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ソローリャ、プラド、闘牛、そして未完のマドリード|1990年ひとり旅

※これは1990年のヨーロッパひとり旅のお話です(第31話)。

3月17日 マドリード到着

午後2時半頃、マドリードに到着し、ツーリストインフォメーションでペンションを予約する。
チェックインを済ませるともう午後3時半。
街をぶらぶら歩いただけで夜になってしまった。

3月18日 ソローリャ美術館、プラド美術館、闘牛場

翌日(3/18)、やっぱりお風呂のついている部屋がよくて、別のオスタルに移動する。

「ペンション」も「オスタル」も比較的規模が小さい家族経営などの宿泊施設だ。

荷物を置いて向かったのは、ソローリャ美術館。

ソローリャ美術館

画家ホアキン・ソローリャを、私はここに来るまで知らなかった。
しかし、その作品には目をみはってしまった。

例えば、海辺に立つ白いドレスの女性。
波のきらめきも、日差しの明るさも、風になびくドレスのまぶしい白さも、見事に描き出されていた。
(*2025年にも再訪したかったのですが、残念ながら改修のため閉館中)

続いて、プラド美術館へ。

長蛇の列に並び、ようやく入館したものの、1階を見終えて2階に上がったところで閉館時間が近づいた。

気付かず先に進もうとすると、係の女性が指を2本立てて、こっちへ向かって来ながら追い払う仕草をする。

「日曜日は2時で閉館!はい、もうおしまい!」
(*2026年現在は、もっと遅くまで開館しています)

列車は平気で遅れるくせに、休む時間はぴったりなんだから。

実はその少し前、1階の終わりあたりで、グラナダで知り合ったYくんとばったり会っていた。

「あれえ?何してるんすか、こんなところで」

何してるも何も、観光だよ…。

「オレ今、ツアーの後について、ガイドの話、ちゃっかり聞いてきたんですわ。オレが説明してやりますから、ついて来てください」

そうしてゴヤの絵『マドリード、1808年5月3日』の前で語ってくれた。

「この兵士の顔はね、わざと見えないように描いてあるんですと。
で、この民衆の4人の表情。これが、人間が死ぬ時に見せる4種類の表情を表しているんですと」
(*手元に残っている原稿にはこのように書いてありましたが、この解説の真偽は検証できませんでした)

そして、次を見に行こうとしたところで、2時になってしまったのである。

「ピカソの『ゲルニカ』は見ました?」

「見てない」

「何やっとったんですか!信じられんわ」

ほっといてよ。
(*当時『ゲルニカ』はプラド美術館にあり、1992年にソフィア王妃芸術センターへ移管。Yくんは『ゲルニカ』を長い時間をかけて鑑賞したと言っていました。私も2025年の旅でやっと念願が叶い、その前に立ち尽くしました。旅のハイライトのひとつです▼)

2025年の旅で目にした瞬間、涙が溢れました

美術館を出て、ノミの市へも行った。
「あんまり面白いもんはないなぁ」
などと言いながらも、Yくんはしっかり値切って、買い物を楽しんでいた。


その後、闘牛場に行くことになり

「オレは、もうチケット持っとるんですよ」

と得意げに見せびらかす。

闘牛を見ている間は席が離れているので、終わったら待ち合わせをすることにした。

闘牛場

闘牛というものを初めて見たが、申し訳ないけれど、私にはあれを見て熱狂するのが理解できなかった。

牛の真っ黒な肌に真っ赤な血が流れる。

正直なところ、かなり衝撃を受けた。
(*いかに牛を苦しませることなく華麗に仕留めるかも、マタドールの技量のうちだそうです)

闘牛場を出ると午後7時になっていた。

「もうパエリヤ、食べました?」
「まだ」
「これが美味いんですわ!ぜひ食べてください」

そう言ってYくんは、一緒にレストランに行ってくれた。
食べてみると、本当に美味しい。
ここのところ食事は、ホットドックやハンバーガーばかりになっていたので、余計に美味しかった。

食事が済んで、フラメンコでも観に行こうかなぁと思っていると、Yくんが言った。

「ひとりで行くんすか?
やめてくださいよ、危ないすよ。オレ、昨日、男3人で行ったんですけど、途中で変なやつらに絡まれましたもん。
イヤですよ、今こうして話している人が、犯罪に巻き込まれでもしたら…」

大げさだ。
でも今朝、オスタル近くの路上で見た血の跡がふっと脳裏をかすめる。

「悪いこと言いませんから、ひとりで行くのはよした方がいいすよ。
オレ、もう金がないから一緒には行かれんし。
ま、でも良かったですけどね、フラメンコは。
あの眉を寄せた表情がね、色っぽいっちゅうか、なんちゅうか」
そう言って、Yくんはだらしない顔で笑った。

しかたなくフラメンコは諦め、オスタルに戻る。

それにしても、ミュンヘンでビールを飲まず、バルセロナでガウディを見ずのこの旅。
マドリードでは、『ゲルニカ』を見られなかったばかりか、フラメンコも観に行けないなんて。
やはりこれは、もう1度来るしかない。
私にとって、マドリードは“未完”の街だ。
(*再び訪れた2025年に、バルセロナのガウディ建築と『ゲルニカ』は見学できましたが、ビールとフラメンコは体験できずじまい。ソローリャ美術館にも行けなかったので、再々訪するしかありません)

3月19日 マドリード市内観光

翌日3月19日は月曜日で美術館はみんなお休み。
(*営業日については最新情報をご確認ください)

リコンファームを済ませ、仕方なく街をぶらぶら歩く。
(*リコンファーム!ありましたね、そういうの)

エル・コルテ・イングレスというデパートや王宮、スペイン広場を歩き回った。

スペイン広場のセルバンテス像とドン・キホーテとサンチョ・パンサの像
王宮も外から眺めただけ…「何やっとるんすか」ですね

そして、18:10発の夜行に乗り、最後の目的地パリヘと向かった。

※1990年の旅のエピソードはマガジン▼にまとめています。


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