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産後自分を見失った女の話

はじめに

息子、1歳8ヶ月。
すくすく育っている。

母さん、37歳。
自分を見失っている。

フォトグラファーとして仕事をし、
夢にまでみた「自分と違う命を自分の中に宿す」体験を叶え出産するが、
トラウマ出産となり、さらに産後うつでなんとか生き延びた1年。
そこから少し落ち着いて仕事を再開するが、張り切り過ぎと女性ホルモンやら子育ての疲れやらの影響からか、燃え尽き、自分を見失い、何もできなくなった2023年秋〜冬。
2024年に向けて、少しずつ動き出そうとnoteを始めてみました。

このnoteの目的

「表現」をテーマに生きてきた人生でした。
自分を表現することの大切さなんかを体現し、説いてきたはずなのに、それが全くできなくなったこの秋。
何をする気にもなれず、自分を表現することに過敏になり恐怖を感じ、SNSにも投稿もできず、なんとか毎日をやり過ごして生きてきましたが、やはり何か「発散」したいところがありました。
発散なのか排出なのか、とにかく自分の中に溜まっているものを整理していこうと思います。

自分を表現するって、「=滞りがなくなる」イメージがあります。
なのでこの数ヶ月、わたしは滞りまくっていた分けです。
その澱みがスーッと流れていけばいいな。

無価値観という恐怖との戦い

子育ては想像をはるかに超えて大変、でした。
妊娠期の脳内お花畑状態からのトラウマ出産で心が折れてしまってから、ずっと引きずっていることがあります。

「自分はこんなにもちゃんとできない」
と、見知らぬ誰かと比べて、ちゃんとできない自分には価値がない、と落ち込んでいるわけです。
産後、激動の女性ホルモンに翻弄されまくれ、PMSとの戦いにももう疲れ切って、なんで生きてるんやろう、どうやって生きればいいんやろうとこの数ヶ月ずっと考えてました。

PMS、女性ホルモンのせいかもしれないと、婦人科で超低容量ピルを処方してもらい3ヶ月。休薬日前後以外は心穏やかに過ごせるようになってきたかな?と思います。

ところが、今まで無敵状態でなんでも自分のことを表現してきたはずなのに、それがものすごく怖いんです。すぐに、誰も自分のことなんて必要としていないという思いに引っ張られる。何を書いても、どんな写真を投稿しても、きっと誰の心にも留まらない。それが寂しくて悲しくて、何かを表現するのがとても怖くなりました。

この恐怖心を人に知られるのも嫌でした。承認欲求の塊である自分が恥ずかしかったんだと思います。いや、今までずっとそうやったのに。

よし、ゼロからはじめよう

自分の好きなところで、たまに思い切りが良い、というところがあります。
色々悩んで苦しかった数ヶ月。
文字にすると↑たった一行で書けてしまうけど、自分にとってとてもとても苦しかった。仕事の信頼も失ったかもしれない。みんなわたしを忘れたかもしれない。今まで10年かけて僅かながらに築き上げてきたものが、消えてなくなった(気がする)。あぁ、悲しい。

というわけで、ゼロからはじめよう、と思った次第です。
落ちることろまで落ちてしまうと、見えてくるものってありますよね。

note100日続けるぞ

はぁもう絶対続かない、という気持ちがある。

続けた先にあるものは、自分への信頼感でしょうか。
表現し続けることは、エネルギーを循環させる、ということ。
表現は、世界との関わり。
それが滞りまくったこの数ヶ月、ほんとうに苦しかった。
だから、循環させ続けることで何が見えるのかを知りたい。

とにかく、やってみよう。




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秋月雅|撮る美容|京都・東京 このnoteに沼った暁には、ぜひチップお待ちしてます!