バッハ以前のライプツィヒを聴く ゲーベルが描くコレギウム・ムジクムの音楽風景

今晩は、2026年7月31日にPENTATONEからリリースされた、ラインハルト・ゲーベルが芸術監督を務める新バッハ・コレギウム・ムジクム・ライプツィヒによる《The Leipzig Collegium Musicum Vol. 1: Music before Bach》を聴きます。
ヨハン・ベーア(1655–1700) 弦楽と通奏低音のための序曲 ニ長調*
1.序曲
2.ブレー
3.アリア
4.メヌエット―ポロネーズⅠ&Ⅱ
ヨハン・ダーフィト・ハイニヒェン(1683–1729) 2本のオーボエ、弦楽と通奏低音のための序曲 ト長調 S.205*
5.序曲
6.エール
7.ブレー―トリオ
8.エール
9.リゴードン―トリオ
10.エール・ヴィスト(Air viste)
ヨハン・フリードリヒ・ファッシュ(1688–1758) リコーダー、弦楽と通奏低音のための協奏曲 ヘ長調
11.Ⅰ. Allegro
12.Ⅱ. Largo
13.Ⅲ. Allegro assai
ゲオルク・メルヒオール・ホフマン(1679–1715) ホルン、2本のオーボエ、弦楽と通奏低音のための協奏曲 変ホ長調*
14.Ⅰ. Adagio e staccato
15.Ⅱ. Allegro ma non presto
16.Ⅲ. Adagio
17.Ⅳ. Menuet―Trio
クリストフ・グラウプナー(1683–1760) リコーダー、弦楽と通奏低音のための協奏曲 ヘ長調 GWV 323
18.Ⅰ. Allegro
19.Ⅱ. Andante
20.Ⅲ. Allegro
ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681–1767) 3本のオーボエ、3本のヴァイオリンと通奏低音のための協奏曲 変ロ長調 TWV 44:43
21.Ⅰ. Allegro
22.Ⅱ. Largo
23.Ⅲ. Allegro
マックス・フォルバース(リコーダー)
クレメンス・レーガー(ホルン)
新バッハ・コレギウム・ムジクム・ライプツィヒ ラインハルト・ゲーベル(芸術監督)
録音:2024年5月6~9日
パウル・ゲルハルト教会(ライプツィヒ) *世界初録音
題名は《Music before Bach》、つまり「バッハ以前の音楽」。ただし、ここに登場するテレマン、ハイニヒェン、ファッシュ、グラウプナーらは、ほとんどがバッハと同世代です。
ここでいう「バッハ以前」とは、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが1723年にトーマスカントルとしてライプツィヒへやって来る以前、この町ではどのような音楽が演奏されていたのか、という意味のようです。
コレギウム・ムジクムとは、音楽を愛好する学生や市民、職業音楽家たちが集まり、声楽曲や器楽曲を演奏した団体です。ブックレットによると、18世紀初頭のライプツィヒには、このような団体がかなり多数存在していたとのこと。
1701年、ライプツィヒ大学へ法律を学びに来た若きテレマンも、学生たちによるコレギウム・ムジクムを組織しました。テレマンが町を去った後は、ゲオルク・メルヒオール・ホフマンらがその活動を引き継ぎ、1729年にはバッハがテレマン以来のコレギウム・ムジクムを率いることになります。
バッハの時代には、《コーヒー・カンタータ》で有名なツィンマーマンのコーヒーハウスなどで定期的に演奏会が開かれ、協奏曲や管弦楽曲、世俗カンタータが演奏されました。
しかし、当時のコレギウム・ムジクムについては、分からないことも多いようです。誰が作品を選び、どこから楽譜を入手し、どのような演奏家が集まり、報酬は支払われていたのか。複数の団体が分裂や対立を繰り返していたこともあり、その実態を伝える資料はほとんど残されていないとのことです。
ここで演奏する新バッハ・コレギウム・ムジクム・ライプツィヒは、1979年にマックス・ポンマーとライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のメンバーによって創設された団体です。2021年からは、ムジカ・アンティクヮ・ケルンの創設者として古楽演奏に大きな足跡を残したラインハルト・ゲーベルが芸術監督を務めています。
ラインハルト・ゲーベルとムジカ・アンティクヮ・ケルンの演奏は、鋭いアタックと猛烈な推進力によって、当時の古楽界に大きな衝撃を与えました。歴史的演奏を穏やかな過去の復元としてではなく、現代に切り込む音楽として提示し、一つの古楽演奏の方向性を示した存在だったと思います。
現在のゲーベルは、モダン・オーケストラを指揮し、歴史的演奏研究の成果を現代楽器による演奏へ生かす活動にも力を注いでいます。ですから、ここで演奏している新バッハ・コレギウム・ムジクム・ライプツィヒも、一見すると古楽アンサンブルのように思えますが、現代の楽器を使用したモダン・オーケストラです。
ゲーベルは、コレギウム・ムジクムの特定の演奏会をそのまま再現しようとしたのではなく、1700年から1720年頃のライプツィヒのコレギウム・ムジクムで演奏されていた可能性のある作品を集めました。いわば、わずかに残された手がかりから、バッハ着任以前のライプツィヒの音楽風景を組み立て直したアルバムです。
早速聴いてみます。
まずは録音がいい。明快で勢いがあります。こうした作品集は、現在では古楽合奏団による演奏が多いと思いますが、この演奏にはモダン楽器ならではの弦の輝かしさがあります。
演奏法はかなり古楽的で、ヴィブラートも少なめ。ゲーベルらしい鋭さも健在です。左右へ大きく広がったオーケストラの響きからは、雄大さも感じられます。
最初のヨハン・ベーアとハイニヒェンの序曲を聴くと、バッハの管弦楽組曲へとつながる様式の源流に触れたような気持ちになります。
荘重なフランス風序曲に続いて、ブレー、エール、メヌエット、ポロネーズ、リゴードンなどの舞曲が次々と現れます。もちろん、ハイニヒェンはバッハとほぼ同世代ですから、年代的な意味での「祖先」ではありません。
しかし、フランス宮廷からドイツへ伝わった序曲と舞曲の様式が、バッハの管弦楽組曲にも流れ込んでいることを考えると、その源流を聴いているように感じられます。
バッハの管弦楽組曲に比べれば、舞曲の輪郭がくっきりとしていて、そのやや生硬なところも含めて、聴いていて面白い。後のバッハを知っているからこそ、「こうした様式の先に、あの音楽があるのか」と想像しながら聴くことができます。
ヨハン・ダーフィト・ハイニヒェンの《2本のオーボエ、弦楽と通奏低音のための序曲 ト長調 S.205》。ハイニヒェンはドレスデン宮廷楽長として活躍した作曲家です。
この曲も前曲と同様、フランス風序曲から始まる管弦楽組曲です。2本のオーボエが加わることで、序曲の響きはいっそう壮麗になります。
《エール》《ブレー》《エール》《リゴードン》《エール・ヴィスト》の全6曲から構成され、フランス宮廷音楽の優雅さと、イタリア音楽の流麗な旋律美が巧みに融合しています。2本のオーボエが華やかに応答し、そこへファゴットの低音が加わって、立体的な響きをつくります。躍動感のある舞曲と抒情的な部分の対比も鮮やかです。
続くのはファッシュのリコーダー協奏曲。この作曲家は、フルートやリコーダーのレパートリーを探していると、必ずといってよいほど名前が出てくる人です。
ぱっと聴くと、今度はバッハの《ブランデンブルク協奏曲》第4番を思い出します。
明るいヘ長調の響き、軽やかに駆け回るリコーダー、弦楽との快活な受け答え。バッハの第4番は、2本のリコーダーと独奏ヴァイオリンを配した、はるかに複雑で華麗な作品ですが、そのいきいきとした雰囲気には共通するものがあります。
形式はより簡潔で、リコーダーの素朴で明るい音色が生き生きとしていて、聴いているだけで楽しくなります。
リコーダーは、ドイツで活躍中のマックス・フォルバース。素晴らしいテクニックと音楽性の持ち主です。私のブログでは、以前こちらの記事でも登場しています。
録音では、独奏リコーダーをかなり近くで捉えており、実演よりも大きめの音像で聴こえます。
リコーダーは、ほとんどの方が小学校時代に経験している楽器だと思いますが、弦楽合奏の中では音像が埋もれやすく、実演ではバランスに苦労する楽器です。この録音では、独奏リコーダーを明確に浮かび上がらせ、協奏曲としての主役がはっきり分かるように仕上げています。
ホフマンの協奏曲では、音楽の色彩が一気に広がります。
ホフマンは、テレマンがライプツィヒを去った後、新教会、オペラ、コレギウム・ムジクムで、その仕事を引き継いだ人物です。しかし、わずか35歳ほどで亡くなり、今日では作品が演奏される機会も多くありません。この協奏曲が世界初録音というのも、このアルバムの大きな価値ですね。
ホルン協奏曲的な作品で、クレメンス・レーガーのホルンが大きくクローズアップされています。この方は、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席ホルン奏者です。
とりわけ、自然倍音を行き来するようなトリルが実に美しい。唇の微妙なコントロールによって音を鮮やかに転がしていくところには、思わず耳を奪われます。かなり技巧的な分散和音も軽々と吹き、2本のオーボエや弦楽の響きの中へ溶け込みながら、音楽に立体感と独特の色合いを加えています。
第3楽章のアダージョではホルンが休み、オーボエ協奏曲風の音楽になります。モダン・オーボエでバロック音楽を聴くのは久しぶりですが、バロック・オーボエとは異なる、均質で艶やかな音色が美しい。
最後のメヌエットは、のどかな雰囲気です。トリオでは2本のオーボエとファゴットが中心となり、短調へ移ることで、この曲にほんの少し陰影を加えます。
続くグラウプナーも、バッハと深い縁をもつ作曲家です。
1722年、クーナウの死によってトーマスカントルの職が空席になると、ライプツィヒ市参事会は、まずテレマンを、次いでグラウプナーを有力候補として迎えようとしました。しかし、テレマンは就任せず、グラウプナーもダルムシュタット宮廷から退職を認められなかったため、最終的にバッハが任命されます。
その結果、私たちはライプツィヒ時代に書かれた膨大なカンタータを、今日まで楽しむことになったわけです。
グラウプナーのリコーダー協奏曲は、ファッシュの作品と同じヘ長調でありながら、音楽の表情はずいぶん異なります。
独奏リコーダーは長く伸ばされた音から始まり、その音には古楽的な揺らぎがあります。旋律やリズムには独特のひねりがあり、とりわけピチカートの伴奏による短い第2楽章を挟んで始まる終楽章では、フーガ的な書法も取り入れられ、グラウプナーならではの個性が聴こえてきます。
そして最後に置かれたテレマンの協奏曲。
3本のオーボエと3本のヴァイオリンという六つの高音声部が、互いに呼び交わし、重なり合いながら音楽を進めていきます。ゲーベルは、この書法が、後にバッハが書いた《ブランデンブルク協奏曲》第3番の模範、あるいは着想源となった可能性を指摘しています。
実際に聴いてみると、その指摘にはなるほどと思わされます。3本のオーボエと3本のヴァイオリンが、それぞれ独立しながら鮮やかな音の綾をつくり出していくところは、たしかに《ブランデンブルク協奏曲》第3番を思わせます。
バッハほど緊密で巨大な構築物ではありませんが、その発想の種のようなものが、たしかに聞こえてきます。
音楽史では、ついバッハが突然現れ、そこからすべてが始まったように考えてしまいがちです。しかし実際には、その前にテレマンがいて、ホフマンがいて、ハイニヒェン、ファッシュ、グラウプナーらがいました。
彼らはライプツィヒ大学で学び、教会やオペラ、コレギウム・ムジクムで演奏し、フランスやイタリアから届いた新しい様式を吸収しながら、それぞれの音楽をつくり上げていました。
バッハもまた、そうした豊かな音楽環境のなかへやって来て、周囲に満ちていたさまざまな様式を吸収しながら、独自の音楽へと高めていったのでしょう。
新バッハ・コレギウム・ムジクム・ライプツィヒは、歴史的な奏法を踏まえながらも、響きが痩せることはありません。弦楽器には艶があり、オーボエ、リコーダー、ホルンの音色も鮮やかです。
ゲーベルらしい明確なリズムと声部の見通しのよさに、ゲヴァントハウスの伝統を思わせる豊かな響きが結びついているように感じます。
ベーアとハイニヒェンからはバッハの管弦楽組曲へ、ファッシュからは《ブランデンブルク協奏曲》第4番へ、そしてテレマンからは第3番へ。
聴き進むうちに、点と点がつながり、バッハの音楽が生まれた時代の風景が、少しずつ見えてきます。
これは「バッハ以前の知られざる作品集」であると同時に、私たちがよく知るバッハの音楽を、少し違った角度から聴き直させてくれるアルバムでした。
《Vol. 1》とありますから、このシリーズは今後も続くのでしょう。とても楽しみなシリーズが始まりました。
過去記事は以下のブログから
