車内はいつも
車はスポーツカーだった。
低くて、少し無骨で、
どこか気難しそうなフォルム。
その後部座席に乗るのが、
わたしの日常だった。
車内に流れる音楽は、いつも決まっていた。
X JAPANのアルバム。
カセットだったのか、CDだったのか、
もうはっきりとは思い出せない。
でも、あのイントロだけは、
身体が覚えている。
「紅」が流れると、
ママの空気が、ほんの少し変わる。
いつもかけているサングラスが、
少しだけ光った気がした。
アクセルを強く踏むわけでもなく、
ハンドルを荒く切るわけでもない。
ただ、ほんの少しだけ、
“何か”がほどける。はずれる。
それでも、運転はいつも安全だった。
あれだけ激しくて、
叫びにも似た音楽が流れているのに、
ママは、決して乱れなかった。
子どもだったわたしには、
そのバランスが、不思議だった。
──どうして、こんな音楽を聴いているのに、
こんなに静かに運転できるんだろう。
今なら、少しだけわかる気がする。
ママはきっと、
あの音楽に預けていたのだ。
言えなかったことや、
飲み込んできた感情や、
壊してしまいたかった何かを。
音にして、外に出して、
それでも自分は崩れないように、
ちゃんと手綱を握っていた。
わたしは、違った。
同じように、
胸の中に溜まったものを抱えたまま、
山道を走った。
カーブの先なんて見ないで、
ただ、振り切るみたいに。
メーターを振り切って走る爽快感。
ヘアピンカーブを、躊躇なく抜けていく。
事故多発地帯。
一歩間違えたら、あの世行き。(笑)
そのスリルも、嫌いじゃなかった。
こわいくせに。(笑)
風を切る音も、
エンジンの唸りも、
全部がちょうどよくて、
止まる理由なんて、どこにもなかった。
そして、つかまった。(笑)
ママは、音楽に預けていた。
わたしは、ありったけの思いを
そのまま現実にぶつけていた。
似ているのに、やり方が違う。
だから、ぶつかった。
だから、わからなかった。
でもきっと、
根っこにあるものは同じだった。
抑えきれない何かを、
外に出さないと、息ができない人間。
ママは、それを知っていて、
自分なりの“安全な逃がし方”を持っていた。
わたしは、それを知らなくて、
そのまま走り出してしまった。
髪も金髪。まっキンキン。(笑)
朝帰りの常習犯。
それだけの違い。
あの頃、後部座席で聞いていた「紅」は、
ちゃんと、わたしの中にも残っている。
消えないまま、
形を変えながら、
今もどこかで鳴っている。
今でも、エレキやドラムやベースの重低音が好きだ。
あのときママが音楽に預けていたものを、
わたしは、まだどこかで探しているのかもしれない。
