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読書記録19|『同志少女よ、敵を撃て』逢坂 冬馬

独ソ戦が激化する1942年、モスクワ近郊の農村に暮らす少女セラフィマの日常は、突如として奪われた。急襲したドイツ軍によって、母親のエカチェリーナほか村人たちが惨殺されたのだ。自らも射殺される寸前、セラフィマは赤軍の女性兵士イリーナに救われる。「戦いたいか、死にたいか」――そう問われた彼女は、イリーナが教官を務める訓練学校で一流の狙撃兵になることを決意する。母を撃ったドイツ人狙撃手と、母の遺体を焼き払ったイリーナに復讐するために。同じ境遇で家族を喪い、戦うことを選んだ女性狙撃兵たちとともに訓練を重ねたセラフィマは、やがて独ソ戦の決定的な転換点となるスターリングラードの前線へと向かう。おびただしい死の果てに、彼女が目にした“真の敵"とは?

Amazon紹介文

夫から「YouTubeで読んだ方がいいと紹介されていた!」と聞いて、図書館で借りてきて読んだ作品。

読み終わって、声を大にして言いたい。
これは…読んだ方がいい作品で間違いない!!!

読んだ方がいいというか、もっと多くの人に読まれるべきというか。
本屋大賞も受賞しているし、直木賞の候補作にもなっているし、その他もろもろいろんな賞を受賞されているし、売れている作品なのでたくさんの人に読まれてはいるのですが。

そして図書館へ返したら、私もこの本を「買おう」と思った。
手元に置いて読み返したい。近代世界史をきちんと勉強しなおしてから。

私は日本史選択で大学受験したので、世界史は高校一年生の一年間しか学んでいない。近代まできちんと学んでいないので、世界史に至っては中学の歴史の知識しか持ち合わせていない。
それでも何とかこの作品は理解できるけれども、ヨーロッパとロシアの近代世界史をきちんと理解してから読んだ方が絶対面白い。

高校時代に学んでいたときの世界史のイメージは、ただひたすらカタカナを暗記するという作業だったので全く面白さがわからなかった。
「カタカナの羅列なんて覚えられねーよ、私は日本人だぞ!」と思って全くやる気にならなかった。

大学では「近代日本のジェンダー史」を専攻し、第一次世界大戦から第二次世界大戦中の日本の「職業婦人」と呼ばれる女性たちについて研究した。卒業論文も書きあげた。大学では研究が楽しくて楽しくて仕方なかった。論文をかくことの辛さは味わったけど、先行研究を大量に読み、「ああ、ここについてはこの人がこんな論文書いてるじゃないか!面白い!」と人の書いた論文を読むことは大好きだった。

大学を卒業して10年以上経つ今でも、この分野に関する本(特に「日本近代史」、「ジェンダー史」、「職業婦人」、「銃後」などのキーワード)には反応してしまう。

ただ、「戦争」を扱った作品が好きだというわけではない。「戦争」によって人が死ぬ描写はあまり好きではないし、「お国のために死ぬ」ことが美化されている描写も好きではない(私の勝手な偏見だが、戦争を題材にしている作品にはこんな描写が多い気がする)

だからこの作品も最初は「なんだー、戦争物か、あんまり好きじゃないんだよな、しかもロシアかー」と、あまり興味をそそられなかった。

この作品の一つ前に読んでいる『新世界より』も夫から同じ理由で勧められた本だったこと、私はSF小説が好きであることからそちらの方に先に興味がわいたのも事実。


そうして後回しにされて読んだ本ではあったけれど、
読んですぐにどんどん作品の世界にのめりこんでいった。

「ジェンダー」という言葉に反応してしまう私にとって、この作品は面白すぎた。
ソ連だけが唯一女性を兵士にしている。
作中でも主人公たちが狙撃兵訓練学校の座学において、教師たちから「何故か?」と問われる授業が行われている描写がある。

次なる課題は、「なぜソ連は女性兵士を戦争に投入するのか」ということであり、「大祖国戦争の聖戦に性差はないから」と答えたシャルロッタ他何人かに対して、アヤは単純に兵力の不足を補うためと答え、イリーナが、ではなぜ兵力が足りないドイツと防衛戦を戦うアメリカは女を実戦投入しないのかと問いかけたことで議論が紛糾した。
(中略)アメリカ製のカラフルなプロパガンダポスターでは、勇ましく出征する兵士たちを後ろでチアガールのように応援している姿が目立ち、要するにこれがあの国における女性の役割であるらしかった。
対して、見たくもないナチ・ドイツのポスターでは、いかにもな写実画の中でブロンドの女性らが農業と家事と看護に明け暮れていた。

ドイツ兵に占領されたソ連の都市の描写、戦況が変わることによって、ソ連の赤軍がドイツ国内の都市を占領する描写も作品中にあるが、そこで印象的だったのは、占領した兵隊たちが一般市民の女たちに暴行する姿だった。

ドイツ兵たちはなんて残酷なんだ、人とは思えない行為だとソ連の赤軍の兵士たちは言うんだけど、立場が逆転すれば結局同じことをしてしまう。
そのことについて、主人公のセラフィマは女性兵士として許せない思いを抱く。
許せなくてとある行動を起こすんだけど、それがもう辛すぎる。
でも面白い。面白い自分が気持ち悪いんだけど、面白い。


「ジェンダー史を専攻していました」と言うと「フェミニスト」であるとか「もっと女性を優遇しろというんだろ、どうせ」みたいなことを言われがちなのかなと思うんだけど、そうひとくくりにしないでほしいと思う。

私は生物学的に「女」として生まれてきた。「女」であるからこそ受けた理不尽はたくさんある。「女」であること自体がもうマイノリティなのでそこは仕方ないと思っている面もある。

ただ、私は女なのであくまでも想像するしかできないが、「女でいることで起きる理不尽」があれば、「男でいることで起きる理不尽」だって当然あるんだと思う。

力仕事は男の仕事。きつい仕事も男の仕事。男だから一家の大黒柱となってお金を稼がなくてはならない。したくもない仕事をしなければならない。女だったら結婚して家庭に入れば働かずぐうたらできる。女ってなんて楽なんだろう。

男には男の言い分がある。男にしか見えない世界がある。でもそれは女側も同じだ。

どちらかを優遇しろとかそんなことを言いたいわけじゃない。でも何でも平等にしろというのもなんだかおかしな話だと思う。

「ジェンダー平等」という言葉は正直あまり好きではない。


得意な人が、得意なことを。
やりたい人がやりたいことを。
男だからとか女だからとかそういうことは置いといて、自由に選択し、誰にも口出しされず、のびのびと生きていける世界になればいいなとは思う。

そうは言っても、結局生きていくためにはお金を稼がなくてはならなくて、
お金を稼ぐためにはそんなことを言っていられないのは重々承知だけれども。


読書記録というより、完全に自分語りになってしまった。

今までの読書記録は本を読みながら気になった部分を全文ワードに丸写しにして残し、そのメモを見返し、引用として使いながら記録を書いていたけれど、復職したこともあって、メモをつくらずにこの作品は読了したからか。

メモつくってないけど記録かけるだろうか…と思いながら読み終え、読み終えたそのノリで思いつくままに記録をかいてしまっている。


とにかくこれから近代世界史勉強しよう。とりあえず、この作品を書くために使われた参考文献から気になるものをピックアップしてみようか(笑)


あとロシアの歴史に興味がわいたのは、作中にウクライナ出身の人物が登場することもある。この人物がまた…面白い。でも歴史をもっとよく理解したらもっと面白く解釈できるだろうと思う。

ロシアとウクライナの関係。

現代日本を生きる私たちにとって、知っていて損はないことなのかなと思う。


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