連載小説(41)漂着ちゃん
「マインドセットですか?なぜエヴァさんは所長というAIの言うことを信じるようになったのでしょう?」
私には、エヴァほどの聡明な女性が所長の言うことを鵜呑みにして、自身に子どもができないと思い込んでしまった理由を聞いてみたくなった。
「私はこの時代に流れてくる前に、一度流産しているのです」
「流産?弥生時代にですか?」
「はい。妊娠初期の段階でした。医学的なことはわかりません。子どもがたとえできたとしても、また同じようなことになるのではないかと不安に思っていました。所長には、私の過去の経験をいっさい話していなかったにも関わらず、私には子どもを産むことはできないだろうと言われました。この時代に『漂着ちゃん第1号』として流れついて間もなくの頃です。所長と初対面の時に、その他にも私にしか知り得ないことをズバリ言い当てられたので、盲信してしまったのです」
「エヴァさんにしか知り得ないことというのはどういったことでしょう?」
「あとできちんとお話するつもりでしたが、私にはかつて呪術的な才能がありました。未来のことを、ぼんやりとではありますが見通す力がありました。ですが、流産を期に、カッサンドラ的な力は消滅してしまいました。残ったのは、過去の成功体験だけ。自らの意思に従って生きるよりは、私の生まれ育った時代にはなかったAIというカッサンドラのいうことに従って生きたほうが楽なのではないかと」
「しかしエヴァさんは、やはり自らの意思に忠実に生きたいと願ったのは何故ですか?」
「やはり、あなたとナオミとの間にヨブが生まれたとき。あれほど所長の言う理性的な判断を信じていたのに、なんとも言えない切ない感情がわき上がったからでしょうか?間違っているかどうかなんて考えずに、あなたの子どもを欲しいと思ったら、無駄だと思っても自分の気持ちに忠実に生きたほうが幸せだと思ったんです。自らの意思に忠実に行動したら、AIの判断を越える現実があった。マリアだけでなく、イサクまで誕生したのだから」
その時、地下室に所長の声が響いた。
「私は無用の長物になったということかな。しかし、町の掟を破った君たちにはそれ相応の罰を受けてもらわねばならない」
エヴァは声の聞こえたほうに語りかけた。
「AIであるあなたに何ができるというの?」
「エヴァ、君が見抜いたように、私には何もできない。しかし、これから先の君たちの将来が私には見えすぎるくらい見えてしまう。これから君たちには…」
その時、所長の声が急に途切れた。エヴァは私のほうを向き、ニヤっと冷ややかに笑った。
…つづく
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