経済学的に「食料品消費税ゼロ政策」を斬る | 人間は食いだめはできない、という当たり前の帰結。
「期間限定の消費税減税」の話が持ち上がると、次のような議論が起こる。
買い控えによる一時的な需要の低迷、増税直前の駆け込み需要とその後の反動減、など。
もちろん、車や家を買うときならそれも分かる。何百万円もする買い物なら、税率が上がると分かっていれば契約を急ぐし、期間限定で減税されるならそのタイミングに買い替えをぶつけようと知恵を絞るのが合理的だ。
だが、これが食品に限定した二年間限定の消費税ゼロだったらどうだろう?
ためしに、数式の上で、次のように、人生を三つの期間に分けてみよう。
「第1期(減税前)」「第2期(減税期間)」「第3期(増税戻り後)」に分け、生涯所得 Y と消費税率τを使って効用極大化問題を解いてみる。
効用関数をコブ=ダグラス型の
U = C1・C2・C3
とし、
第2期のみ消費税が実質ゼロ(τ=0)になる予算制約式を立ててみる。
限界代替率 MRS = MU1/MU2と価格比を等しく置いて最適解を弾き出してみると、各期の消費量はこう表される。
第1期(減税前):
C1 = Y/3(1+τ)
第2期(減税期間):
C2 = Y/3
第3期(増税戻り後):
C3 = Y/3(1+τ)
どの時期に支払う消費支出額も
Y/3で一定なのだ。
モデル上の消費者は、減税期間に入ったからといって、全体の支出予算を一気に跳ね上げたりはしない。食費の予算額自体は変えず、税金が消えて安くなった分(1+τ の割り算が消えた分)だけ、手に入る食材の量や質 C2 をすんなり向上させる。そして減税が終われば、また元の食生活へと静かに戻っていく。
駆け込み需要も起きなければ、減税前の極端な買い控えも起きない。ただ淡々と、減税の二年間だけ「実質的な買える量」が増え、満足度が上がる。それだけだ。
数式を書いてから、ふと我に返る。
こんなこと、モデルを持ち出すまでもなかったのではないか?、と。
当たり前の話だが、私たちは食品を「食い溜め」することができない。いくら今日から二年間、食品の消費税がゼロになったからといって、一日に食べられる量には物理的な限界がある。「安い今のうちに五年分食べておこう」なんて不可能なのだ。
逆に、減税期間が終わって税率が元に戻るからといって、「明日から税金が高くなるから、今日は一粒も米を食べずに我慢しよう」というわけにもいかない。お腹が空いたら、僕たちは食べる。賞味期限のある生鮮食品を部屋に山積みにしておくこともできない。
つまり、食品に限定した減税において、人間の行動を縛っているのは経済のロジックではなく、きわめて素朴な「人間の生理現象」なのだ。
期間限定の食品減税は、経済を劇的に好転させる魔法の起爆剤にはならない。駆け込み需要で街が活気づくこともない。
減税の期間の二年間だけ、ほんの少しだけ食卓の息苦しさが和らぐ。
数式を一回りさせて辿り着いたのは、「人間は腹が減るし、食い溜めはできない」という当たり前すぎる結論だった。けれど、その当たり前の中にこそ、政治や経済がときに置き去りにしてしまう「生身の暮らし」のリアルが詰まっている気がする。
https://note.com/piccolotakamura/n/nbddc7013e95a
https://note.com/piccolotakamura/m/m7a098a50fcd4
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