アルハンブラ宮殿の思い出|1990年ヨーロッパひとり旅
※これは1990年のヨーロッパひとり旅のお話です(第29話)。
3月15日 グラナダ
朝早く列車を乗り換えて、グラナダに到着したのは10:14だった。
駅でいきなり、ホテルの客引きのおじさんにつかまってしまった。
おじさんは脚が不自由で、松葉杖をつきながら、1泊1600ペセタ(約2200円)のホテルを熱心に勧めてくれる。
日本語で書かれた自己紹介の紙や、警察のハンコが押された身分証明証まで次々に見せて、自分は怪しい者ではないとアピールする。
日本語はわからないらしいが、あまりに一生懸命で、私は断るのが辛くなってしまった。
こちらが困惑するほど必死なので、「もうわかったよ」と言いたくなって、私はおじさんの勧めてくれるホテルに泊まることに決めた。

グラナダでは、アルハンブラ宮殿を見るのが一番の目的である。
イスラム芸術の最高峰と言われるこの宮殿は、確かに美しい。
天気がとても良かったせいもあって、私はゆっくりと宮殿内を歩き、十分にその美しさを楽しんだ。
(*2025年に50代後半で訪れた時は「こんなに広かったっけ」「こんなに坂があったっけ」と感じました。体力…)

アルハンブラ宮殿には、猫がたくさんいた。
(*2025年に行った時には、1匹しか見ませんでした)



ライオンの中庭(Patio de los Leones)辺りで、道連れができた。
大阪から来たYくんという大学生だ。
ラグビー部の主将を務めているそうで、体格がとても良い。
笑い方も豪快だ。

ヘネラリーフェに入る前に、Yくんのカメラのフィルムが終わってしまって、悔しがっている。
「私が撮っておいて、後で送ろうか?」
「え?いやそんな。悪いから…」
「遠慮している場合でしょうか。せっかくここまで来たのに」
2、3枚の写真を撮り、それを送るための住所を訊く。
「申し訳ない」と口では言いながら、それほど恐縮しているようには見えなかった。
アルハンブラ宮殿は、特に夏の離宮ヘネラリーフェが良かった。藤の花が壁を覆って咲き誇っているところで写真を撮る。


アルハンブラ宮殿を見終わって、坂を下りる途中でYくんとは別れ、再びひとりになる。
土産物屋を眺めながらゆっくりと降りて行った。
土産物屋の店先に、手作りの陶器の可愛らしいセットがあった。
ひと目で気に入ってしまったのだけど、少し高い。
値切ってみたがダメだった。バルセロナのようにはいかない。
水差しのポットとぐい呑みくらいのカップが5つほどのセットだ。
作ったのは、その店のご主人だという。
「これ以上安くすることはできない」
と言われてしまった。
カップだけなら私にも買えるだろうかと思い、ばらで売ってくれるか訊いてみる。
「これはセットの商品だから。カップだけをいくつか売ってしまうと、残りが売れなくなる」
と、カップをひとつだけ引き離す身振りをつけて、申し訳なさそうに言われ、諦めた。
ホテルに戻ってからもしばらく未練が残っていた。

その夜の夕食は、バルBarに入って食べた。
実際は、「食べた」というよりワインを飲んでタパス(おつまみの小皿料理)を食べただけだが…。
バルの主人が、私を見て笑った。
「顔が赤いよ」
飲めないんだってば。
※1990年の旅のエピソードはマガジン▼にまとめています。
