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8月8日 note記念日 | 今日でnoteを始めてから丸4年になりました。


 2025年8月8日。今日でnoteを始めてから、ちょうど4年になりました。初投稿の記事はこちらになります(↓)。



 2021年8月8日の午前中まで、私はnoteというSNSの存在すらまったく知りませんでした。

 図書館でたまたま見かけた一冊の本がきっかけとなり、その日の午後に、noteのアカウントとTwitter(現在のX)のアカウントを同時に作りました。

 現状維持バイアスが強い私にしては、電光石火の行動でした。
 
 2021年8月8日 22:20 にnote初投稿。それ以来、1日も欠かすことなく、現在まで投稿することになるなんて、まったく思っていませんでした。それが現時点で、投稿した記事数は6500本を超えているのですから、自分でも驚きます。

 今では考えられないことですが、初投稿のとき、始めて投稿ボタンを押す瞬間に、右手人差し指がブルブル震えたことは、今でも鮮明に覚えています。

 どこかにいる見ず知らずの人に、私の思いが届くことを想像すると、恐怖感にも似た気持ちを覚えたものです。

 「わかる人にだけ伝わればいい」という小さな願いが、4年間のうちに、だいぶ変わってしまったかもしれません。

 もう一度、原点に戻って、「読まれることは奇跡なんだ」というように、気持ちを新たに再スタートしたいと考えています。

 他人と比較することではなく、自分が書きたいと心底思えるものをそのまま書いていきたい。そう思います。

 書きたいことを書き、読みたいことだけ読む。義務感を持つことなく、原点に戻ってnoteの活動をつづけます。
 そして、もう書くことも読むことも何もないと思えたら、恋々することなく卒業したい。人生は短いから。


2025/08/08
山根あきら

P.S.

 フォローを大幅に見直しました。

 自分が書いた記事がすべて読まれるとも思っていませんし、私もすべての記事を読めるわけではありません。

 お互いに「義務感」を持つことは良くないな、と思うにいたりました。
 また、誰のことを言っているのかはさだかではありませんが、あからさまな記事はもちろんのこと、不確かな「人の悪口」あるいは「誹謗中傷」の記事に対して、「スキ押し」したり、「拡散する」ような人とは、すべて縁を切ります。

 相互フォロー期間が長かった人もいますが、情を挟むとケリがつきませんので、冷たいようですが「一律の基準」で見直しました。

 「こんな誹謗中傷記事によくスキ押しできるな」と思いましたし、そもそも記事を読まずにスキ押ししてるだけなのかもしれませんが、いずれにせよ、そういう人とは、私は仲良くしたくない。

 誰々さんと誰々さんが仲が良いとか悪いとか、そんなことは私の創作にはまったく無関係なことですし、まったく興味もありません。

 「ありがとう」と「面白かったよ」と、互いに言い合うことは悪いことではありませんが、義務感を持たされたり強制されることはゴメンです。
 そういう「交流」には、私は楽しさを見いだすことが出来ません。やりたい人はやればいいし、邪魔したりしませんが、私はパスします。

 「求道の精神でnoteしたい」と、「今は」思っています。競う相手がいるとすれば、それは自分自身だけです。

 加えて、最近、目が疲れます。企画に応募してくださった記事を読むのが精一杯で、フォローの記事すべてに目を通すことはできません。

 5年目は、タイムラインを追わず、目に入った記事や関心のある記事をランダムに読みたいと思っています。

 フォローしているからといって全て読むとは限りませんし、フォローしていないからといって全く読まないということもなく。

 ただ、「(義務的な)相互フォロー」はもう辞めようかな、と思っています。
 その日その時に「読みたい」と思った記事や作品を読みたいと考えています。


 今までもそうですが、「スキ押して!」とか「フォローしてくれ!」とか、私は1度も誰かに要求したことはありません。お願い事をして、後々まで恩着せがましく言われることは嫌いですし、そういう損得勘定でものを考えたくもない。
 
 個人企画にしても、「参加してください!」と言ったこともありません。
 参加しても、参加しなくても、どちらでもいいというスタンスです。気が向いたときに、何か書くきっかけになればいい。書けないなら無理する必要もなく。

 気が向いたときに、ブラっときて、ブラッと立ち去る、みたいなほうが気楽でいいんですよね。

 投稿するたびに、「スキ押さなくちゃ!」とか、紹介したり・されたりしたら、「ありがとう」を言わなければならないというのは、息苦しくて。

 そういう感じの「重い絆?」を求める人とも縁を切りたい。
 また、不幸話にしても、「お気の毒に」とは思っても、わざわざこちらから近づいていって声をかけたいとも思いません。近くに不幸な人がいることは、心地よいことではありませんから。

 本当に親しいリアルな知人には、自分ができることはしますが、noteのようなネット上の人にまで、それと同等の対応などできるはずもありません。せいぜいコメントを書くことぐらいでしょう。

 また、逆に、たとえ私がそういう不幸な状態に陥ったとしても、noteの人に対して、とくに何か具体的にしてほしいとも思いませんし、何も望みません。

P.P.S.

 この記事へのコメントには、すべて答えるつもりです。
 「1人につき、1つのコメント」を返したいと思っています。 
 そんなに多く来るとは思っていませんが、1つ1つ丁寧に応えたいと考えています。が、同じ人の2回目以降のコメントにはこたえません。また、内容のカブっているコメントには、「ありがとう」とだけ書きます。

 5年目は、自分のために自分の書きたいことだけを書けるようになりたいと思っています。


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#振り返りnote
#初投稿
#noteのつづけ方
#Life_is_short




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山根あきら | 哲学者 記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします