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ローマで出会った優しさと、私がついた小さな嘘|1990年ひとり旅

※これは1990年のヨーロッパひとり旅のお話です。

3月11日 ローマ

みんなで観光をした翌日、3月11日。
私たちは再び、それぞれの旅に戻っていった。

みちるとダンボは、スペイン、ポルトガル方面へ。
リーは、イタリアを南下。
ワトソンは、引き続きローマに滞在するという。
私は、今夜の夜行でスイスへ行くつもりだった。

朝早く、まずリーが出発した。

続いてワトソンくん。シングルで泊まれるホテルに移るという。

「ちゃんと探せるかなぁ」

まったく頼りない。
情けない顔で心配しているので、私は言った。
「何言ってんの。私だってずーっとひとりで探してこれたんだから、大丈夫!インフォメーションに行って探せば見つかるよ」

そういえば、彼は、飛行機の中で隣になったリーにくっついて、ここまで来たと言っていた。やれやれ。

まあ、彼もあと1週間もすれば、たくましくなるでしょう。
(*自分も最初はさんざん迷子になって泣きべそをかいていたくせに、ずいぶん上から目線です)

最後に、ダンボとみちるが私の部屋を覗いて声を掛けてくれた。

「じゃあ、俺たちも行くよ。気をつけてな」
「じゃあね」

さて、私はこの後どうしよう。

スイスへの夜行列車は、20:45に出発だ。

とにかく外に出よう。

チェックアウト後、両替に時間がかかり、昼過ぎになってようやく市内を歩き出した。

アウグストゥス廟。コロッセオやスペイン広場に比べ、ずっと観光客は少なかった


最高裁判所『正義の宮殿』

テベレ川を渡って正義の宮殿パラッツォ・ジュスティツィア(最高裁判所)へ。
いずれも中に入ることはなく、外から眺めただけだった。

再度、川を渡りナヴォーナ広場方面へと、ぶらぶら歩く。

ナヴォーナ広場とオベリスク

ナヴォーナ広場から南東へ進み、カンピドーリオ広場へ。

カンピドーリオ広場・セナトリオ宮へと続くコルドナータ・カピトリーナの階段

昨日も見たヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂のすぐそばだ。公園でひと休みする。

ベンチに座ってぼーっとしていると、小柄なおじいさんがやって来て、隣に座ってもいいかという仕草をした。

しばらく並んで座っていると、
「日本人か?」
と訊かれた。

「そうです」

おじいさんは英語はあまりわからないという。

私が持っていた「旅の6ヶ国語会話辞典」を見せると、イタリア語のページを開いて嬉しそうに膝を叩きながら、口に出して読んでくれる。

「あなたは学生ですか」という一文を指し、私に見せる。

うなづくと、今度は「旅行者ですか」という文を指差す。

そんなふうに会話が始まった。イタリア語と英語、そして身振り手振り、ごちゃまぜの会話が。

おじいさんはローマ人だという。
ローマのいろいろなところを見たかと訊かれたので、
「コロッセオと、スペイン広場と、トレヴィの泉と、真実の口…」
と、訪れた場所を挙げていった。

するとおじいさんは、両手を挙げて肩をすくめながら言う。

「ああ、真実の口!
どうして日本人はみんな真実の口を見に行くんだろう。
そして必ずみんなあの口に手を入れて写真を撮る。
理解できない」

「『ローマの休日』という映画があったから」

「あんなところより、もっと見るところがあるのに」

そう言って、私の知らない場所の名前をいくつか挙げて、もう行ったかと訊く。

「行ってない」

「信じられない!ローマは素晴らしいところだ。本当のローマを見てほしい」

「もう今夜はスイスに行くの」

「なんてことだ!本当のローマを見るにはもっと時間をかけなければ!」

「残念だけど、もう列車は決まっているの」

「そうか…。では少しの間だけ案内しよう」

そう言っておじいさんは、フォロロマーノを見晴らせる場所へ連れて行ってくれた。
昨日とは少し違う角度からのフォロロマーノだ。

フォロロマーノ

周りには様々な国から来た観光客が、同じようにフォロロマーノの方を眺め、双眼鏡をのぞいたり、写真を撮ったりしている。

「きっとあれはアメリカ人だな。あっちにいるのはどこから来たんだろう。フランス人かもしれない。
そして君は日本人だ。
ここにはたくさんの人がいるけれど、ローマ人は私だけだ」

おじいさんは誇らしげだった。

しばらくその辺りを歩き、目に留まったものを説明してくれる。
イタリア語なので、おじいさんの言っている内容はよくわからない。
それでもおじいさんは満足そうだった。

「このベンチで少し休もう」

再び、私たちは並んで座った。
遠くを指さしておじいさんが言った。

「私の家はあっちの方なんだよ。どうだい、夕食を一緒に食べないかい?」

正直なところ、私はまだこのおじいさんに警戒心を持っていた。
年を取っているからといって油断はできない。
ひとり旅でずっと緊張していた私は、素直に応じることができなかった。

「ね?一緒に食事をしよう」

「でも、列車の時間が決まっているし」

「そうか。残念だな。じゃあ、駅まで送ろう」

「いえ、大丈夫です」

「切符を見せてごらん。…なんだ、まだ4時間もあるじゃないか。
大丈夫だよ、食事をするには十分だ」

「でも…」

そこで私はつい、嘘をついてしまった。

「友達が駅で待っているの」

「友達?男の友達(amico)?それとも女の友達(amica)?」

「えっと…男の子がひとりと女の子がひとり」

「みんな日本人?」

「はい」

「今も待っているのかい?」

「いえ、5時に待ち合わせ」

「そうか。じゃあ仕方ない」

おじいさんはひどく残念そうだった。

(私は何を疑っているんだろう。本当に良い人かもしれないのに)

おじいさんの残念そうな顔を見て、心が痛んだ。

「自分の身は自分で守る」がひとり旅の鉄則だ。
でも、おじいさんは本当にただ一緒に食事をしたいだけかもしれない。

迷ったが、やはり私は誘いを断った。

「じゃあ、駅まで送るよ。近道を知っているから」

案内してくれた道を一緒に歩いて行くと、おじいさんの言ったとおり、思っていたよりずっと早くテルミニ駅に着いた。

「さあ、あれが駅だよ。私はこっちの方向に行くから、ここでお別れだ」

そう言って、おじいさんは手を差し出した。

握手をしながら、私はとても申し訳ない気持ちになった。
私の頬にキスをして、おじいさんは去って行った。

優しくしてくれる人のことまで警戒しなければいけないなんて…。
おじいさんはきっと、ただ一緒にご飯を食べる相手がほしかっただけかもしれないのに。

それでも、自分の身は自分で守らなければならない。
それが、ひとり旅をする旅人の責任だった。

その後、私は予定どおり夜行列車に乗って、スイスの首都ベルンへ向かった。


※1990年の旅はマガジン▼にまとめています。


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