④「日本のフュージョン(インスト)」が日本の国宝(重要無形文化財)に成る日
👆冒頭の画像:noteの使用可能な画像を使わせていただきました。有難うございます。
前回の記事👇
の続きです。
私は、以前から
「インスト音楽」が日本の重要無形文化財(人間国宝)に成る日が来るのではないかという予感を持っています。
「インスト音楽」と現在呼ばれている音楽とは、
1960年代~1990年代にかけて「フュージョン」と呼ばれたジャンルの音楽を中心とした、
ジャズをベースに、ロックなどの多ジャンルの音楽と融合(fusion=フュージョン)した、
歌(ボーカル)の無い、楽器のみで演奏する音楽のことです。
「フュージョン」音楽とは、
クラシック音楽の金科玉条(きんかぎょくじょう)ともいえる「functional harmony=機能和声」の和音進行を、ことごとく裏切って進行するジャズ(現代音楽)の和声とコード進行を、魔法使いのごとく自由自在に操り、
電気駆動の楽器(エレキギター&ベースやシンセサイザー)を操る楽器演奏者が非常にテクニカルかつ縦横無尽のソロ即興演奏を披露し、
少人数(4~5人)のバンド編成ながら、
バンドメンバー各自の卓越した個人技を、
電気駆動の拡声装置(ミキサーやパワーアンプ)を使って聴衆に届ける、
和声・リズム・楽器機材の全てが高度に進化した、
スピード感あふれる、現代のチェインバーミュージック(chamber music=室内楽)のことです。
昨今「インスト」という呼び方がよく使われるようになった背景には、
「フュージョン」に加えて、ポップスやゲーム音楽の要素が加わったり、クラシック出身の楽器奏者も彼らなりの和声とリズムによって演奏する非クラシック的な作品も出てきたためと思われます。
👆このように私が思う、日本の「インスト」音楽ですが、
instrumental(器楽の)を「インスト」とカタカナで表記することにより、
日本におけるinstrumental musicつまり「インスト」は、
「能狂言」、「文楽」、「歌舞伎」や「落語講談」に続く、
「インスト」という単独で成立する芸能分野に成る可能性が非常に高い。
と感じられるのです。
👆ここで私は「芸能」と書きました。
象牙の塔の中で陳列されて、「学者」という名の頭でっかちの理論家たちにいいように貪られるだけの「芸術」にしておくには勿体なさすぎる、現在の「音楽業界」という「芸能界」にリアルタイムでしっかり根付いて、しかも現実社会で機能し続けている、「生きている芸」だからこそ、「芸能」と書いたのです。
私が、
「インスト音楽」が日本の重要無形文化財(人間国宝)に成る日が来るのではないかという予感を持つ理由は、
昨今は「シティポップ」なんて呼ばれるようになった日本のポップスですが、
日本のポップスの歌手のバックで演奏しているミュージシャンの多くが
かつての「フュージョン」=「インスト」系のミュージシャンだからです。
つまり、
日本のポップスの音を作っている本当の主役は、インスト系のミュージシャンなのです。
🎵ここからは、「インスト」の代わりに「ジャズフュージョン」と書きます。「インスト」の母体が「ジャズ」と「フュージョン」だからです。
何故かと言うと、
ジャズフュージョンのミュージシャンは、音楽的にも演奏スキルも凄腕だからです。そうじゃないと、ジャズフュージョン音楽を演奏できないからです。
ジャズフュージョンのミュージシャンの特徴は:
①現代音楽語のネイティブスピーカー:
ジャズや現代音楽(20世紀の)の和声とリズムに基づく即興演奏を延々とつづけることができる。
彼らは「好き勝手に」弾いているのではなく、ジャズや現代音楽の「文法」に則って即興演奏をしている。 日本語だって英語だって、文法があるでしょ?それと同じ。
そして、即興演奏とは、音楽文法に則ったリアルタイムの作曲演奏行為のことです。
②非常に職人的な気質を持っている:
ジャズ・現代音楽の和声に基づいた即興演奏を、超絶技巧で繰り広げるために、彼らは良い意味でオタク的な要素を持っている。
オタク=芸鬼=その道の専門家。
サラリーマンの世界でも、大手企業の社長になるような人は、仕事オタク=仕事の鬼=担当業界の超専門家であることが基本で、それに加えて、優れた対人スキルとリーダーシップと経営手腕を持っている人ですから、どんな業界でも、仕事オタクが基本的に成功します。
③「二刀流」は当たり前:
二刀流といえば大谷翔平選手ですが、本物の二刀流とは、大谷選手のように、野球の中でのバッターとピッチャーの両方をできるということです。
音楽でいえば音楽の中の二刀流ということです。
ギタリストだがピアノも弾ける、ヴァイオリンならヴィオラも当然できる、ピアニストだがベースも弾ける。楽器演奏に加えてミキシングもできる。鍵盤しか弾けないが、アコピ・ステージピアノ・シンセ・オルガンを当然のごとく弾きこなす。アコピしか弾けないが、クラシック・ジャズ・フュージョン・ロック・ポップス・歌謡曲を或る程度弾き分けることができて、しかも編曲やバンドリーダー(音楽監督)の役割ができる。
これが音楽業界における二刀流ですが、ジャズフュージョン界には、このような正真正銘の二刀流や三刀流がゴロゴロしています。中には、ライブで、ホーン片手にピアノやエレクトーンを弾く人もいるでしょ?鍵盤演奏とホーン演奏をステージ上で演奏し分ける人が出て来ています。
Tスクエアの新メンバー二人は、大学の理工学部に在籍しながらTスクエアの活動を始めましたが、彼らの卒論や修士論文は「Tスクエアの音作りにおけるコンピューター利用の更なる可能性」とか、「Tスクエアのコンサート演奏における音響工学的調査と研究」みたいなものになるんじゃないかな。そうしたら彼らの研究は、彼らの大学の学術に寄与するばかりか、Tスクエアの実地の知見ノウハウになる。正真正銘の立派な二刀流です。 Tスクエアという団体が、彼らをこれからどのように大きく育てていくかを、かつて自分の業界で、自らも育成され⇨後進を育成する経験を持っている古参のファンたちは、期待を持って興味深く見守っているに違いない。
そんな日本の「インスト」音楽から、
日本の文化的な宝に成りつつある作品が出て来ています。
具体的には、
故和泉宏隆氏(元Tスクエア)が作曲した「宝島」です。
この曲は、日本全国の学校のブラスバンド部の定番曲に成りました。
どうしてそうなったかは、明らかです。
まず、
曲の健全性: 明るく朗らかな曲調なので未成年(学生)の学校のクラブ活動にふさわしい。学園祭など発表の場で、親御さんやおじいちゃんおばあちゃんに披露しても安心。
曲の題名: 「宝島」が意味するのは何か? 和泉宏隆氏は、日本の童謡や唱歌を大切に思っていたようです。
日本的な曲調: アメリカのジャズフュージョンとは明らかに異なる、日本人の感性ならではの、優しく穏やかな表面の下にテクニカルな内容が隠れている。 出だしのコードに内在するスケール(モード)は 「dorian b2(dorian flat 2 = phrygian natural 6)」だが、このモードから3rdと6thを抜いたペンタトニックスケールは、日本からアメリカに伝わった「インセンスケール」である。 和泉氏は「宝島」の出だしに日本の伝統音楽のスケールを密かに盛り込んだのでは?
和泉氏の曲には「Forgotten Saga」という曲もありますが、「忘れられた叙事詩」とは一体何を意味するものなのか? 現代の日本人は、欧米の音楽や文化を追い求めるばかりで、西洋神話の神々の名前は知っていても、自分の国の神々の物語を詳しく知っている日本人が、一体どれだけいるか?
和泉宏隆氏が在籍していたTスクエアの向こうを張る、
日本フュージョンの大看板が、野呂一生氏率いるカシオペアですが、
カシオペアの代表曲といえば「ASAYAKE」です。
朝焼け=日の出の空に広がるお日さまの赤い色。
日本の国歌はお抱え外国人が作曲したみたいですが、
もし日本の「国曲(こっきょく)」を決めることになったら、
カシオペアの「ASAYAKE」とTスクエアの「宝島」が最有力候補ではないかと思います。
日の出の「ASAYAKE」に照らされた「宝島」。
日本にとって非常に目出度い、吉祥の象意になります。
日本のフュージョンの二大巨頭であるカシオペアとスクエア(当時)出てきた時代の背景も、何となく感じられます。
彼らより一足先に世に出てきたのがYMOです。
YMOは、アメリカでのライブの成功をひっさげ、日本の若者たちに熱狂的に受け入れられました。
どうしてだと思います?
あの頃の日本人は、自分の国の音楽が海外で認められたことが嬉しかったんです。
細野晴臣・坂本龍一・高橋ユキヒロが、「黄色人種の魔術を駆使する楽団=yellow magic orchestra」という自虐的な名前を自らに付けて、東洋文化をカリカチュアするような赤い人民服を着て、無表情で機械的に演奏する(当時の日本人のイメージ)、ミンストレルのような道化者としてステージで演奏しても、彼らの演奏する音楽には坂本龍一の西洋クラシック音楽の作曲法が透けて見える。 フィリピンだったかな?では「バナナ(見た目は黄色いが中身は白色)」に例えると思います(ちがっていたらごめんなさい)が、見た目は黄色でも一皮むいたら白いという「バナナ」を目指していましたが、YMOは、音楽における「バナナ」を象徴した存在だったと私は思います。 つまり、聞いただけでは、細野晴臣の思想による東洋音楽志向(黄色)ですが、音楽の専門家になればなるほど、YMOサウンドの内部に坂本龍一による西洋クラシック&現代音楽の技法(白色)がわかってしまう。 さしずめ、着物を着て草履を履いたちょんまげ姿をした侍が胸元から出した西洋拳銃にズドンと打たれた感じがしたことでしょう。
YMOが道化になって露払いをしてくれたのでしょうか、すぐ後に鮮烈的にデビューしてアメリカツアーを成功させたカシオペアは、文字通り、戦後の日本の器楽音楽の「ASAYAKE」のような存在となります。 具体的には、ヤマハの全面的なバックアップです。 カシオペアのサウンドは、野呂一生(ヤマハのギター)、向谷実(ヤマハの電子鍵盤)、神保彰(ヤマハのドラム)、櫻井哲夫(ヤマハのベース)と、ヤマハの音です。 また、向谷実といえば、当時鳴り物入りで売り出たヤマハのポリフォニックシンセサイザーDX7の申し子のような存在でした。 カシオペアの非常にテクニカルな個人技に驚嘆し憧れた、同世代の若者たちが、ヤマハのギターを、ヤマハのDX7を、買い求めて、コピーバンドをやるようになります。 つまり、カシオペアによってヤマハの楽器が売れたのです。
かたや、
伊藤たけしをフロントマンに構えるスクエアは、サックスによる「歌詞の無い、わかりやすくキャッチーなメロディー」を押し出して、フジテレビのF1グランプリ中継のテーマ曲「Truth」によってお茶の間に浸透していきましたが、同時に、ホーンが花形楽器のスクエアの曲は、中学や高校のブラスバンド部にとって格好の演奏曲となっていきました。 これにより、ブラス楽器が売れ、楽器製造会社は潤うわけです。
カシオペアやスクエアは、自らが売れるばかりか、彼らの楽曲をコピーする素人バンドや、中高のブラスバンド部の生徒たちに、自分で楽器を演奏することの楽しさをもたらし、ヤマハをはじめとする日本の楽器会社に恩恵をもたらしたのです。 日本の音楽文化と音楽産業に与えた貢献は無視できない。
今、還暦~70歳の人たちは、「ASAYAKE」「Truth」世代の人たちです。
本田雅人氏によると、近年、フュージョンのライブコンサートの客足が戻ってきたとのこと。 理由は、日本のフュージョンの二大巨頭カシオペアとスクエアをはじめとするフュージョンを現役で聴いていた世代が、仕事や子育てという社会のお勤めを果たした後、悠々自適のリタイアライフに入って、再びライブに足を運んでくれるようになったからではないか?と本田氏も分析していますが、そのとおりだと思います。
還暦~70才の「バブル世代」は、日本が最も豊かだった時代に青春時代を過ごした人たちです。彼らが再び、ライブハウスやコンサートホールに、彼らと同じく齢を重ねたカシオペアやスクエアや旧メンバーたちの演奏を聞きに戻ってきている。 カシオペアやスクエアや、周辺のインストバンドがいまだにCDをリリースするのは、CDで音楽を聴く彼らのファンである「バブル世代」の経済力を感じているからに違いないのです。
実は、世界を見渡すと、
その国や地域の音楽的至宝は、
その国や地域が最も経済的に栄えていた時代に生み出されています。
最盛期の西洋クラシック音楽は、イギリスの産業革命と西洋列強の植民地支配の時代に生まれています。
アメリカのジャズは、アメリカが最も輝いていた20世紀のはじめ~1950年代に生まれました。
「シティポップ」などと呼ばれるようになった日本のポップスは、戦後の日本が最も輝いていた1970年代~1990年代に、当時の若者がこぞって聴いていた音楽です。
そして、最初に書いたとおり、
日本の全盛期に生み出された日本の名曲の伴奏をしていた、音楽的・演奏的な最高峰のミュージシャンたちが、ジャズ&フュージョン出身者なのです。
1990年代にヒット曲を量産したビーイング系の歌手やアーティストのバックで演奏していたのが、カシオペアとスクエアに続いて日本のフュージョンの頂点の一角となったDIMENSIONの3人(当時)でした。
ですから、
「日本のポップスはシティポップと世界から認められるようになった!」なんてはしゃいでばかりいないで、
その「シティポップ」と呼ばれるようになった日本の最盛期の経済の恩恵(潤沢な資金力)を受けて生まれた、日本固有の名曲群の真の立役者である、ジャズフュージョンを縦横無尽に演奏するミュージシャンの芸と演奏活動を保護し、彼らの音楽と演奏を後世に伝承する時期に来ているのではないでしょうか。
そして、日本の伝統芸能と同様、
ジャズフュージョン音楽のミュージシャンの育成は、徒弟制度による少人数制で行われている印象があります。
実は、
少人数による徒弟制度の見習い制度による育成システムは、かつての西洋クラシック音楽の音楽家育成システムもそうだったのです。
クラシック好きが陶酔したように崇め奉る、西洋クラシック音楽の大作曲家たちは、非常に狭い「音楽芸人」の徒弟制度の中で、育成されていきました。
クラシック音楽界で既に忘れ去られてしまった、かつて行われていた音楽家の徒弟制度については、イタリアはナポリの図書館に大量に保蔵されている楽譜が、かつてのヨーロッパで、音楽家=作曲家=即興演奏家をどのように育成していたかの一端を見せてくれます。
具体的には、「partimento=パーティメントゥ」という、当時の即興演奏能力育成方法です。「partimento」は、英語ではパーティメントゥと呼んでいますが、本家のイタリアでは「パルティメント」と発音するでしょうね。
ナポリで確立した「partimento」とは、作曲家の即興演奏能力を鍛え上げるための強力なメソッドだったのです。
ベートーヴェンという「作曲オンリーで稼ぐ人」が出る以前は、
音楽家とは、自分で作曲して自分で演奏する、自作自演の音楽家だったのです。
ナポリの「partimento」は、パリのコンサーヴァトリー(英語読み)に移植され、パリからワルシャワの音楽院にも移植されていったそうです。つまり、ショパンも「partimento」の訓練を受けていたことになります。(「partimento」に関する情報源については、私の過去の記事にその動画を貼ってありますので、興味のある向きは探して下さい)
つまり、本来は、
音楽家とは、作曲をし、演奏もし、王侯貴族のパトロンに「おい、ミュージシャン、退屈だから、何か気の利いた音楽を奏でろ!」と言われたら即座に対応できるだけの即興演奏能力を兼ね備えた、オールラウンドの音楽職人だったのです。
正真正銘の音楽職人の身分の中の、閉ざされた徒弟制度の中で伝承されてきた即興演奏能力育成方法である「partimento」。
その息の根を止めたのが、
ヨーロッパにおける中流階級の勃興による「お稽古ピアノ」という「素人芸」の出現です。
「ツェルニーは800曲も練習曲を書いたそうだ。よほど儲かったんだろう」と、あるアメリカの大学の音楽学部の教授が動画で言っていました(私がこの記事で書いている「partimento」の情報源の人です)が、
フランス革命によって王と王妃の首をちょん切った後、貧しい労働者階級が「中産階級」に成り上がっていく過程において、もともと王侯貴族の御用芸人であった音楽家たちは、急速にクライアントを失っていったのかもしれません。
彼らが活路を見出したのが、王侯貴族の生活に憧れる中産階級の子女にピアノを教えることだった。
当初は、中産階級のお嬢さんたちに「partimento」を教えようとする熱心な音楽家もいたかもしれないけど、ルノワールの絵に描かれているような娘さんたちが、徒弟制度で厳しく教え込まれて伝承されるような「partimento」の厳しい特訓なんてやるはずがない。
「手っ取り早く、かんたんに、ピアノを弾きたいの ♪」なんていう、彼女たちのミーハーで軽薄な「ピアニストごっこ」志向を満たすために作曲家が作ったのが「ブルグミュラー」であり「ツェルニー」や「バイエル」練習曲なんだと思います。
素人のお嬢さんたちの「手慰み」の「ピアニストごっこ」願望を叶えてあげて、「お上手ですね~」なんておべんちゃらを言って持ち上げる太鼓持ちレッスンが、儲かったんだと思いますよ。
ところが、一般大衆のご機嫌をとるようなことになると、一般大衆の次の世代には、「誤解」が「常識」になってしまう危険がある。
つまり、
ピアノのお稽古第一世代が勘違いして「楽譜どおりに間違いなく弾けば褒められる⇨ピアニストになれるかもしれない!⇨ピアニストになりたいの!」と言い出したのではないか?
そのために、パトロンからお金を放ってもらって生きて行く稼業の音楽家たちがお金欲しさに手を染めたのが、音楽の大衆教育ではなかったか。
じつは、I とか V とかの和音は、
バッハやベートーヴェンは使っていなかったそうです。
彼らが使っていたのはカウンターポイントと「partimento」なのです。
でも、
今のピアノの先生は、カウンターポイントも書けないし、即興演奏なんてほとんど出来ないでしょ?
それは、彼らが本物の音楽家ではないからです。
「素人向けのピアノのお稽古」レベルの訓練しか受けていないからです。
そういう意味では、
世に多くある音楽大学の大半が「ピアノのお稽古」の延長でしかないということになります。
だから、
音大を出ました! 音楽留学しました!
だけでは、本物の音楽家であるわけがない。
実際に、本物のプロたちがしのぎを削る音楽業界から、はなっから相手にされなかったでしょ?
だから、
「初心者限定」や「シニア限定」と対象を限定して、ズブの素人相手だけを相手にピアノなんかを教えている。
どうして対象を「限定」しなければならないのか?
彼らは、ちょっと腕に覚えの有る「大人のピアノ経験者」に、演奏や音楽知識で負けるかもしれないということを、自覚しているからです。
先生である自分が、生徒よりも「知らない・弾けない・弾いても下手」なことがわかってしまったら、自分の親につぎ込んでもらった巨額の「ピアニスト(または最悪ピアノ教師)」育成費用が、「サンク・コスト(沈没費用)」つまり「ドブに捨てた大金」であることが、白日のもとにさらされてしまう。
だから、
「初心者限定」や「シニア限定」と対象を限定して、ズブの素人だけに教えようとする。
ズブの素人しか相手にできないようなレベルのピアノ教師が、演奏のプロであるはずがないのです。
ところが、
クラシック音楽家の徒弟制度が事実上絶滅してしまっても、
今もどこかで、本物の音楽家の育成が行われている。
だから、音楽は途絶えないのだ。
現代における音楽家の育成は、ライブハウスで、レコーディングスタジオで、今この瞬間も行われている。
少人数制の徒弟制度のようなやり方で。
この徒弟制度の門をくぐれるのは、
10代をオタクのように、音楽に没入して、
先人たちの演奏を完璧に再現演奏できるぐらいコピーして弾きこんできた若者たちである。
先輩ミュージシャンたちに「見込み有り」と思われたミュージシャンの卵には、ライブの演奏のお声がかかる。 そこで結果を出せば、また次のライブに呼んでもらえる。
一つ一つの仕事を着実にこなすうちに、先輩ミュージシャン経由で、他の人たちにも紹介してもらえて、やがて、先輩のバンドのサポートメンバーに加えてもらったり、バンドが募るオーディションに応募して正式なメンバーになったりして、音楽業界のトップの演奏家だけで構成される一流の世界に引き入れてもらえる。 そうなったら、最初の頃に比べたらかなり楽になっているはずだ。 自分の演奏に「信用」が出来たからである。 演奏を頼む先輩ミュージシャンたちも、自分の案件を失敗させるわけにはいかないから、過去に一緒に演奏して実力が判明している若手に声をかける。 こうして、音楽業界の頂点に在る、超一流のミュージシャンたちだけで構成される本物の音楽家の世界に、自分の場所を持つことができるようになる。
私がインスト(ジャズフュージョン)のミュージシャン以外にあまり興味がわかないのは、彼ら以外の音楽家は、興行師によって「作られたアイドル」の可能性が否定できないからです。
興行師によって「作られたアイドル」は、通常、
①「ストーリーによる宣伝」にまみれている:
楽器の演奏能力や作曲能力を、同業者の先輩たちによってスクリーニングされることなく、何かの「話題」やキッカケで、ポッと世に出てくる。
そういう「アイドル演奏家」が動画配信からポッと出てくるのは、育成の手間暇やコストを最大限に省いてノーコストで一山当てたい興行師の存在が背後にあるからであろう。
「アイドル演奏家」は、音楽業界の先輩の同業者に認められて引き上げられる「徒弟制度」の外にいるため、興行師によってさまざまな「ストーリーづけ」や「話題作り」がなされるが、ふと冷静になって、よくよく考えてみると、そのストーリーや話題のほとんどが、実際の音楽演奏とは関係の無い内容である。
②単独公演が圧倒的に多い:
「アイドル演奏家」は、興行師の仕掛けによってポッと出てきたために、同業ミュージシャンとの人脈がほとんど無い。
そのため、独りで演奏する単独公演になることが多くなる。
その方が、興行師にとっても、ミュージシャン1人に対して大きな会場を借りてお客をたくさん入れて興行をうつほうが、儲けが大きいと思われる。
③大量のファンが支払うチケット代の売上を、次の「ストーリー」づくりの資金源に充てているようである
そのためには、1興行の売上を最大化させる必要があるだろう。 ファンに良い音楽を届けることは二の次になるだろう。 なるべく大きな、しかもレンタル料の安いハコを借りて(クラシックにもかかわらず音響なんて二の次。とにかく収容人数の大きいハコを!)、大量のファンにチケットを販売して大きく儲けて、「アイドル音楽家」の次の「ストーリー」を仕立て上げる原資にする、というビジネスフォーマットなのではなかろうか。
「モー娘。」や「AKB」と同じ手法である。 さしたる突出した能力の無い者を「アイドル」として売り出して儲けるためには、彼/彼女の「成長」の「ストーリー」を作って、本当の音楽を判断する能力の無い人たちに「話題性」を売って追いかけさせる。 そしてファンに大量のチケットを売って稼いだ儲けの中から「次のストーリーの仕掛け」を作り、それをまたファンに追いかけさせる…。 という、エンタメの「マッチポンプ」が透けて見えるときがある。
👆このように仕立てられる「アイドル演奏家」の本当の技量は、いかばかりのものなのだろうか? 彼らの裏で儲ける「興行師」が蒔いた「話題性」や「ストーリー」を取っ払った時、彼らの生身の演奏能力は?音楽的な価値は?
ということを、私はつい考えてしまうので、
私は、ジャズフュージョン「インスト」の徒弟制度を経て世に出てくるミュージシャンのほうが、演奏能力に関する信頼性が遥かに高いと感じています。
今回の記事は以上です👆
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以下は、前回の記事の内容です。
日本を代表するフュージョンバンドの動画を貼ってあります👇
「ジャズ」は聞いたことあるけど、「フュージョン」って?
と首を傾げたあなたは、
多分40代以下の世代の人ではありませんかね?
現在60代の人は、バリバリ現役のフュージョン世代です。
50代の人はギリでフュージョンを聴いた世代かもしれない。
ところが、
40代の人が、音楽を認識できる年齢になったころは、
日本はバブルがはじけて、失われた30年が始まっていたのですね。
で、
フュージョンは、日本の昭和末期のバブル期を彩った音楽なんですね。
「バブル期」と聞くと、「退廃的」で「遊んでばかりの若者」が平成不況を呼んだんじゃないか!
と、お若い世代は思うかもしれませんが、
バブル期の企業は、大企業を含めて普通に「ブラック企業」でしたよ。
あなた、「24時間働けますか?」
バブル期のサラリーマンは、24時間働く勢いで働いて、残業後に六本木のディスコに繰り出していくという、
24時間、怒涛のように働いて、その後に怒涛のように遊んだ世代です。
彼らの耳に聞こえていたのが、
今は、何やら海外で「シティポップ」なんてコジャレた名前で呼ばれていますが、
いわゆる、1980年代の日本のポップスです。
音楽などの文化芸術は、その国の経済の遅行指標(ちこうしひょう)みたいなもので、
その国の経済が繁栄する
⇨その国がお金持ちになる
⇨その国の有り余ったお金が音楽などの文化芸術にキャスケイド(cascade 段々と落ちてゆく滝ってありますよね、あのような滝の水のごとく下に落ちていく)する
⇨したがって、
その国/地域の経済発展が最高潮の時代に、有り余る資金によって、最高の人材を登用して創られた芸術作品が、その国/地域の代表的な芸術になるのですね。
①ヨーロッパ経済の隆盛期⇨クラシック音楽
②アメリカ経済の隆盛期⇨ジャズ
③日本経済の隆盛期⇨日本のポップス(「シティポップ」なんて呼ばれ始めた)
だから、
1980年代の日本のポップスを中心とした日本の大衆音楽は、
重要無形文化財(人間国宝)に指定して、
日本国が積極的に保護奨励すべき音楽だと、私は確信しています。
そんな、
日本経済の歴史的な頂点のバブル時代に開花した
「ニューミュージック」と呼ばれた
80年代の日本のポップスの代表的な存在が、
ユーミン、杏里、角松敏生などです。
実は、
バブル期のこれらの日本のポップスは、
実質的に、
フュージョンの伴奏にボーカルが付いたものなのです。
でしょ?
私が言ったんじゃありませんよ。
「フュージョンとは、ポップス(日本で「ニューミュージック」といった)から歌詞(歌手)を除いたもの。そして、メロディーラインをサックス(吹きもの楽器)やエレキギターで弾いている音楽」
という、そのものズバリ!!!の的を得た内容を言ったのは、
さすが超一流の、 この人ですよ!👇
👆この人を知らなかった、「音楽のプロ」を自称する方は、この人の名前をぜひ覚えて、この人の代表曲ぐらいは耳コピして弾けるようになっておくとよいかと思います(耳コピできますか?弾けますか?私は素人だから当然無理ですよ。音楽業界で演奏仕事でちゃんとお金を稼いでいるプロは、この人の曲やカシオペヤやスクエア(現Tスクエア)の曲は子どもの頃にコピー済みのはず)。
👆ということで、この記事を読んでこの人を初めて知ったような「音楽のプロ」はニセモノ!どころか、素人以下!であることが、わかっちゃいましたね。
👆それから、日本のフュージョン界の頂点の鍵盤奏者の大半が、電子オルガン(実質的にヤマハのエレクトーン)出身者であることに、大いに注目するべきでしょう。電子オルガンで習う曲にフュージョン曲が多いからでしょうね。
少数派のピアノ出身者で、現在音楽業界でフュージョン演奏で活躍している人は、「親がジャズを聴いていた」みたいな、子どもの頃に家庭にごく普通にジャズが流れていた家庭の出身者ですね。
つまり、そもそもの、「音楽的な育ち」が、違う人たちなんですね、クラシックピアノ演奏者とは!
👆電子オルガン出身者やジャズ環境出身者がフュージョンの鍵盤楽器を独占しているという事実は、フュージョンという音楽ジャンルが、遠い昔に作られた二段構えの楽譜をミスタッチ無く完璧に再現演奏するだけのクラシックピアノ奏者の出る幕ではない、【ジャズ(現代音楽)=クロマティック音階(12音階)やポリトーナリティーに基づくディソナントハーモニー(不協和声) + 20世紀以降の複雑なリズム + クロマティック音階=ディソナントコード(不協和音)に基づく縦横無尽の即興演奏】がてんこ盛りの、地球上で最も難解で高度な音楽ジャンルであることを、端的に表しています。
👆「ダイアトニックスケール⇨ダイアトニックコード」という、Rick Beato氏が言うところの「幼稚園の和声(kindergarden harmony)」の「幼稚園の砂場」の中で身体だけ大人に成ったクラシックピアノ教師や「ポピュラーピアノ」教師が、今から付け焼き刃でどうにかしようとしても、どうにもならない、難易度が最も高い、本物の大人の音楽ジャンル。それが、フュージョンです。
「フュージョン」を知らない世代の方のために、
日本の代表的なフュージョンバンドの演奏動画を以下に貼り付けます👇
冒頭の本田雅人氏が「宝島世代」と言っていますが、
その「宝島」を作曲した人が、スクエア(Tスクエア)時代の和泉宏隆氏。
故 和泉宏隆氏 ご本人による「宝島」のピアノソロ演奏の動画です。
これを超える「宝島」のピアノソロ演奏は存在しない👇
冒頭の本田雅人のTスクエア時代の代表曲がこれ👇
令和のフュージョンをけん引するDEZOLVE。かつて彼らがそうであったように、彼らの音楽を夢中で完コピしようとする令和の子どもたちが、日本の音楽を次世代に繋いでゆくのだろう👇
ここから下は、前回までの記事です
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今回の記事も:
①「スケール練習」だけの「クラシックピアノ」、
②「コード演奏」だけの「今の 'ポピュラー' ピアノ」、
③「コード+スケール」を完全掌握する「ジャズ/フュージョン鍵盤
についてですが、
コードやスケールを覚えようとして
私のような凡庸な一般ピープルが陥りがちな、というか、
ほぼ例外なく陥る、というのも、私も陥ったからだ!
という、
今いる位置から振り返ると大ハズシ!だった方法は:
① 口コミで評判の良い「コード教則本」を買う
② 色々な人が販売している「コード集」のコマギレみたいなものを五月雨式に買い続ける
③ ①や②を読んで、ケンバンでちょっとなぞってみて、おしまい。
④ 新たな「コード教則本」や「コード集」のキレハシみたいなものを五月雨式に買い続ける
⑤ ③に戻る ⇨ この無限ループを無限に繰り返すばっかりで、
一向にコードは覚えられないし、アドリブ演奏すらできない。
という、「悲しい無限ループ」に陥る方法です。
上記の「悲しい無限ループ」に陥っていた私の経験は:
① ネットで何人かが勧めていた「コード教則本」を買って、それに載っている「使えるコード進行」のパターンを「1日1個おぼえるぞー!」っと張り切って始めて、やりきったはずなんだけど、今となっては何一つ覚えていない(笑)。
② ネットで、とくにアメリカのジャズミュージシャンたちが切り売りしている、2小節単位ぐらいの「左手コード、右手アドリブ」のパターン集のコマギレを買って、「1日1個おぼえるぞー!」って張り切って始めて、全て途中で挫折(笑)!
👆例外は: Rick Beato氏によるThe Beato Bookだけかな。この電子本は、音楽理論の説明を目当てに買って、Beato氏の動画と併せて、とてもためになりました。 当時、割引クーポンを使って買ったので35ドルぐらいだったと思います(しかも買った当時は円高だった)。
👆 もう一つの例外は、西直樹(にし なおき)さんという、スタンダードジャズで著名なピアニストさんのオンライン講座を受講したことです。
西さんのバラ買いできる講座のひとつだったかな?ちょっと忘れましたが、その講座を買うともらえるPDFファイルのなかに、ジャズで使われるコード進行が何種類も書かれているものがあって、私は、それにピンときたので、それを覚え始めたのでした。
どうして、西さんのコード進行集を使おうと思ったか?というと、
西さんのライブを何度か観に行ったことがあったからです。
ライブで実際の演奏を聴いていたので、
「あの西さんのノウハウなら間違いない!」
と確信することができたのです。
つまり、
西さんは、自分が教える内容以上の演奏を実際にする人だからです。
一例です👇
https://www.youtube.com/watch?v=ZxvHV2NkG54
👆西さんは動画の中で、
「結果的に、シートミュージック(sheet music=コード譜)」を見てどこまで(演奏)できるかっていうことになるわけですわ。」
とおっしゃってますが、その一言に尽きるよ!
👆つまり、
大人のピアノ初心者向けに、ピアノ教育界が「譜面が読めなくてもだいじょうぶ!とっても簡単ですよ!」と盛んに宣伝する「コード奏法」とか「コード演奏」なるものを、「簡単そうだから、すぐにピアノが弾けるようになれるんだ!」と思って、かじってみようと思う人は、
「結果的に、シートミュージック(sheet music=コード譜)」を見てどこまで(演奏)できるかっていうことになるわけですわ。」
の世界に飛び込もうとしているのですわね~。
私は、西さんが販売する、ジャズ&ポピュラーピアノ理論の入門編と中級編だったかな?を、両方とも買って、動画を視ながらテキストをなぞりました。
ビックリするような奥義が書いてあるような内容ではなかったし、基本的な内容でしたが、
「西さんは、教える内容以上のことを、今すぐここで実演できるプロのピアニストだ」
ということを、私は、ライブやCDによって知っていたから買ったのです。
逆に最悪なパターンは、
自分が実演できない内容を教えようと、どっかの無料ブログで読みかじったりネットで検索した内容を突貫工事で「勉強」したような者が作ったテキストや教材に、自分が稼いだ大切なお金を散財してしまうことだと、私は思います。
私は、自分の人生を切り売りして何とか稼いできたお金を、実質素人の薄っぺらなものには、一円たりとも使いたくありません。
私は、自分の仕事ではプロフェッショナルでした。その証拠に、多くはないけれどそれなりに年収が有る納税者でしたから(今は人間のクズ(扶養家族)ですが、人間のクズにはクズなりに社会に貢献するお役目があることを、実感しています。感謝+感謝の有難い毎日です。そして将来ふたたび納税者に返り咲くかもしれません)。
前述のRick Beato(リック・ビアート)氏も、苦労人であることに加えて、アメリカのなにかの部門の楽曲プロデュースによって受賞したグラミー賞の盾を持っています。
西直樹氏は、大ヒット曲を持つ著名コーラスグループ「サーカス」のコンサートの音楽監督兼ピアニストでした。
教材なんていうものは、教材の内容が実際に実演できない人でも、
「調べて」「勉強すれば」作れちゃうんですよ。
私だって、作れちゃうよ。
つまり、素人でも作れちゃうんです。
今、ピアノ教師や何やら、いろんな人が、楽譜や教材のデータを売っているでしょ?ところが、
素人が作るものには、神が宿っていない。
神は、細部に宿る。
文章で書かれていない、ちょっとしたところに、
本物のプロと、プロの皮をかぶった素人の違いが、絶望的に出てしまう。
そして世間は、細部に光る神業に対してお金を払う。
本物と偽物の違いは、
本物は、自分が言っていること以上の内容を実際に出来る人。
ニセ者は、自分が言っていることが実際にできない人。
話は戻りますが、
その西直樹氏のオンライン講座に付いていた、そのコード進行+転回形のパターンのうち、私が特に覚えたいとおもったメイジャー調のコード進行5種類+展開系で、合計20種類のコード進行を、いちばん慣れたいキーを使って、安い電子キーボードのケンバンを押さえながら覚え始めたのが、2010年代の中ごろです。
そして、今現在、12キーの全部で、つまり20種類 x 12キー = 240種類のメイジャー調のコード進行を、覚えたような、覚えていないような?といったところです。
さらに、マイナーキーのコード進行も、同じく240種類あることになるので、それについては、覚えはじめるまでにも至っていません。
つまり、
メイジャーキー+マイナーキー合わせて、240+240=480種類以上のコード進行を、瞬時に自由に縦横無尽に使いこなして自分の音楽表現を行うのが、ピアノ教育界が大人ピアノ初心者向けに「譜面が読めなくても、とっても簡単にピアノが弾ける!」としきりに宣伝する「コード奏法」や「コード演奏」と呼ばれるものの正体です。
「とっても簡単」な「コード奏法」「コード演奏」の世界へようこそ!
さすがに「とっても簡単」なだけあって、私も、今から10年ぐらい前に始めて、いまも全く覚えられていません! とっても簡単だなー!
だから、
「とっても簡単ですよ!」って宣伝するピアノの先生方は、上述の西直樹氏よりも縦横無尽にコードで即興演奏が出来る人たちなんだね!
だって、
西直樹氏は「何年かかってもいいから」覚えよう。って、おっしゃってるもん。 それから、「深夜にあまり根(こん)をつめすぎて覚える練習をし続けると精神を病みますから」ともおっしゃってる。
西直樹氏をして「何年かかるかわからない」、「あまり自分を追い込み過ぎると精神を病む」ようなものを「とっても簡単ですよ!」って言えるピアノの先生は、西直樹氏以上の実力派ジャズピアニストに違いないよね!
話をもどして、
「何年かかってもいいから」「自分を追い込み過ぎると精神を病む」という、本物のジャズピアニスト西さんの、有難い御言葉のお陰で、
私は、生暖か~く、何年たっても続けています。
お陰様で、精神を病むまでには至っていません。
そして、
そうこうするうちに、今から3年前から、何となく鍵盤上の音とキーの把握が少しずつできるようになってきました。
というのは、私は、「西さんコード進行パターン全240種類(実際はもっと多い)」を、ぽつりぽつり覚えるのと並行して、「コードスケール理論」を参考に、スケールとモードを覚えることを、コロナの何年か前から始めていたのでした。
何にでもコインの両面がありますが、
「コードスケール理論」にも、良い面と悪い面があるそうです。
ネットでちょっと調べれば、利点と欠点が書いてあります。
ただ、シロウトの私は、
とりあえず、何か基盤になる「とっかかり」が欲しかったのでした。
そこで、「とっかかり」をさがすべく、
「実際に出来る人」たちの最もわかりやすい代表である、音楽業界の頂点で活躍し続けるプロの演奏家たちの演奏動画やインタビューやブログやつぶやきを、見続け+読み続けて、そこからヒントを得ようとしました。
その結果、超一流のプロは「コードスケール理論」を基礎からやっているかどうかは知らないけれど、
実際に、すでに無意識領域にまで落とし込んで「自家薬籠中(じかやくろうちゅう)の物」にしたコードとスケールを組み合わせて、「自動演奏」するかのごとく即興演奏をしている!
という印象を私は持ちました。
そこで私は、とりあえず、「コード+スケール」の組み合わせを、自分の真っ白な脳の中に、ちょっとずつ刻んでいこう。
と思いました。
自分の年齢や生活サイクルを考えると、
たぶん10年ぐらいはかかるだろうな、と思いました。
そのくらいのスパンで、ゆっくりのんびり楽しんでやっていこう。
覚えたい情報の内容は既に入手したので、
手の中のものを、脳の中に刻み込んでいこう。
10年、20年、30年かかってもいいや。
途中で死んだら、あの世で続ければいいや。
だって、覚えることは、自分ひとりでできるもん。
経るのは、自分の人生の時間だけ。
これを、誰かに教えてもらって10年続けたら、100万円お金を払うことになるかもしれない。
その100万円は、老後の蓄えの足しにとっておこう。
あるいは、
同じ100万円を使うなら、
実際に演奏している、本物のプロの演奏を聴こう。
かれらは、実際に演奏してお金を稼いでいるから、本物のプロだ。
音楽業界で長年稼働している本物のプロ演奏家がやっていることが、正しい。
何故なら、彼らは何十年もプロフェッショナルの仕事をして、金銭報酬を得続けているのだから。
逆に、
同じことを繰り返し言ったり書いたりするだけの、実際は素人かもしれないような存在の言ったり書いたりすることは、脳に入れるのは一切やめよう。
私の人生の時間は限りが有る。
私は、私の人生の時間を無駄なことに使いたくない。
覚えていくのと同時に、
覚えるだけではつまらないので、
自分が弾きたい曲に、覚えたコードやスケールを
ちょっとずつ、できる範囲で、使っていこう。
母国語の習得と同じで、
音楽語の習得には、
魔法のライフハックも、「神」教材も、自己催眠も、神も仏も悪魔も、無い。
在るのは、今現在の自分だけ。
今日よりも、明日すこしでも覚えて使えるようになっていたら、大成功!
という感じで、今日も、超一流の演奏家たちの演奏動画を視たり、音源を買って聴いたりしながら、ピアノ趣味を楽しんでいます。
趣味道楽には、神が宿ることは、ありません。
以下の人たちは、楽器演奏を仕事にしているので、音楽を楽しむどころではない人生を送っていると思います。
仕事だから、彼らの演奏に神が宿るわけです。👇
https://www.youtube.com/watch?v=ob9BQlpKZmU
https://www.youtube.com/watch?v=djC_QmFSGeY
https://www.youtube.com/watch?v=WTqQEX2v3tU
故 和泉宏隆氏 ご本人による「宝島」のピアノソロ演奏の動画。
これを超える「宝島」のピアノソロ演奏は存在しない👇
https://www.youtube.com/watch?v=N_kO_UtPSg4
https://www.youtube.com/watch?v=HH9qiEl6VFE
https://www.youtube.com/watch?v=pbE8hnQ5_2w
https://www.youtube.com/watch?v=gO61uchfOUs
https://www.youtube.com/watch?v=wH3Pj_rZoEE
https://www.youtube.com/watch?v=Vtgn0eN_omc
https://www.youtube.com/watch?v=76XEwZ1x7YY
https://www.youtube.com/watch?v=wP5XDtqhpvM
https://www.youtube.com/watch?v=-i1uoDCyXLk
https://www.youtube.com/watch?v=5Yq3kM6miPw
https://www.youtube.com/watch?v=RkyBRKBkuMY
次回に続くかもしれない…
====前回の記事(その⑥)の本文です👇=======
音楽素人の私がかれこれ4年、独学で工夫して、まったりと続けているのが、
[移動ド クロマティックソルフェージュ]+[コードスケール理論]を使って、
代表的なコード ⇔ 代表的なスケール/モード を、
紐づけして覚えていく、ということです。
というわけで、私が続けているのは、
「コード奏法」とは、はっきりと一線を画すものです。
何故なら、
「スケール/モードと、スケール/モードに内包されているコードを、同時に、覚えていく!」
というやり方だからです。。
コードとスケール/モードを紐付して覚えるやり方だからです。
実際、私は、ちまたのピアノ教師が謳う「コード奏法」なるものの意味が、全くわかりません。
というのは、バッハの2声の曲を除いて、クラシックピアノなるものはぶっちゃけ全部、コード奏法だからです。
みなさんが憧れるショパンの「幻想即興曲」なんて、ベタベタなコード奏法だよ。👈これに首をかしげる音楽の専門家の顔が見てみたいものだね。
それを、何をいまさら、
クラシックピアノを除外して「コード奏法」と言うのかが、全く意味不明だからです。
バッハでも、イタリア組曲でしたっけ?あーゆーのは、コード奏法です。
ただ、バッハインベンション(2声)は、「コード奏法」ではありません。
だって、メロとベースラインだけだから、一般的な「コード」になってないでしょ? でも、バッハは2声であっても、聴く人の脳内に「コード」を想像させます。
まさか、
「「コード奏法」とは、「コードネーム」が記載されている楽譜を使って、「コードネーム」のとおりに左手で和音を弾くのが、「コード奏法」なのですよ!」
って真顔で言ってませんか?
そのように言う場合は、幼稚園児に向かって言うもんだよ。
チーチーパッパのお遊戯過ぎますよ(笑)。
ところで、
よく「コード」「コード」といいますが、
そもそも、「コード」って何ですか?
「Cm とかの記号ですよ」
って真顔で言うピアノ教師は、アウト!失格!です。
明治時代に、日本を植民地にしようと企むヨーロッパに対して「日本は近代国家である!」ということを示すために、西洋音楽を日本に輸入する特命を受けてヨーロッパに国費留学した、当時の日本の頭脳の中枢だった学者さんたちが、「chord(コード)」を日本語に訳した用語が「和音」であることぐらい、ピアノなるものを教えて人さまからお金を投げて頂く稼業の人間は知っていないと、どうにもこうにも、マズイでしょ。お粗末過ぎます。
実際に「I度の和音」を英語では「one chord」と言っていますよ。
だから、コードとは、Cm みたいなものだけでなくて、I度やIV度なども、西洋音楽のご本家ではコードっていうんですよ!!!
そして、
バッハの「何とか組曲」の左手の演奏って、トライアドコードをただただ弾いていませんか?
「トライアド(triad)」とは、明治の偉い学者さんたちが「三和音」と訳した、おおもとの用語ですよ。
なんで「triad」が「三和音」なんでしょうか?
それは、フランス語の「3」って何ていうか?を知っていれば一目瞭然ですね。英語のthreeも同じ語源から来ているんだろうね。
つまり、
日本におけるピアノ教育は、というか、
日本における西洋文化教育は、
うわっつらだけを突貫工事で輸入したから、
日本のもともとの文化の基盤というか「根」が無いんですね。
(クラシック音楽に関しては、アメリカも日本に毛が生えたぐらいのもんです。アメリカ人は、ジャズは本家であると誇れるでしょうし、現代音楽も亡命してきたユダヤ系他の音楽家がいますから、現代音楽も強いですが、クラシック音楽に関しては、本家ヨーロッパには遠く及びません。)
だから、
うわっつらだけなので、
なんというか、
とっても薄っぺらでチャチい内容になっているんですね。
このようなお粗末さは、
日本の伝統文化である落語や歌舞伎や文楽や能には決して見られないものです。
たとえば、
ブルグミュラー25の一番目の曲「すなおな心」なんて、
しょっぱなから悲しいほどの「コード奏法」ですよ。
それを脇に置いておいて、
「大人のピアノ初心者は、楽譜が読めなくてもコードで弾ければOK」
って、
半分は、大人のピアノ初心者を小馬鹿にしている物言いですし、
さらには、
「クラシック音楽とは、コードを機能的に繋げて作られている」ことを全く知らないでピアノを教えていることを露呈する物言いです。
そして、
ピアノ初心者であっても、
大人は、そういった、「相手を小馬鹿にしているニュアンス」を、鋭く見抜くものですよ。
ちまたのピアノ教師たちが大人に向かってのたまう内容が、
お子ちゃま向けのチーチーパッパお遊戯に一本毛をつけたかつけないかの程度なことが、あまりにも多すぎる。
彼らは、ずーーーーっと子ども相手に上から教えることしかしてこなかったから、大の大人に向かって子ども相手の内容を平気で真顔で!言えちゃうんだろうね。
大人の現実の社会を知らずに生きてきてしまったから、平気で言えちゃうんだろうね。
というか、もともと、
彼らが教えることができるレベルは、子ども相手のレベルまでなんだ。
===========
以下は、前回の記事ですが、そのままにしておきます。
やみくもに「大人ピアノ初心者はコードで!」を謳うピアノ教師は、以下の内容ぐらいは知ってから、そう謳ってほしいものです。じゃないと、あなたが宣伝する「コードネーム」ですか?の知識は、ぶっちゃけ素人以下ですよ👇
==========
私が独学で続けている、
代表的なコード ⇔ 代表的なスケール/モード を、
紐づけして覚えていく、というやり方が、
ピアノ教育界で流行らない理由は、
①個人ベースで、タダでできるから
②地味過ぎてレッスンに向く内容ではないから
③そんなことよりも楽譜をノーミスで弾ける方が重要だ!
④「代表的なコード ⇔ 代表的なスケール/モード」なんて聞いたことも無い!どうせジャズだろ!
だからだと思います。
④ですが、ちなみに、クラシック音楽の作曲法は、コードとスケール/モードを駆使して作られています。 ショパンの「幻想即興曲」の出だしのフレーズにどの旋律のどの旋法が使われているかぐらい、ピアノの先生だったら当然ご存じですよね?
もちろん、そんなこと何にも知らなくても、譜面どおりに間違いなく弾けば、マルをもらえますものね。
私が続けているやり方は、こういうことがわかるようになるやり方です。
つまり、演奏家が弾く音楽を創出する作曲家目線のやり方です。
①と②ですが、
世の中、なんでも、
①個人ベースで、タダでできる、そして、
②地味なことを継続する
ことが、
それをマスターする最も効率的で、最短コースなのだ!
ということを、私は今までの人生の経験から知っていたので、
続けていたら、
①アドリブ演奏(即興演奏)が離陸してきた!
②ミスタッチが減った!
③譜読みが簡単になった!
という収穫を嬉しくエンジョイしています。
上記のなかで、
③譜読みが簡単になった!
は、思わぬ副産物でした。
でも、その理由がわかります。
言語に置き換えてみれば、すぐにわかります。
私は先祖代々ずっと日本人で、日本で日本の教育を受けた日本語のネイティブスピーカーなので、
よちよち歩きの頃から何十年も積み上げた日本語の総合力を持っています。
だから、
日本で言葉による意思疎通で困ったことは基本的にありません。
あるとしたら、
たとえば未知の分野の専門用語を知らないから理解できない
というシチュエーションにおいてのみです。
私がピアノでひとり生ぬるく何年も続けているのは、これと同じことです。
脳内の音楽語のシナプスが四方八方につながり始めて、音楽語の総合力がついてきたので、音楽語を「読む・書く・聞く・話す」能力が全体的に向上してきたから、譜読みが簡単に感じるようになってきたのです。
音楽語の総合力の基盤づくりが、
コードとスケール/モードを紐付して、何年もかけて覚えていくというやり方です。
何年もかかると思います。
洗練された社会人の日本語を自信を持って流ちょうに話せるようになるまでに、
生まれてから25年ぐらいかかったからね。
そのくらいは、かかると思います。
言語の習得に、死ぬまで終わりがないように、
音楽語の習得にも、死ぬまで終わりがありません。
ただ、それだけです。
こういう言語能力の類の「検定試験」で高得点を取りたいなら、
ネイティブレベルから「下に降りていく」のが、
最も効果的でストレスが無いやり方だと思います。
TOEICっていう英語の検定がありますよね。
満点(999点でしたっけ?)を取った人を二人、知っています。
一人は、子どもの頃に10年間アメリカで生活してアメリカの大学を卒業して帰国したてでTOEIC受験した人でした。
彼女は、TOEICの試験勉強なんてなーーーんにもしないで、
ただふらっと試験を受けたら満点だったそうです。
もう一人は、帰国子女ではない人ですが、
TOEIC受験を趣味にしてしまった人です。
仕事以外の時間に全てTOEIC受験問題を夢中でやりつづけたら、
何回目かの挑戦で満点を取ったそうです。
そういう人たちを知っていたので、
私も30代のときに英語圏に数年住む機会があって、
現地の自然科学系の専門学校に通って現地人に混じって勉強して、
日本に帰ってから何の受験対策もしないでTOEICを受けたら960点でした。
10年間英語圏で暮らして大学まで卒業した人や、
TOEIC受験を趣味にしてしまった人には、かないませんでしたが、
受験対策講座にお金を払って受講するよりも、生活や趣味をドップリそれ漬けにして、総合力を上げたレベルから降りていったほうが、受験勉強要らずで高得点が取れると実感しました。
これからわかることは、
最も負荷の少ない最短ルートは、
四六時中、1年365日、何年間も、それ漬けになることだ。
ということです。
だから、
それと同じことを、音楽語でもやればいいだけだと、私は思っています。
具体的には、この記事シリーズで書いているように、
代表的なスケールとそのモードを、コードと紐付して12キー全部で覚えていくことを、何年かかってもいいから、地道に気楽に一生涯続けていく。
ということです。
たとえば、
12キーで以下のスケール/モードを、地道に覚えていく。
私にとっての代表的なスケールは👇
メインのスケール(5種類):
①メイジャースケール
②ジャズのメロディックマイナースケール
③ハーモニックマイナースケール
④ハーモニックメイジャースケール
⑤ダブルハーモニックスケール
この①~⑤に、それぞれ、7種類のモードがあります。
上記以外の代表的なスケールが、
⑥ディミニッシュスケール(2種)
⑦ホールトーンスケール(2種)
⑧オグメンテッドスケール(1種)
⑨ブルーススケール(2種)
⑩ビバップスケール(3~4種)
そして、
わすれてはいけない代表的なスケールが👇
⓪ペンタトニックスケール:
メイジャーペンタトニック
マイナーペンタトニック(民謡音階)
沖縄音階(ぺログスケール)
平調子(ひらぢょうし)
陰旋(いんせん)
などの、著名なペンタトニックスケール群です。
これらを、何にも考えなくても自然に弾けるように、12キーでコツコツ地道にやっていく。
ひとりで継続できるから、お金もかかりません。
かかるとしたら、自分の人生の時間コストです。
でも、自分の人生の時間を削ってでもやりたいものだから、
やっている時、とても幸せなんです。
もし、
「こんな地味なことを何年も続けていたら、一体いつになったらピアノを弾けるようになるんだ(怒)!」
と思った人は、
たぶん、ピアノ以前に、音楽が心底好きではないのだと思います。
私が続けている方法は:
まずは、
いちばん仲良くなりたいキーで、
①上記の代表的なスケールについて、各スケールのモードを順番に弾きながら覚えていく。
②だいたい6~7割ぐらい覚えたら、左手に対応するコードを弾いていく。たとえば、左手でメイジャーコード(ドとミ)を押さえながら、右手でアイオニアンやリディアンを弾く。
③仲良くなりたい3つぐらいのキーで、②までがだいたい6~7割ぐらいできたら、こんどは、代表的なスケール+モードを「たすき掛け」にして、各コードについて覚えていく。 たとえば、左手でメイジャーコード(ドとミ)を押さえながら、右手でアイオニアン、リディアン、(ミクソリディアン)、リディアン・オグメンテッド、… メイジャーペンタトニック、メイジャーブルース、メイジャービバップなどを弾いていく。
👆いうなれば、さいしょに五十音の「あいうえお、かきくけこ…」をあるていど覚えたら、こんどは「あかさたな、いきしちに…」みたいにして覚えていく。 つまり、音楽語を「糸の縦方向と横方向を織っていく」ように覚えていく。
💎ここで重要なのは、「だいたい6~7割ぐらい」できたぐらいで、へらへら次に進んでいって、絶対に完璧を求めないことです!!!
へらへらと、何となく、楽しみながら、ずーーーーーーっと続けていくことです。
絶対に、「事業計画」とか「パフォーマンス指標」とか「PDCAサイクル」なんかを当てはめて自分を査定評価するような愚行は、絶対にしないことです!!!!!
👆これをやっちゃうと、必ず精神を病むと思います!!!!!💎
③の「たすき掛け」の例です👇
メイジャーコードの場合、
左手でメイジャーコード(ドとミ。またはミとシ。)を押さえながら、
以下のスケール/モードを弾いて覚えていきます:
アイオニアン
リディアン
ミクソリディアン(👈ブルースや民族音楽のメイジャーコードで使われる。通常ドミナント7で使われることは言うまでもない。)
リディアン・オグメンテッド
アイオニアン・オグメンテッド
リディアン #2
ハーモニック・メイジャー
リディアン・オグメンテッド #2
ダブルハーモニックメイジャー
リディアン #2 #6
アイオニアン・オグメンテッド #9
メイジャー・ペンタトニック
沖縄音階(=ぺログスケール)
メイジャー・ブルース
メイジャー・ビバップ
オグメンテッド
こういうことを、
ドミナント7、
マイナー7、
マイナー7 ♭5、
ディミニッシュト、
オグメンテッド
の各コードについても、
それぞれのコードで使えるスケール/モードを、
①の順繰り で、な~んとなく覚えたら、こんどは
③のたすき掛け を、へらへら生暖かく続けていく。
電子キーボードで押さえながら、
最初は、特に自分が仲良くなりたい2,3のキーでやっていって、
徐々に他のキーに広げていって、
いつか12キーで、な~んとなくできたらいいな~みたいな感じで、
地道に、コツコツ、
何年もかけて覚えようとし続けていきます。
このようなことを、かれこれ4年続けています。
これからも、ずーっと、続けていきます。
何故かというと、
このような音楽語のボキャブラリーのABCを
最初はどんなにできなくても、
間違いだらけでイヤになっても、
あんまり気にしないで、生暖かくずーっと続けていたら、
3年くらい経った頃から、じわじわと効果を実感できてきたからです。
母国語を話せるようになるのと、同じプロセスです。
「最初はヨチヨチ歩きで、ミスタッチしてばかりなのは当然ですよ。
自分も、若い頃は、できない自分を責めていたけれど、
自分を責めた時間とエネルギーが、どんなに無駄だったか、
今になって思いますよ」
と、一瞬だけ和声を習った作曲家さんが言っていました。
その通りだと思います。
ところが、
ほとんどのピアノ教師は、最初から満点を求める。
楽譜をロボットのように間違いなく弾ければ合格!
という方法だから、
どんなに楽譜を再生できても、音楽そのものがわかっていないから、
間違える、暗譜できない、暗譜しても忘れる。
結局、まともに弾ける曲が一曲も無いことになる。
一方、音楽語の地盤を固めた人は、
楽譜が無くても、聴いただけで再現演奏できる、
作曲できる、編曲できる、いろいろなキーで演奏できる、
つまり、自由自在に音楽語で自己表現できる。
それから、
誰でも、最初は、0点なんですよ。
ところが、世界中どこでも、クラシックピアノ教育は、100点満点在りきからの減点法です。
減点法は、「恐怖のモチベーション」を醸成・強化する。
だから、習う人が精神を病むんです。
だから、自分を追い詰めすぎて、ジストニアみたいなものになるんです。
だから、へバーデン結節を発症するまで、半狂乱になって練習に突っ走ってしまうのです。
プロであれば、
仕事の(つまりお金を稼ぐ)ために命や精神を削ることもあると思います。
会社員だって、芸能人だって、そうです。
これに対して、
趣味の道楽は、人生の暇つぶしですから、命を削る価値は無い。
ピアノ教育でお金を稼ぐ必要が有る人たちは、当然ながら、素人ピアノ愛好家に対して、「独学は無理!」とか「レッスンを受けないと上手になりません!」とか、ひどい場合は「大人初心者は初級曲に甘んじろ!」などと、とんでもない脅し文句を仕掛けてきますが、
そのようなことが法令で定められているわけではない。
彼らが稼げなくなるから、脅してくるのです。
「さもなくば地獄に落ちるぞ!」と一緒で、何の根拠も無い。
趣味道楽は、所詮、気まぐれの暇つぶしです。上手い下手は二の次です。
幻想即興曲を15分かかって弾いても、弾いている時に自分が幸せを感じれば、いいんです。 ピアノ教師のために弾くわけではない。
趣味道楽なのに宗教と勘違いして入信しないことが大切です。
素人の自己流の習字や絵画に対して専門家は目くじらを立てないのに、
どうしてピアノ教育は、自由にピアノを楽しんでいる人に対してわざわざレッスンを強要するかのような威嚇行為を展開するのか?不思議です。
それから、
思うように稼げないピアノ教師の方にご注進申し上げたいのは、
まず、ピアノ教師は供給過剰だと思います。
理由は、音大の乱立によって、市場が求めるよりも多くのピアニストの卵が毎年生産されているからです。
それに追い打ちをかけるのが、当然のことながら少子高齢化です。
シニアは、自分の生命維持のための医療費にかけるお金がどんどん増えていくので、趣味道楽に散財できるお金がどんどん減っていきます。
また、働き盛りの年齢層は、趣味に興じている余裕は有りません。私もそうでした。彼らが自己投資する先は、自分のキャリアにプラスになる実学であって、芸事ではありません。
さらに、
今は、ピアノのレッスンで習える程度のものは、ネットで無料で手に入る世の中です。練習アプリもあります。
芸事のスキルが、昼間の実業界で全く評価されない点も、弱い。
というか、もともと、芸事はお金にならない、儲からない稼業なんですよ。そんな中で、自分が儲けるためには、まず他人を儲けさせることが必要です。
自分の仕事によって、自分以外の誰かがお金を稼げるような、そういう、誰かのお金儲けのために自分が働くことが、お金になると思います。大物アーティストの全国ツアーの演奏サポートとか、人気アイドルグループの新曲のレコーディング演奏とか。
でも、そういうお金になる演奏仕事は、ごく少数の鬼才演奏家たちが独占していると思います。
鬼才でもない100人並みの才能しかない凡人で、そんなにお金が欲しかったのであれば、昼間の実業界のお給料の良い会社でフルタイムで働くべきだったのではないでしょうか。
~ピアノ方丈記~
