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1990年⑲3月2日ローテンブルク・オプ・デア・タウバー【女子大生ヨーロッパ32日間バックパックひとり旅】

※本稿は、1990年に大学生だった私が、2月21日から3月24日の32日間バックパックでヨーロッパを旅した時のエピソードです(第19話)。
最初の10日ほどは迷ってばかりだった1990年の旅も、やっと観光らしいことができるようになってきたドイツにて。
旅の間に書いていた旅日記のオリジナルは2026年時点で行方不明ですが、旅日記と写真をもとにまとめた原稿がクローゼットにあったので、note用に編集し、ところどころ2026年の私が突っ込み注釈[*]を入れつつ、ゆるっと投稿します。
これ以降、写真が増え文章は減り、一部創作も含まれているとお考え下さい。
1990年の旅のお話はマガジン「1990年ヨーロッパ女子大生バックパックひとり旅」にまとめています。※

ローテンブルク・オプ・デア・タウバー

翌朝(1990年3月2日)、ヴュルツブルクのホテルをチェックアウトして、ローテンブルクへ向かう。

その日の夜にはミュンヘンへ行くつもりで電車の時間を調べておいて、5時間ほどローテンブルクを観光した。
(*さすがに5時間は短いかと。小さな町ですが、お時間に余裕がある場合は、もっとゆっくり時間を取って観光されることをおすすめします)

城壁に囲まれたこの中世の町は日本人にも人気があるらしい。
(*現在も、この頃に増して人気があるようで、2025年の旅では日本人観光客を多数見かけました)

プレーンライン(暗くて何が何だかわかりませんので↓)


2025年に撮ったプレーンライン

人形とおもちゃ博物館 Doll and Toy Museum/Puppen-und Spielzeungmuseumに行く。
(*残念ながら2025年にはなくなっていました)
館内で写真を撮りたいと思い、受付のお姉さんに尋ねると「フラッシュはダメ」と言う。

その時私が持っていたカメラは、自動でフラッシュがたかれてしまうものだった。

どうしようかと思っていると、お姉さんが訊く。

「Automatic?(自動なの?)」

「Yes」

すると他の人がいなくなったのを見計らって、

「内緒よ」

と言いながら、1枚撮ってくれた。

マルクト広場のすぐそばにある、ケーテ・ウォルファルト (Käthe Wohlfahrt)というとても美しくて可愛らしいお店で、金色のクリスマスオーナメントを2つ買った。
天使や雪の結晶、雪だるまが揺れるモビールだ。
(*このお店の人気も、現在に続いています)

(2025年撮影)クリスマスグッズが満載で、やっぱり可愛いお店でした

マルクト広場のマイスタートゥルンク Meistertrunkの仕掛け時計も見た。

定時になると時計の両側から人形が現れます

時間になると、市長と将軍の人形が現れ、市長が大きな盃でワインを飲み干す。

この人形たちは、ワインの大盃を飲み干すことで街を救った市長の逸話を再現しているとのこと。毎年、お祭りも開かれるらしい。

郷土博物館を見た後、中世犯罪博物館(Mittelalterliches Kriminalmuseum/Criminal Museum)というところにも入ってみた。

ここには中世に実際に使われていた拷問道具や、人骨まで展示されていた。

左:1990年に買った絵葉書、右:2025年に買った絵葉書

怖いもの見たさで入ったものの、あまりのリアルさにおしまいの方は気持ちが悪くなってしまった。
(*こちらも日本人に人気があるようで、公式サイトや案内書にも、日本語版があります。ただし2025年に訪れた時には、規模が大きくなっていて、露骨な展示は減ったように感じました)

屋根にも道にも、まだ雪が残って

最後に、ローテンブルク名物のシュネーバルというお菓子を買って、町を後にした。

これほど計画通りに迷うことなく、やり残すこともなく過ごせた日は、この旅で初めてではないだろうか。
(*Well done!ずいぶん時間がかかったけどね)

ローテンブルクで会った人たちも、みんな親切だった。

その夜、ミュンヘンのホテルにチェックインした私は、とても気分が良かった。
一日迷わなかっただけでなく、このホテルではシングルの部屋が空いていなかったため、シングル料金でダブルの部屋に泊まることができたのである。

広々としたダブルベッドで、夕食代わりのスナックとコーラをたいらげて、私はその夜、大満足で眠ることができた。


【2026年の私から】
やれやれ。
1週間経って、やっと観光らしいことが予定通りにできたようです。
2025年の私も、ローテンブルク・オプ・デア・タウバーを訪れました。
プレーンラインもクリスマスマーケットも相変わらず可愛らしく、日本人に人気があるのも納得。
ローテンブルクは、特に他の観光地に比べて日本人率が高かったように感じます(他にはモン・サン・ミシェルとローマの『真実の口』が、段違いに多く日本人観光客を見かけました)。

時計の横の窓が開いて、人形が覗いています

35年。
長いようですが、こんなふうに中世から変わらぬ姿の街を見ると、人の一生というのは短いとも感じてしまいます。

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