連載小説(48)漂着ちゃん
しばらくの静寂のあと、ナオミは怒りを充満させつつ、抑制気味に口を開いた。
「やっぱりこういうことだったのですね。そうかもしれないと予感していました」
それを聞いたエヴァは嘲るように、ナオミを直視して応えた。
「ナオミさん、お久しぶりですね。この人が雪山で倒れたあと、2年間眠っていた頃に会って以来かしら?」
ナオミとエヴァの口論が始まった。
「そうですね。あの頃はお世話になりました。しかし、私だけ残し、ヨブとマリアさんを会わせたのは納得できません」
「さすがにあなたも無知とはいえ、今回はヨブ君とマリアが出会うということに気がついたようですね」
「エヴァさん、私はあなたのことを『漂着ちゃん第1号』の先輩として、これまでずっと尊敬してまいりました。しかし、今までのことを振り返ってみて、本当に大切な局面では私のことを排除してきましたよね」
「あら、ナオミさん、ずんぶんと嫌味な言い方をするのね。私は実の妹のように、あなたのことを考えてきました。ただ、この町の将来を考えたとき、今回ヨブ君とマリアが初対面することは、あなたに伝えないほうが判断しました。今すぐにあなたに伝えれば、二人が出会うことを反対するかもしれない。いずれ伝えるつもりではいました」
「どうかしら。先日私は、護衛官から連絡を受けて、地下室にいる所長と話す機会をもちました」
「あら、何を聞いたのかしら。私はずっと所長の指示に従って行動してきただけですがね」
「エヴァさん、往生際が悪いですよ。あなたが所長の指示通り動いていたのは、ごく初期の頃だけ。所長の機能を止めたり、再稼働させてみたり。都合のよい時だけ、所長を利用することを重ねてきました」
「ナオミさん、何か勘違いしていませんか?所長は単なるAIなのですよ。AIを人間が利用して何がいけないのですか?あなたのように、AIの言葉を盲信することは間違っているのです」
ナオミは私を一瞥しながら、エヴァに言い放った。
「所長は確かにAIです。しかし、単なる機械ではありません。この人の未来の父親の魂を宿しています」
私は初めて見るナオミの激怒している表情に圧倒されて、何も言葉を発することが出来なかった。
エヴァは、ナオミと私を交互に視線を送ったあと、再びナオミに話しかけた。
「ナオミさん、私もこの町に漂着した頃は、AIである所長に、魂というか『こころ』を感じていました。そして、長い間、所長の言葉を盲信してきました。『エヴァ、あなたは自分の子どもを持つことが出来ない』という言葉も含めて。だからこそ、泣く泣くあなたとこの人を結びつけて、ヨブをあなたに産ませました。私の代わりに、私の第二の子宮であるあなたを使ってね」
ナオミの表情はますます紅潮していった。
「エヴァさん、私はあなたの子宮なんかじゃありません。私は私の愛する人の子どもが欲しくてヨブを産みました。あなたの代わりに産んだのではありません!」
「それはあなたの思い込みですね。あなたは、私と所長の『計算』通りに動いていたに過ぎません。あなたには最初から自由意思など与えられていないのです」
「そんなこと、それこそエヴァさん、あなたの勝手な妄想です。私にもヨブにも、そしてここにいるマリアさん、イサク君にも自由意思があります。なぜエヴァさんだけが自由意思を持つことを許され、私たちには自由意思を持つことが許されないのですか?」
「これは宿命なのです。私がこの町に最初にやって来ました。そして、AIだけが作動して管理しているこの町に、最初に命を吹き込もうとしたのは、他ならぬ私…」
あっという間の出来事だった。止める隙さえないほど、一瞬の出来事だった。エヴァは話し終えることはなかった。まるで時間が飛んだかのようだった。再び時間が動き出した時に私が見たものは、エヴァの胸元にささるナイフだった。
ナオミの手は、エヴァの血液で真っ赤に染まっていた。
…つづく
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