🎼独学どんどんピアノ(25) 独学ピアノ人がピアノをどんどん弾けるようになる勝因👍
冒頭の画像は、私の「なんちゃってアナリーゼ(楽曲分析)」でっす👇
今回の記事のタイトルは👇
🎼独学どんどんピアノ(25) 独学ピアノがピアノをどんどん弾けるようになる勝因👍
👆どうして、
「独学ピアノ人がピアノをどんどん弾けるようになる」のか?
の理由が、
この記事のタイトルに表れていることは、大人にとっては明白です。
それは、
「 独学ピアノがピアノをどんどん弾けるようになる勝因👍」
というフレーズは、
肯定的な言葉だけが使われているからです。
具体的な肯定語は、
「弾ける」
「勝因」
です。
心理学で、「the 3-to-1 positivity ratio」という考え方が有ります。
(AIにきけば、瞬く間にたくさん説明してくれると思います)
日本語にすると「3対1のポジティブ比率」みたいな感じですかね。
これは、
「3つのポジティブな言葉は、1つのネガティブな言葉を相殺することができる」
という意味です。
言い換えると、
「3つのポジティブな言葉を言わないと、1つのネガティブな言葉を打ち消すことができない」
ということです。
厳密には、「3つ」ではなくて、「3.??」という、3と4の間の数だったと思うので、
私は、
「4つのポジティブな言葉を言って、ようやく1つのネガティブな言葉を打ち消して、心をポジティブに持っていくことができる」
と解釈しています。
👆それほどまでに、ネガティブな言葉の害毒は、強い。
昔の人は、これを「呪い」と呼んだのだと、私は思います。
人間は、直接的な言葉だけではなく、
間接的な言語表現で、「寿ぎ(ことほぎ=ポジティブなメッセージ)」や、「呪い」を表現します。
たとえば、
AさんがBさんに「ニコっ」と笑顔を見せたのは、
Aさんは「Bさん、私はあなたの味方ですよ」
という非言語メッセージです。
AさんがBさんに、
「えー?あの有名なピアニスト先生が主催する発表会に出たのー?
スゴイじゃない!よかったわねー!」
って、満面の笑顔で、明るい声で言ったら、
AさんはBさんに
「Bさん、あなたは素晴らしい!賞賛します!」
というメッセージを放っているのです。
それでは、
AさんがBさんに、
「えぇ?あの有名なピアニスト先生が主催する発表会に出たの?
スゴイじゃない?よかったわね…。」
と、当惑した表情で、狼狽するような声で言ったら、
Aさんは、Bさんに、何と伝えたかったのでしょうか?
👆これは、
私が中高年になってピアノを再開した時に、子どもの頃に習っていたピアノの先生から言われた内容です。
ピアノの先生は、明らかに、
「あなたのようなピアノが下手な生徒が、どうして、あのピアニストさんの発表会に出られたの?」
と言いたかったのです。 というか、
当惑した表情や、奥歯に物がはさまったような口調を介して
「私の発表会ではピアノを弾かせなかったほど下手(だと私が思っていた)お前が、いったい全体どうして、あの著名なピアニストさんの発表会に出られたのか!? 私の面目が丸つぶれじゃないか!?悔しい!」
という非言語メッセージを、私に浴びせたのです。
実は、その半年前に、ピアノの先生は、自分が主催する発表会で、私にピアノを弾く機会をくれなかったのです。
今はどうかはわかりませんが、
少なくとも2010年代には、
「この生徒は(下手だから)、自分が主催するピアノ発表会でピアノを弾かせたくない」生徒に、ピアノではなく、作文などの他の発表をさせるピアノ教師が、確かに存在していました。
私は、当時すでに大人のオバサンだったから、自分がピアノを弾く機会を与えられなかったことを、少し残念に思っても、大きく落ち込むことはありませんでしたが、
他の子どもたちが次々にピアノを弾くなかで、
他の子どもたちが弾くグランドピアノの前で、
自作の作文を読み上げる子どもさんを、
心臓をえぐられる思いで見ていました。
子どもに対して、何てヒドい仕打ちをするんだろう?
自分だって弾きたいと思うグランドピアノの前で、
自分だけが作文を読み上げさせられる。
この子は、ピアノ教師によって「晒(さら)し者」にされたのです。
だって、ピアノの発表会ですよ!?
「ピアノの発表会で、ピアノを弾かせてもらえずに、作文を読み上げる」
という、非言語メッセージは、一体なんですか?
そうです、
「この子は、先生から発表会でピアノを弾くお許しが出なかったくらいピアノが下手クソだ!」
ということを、
他の子どもや親御さんたちの前で、晒されたのです。
👆個人経営のピアノ教室というものは、ピアノの先生の自己裁量が100パーセント実現する環境です。
もし、このようなことが、今も行われている教室があったら、
親御さんは、自分の大切な子どもを「晒し者」にされないように、
全身全霊をかけて、我が子の自信を護(まも)るべきだと、私は思います。
そうでないと、
あなたの大切なお子さんの自信は、ステージでピアノを弾く他の子どもたちに吸い取られてしまいます。
発明王トーマス・エジソンの母親は、
小学校に呼び出されて、担任教師からトーマスが「いかに出来の悪い劣等生であるか!」をさんざん聞かされ、つまり、我が子を赤の他人にさんざんディスられて、それに激高し、担任教師に啖呵を切って家に帰ると、
待っていたトーマスをギュっと抱きしめながら、
「あなたはもう、あんな学校には行かなくていい。家で勉強すればいいのよ!」
と言ったそうですね。
(👆記憶が定かではありませんが、そういう話だったとおもいます)
母親が全身全霊をかけて、我が子を他人から護ったことによって、
トーマス少年の自信は損傷されることなく、
発明王として成功したのだと、私は思います。
ピアノ教育だけではないとは思いますが、
子どもの「習い事」には、「コンペティション」の仕組みが組み込まれています。
日本語にもなった「コンペ」「コンペティション」とは、
「competition(競争)」です。動詞が「compete(競争する)」です。
「競争」とは、「競い、争う」ことです。
この世は何事も、競争であることは、事実です。
「コンペティション(競争)」という名の「椅子取りゲーム」の「勝者の椅子」は、たった1つです。
たった1つですが、
この世には、人の数だけ「コンペティション」が存在します。
誰もが、自分の「コンペティション」の勝者になれます。
自分の「コンペティション」とは、
自分の中の「ポジティブ vs ネガティブ」の競争です。
自分の「コンペティション」に勝ち続ける人は、
「昨日よりも、今日のほうが、自分は良くなった!」
と、日々の小さな前進を自分で祝い寿(ことほ)ぐ習慣が身に付いている人です。
👆独学ピアノ人たちの勝因が、まさにこれです。
以下の記事で、独学でショパンの「幻想即興曲」を弾く人たちの動画を紹介しています。
誰とも比べたり競ったり争ったりすることが微塵も無い、
自分の達成を喜んでいることが、皆さんの動画から感じられます👇
ところが、
世の中は、そんな「ポジティブに生きる勝者」の足を引っ張りたくてたまらない、敗者たちで溢れています。
敗者は、何かに負けたことによる「悔しい!」気持ちを、
(いや、実は、内(うち)なる自分の「コンペティション」に負けた原因を、自分以外の要因になすりつけて勝手に「悔しい!」と思っているのですが)
こういう敗者は、自分より弱い立場の(、と自分が思い込んでいる)人間を、言語メッセージや非言語メッセージを駆使して蔑(さげす)むことによって、憂さ晴らしをする行動に出ます。
そして、
敗者=負け組の言葉には、否定語や侮蔑語が溢れています。
たとえば、note記事のタイトルから、
ピアノ教師のなかでも負け組のピアノ教師たちは、
以下のような否定語を使って何の疑問も感じないんだと思います👇
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「〇〇な思考がピアノを絶対に上達させない理由」
「大人のピアノ挫折」
「〇〇を、ちゃんと説明できますか?」
👆「生徒の分際でできるわけないだろーが、先生のオレサマは偉いんだ、偉いって言って!認めて!自信の無い哀れな私を助けて!」という悲鳴
「〇〇に練習しているつもりが」
👆「つもりが、できないんでしょう?」の意。
「じじい」
👆シニアのお客様(生徒)をこう書く。お金を運んで下さるお客様に対して有り得ない表現。
「初めてピアノ、そのまえに」
👆「そのまえに、ピアノ初心者のお前は、やることがあるんだぞ!」という、実質的な脅し。
「両手になると弾けない」
「おとな超初心者」
「分からない」
「悪あがき」
「頑張り過ぎて続かない」
「できないを読み解く」
「〇〇が一番難しい」
「がんばっているのに上達しない」
「〇〇するだけではうまくいかない」
「生徒のつまづき」
「つまづく3つの理由」
「〇〇すれば〇〇できるは本当?」
「〇〇に気づいていますか?」
「心が折れないための」
「なぜ日本人のピアノは〇〇なのか?」
👆日本人のくせに日本人をディスる輩(やから)は、日本に住んでいる限り絶対に失敗するから、留学先の国へ移住したほうがいいと思うよ!
「〇〇が難しい」
「上手くいかない人の特徴」
「〇〇ができないのは△△していないから」
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👆以上の、noteでよく目にする一連の記事のタイトルを読んで、
あなたは、どんな感じがしましたか?
私は悪寒と吐き気がします。
👆ピアノ教育において、ピアノ教師が生徒を呪い、その生徒が「恐怖のモチベーション」に煽られてピアノ教師になって、今度は自分の生徒を呪う、という、「呪いの連鎖」が連綿と続いていることがうかがえます。
👆noteのピアノ関連(ピアノ教育)のタグが、あまりにも否定語の呪いにまみれていて、既に辟易しつくしました。
他にも、
ピアノ教師たちによるnote記事のタイトルで気になったものには、以下があります👇
「本番前の緊張はどうする?」
「本番前に手が震えるあなたへ」
「〇〇について学びましょう」
「〇〇ということ」
「レッスンの主導権を握るために」
「〇〇な力を育てたい」
「辞める子、続ける子」
「なぜこの子は覚えられないのか?」
「褒め方は難しい」
「〇〇って、どういうこと?」
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今回の記事は以上です。
以下は、
上記のような世界の圏外でピアノライフを楽しんでいる成功者さんをご紹介する記事です👇
👆の記事から、「幻想即興曲」を独学で弾く人たちの動画です👇
👇100時間後の演奏と、👆300時間後の演奏の両方を視られるので、とても参考になると思いました。
👆の人が「全くの楽器初心者から1年で幻想即興曲を弾くようになったピアノ練習方法」を説明する動画👇
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次は、
カシオのキーボードが元祖「シンセシア」!なことがわかった動画。
初心者に限らず、カシオ「光るナビ」キーボードは強力な練習楽器になると思った。 動画主さんは、格安で買った中古のクラビノーバを愛用と、お金をかけずにピアノライフを楽しんでいる👍
そして、この人の「自己流の練習方法5つ」が深い。元ボクシング選手だったそうで、身体操作に関する練習方法がサスガですねー。 身体がガチガチに固まらないように、つまり武道で言うところの「居着(いつ)き」にならないように、常時身体が動いている状態にしておくことがキモなんでしょうね。👇
👇で、ここからが、「独学で幻想即興曲」に役立つと私が思ったシンセシア動画👇
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👆の動画主さんの多くが参照している、プロ演奏家の「幻想即興曲」👇
👇女性は、この人の演奏の姿勢や手の動きをマネするとよいかも?(私はこの人の他の動画も含めて、この人の演奏動作をエアーで真似ていた時期が有りました)👇
👆私は、この人の演奏動作をマネ続けた時期がありました。
3か月ほどマネ続けたころに、あるピアノ会に参加して、お仲間の一人から「腕の動きがきれい」と誉められました。
私はぜんぜん意識していなかったのですが、それほどまでに、良いお手本の動きをマネ続けることは、最も強力な上達メソッドだと、私は確信しました。
👆つづきはこちらで!👇
