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#部活の思い出

 部活の思い出。

 私は中学生になって、1ヶ月くらいテニス部に入っていたことがある。
 スイミングスクールに通っていたから、水泳部があれば水泳部に入っただろうけれども、水泳部はなかった。だから、部活はやらないつもりでいた。

 しかし、当時、部活をやっていない人は少数派だったし、「部活をやっていない!」というだけで、差別するような同級生がいたから、いちおう形だけテニス部に入ることにした。

 けれども、テニスには関心がまったくなかったし、水泳は続けたいと思っていた。
 テニスの練習が終わってから、スイミングスクールに行って泳いでいたが、体が持たない。精神的にももたない。だから、テニス部はすぐに辞めることにした。

 部活を辞めたら案の定、いじめとまでは言わないけれども、「帰宅部!」と悪口をいう同級生がいて辟易した思い出がある。

 さいわい、しばらくしてから、スイミングスクールのコーチが私の中学校に出向いて、校長先生に「水泳の大会に出られるようにしてあげてほしい」と直談判してくれた。そのお陰で、私は学校の部活はせずに、水泳の練習はスイミングスクールでおこない、大会には出してもらえるようになった。

 そこまではよかったのだが、大会に引率する先生は、水泳のことなんかまるで関心はないし、なんでこんな仕事をしなくちゃならないんだろうみたいな態度。なんかムカついた。

 そんな感じで中三まで水泳を続けた。大会に行くとき、学校の先生とは、いつも険悪な感じだった。

 「私、別に悪くないんだけどな」と思いつつ、どうせやるなら先生のことを、もっと困らせたくて、一生懸命泳いだ。

 中三の夏には、県大会を突破して、県代表として関東大会に出場することができた。
 県内の大会の引率でも嫌々だった先生は、私に対して怒りマックスだったと思う。けど、卒業前に「ぎゃふん」と言わせることができて、私には妙な達成感があった。

 関東大会は、出場することにだけに意味があったので、今でも良い思い出だ。もちろん予選落ちだったけどね。あのプールで、泳いでいたときの時間は、今でもハッキリ覚えている。これでもう、水泳大会に出ることは一生ないだろうと。

 中1の頃、私のことをバカにしていた野球部の連中なんて、地区大会で負けて県大会にすら出られなかった。だから、「ざまぁ」って内心思ってた。三年かかってようやく溜飲を下げることができた。

 まぁ、でも今思えば、先生は、水泳大会の引率なんて、相当めんどうくさかっただろうな、と少し気の毒には思う。今もお元気なのかどうか知らないけど、とりあえずお元気で。あなたとは、もう出会うことはないだろうけどね。


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山根あきら | 哲学者 記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします

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