【大人のピアノ】「音楽史」ってさあ、作曲家に関する小ネタ集じゃなくって、「音楽」の歴史だよね? で、「音楽」の歴史って、何?【クラシック=メタル記事 第16弾!】
この記事シリーズは、もともと私が2010年代に、はてなブログに書いたこれらの記事👇
の最新アップデート版としてnoteにアップした、
これら一連の記事👇
の羅列が長くなってきたので、このマガジンに格納しています👇
直近の記事はこれ!👇
もはや当記事シリーズのテーマである
「クラシック音楽はメタルか?」から
大きく逸れて内容が進行していますが、
どこかで必ずつながることでしょうね。
つながらなかったりして!
メタルの皆さんも、どうかお怒りなさらずに、
今回の記事に貼り付けた、
バッハやベートーベンの素晴らしいメタルカバーを是非!
って当の昔にご存じとはおもいますがm(_ _)m….
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前回の記事で、
ベートーベンの音楽を、バッハやモーツァルトとは違う音楽にしている原因である、
「ベートーベンの手癖」についてダラダラと書きましたが、
実は、これが【大人のピアノ】の真骨頂なのではないか?
という思いがしているのであります。
西洋音楽史。
私みたいなズブの素人にとっては、
「バッハ⇒モーツァルト⇒ベートーベン⇒ショパン⇒リスト⇒ドビュッシー」以上終了!
ですが、
👆の字面は、音楽史ですかね?
👆の字面は、音楽史じゃなくて、西洋音楽の代表的な作曲家の名前を列記しただけの文字情報だよね?
👆文字情報って音楽史なのか?
ってことです。
公園の砂場の中で「ママさんピアノ先生」から一挙手一投足を「見守られる」という名の「監視」を受ける「お子さまピアノ」だったら、
「モーツアルトは神童だったのですよ!」⇒「へー!」
「ベートーベンは、晩年は耳が聞こえなかったにもかかわらず、素晴らしい曲を書いたのです!」⇒「へー!」
「ショパンは、身分違いの貴族の既婚女性と恋に落ちたのです!」⇒「へー!」
「その女性は、ショパンの後はリストと同棲したのです!」⇒「へー!」
みたいな「小ネタ」って、
「へー!」って興味深いけど、
これらが「西洋音楽の歴史」なんでしょうかね?
「西洋音楽の歴史」って
西洋の「音楽の歴史」でしょ?
だから、
西洋音楽が、時代を通じて、
どのように変化してきたのか?
という、
西洋の「音」の歴史のことでしょ?
「バッハは子だくさんだった」
「ベートーベンの父親はDV野郎だった」
って、
「西洋の音」に関係してます?
「音」にぜんぜん関係してないでしょーが!
それよりもさ、
「西洋音楽の歴史」は、
クラシックピアノ人さんたちがいつも大事そうに抱(かか)えている、
その楽譜!の中にこそ!あるんじゃないんですか?
ぶっちゃけ、
モーツアルトとかベートーベンとかショパンとかリストとかの
「名前」すら、「音の歴史」には必要ないでしょう。
バッハを「JSB」、モーツアルトを「M」、ベートーベンを「LVB」、
ショパンを「C」、リストを「L」
にしたって、ぜんぜん差しさわりないし、
ショパンやリストが貴族の女性と不倫恋愛したとかっていう、
痴話ばなしって、西洋の「音楽」の歴史に全然関係ないでしょ?
むしろ、
彼らが楽譜の五線紙の中に記した音符たちが重要なわけでしょ?
だから、
【大人の西洋音楽史】とは、
時代の変遷とともに西洋の音楽の一体何が変化していったのか?
てことじゃないですかぁ?
私は音楽素人だからよくわかんないけど、
前回の記事に書いたように、
子どもの頃の私は、
「ベートーベンの音楽はモーツァルトの音楽となんか違うなぁ」
と、感じていたわけです。
ベートーベンの音楽を特徴づける、ベートーベンの手癖を、
子どもながらに感じ取っていたわけです。
それは何か!?
そこにこそ「音楽の歴史」が在るのではないですか?
たとえば、
バロック派や古典派の音楽と、ロマン派の音楽とでは、
いったい何が違うのか!?
ということが「音」の歴史でしょ?
で、バロック&古典派と、ロマン派の音楽の違いのひとつは👇
これじゃないかなぁ?と私は思うんですけどね…👇
ロマン派の例(その①)👇

ロマン派の例(その②)👇


👆ロマン派に対して、バロック派や古典派の音楽は👇
👆バロック&古典派、そしてロマン派、
どちらもマイナーキーの暗い曲調で、激しい暗さが有るんだけど、
何かが違うと感じませんか?
何が違うんでしょうか?
👆ここですよ!ここ!これが「音」の歴史でしょ!?
ここからは、私みたいなどこの馬の骨とも分からない者よりも、
大人にピアノを教えているピアノの先生方や、大人相手に教材を売っているような専門家?さんたちに、ぜひ答えてもらいましょう!
と書きましたが、
🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷
👆私の個人的な印象ですが、
どちらも同じような「激しく暗い」音が鳴っているんだけど、
バロック&古典派は「ディミニッシュコード」。つまり、
「マイナー3rd(短3度)」を積み上げた「減3」や「減7」の和音。
これに対して、
ロマン派は「ハーモニックマイナースケール」。つまり、
「増2度」=「♭6 - 7」のインターバルを持つ音階。
の違いではなかろうか?
と勘繰っておりますが、
大人相手にピアノを教えたり、コンテンツを切り売りしておられる、「プロ」の音楽の専門家の皆様は、どう思われますかね?
もっとも、🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷
【大人のピアノ】や【大人のアナリーゼ(楽曲分析)】や【大人の西洋音楽史】にとって最も重要なポイントは、
「世の中には100点満点の正解なんて無い」ということです。
100点満点が在るのは「おとぎの国」=子どもの世界だけだったでしょ?
社会に出て働き始めたら、100点満点って、まず無いでしょ?
マイナス20点の時もあるし、150点のときもあるけど、
まあだいだい70~80点ってとこじゃないですか?人生全般。
とくに、「西洋音楽理論は、理論家の数だけ理論がある」んでしょ?
そう音楽理論家が言っている動画を視たから、そう思ってるんだけどさ。
大人だから。
公演の砂場の「お子さまピアノ」の世界みたいに。
「これは正解」⇒「わーい!きゃっほー!」
「これはダメ!」⇒「はーい、わかりまちたでちゅー」
「たいへんよくできました」⇒「先生から花マルもらってボクうれちー!」
なんて大人は思わないからね。
そのうえ、
「〇〇は△▽であーる!」って偉そうに上から目線で大人を指導しようとする輩を真っ先に疑うのが、大人だもんね。
今回の記事は以上です。
以下は、前回の記事からの抜粋です👇
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【大人のピアノ】でクラシックピアノを楽しむ「大人」の方々の特権とは、「大人」に成ったからこそ理解できるような、
「ソナタ形式」とか「フーガ形式」とか「和声進行」といった
音楽理論を使って、
作曲家本人によって楽譜の中に組み込まれた、曲の「情感」や「ムード」や「世界観」に思いを馳せながら楽しく楽譜を再現演奏するのが、
「大人」のクラシックピアノなんじゃないでしょうかね?
かくいう私も、半世紀前の子ども時代に、
子供向けのピアノのレッスンは「子ども向けなんだろうな」
と、うすうす感づいてはいましたが、
中高年になった今から振り返った時の一番の後悔は、
「オルタード音が作るテンションコードによるディソナンス(不協和音)」と「コードスケール理論の実際の内容」にもっと親しんでおけば、
オバハンになってからこんなに苦労はしなかっただろうに。。。。
ということです。
言い換えれば、
「10代からジャズをディグっておけばよかった!」
ということですね。
そんな子ども時代の私ですら、
小学校の高学年になったら、ピアノの先生から
「ソナタを作ってきなさい」という宿題を出されましたよ。
ベートーベンのソナタを何曲かやらされた頃合いだったと思います。
もちろん、
レッスンの合間にオーブンでパンを焼くような「ママさん主婦のピアノの先生」の教室だったので、
お子さまでもわかるような、ごくごく簡単な「ソナタ形式」を教わって、
その形式にのっとって、「ソナタの第1楽章を作ってきなさい」という宿題でした。
当然、当時の私は、
この一連の記事でやったような「モード(旋法)」なんて知るよしもないし、
和音はすべて「3和音(トライアド)」だと思っていましたし、ましてや
「カウンターポイント(対位法)」なんて聞いたことも有りませんでしたから、明らかに「お子様ランチな作曲」でした。おままごとですね。
それでも、
「西洋クラシック音楽には、ちゃんとした理論的な形式があって、作曲家はそれにのっとって、理路整然と曲を作るんだなぁ」と、
子どもながらに思いましたよ。
で、
私が作った「お子さまソナタ」は、
悲しいくらいに「なんちゃってベートーベン」になってしまいました。
次のレッスンで、私はうなだれながらその「なんちゃって」な自作曲を弾きました。
そしたら先生は「誰でも最初はベートーベンみたいな曲になっちゃうのよね」と言いました。
これは、私のせいではなくて、
直近までベートーベンのソナタを何曲かやらされていたんですから、
子どもの脳は「ソナタ」=「ベートーベン」になっちゃっているわけでして、
もしも、現代音楽のソナタでもやらせてもらえれば、違うベンチマークも持てたから、もっとちがう感じにできたかも、というのは土台無理な話で、
現代音楽のソナタは、片手で10度以上が届く「ピアノ教育国のカースト制度における上級国民の手」じゃないとマトモに弾けない曲ばかりだもんね、と、今思います。 子どもの手ではとても無理ですし、今の私の手でも無理ですよ。
ここまでお読みになられた、カンの良い方は既におわかりのとおり、
じつは、
西洋クラシック音楽の作曲家は、
自分の作品自体の中に、あらかじめ、
その作品が醸し出す「世界観」を仕込んでいるのですね。
だから、
ピアノの先生が「そこは歌うように」とかね「そこは厳粛に」とか指示する以前に、
当の作曲家本人が、曲の中で表現してもらいたい「情感」や「ムード」について、五線譜に書いた音符の組み合わせや長さやリズムによって、既に「このように表現してほしい」という指示を出しているんですよ。
今はこの世に居ない、作曲家本人の「その部分はこういうふうに弾いてくれ!」という思いは、楽譜の音符たちの配置が、雄弁に物語っている。そして、それを汲み取るために、必要なのが、音楽理論なのであーる!
ということに、クラシック音楽では、なるんでしょうね。
ジャズなどの即興演奏在りきの音楽ジャンルは、演奏者=作曲家ですから、ジャズ人たちは、コードやモードを自由に使いこなせるように、単調な「覚える」作業を、黙々と続けて、セッションに行っては落ち込み、また奮起して黙々と続けて、音楽理論を脳にしみ込ませようとしている。
私の子ども時代の「なんちゃってベートーベン」ソナタが、どうしてベートーベンっぽくなってしまったか?
ですが、
ベートーベンっぽく聞こえるような和音やリズムを、聴きよう聞きマネで使って、曲を作ったからでしょうね。
たとえば、
当時の私が「これってベートーベンっぽいな」と思ったのが👇
①減3和音・減7和音と、増3和音
直前までやらされていたバッハインベンションとかモーツァルトなんかには、「激しく劇的なシリアス感」を持つこれらの和音があまり無かったなぁ、と思ったんです。
それが、ベートーベンをやらされるようになったら、なんだかよくわからないけど「やけに大仰で激しい雰囲気の曲だなぁ」と、私は斜めから醒めた耳で思っていたのです。
そして、
「ソナタ」=「ベートーベン」と刷り込まれた子ども時代の私が、「ソナタを作ってこい」宿題を出されれば、当然「ベートーベン」の方向へ振るわけですよ。 だから、
やたらめったら減3和や増3をつかいまくり、見よう見まねで減7をドミナントで使ってみたりと、「激しい劇場性」を曲中に盛っていくと、おのずとベートーベンっぽくなるでしょ?👇
ディミニッシュコード(減3や減7)を使った典型的な曲がこれ!👇
②「ベートーベンのソナタ」にありがちな、単純でワンパターンなアルペジオ
これも、子どもの時に「つまんない曲だなー」っと思った「ベートーベンの手癖」ですね。
①に、この「単純ワンパターン」アルペジオを組み合わせると、ますますベートーベンっぽくなる。
メタルの素晴らしいギターで聴いても、終盤飽きてくるのは私だけ?👇
③「ベートーベン」にありがちな、クドい展開
これはどちらかというと「運命」の最終楽章のアウトロに影響されましたね。 あれクドイよねー! 子どもの頃、マネして歌って一人でウケてたからね。 ジャーン、ジャン、ジャンジャンジャーン。。。。。ジャンジャン、ジャーーーン、ジャーーン、。。。。みたいに。延々と「キメ」が続いて、そのうち飽きるどころか笑えてくるもんね 👇
以上の①②③を盛り込めば、「なんちゃってベートーベン」になるでしょ?
これらに加えて、私がオバハンになってピアノを再開してから教わった
「ベートーベンの手癖」は、これです👇
④低音域で密集配置和音をドーンと弾く!
これは、ピアノ再開直後に一時期習った作曲家の先生が言っていたことです。たとえば、左手で「C2 E2 G2 C3」(←中央のC=C4とする)
のコードをドーン!と弾くと、低音が汚く濁った和音が鳴るでしょ?
この「低音部の汚い響き」がベートーベンならでは!なんですって。
これは、アコピで弾くと、その汚さが際立つだろうね。アコピの低音弦が共鳴していろいろな倍音が鳴るから、濁った音になるらしいね。
この「低音レンジのクロースポジションコード弾き」は、当時の音楽の常識からみたら「掟破りの汚さ」だったかもしれないね。
もうひとつ、オバハンになって知った
「ベートーベンの手癖」的なアイテムは👇
⑤「N6」和音
👆ネット検索すればすぐでてきます。
「月光ソナタ」の第1楽章のイントロ部分にある、「ハッとする展開」の部分に使われている「D/F#」のコードのことです👇
👆「N6」コードは、ライオネル・リッチーの「Hello」のBメロにも使われていると、私が買った『Tonal Harmony』には書いてありましたよ。
日本の歌謡曲では、今は前川清が歌っている「東京砂漠」のイントロ部分にも「N6」コードが使われているね。
「月光ソナタ」の1楽章であまりにもシグナチャー的に使われているから、あまり多用はできないけど、ソナタを作る際に、中盤か終盤のどこかで確信犯的に「N6」を使う展開を盛り込んでおくと、「ベートーベンの月光」のベタな世界観が飛び出すから、ウケ狙いにはいいかもね。
このように、
作曲家は、作品の音符の配置の中に、「この部分はこういう感じに弾いてくれ!」っていう思いを込めているんだよ。
楽譜の中の、今は無き作曲家が残した意図に耳を傾けて、それを再現するのが、西洋クラシック音楽ではないのかな?
そのために、知っていると便利なのが、音楽理論や音楽文法なのでしょう?
というか、
音楽理論や音楽文法を全然知らないで楽譜どおりに弾くのは、「平家物語」の文章の意味が全然わかっていないのに、完璧な発音と声で朗読して、先生に指示されたところは「重々しく」とか「優雅に」とか「歌うように」、ただ機械的に唱えているだけのことと、同じになっちゃうんじゃないかな?
たとえば、
フランツ・リストの「ハンガリアン・ラプソディ No.2」の冒頭部は、どうしてあのように、不気味さが有って、ダークで激しさも感じられる曲調なんだろうか?
それは、
リストが、あの曲を作曲する際に使ったコードやスケール(モード)やリズムが、そうさせているからだよね?
前回の記事でフィーチャーした「西洋クラシック音楽の基本的な和音進行」もそうだよね。
前回貼り付けた動画の、たとえば「ははうえさま」が、西洋クラシック音楽とは全く異質の、「白でも黒でもない、善でも悪でもない、明るくも暗くもない、ふわふわしたホリスティックでインクルーシブな」穏やかな音楽世界を醸し出すのは、「ははうえさま」の和声進行が「西洋クラシック音楽の基本的な和声進行」と根本的に違うからじゃないのかな? 👇
ベートーベンの「月光ソナタ」の第1楽章のイントロ部分の「N6」コードで聴く人が「ハッとする」のは、ピアノ奏者が「ハッとさせる」ように弾いているのではなくて、もともとベートーベンが「N6」という、意外性のある展開を生み出すコードを仕込んでいるからでしょ?
先生が「ここはこうひくように!」なんて余計な指示をしなくても、
ベートーベンがちゃーんとそう聞こえるように曲を作っているんだよ。
自分が知っている範囲の音楽理論や音楽文法を使って、
楽譜に書いてある音符の、その向こうに、言葉による説明では無くて、しかし言葉よりも雄弁に表明されている、作曲家本人が意図した音楽世界観に、思いを馳せながら楽しく演奏するのが、【大人のクラシックピアノ】なんじゃないのかな?と私は思います。
今回の記事は以上です。 関連記事は👇
以下は、前回の記事をそのまま貼り付けておきます👇
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ジャズでは「ツーファイブ」とよく言われますが、
西洋クラシック音楽の基本中の基本の和声進行である、
「ミ ⇒ ラ ⇒ レ ⇒ ソ ⇒ ド」は、
「iii ⇒ vi ⇒ ii ⇒ V7 ⇒Ⅰ」のことです。
👆小文字になってるのはマイナーコードです。アメリカ式です。私はアメリカは基本的にあまり好きではありませんが、マイナーコードを小文字で書くやりかたは、一目でマイナーコードとわかるので好きです。
【大人のピアノ】ですから、
「中央のドを覚えましょうね!」ではなくて(笑)、
「中央のC(またはハまたはツェー)」ですので、
「ミ ⇒ ラ ⇒ レ ⇒ ソ ⇒ド」は、もちろん移動ドベースです。
「iii ⇒ vi ⇒ ii ⇒ V7 ⇒Ⅰ」も移動ドですしね。
たとえば、
C#メイジャーのキーだったら
「ミ ⇒ ラ ⇒ レ ⇒ ソ ⇒ ド」は、
「E#m ⇒ A#m ⇒ D#m ⇒ G#7 ⇒ C#」ですね。
👆「#」を取れば、Cメイジャーのコードになる。
👆これ、「ツーファイブ」の連続ですね。
👆ギターの開放弦の音に似てますね。
「ⅣとⅦはどこへ行った!?」
という声が聞こえてきそうなので、
「ファ(Ⅳ)」と「シ(vii°)」を加えると、こうなるそうです👇
「ミ ⇒ラ ⇒ [ファ⇒レ ] ⇒[ シ ⇒ ソ ] ⇒ド」
「iii ⇒ vi ⇒ [ Ⅳ ⇒ ii ] ⇒ [ vii° ⇒ V7 ] ⇒Ⅰ」
これが、
クラシック音楽における、基本中の基本!の和音進行だそうです。
繰り返しますが、私が言ったわけではありません。
冒頭のリンクにある楽典の本に、そのように書いてありました(これ)👇
もちろん例外はたくさんあるそうで、
たとえば、
「ミ⇒ラ⇒[ファ⇒レ]⇒[シ⇒ソ]⇒ (゚д゚)!ラ(vi)」と、
「偽終止」でしたっけ?みたいに終わることや、
「ミ⇒ラ⇒[ファ⇒レ]⇒[シ⇒ソ]⇒ド、ア~メン(^人^) ファ(Ⅳ)⇒ド(Ⅰ)」
と「アーメン終止」になったり、
「ド(Ⅰ)⇒ソ(Ⅴ7)⇒ド(Ⅰ)」と、
授業の最初のお辞儀パターンになったり、
「ミ⇒ラ⇒[ファ⇒レ]⇒[シ]⇒ド」と、
「ソ(Ⅴ7)」が無いばあいとか、
「ミ(iii)⇒ファ(Ⅳ)⇒ド(Ⅰ)」と、
「讃美歌」的なコード進行もあるそうですが、、
基本パターンは、
「ミ⇒ ラ ⇒ レ ⇒ ソ ⇒ド」
「iii ⇒ vi ⇒ ii ⇒ V7 ⇒Ⅰ」
の「ツーファイブ」進行で、
これに「ファ」と「シ」を加えると、
「ミ ⇒ ラ ⇒ [ファ⇒レ] ⇒ [シ ⇒ ソ ] ⇒ド」
「iii ⇒ vi ⇒ [ Ⅳ ⇒ ii ] ⇒ [ vii° ⇒ V7] ⇒Ⅰ」
になるそうです。
👆どうして「ソ(V7)」だけ「7」が付くのか?については、
ネットで検索すると、たくさん情報が出てくると思います。
👆「シ (vii°)」に付いている「°」についても、
ネット検索すればすぐわかります。
今日は、ちょっとした小ネタでしたが、
以下の曲の和音進行は、どうですかね?👇
西洋音楽の基本和声進行:
「ミ ⇒ ラ ⇒ [ファ⇒レ] ⇒ [シ ⇒ ソ] ⇒ド」
「iii ⇒ vi ⇒ [ Ⅳ ⇒ ii ] ⇒ [ vii° ⇒ V7] ⇒Ⅰ」
西洋音楽の基本和声進行:
「ミ ⇒ ラ ⇒ [ファ⇒レ] ⇒ [シ ⇒ ソ] ⇒ド」
「iii ⇒ vi ⇒ [ Ⅳ ⇒ ii ] ⇒ [ vii° ⇒ V7] ⇒Ⅰ」
西洋音楽の基本和声進行:
「ミ ⇒ ラ ⇒ [ファ⇒レ] ⇒ [シ ⇒ ソ] ⇒ド」
「iii ⇒ vi ⇒ [ Ⅳ ⇒ ii ] ⇒ [ vii° ⇒ V7] ⇒Ⅰ」
西洋音楽の基本和声進行:
「ミ ⇒ ラ ⇒ [ファ⇒レ] ⇒ [シ ⇒ ソ] ⇒ド」
「iii ⇒ vi ⇒ [ Ⅳ ⇒ ii ] ⇒ [ vii° ⇒ V7] ⇒Ⅰ」
🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷
今回は、一連の「リスト=メタル」記事として、
リストの「ハンガリアン・ラプソディ No.2」の楽譜の最初のページを、
「なんちゃって!アナリーゼ(楽曲分析)」したお遊びの、まとめです。
私が今回、楽曲分析してわかったことは:
⓪「リスト?超絶技巧。怖い!」という、まったくもって不要なネガティブな先入観を払しょくできた!
これがいちばん大きかったですね!
最初の1ページだけを、お遊びで楽曲分析しただけですが、西洋音楽ですから、クラシック音楽もメタルもジャズも、コード(和音)とモード(旋法)を組み合わせてハーモニー(和声)を作って奏でているわけです。 だから、
「Ⅰ」とか「Ⅴ7」とかを当てはめなくても、「C#m」とか「G#7」とかを当てはめて、旋律に使われているテンションノートからモードがわかれば、ジャズやメタルの人は、もうすぐに「ハンガリー狂詩曲 第2番」でアドリブ演奏ができちゃう!
その例が、前回までの記事に貼り付けた、クラシックの名曲をエレキギターで演奏するメタルのギタリストたちの動画であり、オイゲン・キケロによる「ハンガリー狂詩曲 第2番」のジャズバージョンです。
お遊びで楽曲分析の真似事をするだけで、楽譜どおりに弾かなくても、弾けなくても、和声的なハードルは無くなってしまう。
そして、私は実際に、このピアノ曲を楽譜をピアノで弾くことはしません。
私の練習不足ではありません。
私の手の大きさ(というか小ささ)では、この曲は完全に規格外だからです。
1ページ目の「キメ」をオクターブ和音にしっかり届かないので、演奏を「キメる」ことができません。 メジャーキーに転調してからの中盤以降のオクターブユニゾン乱れ打ちをしたら、私の手が死ぬも死なないも、物理的に届かない。
この曲は、片手で12度が届いたといわれる、ドイツ系の大型人種が作って弾いた曲です。
たとえば、身長160cmの人が、八村塁選手と一対一で勝とうとすることって、意味ないでしょ?
身長が190cm人は別だよ! 八村選手と身長があまり変わらなければ、負けるとわかっていても、マトモに挑めるから、いいゲームができるよ!
だけど、あなたが身長160cmしかなかったら、そもそもゲームにすらならないでしょ?
もともと規格が違うゲームに、真っ向から挑むのって、あなたが、良くて「玉砕」、ふつうは「相手にすらしてもらえない」のが、目に見えてるでしょ?
そういう「犬死に」を避けるのが真っ当な賢者だと、私は思っています。
それに、コードとモードがわかったら、ジャズやメタルなどの他ジャンルで斬っていくことができます。
そして、もしかすると、リストの原曲よりもカッコイイ、メタルアレンジやジャズアレンジができるかもしれない!って、今まで貼り付けたメタルやジャズの演奏家が、それを証明しているでしょ?
①ちゃんとした作曲家は、モード(旋法)でメロディ(旋律)を作っている。
もちろん、コード(和音)+モード(旋法)を使ってハーモニー(和声)を作っている。
②超一流のピアニストは、何から何まで楽譜どおりに正確に演奏しているわけではない。
モード(旋法)内の音をつかってテキトー弾きしていることもあるが、モード内の音を弾いているから、聴く人の耳には「ミスタッチした!」に聞こえない。
③ところが、クラシックピアノ教育では、モード(旋法)について教わることが、ほとんど無い。
あるのは、長音階、自然的短音階、和声的短音階、旋律的短音階の4種類だけと、それを五線譜に書かせてテストするだけ。
「スケール練習」は、親指くぐりの練習になってしまっている。
つまり、皮相的で薄っぺらい、使い物にならない「知識」にとどまってしまっている。
だいたい「知識」というものは、実際の現場では使い物にならない程度のものである。
④ 使い物にならない「知識」しか無いのに、「知っている」と信じて疑わない「勘違い野郎」が、クラシック音楽の世界に多い。
「楽典の本にドリアンとかいろいろ書いてあって、音高入試の時に覚えるのが大変だったな~」(←私がピアノ会に参加していた頃に、実際にクラシックピアノ人から言われた言葉) って、メタルやジャズを求道している人の前で得意げに言っても、自慢にもならないばかりか馬鹿だと思われるのがオチだよ。
丸暗記したぐらいで試験の答案用紙に音符を並べて書けた程度の「知っている」と、それをいつでもどこでも自分の手足のように自由に使いこなせるのとは、全く別のことでしょ?
⑤ ちゃんとした作曲家は、数オクターブのラン(細かい音符の列を高速弾きすること)に使ったモードに変な#や♭なんかを付けてこねくり回すようなことは、しない。
①に関連することですが、
フランツ・リストも坂本龍一も、ちゃんとした作曲家であるということです。
私の個人的な経験ですが、以前私が曲を作ってみたときに、坂本龍一が属7コードの右手のランで使ったスケールを、私も真似して属7のコードで使ったら、そのランの中の音符を3か所ぐらい、若い「作曲家」さんに手直しされました。
特定のスケールでしっかり決まっているランの音符のうち3個ぐらいを変えてしまうのは、演奏者に「ミスタッチしろ!」と言っているようなものではありませんか? 高速道路に岩を置くようなものだよ!
そういうね、楽譜を無駄にややこしくして演奏者が弾きにくくすることは、ちゃんとした作曲家はやらないと思うよ。
少なくとも坂本龍一はそんなことしていない(例えば、YMOのデビューアルバムのA面2曲目「Firecracker」のピアノのクロマティックスケールのランや、アルバム「/05」収録の「Thousand Knives」の属7部分のディミニッシュスケールのランなど)。
⑥ ピアノ教育における「楽譜の絶対視」への疑念
②に関連して、
「リストの再来」と呼ばれたピアニストが、「ハンガリアン・ラプソディNo.2」の名演奏(レコード化された)で、楽譜どおりに正確には弾いていないのだから、素人が楽譜どおりに弾けないのは当然。
むしろ、楽譜どおり正確に弾けたら、その人は、人間じゃなくて、神か、機械だ。
生身の人間に「神か機械になれ!」と強要するピアノ教育は、人類の人間性(ヒューマニティー)に対する虐待行為ではないのか!?
人間だもの!相田みつを!
私は人間なので、弾き間違えたら、よかった、人間だった~!そして今日も私は生きていた~!って思う。
だって、
人間が間違えなくなるのは、その人が死んだ時だから。
っていう感じですかね?
え?
「これがアナリーゼの感想か?」ですって?
ええ、そうですよ。
私、単なる音楽素人ですから。
作曲家でも音楽理論家でもピアノの先生でもありませんから。
「教会旋法であーる!」 とか、
「カデンシャル6-4であーる!」 とか、
「パワーコードだぞ!」 とか、
「Ger(+6)であーる!」 とか、
名前だけ知ってても、ピアノが弾きやすくなるわけでも何でもないもんね。
私がモード(教会旋法)を当てはめていったのは、
リストがどんなモードを使って作曲したのか?を知りたかったからだよ。
使われているモードがわかったら、
「リストの再来」ピアニストさんが弾いているみたいに、「数オクターブにまたがって細かすぎる音符が沢山並んでいる箇所(ラン)」は、楽譜どおりに正確に弾かなくても、モードを使って弾けばミスタッチには聞こえなくなるでしょ?
つまり、自分の演奏がしやすくなるじゃない?
それを確認するために、モードを当てはめてみただけだよ。
それから、私がやったような、
各コードに対して特定のモードを当てはめたうえで、
さらにその場で即興演奏しているのが、ジャズ人たちだよ。
メタル人は、ハーモニックマイナーや平調子(ひらぢょうし)のスケールをギターで黙々と練習して使いこなせるようにして、即興演奏する。
ジャズやメタルでは、コードにモードを当てはめるのは、アナリーゼでも何でもなくて、ごくふつうにやっていることなんだよ。
Ger(+6)和音についても、
「ここのキメの部分にGer(+6)があるな」とわかってれば、
おのずと弾く音が予想できるから、弾き間違いを減らせるよね。
「Ger(+6)であーる!」「そうですか、ふむふむ 」
じゃなくて、
Ger(+6)コードの構成音が頭にパッと浮かぶぐらい脳にしみ込んでいれば、
楽譜どおりの正確な和音を忘れても、コードトーンを弾くことができるから、変な音を鳴らさずにすむよね。 つまり、
演奏中に音を忘れた時の「バンカーショット」の引き出しになるでしょ?
結果的に、心理的に演奏するのが怖く無くなるでしょ?
机上で勉強するためじゃなくて、実際の現場で使えるようにしておかないと、いつまでたっても使えないよ。
いままで貼り付けた動画です👇
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とりあえず今回も素晴らしい模範演奏動画です👇
👆いつもながら、このギタリストさんの「泣きのギター」に圧倒されて、旋律(メロディー)が全然頭に入ってこないので、今回もピアノで確認すると👇
ちなみに、私が子どもの頃、生まれて初めてリストの「ハンガリアン・ラプソディ No.2」を聞いたのは、この人の演奏でした👇
👆オイゲン・キケロによるジャズバージョンは、原曲キーから半音下にズレた「Cマイナー」ですね。 やっぱりジャズは♭系だからですかね?
👇さっきのクラシックピアノ演奏は、このピアニストさんです。上の楽譜動画の音源です👇
「平調子(ひらぢょうし)」のメタルギターでの練習方法👇
メタルのギターのリフで使われるフリジアンスケールの例(イントロ部分)👇
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過去に貼り付けた「クラシック=メタル」を強烈に裏付ける動画の数々👇
そしてなんと、「ラ・カンパネラ」のメタルカバーのギタータブ譜が、あのシンコーミュージックから! 「メタクラ」という言葉があるとは知りませんでした!👇
こから先も、過去の記事でアップした、
「ショパン=メタル」を完全に裏付けるパワフルな動画を、そのまま貼り付けておきますね👇
🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷🌷
ここから先も、過去の記事でアップした、
「クラシック音楽=メタル」を完全に裏付けるパワフルな動画を、そのまま貼り付けておきます👇
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~ピアノ方丈記~
