13話:需要、あるのか…)。旅の間に書いていた旅日記のオリジナルは2026年時点で行方不明ですが、その日記をもとにした原稿が残っていました。旅に慣れて写真が増えるのと反比例して文章量が減っていくその原稿をnote用に編集し、ところどころ2026年の私が突っ込み注釈[*]を入れつつ、ゆるっと投稿します。
1990年の旅のお話はマガジン「1990年ヨーロッパ女子大生バックパックひとり旅」にまとめています※

オランダで行けなかった場所

本当は、このデン・ハーグではマドローダム Madurodamに行ってみたかった。オランダの名所がミニチュアになって再現されているという遊園地だ。
でも、このマドローダム、私が行った2月はお休みだったらしい。3月から10月までの開園だという。
(*2026年現在は通年開園しているようです。ただ開園時間は季節によって変わるとのこと)

今から思うとマウリッツハイス美術館 Mauritshuisオムニバーサム Omniversum(宇宙シアター)などに行けばよかったのにと思うのだが、その時の私は駅からホテルへの道をもう一度ぶらぶらと歩いてみただけだった。

それでも途中にはビネンホフBinnenhofも見えたし、商店街のような所を歩いてウォッチングしただけでも面白かった。
(*不思議とこの時歩いた街の雰囲気が、強く心に残っています。デンハーグは2025年に訪れた時にも、居心地の良い感じがしました)

ハンバーガーを買うのも ひと苦労

どこかで夕食を取るつもりでぶらぶらと歩いたが、どうしてもひとりでレストランに入る勇気が出ない(旅の終わりまで、ひとりでレストランに入ることには抵抗があった)。

結局、マクドナルドへ入ってもチーズバーガーセット11.55fを買い、ホテルの部屋でテレビを見ながら食べた。
(*当時のレートで900円くらい)

そもそも日本にいたって、ひとりでレストランに入るなんて躊躇ためらうのに、日本人というだけで視線を浴びるこの異国の地で、そんなことできるわけがないと言えばなかった。

マクドナルドに入った時も注目されてしまった。
店内はわりと混んでいて、人が多いだけで怯んでしまう。

注文するとき、店員さんが「ピクルスは入れる?マスタードは?」といちいち訊くので、貧乏性の私は、追加料金を取られるかと思い、全部「No」と答えた。

それが間違いのもとだった。

「入れて」と言えば普通に作るのを、要らないと言ったものだから、私の分だけ特別になってしまったのである。

混んだ店内、順番を待つ人が並ぶカウンターで、私はひとり時間を食う迷惑な客になってしまった。

私の注文を取った店員さんは、ハンバーガーが出来上がるのを待ちながら、紙袋をもてあそんでいる。
つかえているのに気付いた他の店員がやって来て「どうしたの?」と訊くと、お兄さんは何やらぶつぶつ答えていた。

私は最初、どうして自分の分だけ遅いのかわからずイライラしていた。
鬱陶しそうにしていたお兄さんも、私のイライラ顔を見てちょっとうつむく。

私としては
「どうしてこんなに遅いのよ?!」

むこうにしてみれば
「面倒な注文をする客だ」
という感じ。

それにしても、周りのお客さんにジロジロ見られながらぼーっと待っているのは気まずかったな。
日本では「ピクルスは抜く?」なんて訊かれないんだよ!

1990年のオランダのテレビ放送

やっとのことでハンバーガーを手に入れ、ホテルに戻る。
オランダ語はまるでわからないけれど、せっかくだからテレビもつけてみた。

ところがこれが意外に面白い。

ギャグなのか本気なのか分からないような刑事ものや、日本でも日曜の昼間にやっていそうな歌番組をやっていたりする。
(*「昭和」や「90年代」の雰囲気でしょうか)

セリフが分からなくてもストーリーはなんとなくわかるし、歌の方は歌詞が分からなくても十分楽しめる。

コマーシャルも面白かった。
コンパクト洗剤の宣伝が流れて

「ほら、こんなに少しでもよく落ちる!」

てな具合にポンと箱を投げ上げてコンパクト感を強調しているのだが、今までの5分の3くらいの大きさにしかなっていない。
「日本のは3分の1だぞ」と自慢してやりたくなった。
(*謎の上から目線、再び)

ハンバーガーを食べ終わると、洗濯をして、部屋の中に張ったロープに干す。
カーテンは閉め切りジーンズも靴も脱いで、楽な格好になる。

ベッドの上にガイドブックやパンフレットを広げて、私はひとりくつろいだ。

『Nothing Compares 2 U』を聴きながら

テレビではその時、歌番組をやっていた。

ティナ・ターナーやプリンスの曲が流れるのをなんとなく見ていると、見たことのない女性アーティストの曲が流れ始めた。

黒い背景に黒いタートルネック。
ベビーショートの顔だけが浮かんでいるような画面から、目が離せなくなった。

最初は静かに、次第に激しくなっていく。

シニード・オコナーSinéad O'Connorの『ナッシングコンペアーズトゥユーNothing Compares 2 U』だった。

唇の動きがまるで喧嘩をしているようだけど、誰かを想っている歌だということは分かった。
その迫力に押されて、私は膝を抱えて画面を見つめていた。
その旋律と、彼女の瞳と、ひとりきりのホテルの空気。
すべてがひとつになって、一度聞いただけなのに、そのあと旅の間じゅう、耳から離れなかった。
雪の降るドイツの街でも、ヴェネツィアの運河の上でも、バルセロナの丘でも、パリのモンマルトルでも。

窓の外はもう暗い。
ホテルの脇に車が止まっていて、若い男の子が2、3人騒いでいる。
道路脇のレンガの花壇の縁に、女の子がふたり腰を掛けて、誰かを待っている。
犬の散歩をしている人もいる。

旅の3日目が終わる。

あまり観光らしいことをしていないなぁ。

ホテル探しと道に迷うだけで、ほとんど過ごしてしまっている。
重い荷物を背負って歩いてばかりだから、身体はとても疲れている。

ベッドに腰掛けて脚を眺めたら、膝小僧がぽこっと出てきた感じ。
日本に帰るまでに痩せるかもな。

明日はアムステルダムだ。


【2026年の私から】
1996年にマウリッツハイス美術館へ行ってみたところ、特別展示があって、開館前にチケット売り切れで入れず。
代わりにハーグ市立美術館へ行ったものの、見どころの作品の多くがよそへ貸出中で、10分程度で全館を見終わってしまったという残念な結果となりました。

2025年の旅では、マウリッツハイス美術館を訪れることができました。
『真珠の首飾りの少女』は、確かに目を引き付けられる作品でした。
私が特に惹かれたのは、唇です。わずかに開いた唇は、つややかで健康的で、同時になまめかしくて…。
絵画って不思議。

『真珠の首飾りの少女』フェルメール

2026年は『真珠の耳飾りの少女』が来日します。マウリッツハイス美術館改修のための休館に伴うものとのこと。
この絵は同美術館でも大きな見どころなので、そんな機会でもなければ貸し出しはされないはず。
あなたも、この少女に会いに行かれてはいかがでしょう。

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