【過去記事再掲】私の洋楽事始(原題:[音楽]David Bowie 死去に関して)
掲載時ここにYouTubeアドレスがありましたが今回はやめときます。現代と計算の合わない数字などは直しました。
いやあ、マイミクにしてフォロワーのあるお兄さんのツイート見て、まずやふーニュースを見に行き、トップになっててびっくりしましたよ。
ええ。
で、流れてきた関連ツイートRTしまくって。
以下思い出語りになります。長くなりそうなので閉じます。
私は、3歳から14歳になる直前まで、途中中断期間はあったものの、モダンバレエを習っておりまして(そこ! 40数年前の貼り薬のCMネタふらないように! 小学校でからかわれてトラウマなんだよ!)→書き方が完全に常連さん向けですね。
小学5年くらいになると、MTVの時代が来るわけです。
その頃には、「研究科」と言われるレッスンにも通ってました(なんかこの話2007年にも書いたかもしれんなあ)。
途中で中学生になったから往復2000円くらいかけて。
よその土地で同じ先生にレッスン受けてる上手い娘たちが集まるわけですわ。帰りの電車でよその学校の様子を聞いたりして。この時、連絡先を交換する知恵があれば人間関係はどうなってたかしらん。
で、時代は80年代前半から中盤。
先輩がどんどん洋楽のヒット曲をソロで踊る。
David Bowie の「China Girl」もそんな1曲だったわけです。
マドンナとか、デュラン・デュランとか、ワム!とか、カルチャー・クラブもあったな(後にカルチャー・クラブのベスト借りたら、レッスンに使ってた曲が入っててびっくりしたりして!)
洋楽ポップス以外では、YMOの「君に、胸キュン。」とかジョ−ジ・ウィンストンの「LONGING/LOVE」とか、大瀧詠一氏の「君は天然色」もあったな。私が小学6年の時に踊ったのは松田聖子ちゃんの「天国のキッス」だったけど(笑)。あ、話戻って「California Girls」もあったな。
そうやって。洋楽含めた音楽趣味に触れていきました。godiego より後の話。
その後、14歳になってすぐやめてからは、本を読んだりラジオを聴いたりして知識を増やしていき、高校2年で浜田省吾氏を聴くようになるのですが。
父親の勤務先でバイトしていた若い男の子に「Let's Dance」ダビングしてもらったり。
高校2.3年ではティファニー好きになった。同い年の、今でいう真逆の声のアメリカの女の子。なんかマニアックな曲だけど日本でCMで流れてた曲が好きでねー。後で聴いたアルバムも良かったよ。シンディ・ローパーは読んだ本に、曲がアンセム的に使われてた(True Colours ね)。
1週間くらい前(2016年1月上旬のこと)に、やはり中学の頃先輩がソロで踊った、やはりBowieの「Loving the alien」のタイトルがわかって、さあアルバム調べるぜ、と思ってた矢先でした。しかも今日新譜発売ですと!?
他にはジギー・スターダストくらいしか聞いてない緩さですけどね。にわかのまま来ちゃったというか。
だけど、ライヴ行っておけばよかったな、とか思ったりします。
とても残念です。
前のエントリ(2016年1月時点ではこの頃浜田省吾氏のチャリティコンサートに行ってその感想文を書いてました)で書いた、70年代から活動しているアーティストのファンだと、こういうことが真に迫ってくる、ということがひとつ、現実になってしまいました。
R.I.P
やっぱり「CHINA GIRL」が1番好きです。夏らしいですし。
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