ギャグ小説・俳句達人伝 | 第三話

第三話 秘薬の真実
「よし、こうなったらもう一発! 次こそ完璧に論破してやる!」
小町は右手に握りしめた石ころをぎゅっと握り潰しそうな勢いで気合いを入れた。目の前の秘薬売りは、不敵な笑みを浮かべて小町を見下ろしている。周囲の野次馬たちの期待に満ちた視線が、小町に突き刺さる。
「よく聞きな! あんたの薬のせいで、大事なことが見えなくなってるってこと、教えてあげるんだから!」
小町は深呼吸し、今度は真剣な表情で、一点を凝視するように詠み上げた。
万病に 効くと信じて 風邪を引く
小町
詠み終わった瞬間、宿場全体が水を打ったようにシーンと静まり返った。野次馬たちは、先ほどまでの喧騒が嘘のように、一斉に秘薬売りの男に視線を向けた。男の顔から、余裕の笑みが消え去った。口ひげをピンと張らせていた顔は、見る見るうちに青ざめていった。
「なっ…!?なんだと!!」
男は震える声で呟いた。小町の句は、彼が売りつけている秘薬の、本質的な矛盾を突いていた。万病に効くと豪語しながら、もし効かなければ、かえって病を悪化させることになりかねない。それは、単なる詐欺師の言葉尻を捉える以上の、人間の心の弱さにつけ込む行為への痛烈な批判だった。
「どうだ! 信じる心を利用して、あんな怪しい水を売りつけるなんて、あんた、最低の人間だよ!」
小町は男を指差して言い放った。彼女の目には、初期の「言いがかり」にはなかった、確かな怒りと、人を思う気持ちが宿っていた。
男は顔面蒼白になり、木箱の上でよろよろと体勢を崩した。次の瞬間、木箱から転がり落ち、地面に尻もちをついた。
「ぐっ…! この小娘め…! 確かに、俺は…」
男はそれ以上言葉を続けることができなかった。秘薬の瓶を握りしめていた手が震え、その瓶がカラン、と音を立てて地面に転がった。中から溢れ出したのは、ただの茶色い液体だった。
野次馬の中から、「やっぱりインチキだったのか!」「騙された!」と怒号が飛び交い始めた。
男は慌てて瓶を拾い上げ、頭を下げて謝罪しようとするが、時すでに遅し。野次馬たちに囲まれ、たちまちの内に罵詈雑言の嵐にさらされた。
小町はそんな騒ぎを、どこか冷めた目で見ていた。論破は成功した。けれど、そこには達成感よりも、少しばかりの寂しさが残っていた。
「…論破って、こんなものなのだろうか?」
誰にともなく呟いた小町の言葉は、喧騒の中に消えていった。
その日の夜。小町は宿屋の一室で、旅日記を書き綴っていた。
「千住に着いて、最初の論破は不発。次の怪しい薬売りの男は、なんとか論破できた。でも、なんかスッキリしない。人を論破するって、もっと気持ちいいものだと思ってたんだけどな」
日記帳を閉じ、小町は窓の外に目を向けた。千住の夜は、旅人たちの話し声や、遠くで聞こえる馬のいななきで満ちていた。明日から、小町はさらに奥へと進むことになるだろう。
「明日は、どんな変な奴に出会うのかな。…でも、今度はもう少し、楽しい論破がいいな」
小町は小さくため息をつき、翌日からの旅に思いを馳せた。彼女の「論破」の旅は、まだ始まったばかりだ。そして、彼女自身もまた、この旅を通して、何が真の「達人」なのかを学んでいくのだろう。
…つづく
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