風景を借りるという事。
ご覧いただき、ありがとうございます。
写真を愛してやまないタケシと申します。
東京の桜は見頃を過ぎて、すっかり葉桜に変わりました。
皆さんの地域はいかがでしょうか?
素敵な桜の写真が今年もたくさん産まれ、日々、それらがSNSなどの場で僕らの目を楽しませてくれていて、
素敵な時代になったなぁ、と実感します。
僕も撮れ高を求めて先日、埼玉県川越市の、新河岸川に跨る氷川橋まで向かいました。
国内外から観光客が殺到するほどの有名な桜の名所ですので、まだ誰もいないであろう午前6時〜8時を狙うために、東京から始発列車に乗りました。
『写真は光だ』とは耳にタコが出来るくらいによく聞かされる写真理論なのですが、朝や夕方の、太陽の位置が低い時間の空気はやっぱり格別です。
特に朝。
僕もそうなのですが、朝は寝坊したいですよね。
仕事や家庭などで疲れていると、休みの日に頑張るのが億劫になってしまいます。
その堕落した自分に鞭を打って、眠い目を擦って早起きしてみると、いつもとは違う、特別な自分になれたような気がします。
そして、特に朝の空気は、夕方の強い西陽とは違って透明感があり、目の前の風景に特別な雰囲気をプラスしてくれるのです。
新河岸川に到着したのは午前7時ごろ。
人影もまばらな中、満開の桜が出迎えてくれました。

風が穏やかなお陰で水面も静かに凪いでいて、まるで鏡のように桜を映し、非常に美しい風景を見せてくれています。
その美しい光景をもっと近くでダイナミックに残したいと思うのは、撮影者として自然な欲求かもしれません。
しかし、風景や野生動物など自然に存在するものを撮る時、僕はそれらを「借りている」という謙虚な気持ちを忘れてはいけないと思っています。
この謙虚な気持ちさえ忘れなければ、みんなが幸せでいられると思います。
ですが、悲しいことに、この謙虚な気持ちを忘れてしまう人が後を絶ちません。

新河岸川には膝下くらいの低い柵が立てられています。
柵のそばには「立入禁止」などの標識の類は一切なく、訪れる人々のマナーを信じている、といった様子です。
その結果はどうでしょう。


膝下ほどの低い柵とはいえ、目に見える形で設けられている境界線を彼らは易々と超えています。
なぜそこに柵が設けられているのか。
その意図を、彼らは察してくれないようです。
彼らの多くはそういったマナーの遵守よりも、自身の中にある正解を追い求める事に重きを置いている様でした。
ただ、彼らも彼らなりの写真表現を追求した結果、周りが見えなくなっているだけ、と捉えることも出来ます。
擁護する気は毛頭ありませんが、100歩譲って、マナーを逸脱してしまうその心理は理解できます。
上記の写真を撮影したのも朝早い時間帯でしたから、
「こんなに早起きしたのだから撮れ高を確保しなきゃもったいない」
という、損得勘定が優先されて周りが見えなくなってしまう。その気持ちは理解できます。
しかし、先ほど僕は
「借りているという謙虚な気持ちを忘れない」
と書きました。
彼らに、ほんの少しでもその気持ちがあったのでしょうか。
僕には、感じ取ることは出来ませんでした。
さらに、こういった違反者の中には、マナー違反だけではなく、生きている桜の枝を折り、我が物にするような自然への冒涜を平然と行う者もいました。
あの美しい花を咲かせる桜の枝を折るという行為を見た時は、非常にショックでした。
桜を愛でることはあっても傷つけるなんて、と。
本来であれば注意を促し、やめさせるべきだと承知していますが、その時、こちらは1人、対してあちらは3〜4人。
僕は勇気が出せませんでした。
川越での撮影からしばらく経っています。
ネットの端っこでつらつらとnoteに愚痴を書いて、現場では沈黙してしまう僕が何を言っても説得力はないかも知れません。
しかし、言わずにはいられなくてこれを書いています。
自然は生き物です。
傷つける行為は絶対に許されるべきではありません。
まして、故意に傷つけるなど言語道断。
桜の枝を故意に折るというのは、例えるなら、
道端を歩いていて、綺麗な装飾品を身に付けている抵抗力の弱そう(あるいは、抵抗してこなさそう)な人がいたから、その人を傷つけて身につけている装飾品だけを奪っていくような、野蛮で非道徳的な行為です。
傷つけられた桜にも消えない傷が付けられてしまったことを思うと、悲しいことこの上ないです。
映像や写真が残っているわけでもないですし、おそらく自分しか見ていませんでした。
ですから、彼らが咎められることはないでしょう。
桜の枝を笑いながら折った彼と、その様子を面白おかしく囃し立てながら見ていた彼らに少しでも自然を慈しむ心あるなら、
反省して欲しいものです。
僕の愚痴にここまでお付き合いいただきありがとうございました。
皆さんの写真ライフに、こんな悲しみが紛れ込んでしまいませんように。
