見出し画像

第15回:【 月200万円の檻 】支配される幸福と、時間を統治する「真の自由」

1. 黄金の檻の中に漂う、見えない窮屈さ
先日、友人からこのような言葉を掛けられた。
「大企業の社長夫人で、月に200万円ものお小遣いをもらっている人がいる。けれど、彼女はどこかいつも窮屈そうなの」
そして、友人は私を見てこう続けた。
「貴女は本当に自由で、羨ましい。誰に何を断るわけでもなく、いつ、誰と飲みに行こうが、何をしていようが、すべてが貴女の自由でしょう」
月に200万円。金額だけを見れば、世間の多くの人々、特に外面の数字(スペック)しか見えない若者たちは、羨望の眼差しを向けるかもしれない。しかし、本質を見抜く審美眼を持つ者なら気づいている。その潤沢な資本の裏には、自らの人生の決定権を他者に委ねた者が支払うべき、目に見えない「不自由」という代償が支払われていることに。

2. 「食べさせてもらう」という隷属の終わり
私にとって、友人のその言葉は至高の褒め言葉であった。
なぜなら、私自身がかつて、誰の手も届かない安全な「黄金の檻」の中で、ただ大切に飼われていた過去を持つからだ。29歳のあの日、私はそのすべてを捨てて、丸腰で社会へと飛び出した。
自分の力で稼ぎ、自分の知性で考え、自分の責任で生きる。
その過酷なまでの自由を手にした時、私の人生は初めて、誰にも侵されない「純度」を持ち始めたのだ。
他者に食べさせてもらっている限り、どれほど大金をあてがわれようとも、それは「主宰」ではない。飼い主の顔色を窺い、許可を求め、自らの時間を切り売りする、贅沢な奴隷(隷属)に過ぎないのだ。

3. 人生の最高資産は「時間」である
お金は、失っても取り戻すことができる。しかし、過ぎ去った「時間」だけは、どれほどの巨万の富を積もうとも、一秒たりとも買い戻すことはできない。
必死で働いて得た資本は、100%自分のものである。そして何より、私の時間は、私だけのために存在する。
いつ起き、誰と会い、どのような思想を持って生きるか。
誰にも言い訳をせず、誰の許可も必要としない。この圧倒的な「時間のガバナンス(統治)」こそが、人間がこの地上で手にできる、最も高貴な豊かさである。お金があっても、自らの時間を他者に縛られている生き方は、精神の不純物で満ちている。

4. 貴女は「檻」を欲していないか
現代の脳を溶かす病に侵された女性たちは、楽をして誰かに養われること、外面の良い記号(ステータス)を手に入れることばかりを夢見ている。
だが、その檻の扉が閉まった瞬間、貴女の尊厳は静かに死を迎える。
汗をかき、自らの足で立つ痛みを知る同胞たちよ。
私たちが手に入れているのは、目先のお金ではない。自分の人生の舵を、一円の狂いもなく自分で握り続けているという「誇り」だ。
これからの先を、さらに実りある日々に変えるために。私たちは他者に生かされる安寧を拒絶し、孤独を最高の資産に変えながら、自らの時間と運命を、どこまでも気高く調律し続ける。

Philosophia 主宰
人的資産の統治家(ガバナンス・アーキテクト)

いいなと思ったら応援しよう!