つわりメインのお話
つわりのはじまり〜序章〜
確かに、赤ちゃんが欲しいと漠然と思っていた時期は、20代の頃から少しはあったかもしれない。
けれど、こどものような自分が、いつか赤ちゃんをこの腕に抱けるとも思っていなかった。私はまだこどもで、おとなになりきれていない。それなのに、無責任にあんなにも神々しくも美しい命を私なんかが産めないと思った。早い話、そんな責任を負えないと思っていた。
というか、そもそもこどもを産みたいと思える人と出会えないと思っていた。結婚にもこどもにも興味がなく、恋愛に興味はあってもそこまでの夢を持っていなかった。世の中にいるたくさんの夫婦、そしてこどもを持つ人達は、この人の子供が欲しい!! と、強く思って産んだのだろう。私はそれを究極の愛の形だと感じていた。だって人を心から愛さないと、こどもなんて産めないものでしょう?
けれど、そんな私も27歳のとき今の夫と出会った。
当時は主流だったアプリでたまたま知り合った。私は彼氏が欲しくて2週間だけアプリを始めた。夫は結婚相手を探していたらしい。初めから目的も何もかも違っていた私たちが、何の因果か出会い、あれよあれよと結婚した。私は結婚式を挙げるその日まで、「このわたしが結婚するとは…人生とはわからないものだな」とちょっと不思議に、どこか他人事に思っていた。
夫はとても優しい人で、私のことを心から大切にしてくれる人だった。死がふたりを分かつまで、という結婚の言葉を嫌って、誓いの言葉をふたりで書き直したくらいだ。来世でも一緒にいたいから、と私のことを一生涯離さない宣言をした。あれ、来世だから一生涯じゃないのかな?
私を心から愛し、大切にしてくれる人だった。だから、自然と私はこの人のこどもが欲しいと思った。すごくシンプルな思考回路だった。この人にこどもを抱かせてあげたい。もしも私が先に死んだら、ひとりぼっちになってしまうから、この人の為にも遺伝子を残してあげないと。
そして、私も見たい、この人のこどもを。
新婚旅行を終えてすぐにこどもを作ろうと決めた。
そこから2ヶ月あまり。
その間も、生理が1ヶ月半来ないトラブルに遭ったりと色々大変なことはあったけど、無事、妊娠検査薬が陽性に代わるのをみることができた。
一度、偽陽性に惑わされたことがあったから、正直そのときの陽性反応も不安に思っていた。もしかしたらこれも偽陽性なんじゃないかと。けれど、その2、3日後からつわりの症状が始まり、これは確実に妊娠しているとわかった。
あのときの感情をよく覚えている。
生理が来なくて産婦人科に行ったとき、先生に「現時点ではまだ妊娠してるか分からないけど、妊娠してる可能性もある。ただ、生理が遅れている可能性もある。だから、5日後に妊娠検査薬を使ってみてね。もし、陰性だったらそのときまた来てください。妊娠していないのなら、生理を来させるのはすぐ出来るからあんまり不安に思わないでね」と言われた。
その話をされてから、ちょうど5日後に妊娠検査薬を使った。
綺麗に陽性反応が出た。二本線って本当に出るんだなと感動した。戸惑いと、不安と、期待と、喜びと、様々な感情が一緒くたになって私を襲った。いわゆる「フライング検査」を、例に漏れず私も何度も何度もしてきた。だからこそ、陰性しかみたことがなかった(一度、偽陽性はあったけど)私にとって、その喜びに溢れるあの瞬間は、まるで魔法のように、ぱちぱちと目の前で爆ぜたのだ。感情の爆発とはこのことを言うのだと思った。
自然と涙が溢れてきて、そのまま夫に妊娠を伝えた。夫は驚きと喜びと少しの不安を目に湛え、「よかったーー!!!!」と叫んだ。
それでも私たちは他と比べてすごく冷静だったと思う。私は「まだ初期も初期だから、もしかしたら上手くいかないかもしれないし、そもそも子宮内妊娠じゃないかもしれないから、あんまり期待はしすぎないようにしようね」と言った。夫も同じように慎重な人だったから、喜びを抑えて「そうだね」と頷いた。
私にはいつも最悪なことを頭の隅で考えるというクセがある。例えば、どこかに出かけたらもしかしたら事故に起こるかもしれない、体調を崩すかもしれないと考える。何かを食べたら、もしかしたらお腹を下すかもしれない、食中毒を起こすかもしれないと考える。夫と結婚した時ですら、この人はいつか浮気をするかもしれない、私を裏切るかもしれない、と考えた。そうやって私は自分を守ってきたのだ。
だから今回の妊娠も自分を守るためにあまりぬか喜びしないようにした。
まあ、つわりのせいで喜ぶ間もなく自分が生きることに必死にならざるをえなかったのだけれども…ははは。
そうして話を戻すと、5w4dで私の場合はつわりの症状が一気に悪化したのである。
思い返せば、それ以前からつわりの初期症状はあったのだが、それをつわりだと私は認めていなかった。
出汁の匂いが急に無理になり、肉を解凍した匂いに吐き気を催した。電子レンジの匂いがして眉をひそめ、夫の匂いを感じた。元々鼻は鋭い方だったけど、それにしたって不快感を感じることが増えたのである。
そして、そんな不快症状を感じるようになってから3日後、夫と共にお昼に近所の町中華のお店に行った。いつもなら食べられる量の半分でギブし、帰ってからすこしの気持ち悪さを感じるようになった。
そうして、その日の夜、夫が気を利かせて作ってくれたミネストローネの匂いで私は吐いた。びっくりするくらい臭かった。
初嘔吐。つわりだ…ついにつわりが来てしまった…。
5w4dにして、つわりがきてしまった。
つわりのはじまり〜第1章〜
つわりが来たと言っても、私は初産だったためそこまで悲観はしていなかった。まぁ、来たか、と。来るよなそりゃあと。取っていたアプリにも「つわりが始まる人も」と書いてあったので、まこんなもんかと思っていたのである。
しかし、どれくらいひどくなるのかまでは理解していなかった。対処法も知らなかった。だから私はその日の夜、普通に寝てしまった。
そしたら夜中に5回は空腹による突然の吐き気と胃痛で起こされる羽目になった。焼けるように痛む胃。ネジ切れるような胃。同時にひどい吐き気に襲われ、水を飲む。しかし、水を飲むだけで胃が痛い。胃に着いた瞬間、猛烈に胃が動き出そう出そうと蠢いているのが分かった。吐き気をもよおすものの、なんとか堪える。無理して寝ようとする。そんな1時間を過ごして、気絶するように眠る。そしてその1時間後に起こされる。それを繰り返した。
朝方になって、いよいよ無理になってトイレに駆け込んだ。胃にはとうに何も入っておらず、胃液だけが出た。ひどい吐き気は、少し吐いただけでは治まらず、なんどもえずいて涙を流した。何をしても楽にならなかった。
そのあと、よたよたと老人のようにベッドに戻った。一度吐いたことで多少吐き気は収まっていたが、つわりというものに対して、よく言われる車酔いのような、二日酔いのような、頑張ればいつでも吐けちゃうくらいの気持ち悪さに一日中付きまとわれることになった。
夫が起きて「大丈夫…?」と心配そうに水を差し出してくれた。ありがたくそれを受け取り、まだ茶化す元気があった私は「本当につわりってこんなに気持ち悪いんだね」と笑った。笑えていた。ただ、「病院には行こうか」と言われ、それには頷くことになった。このご時世、吐き気止めくらいは貰えるだろうと期待していたのである。
初めての産婦人科だった。当たり前だが化粧をする元気も髪をセットする元気もなかったので、スッピンにボサボサ、マスクというひどい出で立ちのまま受診することになった。後にも先にも、私よりひどい格好の妊婦さんはどこにもおらず、みんな綺麗な格好でお洒落していて、化粧もしっかりしていた。私はボロボロの服装で、ゲロ袋を抱えたまま倒れるようにソファに横になっていた。
夫に全てを任せ、粗相をしないように外気を少しでも感じられる場所にいた。外は春の陽気を少し感じられる気温で、いつの間にか暖かな陽の光が病院の庭先に降り注いでいた。自分はこんなにも気持ち悪いのに、外はすごく気持ちよさそうで、妙なギャップを感じたことを覚えている。まるで、世界から私がひとり取り残されたような。
名前を呼ばれ、診察室に入り、内診からのエコー。胎嚢と呼ばれる赤ちゃんの袋は子宮内にしっかりとあって「まだ赤ちゃんは見えませんが、子宮内妊娠ですね」と言われたことを覚えている。なんだかふわふわと夢心地のような感覚だった。私のこの腹の中に、小さな袋があって、その中で生命が芽生えようとしている。私は、命を錬成するのだ。感動のあまり涙が少しだけ溢れて、バレないようにそっと拭った。
そのあと、先生とお話をしてつわりが辛いことを告げると、とりあえずメトクロプラミドと漢方を処方していただけた。ただ、水さえ飲めてればいいけど、水も飲めなくなっておしっこがでなくなったらやばいのでそのときはまた来てくださいとのことだった。
そのあと、初めてのエコー写真を両手に抱えながら、夫と相変わらずふわふわ夢心地で待合室のソファに座った。「いたね」「ね。不思議な感じだね」と二人で顔を見合わせて笑った。不思議と、その間だけつわりを忘れられた。このペタンコの腹の中にあなたがいることが、とてつもなく奇跡のように思えた。
けれど一瞬の幸せのもつかの間、車に乗って家に帰る頃にはまたつわりが私を襲った。何をしても気持ち悪い。外の匂い、冷蔵庫の匂い、家の匂い、全てが吐き気を助長させる。自分の服も、布団も、枕も、手の匂いですら、気持ち悪い。吐かないように堪えて、なんとかベッドに横になる。スマホも光も気持ち悪くて見れないので、できることといったら天井を見つめることだけ。寝室の窓を開けて、カーテンが揺れる様を見て、外から聞こえる子供たちの笑い声をbgmに、ひたすらに耐える。そんな生活が、幕を開けたのだ。
つわり生活〜第2章〜
夜は昨日となんにも変わらない。
何度も起こされては空腹で吐き気をもよおす。
ついに色々と調べた結果、ゼリーやパン、クラッカーを口に入れるといいと分かったので、それらを枕元に用意することにした。激しい胃の痛みで起こされて、ゼリーを食べる。気持ち悪い……吐きそうだ。でも、食べないともっと気持ち悪い。1口食べて、気絶するように寝て、15分ごとに起こされて、また1口食べる。夫は、たまに私のガサゴソ音のせいで起きていたらしいが、あるとき私がゼリーを片手に気絶する──さながら明日のジョーのような──様をみて、可哀想と哀れみを覚えたそうだ(笑)。どうやら、それほど悲惨な状態だったらしい。
この頃は、ウィダーインゼリーとゼリーが私の生命線だった。朝の6時に起こされて、一度吐きに行って、ヨロヨロとまたベッドに戻る。そんな生活がしばらく続いた。
それでもまだ、あのときは仕事をしていた。在宅勤務だったので、なんとか就業時間までは吐いて、吐いたあとのなぞのサービスタイムでメールチェックをし、軽く仕事をして、また吐いて、夫が作ってくれたおかゆを3時間くらいかけて食べて、時と場合によってはまた吐いて、眠れれば眠るが空腹で起こされて、クラッカーを食べる。グレープフルーツジュースをひとくち飲む。食道を通って痛みを覚え、焼けるような胃痛でさらにしくしくと泣く。もちろん、吐き気止めなんて1ミリも効かなかった。先生にも効かないと思うとは言われていたから覚悟してたけど、本当に効かなかった。気休め程度だった。
ええい、どうしてこんなにも医療は発達しているのに、つわりの薬はないんだよう!!!
私も例に漏れず、つわりになってからつわりについて調べるようになった。つわりとはそもそも何か、なぜ発生するのか、特効薬はないのか──調べた結果、どうやらhcgホルモンと呼ばれる胎盤由来のホルモンが長らく原因と言われていた……。そして、最近の研究の結果によると、GDF15と呼ばれるホルモンが原因なのでは判明した……とかなんとか。
めちゃくちゃ簡単に言うと、赤ちゃんがお腹の中で育つと同時に、胎盤と呼ばれる赤ちゃんのベッドが育つんだけど、それが作られる過程で分泌されるホルモンが吐き気やらなんやらを脳に伝えるせいで胃腸の諸々がバグったりするらしい。
まあ、つまるところつわりの原因はあんまり分かってない。
え? 2026年現在においてもあんまり分かってないの? 人間って、けっこう長く繁栄してるよね? なんで? なんでこんなにざっくりとしてるの?
もう調べたところで不信感しか浮かばなかったし、原因が分かってないから薬もあんまり無いらしくて(2026年現在ではまだ未承認の薬、ボンジェスタはあるけど日本では使えないので省きます。詳細は私の別の記事を読んでね)つまるところ日本だと八方塞がりだったのである。
本当に、調べればなんでもわかるこの時代において調べても分からないことがあるなんて夢にも思わなかったよ。
先輩ママさんたちの投稿を見ても、つわりの対処法なんてものはほぼないのである。基本は耐えるだけ。対処法ではなく、少しでも楽に耐える方法が載っているのだ。私は対処法が知りたいのに、つわりに薬はありませんだの、気持ち悪さを取る方法はありませんだの、絶望する情報しか出てこない。
もちろん、空腹の時間をなるべく設けないようにするとか、ビタミンb6を摂取するように心がけるとか、匂いの少ない、食べやすく胃に優しいものを食べるとか、でも食べられるものを食べるだけでいいとか、そんなものは見飽きるくらい調べたし、読んだし、実践もした。
この地獄のような吐き気の中で食べられるものなんて当たり前のようにもちろん無いし、ビタミン剤を飲んだらビタミン臭いものが胃から匂ってさらに吐くし、胃に優しいものを食べたところで、焼けるような胃痛はあるしで、本当に何も変わらないのである。
つわりの最中でできることなんて本当に限られていたので(テレビもスマホも見れないし)一瞬の隙を狙って、この悪夢のような時間を耐えるにはどうしたらいいのかを調べまくった結果、こんなことばかりが出てくるもんだから、絶望するしか無かった。
ああ、ただ、強いて言うなら、吐く前に水を沢山飲んだ方がいいと言うのはその通りだった。
胃液やら胆汁やらを吐くのは本当に辛いので、クソまずい水だとしても、できるかぎり一気に沢山飲んで無理やり中和させてから吐いた方が楽だった。これはいいライフハックだったので、オススメです。もちろん、水分一滴飲んでも吐く人には……どうなんだろう。私は水分は飲めたり飲めなかったりしたのだけど、飲めない時でも吐く前のイッキだけはできたので……ただ、苦しいのならご無理せず!! いや、多少無理しても水飲んで吐いた方が楽かもしれない。
そういえば言うのも忘れていたのだが、水すらも飲めなくなって、尿の回数が著しく減った場合は脱水の症状が出ている可能性が高いので、速やかに病院に行ってください。点滴や、入院措置になると思うので、ケトン体の数値を確認してもらってくださいね。
周りは頑張っているのに自分だけ……なんて、そんなことは思わなくていいです。脱水は命に関わるので、病院に行きましょう! もしも点滴も打ってもらえず入院も渋られたら、総合病院とか大きな病院に行ってお願いした方が良いです。セカンドオピニオンも視野に入れて、ご自身の体をまず大切にしてください。
私は点滴であんまり楽にならないタイプ(点滴に入ってるビタミンの匂いがダメすぎて吐いた)だったので、結局ほぼ行かなかったです。あと吐く前に大量の水飲んでたし……。飲めてればOK、らしいのでね。
やや話が脱線したが、昼も夜も基本変わらぬ激しい吐き気とともに生活をする日々がとりあえず2〜3週間続いた。食べつわり、吐きつわり、匂いつわりのフルコンボ、寝ても覚めても吐き気に襲われ、毎日を絶望しながら過ごす日々。立ち上がり、トイレに行くのも、風呂に入るのも、歯磨きをするのも、椅子に座るのも簡単にはできなくなった。
日常生活が唐突に奪われる──そんな恐怖を味わうことになった。
つわり生活〜第3章〜
私は当時、団地に住んでいた。
お隣さんのご飯の匂いが急にダメになって、特ににんにくやネギ、しょうゆなどの味の濃い匂いに吐き気をもよおすようになった。窓を少しでも開けると、それらの匂いがどこからともなく香ってきて、激しい吐き気を誘発させる。元々鼻は鋭かった方だったけど、それにしたって犬並の嗅覚に苦しむことになった。
しまいには、キッチン、トイレ、冷蔵庫、コーヒーメーカー、炊飯器、ソファ、ベッド、自分の体臭、夫が散歩から帰ってきた時の外気の匂い、洗面台の香り、風呂の匂い、蒸気、全ての匂いがダメになった。
世の中にこんなに匂いが溢れているとは思わなかった。マスクをして、空気清浄機をつけて、なんとか日々を生きていた。
食べられるものが減り、食べられなくなったことで、様々な変化があった。
まずは、胃痛。
胃がどこにあって、どう捻れて、どう跳ねるのかよく分かるようになった。胃液の量が極端に増えたのか、食道へ逆流して、激しい痛みと、口の奥に不味さを感じるようになった。喉奥がやけに酸っぱく苦い。痰を吐き出すと、真っ黄色で粘ついた苦くて不味いものが出る。これが口マズの正体だろうと思った。
そして、口内環境の悪化。口の中が真っ白になり、口内炎ができるようになった。口の端が常に切れて痛かった。唇の裏には赤い発疹ができ、それもまた擦れると痛い。恐らく極端な栄養不足のせいだろう。
あとは、便秘。
これも苦しかった。食べてないのに、腹痛があるのが辛かった。腹痛のせいで吐き気が誘発されることも多々あった。上から来ては下から来て、汚い話だが自分の出したもので吐き気が来て、流しながら吐くこともあった。
その他にも、目眩、動悸、無力感、激しい虚脱感、頭痛、恥骨痛、腰痛、腹部膨満感、耳管開放症、嘔吐くことなどいわゆるマイナートラブルに襲われることも多々あった。
これらは決して楽なものではなく、吐くことがレベル100に辛いものだとしたら、レベル50になるくらいのものであり、普通に生活していたら病院に行くだろうものである。
妊娠をしたら、これらの症状が急にマイナートラブルという簡単な言葉でまとめられてしまうのは、本当に理解ができなかった。
全然マイナートラブルじゃないし、全然辛かったし、妊娠してから1日も体調が良い日はなかった。
子供をお腹の中で育てるということは、こんなにも大変なことだったのか。
世の中の母親を心の底から尊敬した。そして、先人たちはこれらを耐えて耐えて耐えてきてしまったのだと、だからこそ現代の今でも耐えられるものとして、耐えるものとして我々に伝わってしまったのだと思った。
私は初めから声を大にして言いたいのだが、
こんなものは耐えられないし、耐えるものでも無い!!!!
耐えてきたというのは美談でもない!!!
耐えざるを得なかったから耐えているだけで、薬を処方してもらえれば私は遠慮なく飲んだし、子供のためだからなるべく飲むなと言われても医者がOK出してるなら別にいいだろうと思う!!!
勿論、市販薬を個人の都合で飲むのはやめた方がいい!!
ただ、つわりは耐えるもの!! という認識はどうか、どうか無くなってほしい!!!!!!
先人たちよ、世の中の母達よ。あなたたちの頑張りや苦悩はつわりを耐えてきた今、心の底から理解できる。ただ、私たちはあなたたちを尊敬はしても、敬礼はできない。あなたたちが耐えてしまったから、つわりは耐えるものだと世間は認識してしまったのだ。私は、耐えたくなんて無かったから、ボンジェスタという薬を使ったし、使えるものはなんでも頼った。
でもね、私は弱いからこういうものに頼ったんじゃないんだよ。赤ちゃんのことを何も考えていないから、世間一般がいう、危ない薬に手を出したわけではないんだよ。
つわりは辛い。本当に本当に辛かった。
人生でいちばん辛かった。間違いなく地獄のような3ヶ月だった。私のレベルですらこうなんだから、私より辛い人はもっと辛いに違いない。2人目を作れない理由につわりがあるのも納得だ。子供を作ることにトラウマを覚える人がいるのも理解できる。
日常が突然、喜ぶべきものが腹の中に宿るとともに奪われるあの瞬間を、私は決して忘れはしないだろう。
世界から色も感情も、私を構成していたなにもかも全てが消え、生きることにだけ必死になるあの日々。
鬱のようだったと、今ならわかる。
当時は、赤ちゃんは元気でも、私は死ぬかもしれないと思った。医者は水分さえ摂ってれば大丈夫だといって、いつかは終わるからと笑った。でも、私は、助けてほしかった。赤ちゃんがいるという喜びの前に、私は私のために私の命を助けてほしかった。
でも、それを口に出してしまえば、この日本においては赤ちゃんを諦めるということに繋がりそうで怖かった。
でも違った。
そうではなくて、ただ、助けてほしかった。私も、元気になりたかった。生きることだけに必死になる日々じゃなくて、赤ちゃんのことだけを考える日々になってほしかった。私は、死にたいんじゃなくて生きたかった。赤ちゃんを諦めるなんて、そんな言葉は一度たりとも浮かばなかったのだ。
風邪をひいたら辛くて薬を飲む。病気になったら治療をする。それと同じように、つわりが耐えるものではなく、間違いなく辛いもので、治療するものだとして認識され、世の中の常識が「あれは耐えるもんじゃない」と言うふうになってほしい。つわりは耐えるもんじゃないと、治療される世の中になってほしい。
その先に喜びがあるから、耐えられるでしょ? と実母に言われた時「いやいやそれでも、辛いもんは辛いよ」という言葉を飲み込んで、笑って「そうだね」と、頷いたあのときの私は、辛いことを辛いという勇気がなかったのだ。
だって、私のお腹の中には、赤ちゃんという喜びがいるのだから、私は幸せものなのだから。がん治療をしている人たちに比べたら私の苦しみの先には喜びがあるのだからマシでしょ? と。世間が言うそれらに頷かざるを得ない今の状況が、より私を苦しめたのだ。
つわり生活〜第4章〜
つわりによって様々な生活がままならなくなったとき、私も例に漏れずネットを検索しまくった。
つわり いつ終わる
つわり いつからいつまで
つわり 始まるのが早ければ終わるのも早い
つわり 体験談
つわり プログ
つわり Yahoo知恵袋
つわり 対処法
つわり 薬
つわり 治し方
つわり 楽になるには
つわり 飲めるもの
つわり 終わった人 特徴
つわり 早く終わる人
つわり 眠るには
つわり 平均
つわり つらい
つわり 食べられるもの
つわり 吐きやすいもの
つわり 耐え方
つわり 病院
つわり 妊娠悪阻
つわり 点滴
つわり 助けて
つわり
………
……
…
つわりと検索すると、「つわり 中絶」という文言が出てくる。私はそれを見る度に、それを調べたい衝動に駆られると共に、世の中の女性たちの一体何人が実際に調べたのだろうと考えた。
ネットという孤独で、パーソナルな環境の中で、一体どれくらいの人が苦しみを吐き出していたのだろうと、吐き出せていたのだろうと、涙が溢れた。
きっと、中絶を選んだ人も中にはいるだろう。そして、地獄のような苦しみの中でなお、産むという選択をした人も中にはいるだろう。私には、両方の気持ちが痛いほど分かるから、どちらが正しいなんて言えない。ひとつ言えるのは、どの選択を選んでも、間違えていないと思う、ということだけだ。
おそらく、この日記を読んでいる人も色々な検索をしてここまできたのだろう。
私は一般的に言われているようなつわりの楽になる方法を、ここには書きはしない。あなたたちは、もう腐るほどそれを調べてきただろうし、縋ってきただろうから。
私もかつてそうだった。なんでもいいから試した。無我夢中だった。それで楽になることもあったし、楽にならないこともあった。食べられるものは人によって違うし、楽になれるツボも効いているような効いていないような気がしたし、つわびーも、チョコラBBも、気休めのような気がしていたから。
だから私はここに楽になれる方法は書かない。
ただ、あなたのつわりの苦しみを、私は心の底から理解できるということだけ伝えたい。
あなたは1人じゃない。
あなたは決して弱くない。
あなたはとても勇気のある素晴らしい人だ。
あなたはよく頑張っている。
あなたは強いひとだ。
あなたは、苦しみに耐えようと努力している。
弱音を吐いたっていい。
耐えられないと泣いたっていい。
苦しみに耐えかねて、中絶と検索したっていい。
あなたの苦しみを私は理解できる。
あなたは本当によく頑張っている。
つわりの体験ブログは数多くあれど、エッセイもあれど、ここまで長くつらつらと書いているものはあまりないだろう。
わたしは妊娠悪阻の人達の日記や、自分と同じような人達のエッセイを見て、すごく勇気を貰った。
だから私も、これを読んでいる誰かのために、そして私のために書いている。
つわり生活〜終章
妊娠18週になったいまでも、私はつわりから完全に回復はしていない。間違いなく良くなっているが、妊娠前のようには戻れなかった。
吐き気のレベルはピーク時よりは確実に下がったけど、たまに吐き気が出てくるし、その他のマイナートラブルにも苦しめられている。
「つわおわ」を信じてすがって生きてきたけど、マシにはなってもおわることはなかった。
でも、あの時の地獄に比べたら、いまは天国だ。ベッドから起き上がれて、水が飲めて、歯が磨けて、お風呂に入れて、普通に歩けて、太陽を感じ、風を感じ、音楽を聴いて美しいと思え、本を読んで感動できる。文字が追える。漫画も読める。夫や他の人とまともに会話ができて、ご飯も随分食べられるようになった。吐き気に怯え、空腹に怯え、朝に怯えることも少なくなった。食べられないものはまだあるけど、それでも食べられるものは増えた。できることがたくさん増えた。
それはあの時の私にとって喉から手が出るほど欲しかった日常だった。
それでも、いまでもたまに、日常を望むことがある。
普通になりたいと、さめざめと泣くことがある。
取り戻しつつある日常が、たまに私から離れていくことがある。あのときの地獄の片鱗が、一瞬ちらりと見える時がある。
そんな時、私はとてつもない恐怖を覚える。
だから、極端なまでに怯え、孤独に泣いてしまう。
つわりはトラウマになった。
私にとって、つわり=喜びという方程式は、まだ成り立たない。
つわりによって奪われた3ヶ月。
私は、あの日々を決して忘れはしないだろう。
重症妊娠悪阻の方やつわりが比較的重かった人が、未来の自分に「こんなに辛い目に遭っても、こどもを産んで良かったと思えますか?」と聞いているのを見た。そして、彼女たちにとっては過去のその言葉に、100%の人が「産んで良かった」と答えているのを見た。
私はまだ、その事実を疑っている。だって、私はまだ喜びを知らずに妊娠生活を送っているから。
私は産んでから、初めて、自分に問うことができるのだ。
こんなにつらいつわりを経験してなお、あなたは、私は、こどもを産んでよかったと思えますか。
もう一度、つわりを体験しても、こどもを産みたいと思えるのですか。
つわりの苦しみは忘れましたか。
出産とつわりはどちらの方が辛かったのですか。
2026年、12月初旬がこどもの予定日です。
私は、産んだ後にここに加筆をします。約束します。
