【適応外使用レビュー②】ジクロフェナクゲルが抗がん剤の副作用を75%減らす——D-TORCH試験
手足症候群とNSAIDs外用:ジクロフェナクゲルが抗がん剤の副作用を防ぐ——D-TORCH試験の衝撃
はじめに:抗がん剤治療の「見えにくい」苦痛
手足症候群(Hand-Foot Syndrome: HFS)は、手掌・足底に紅斑、疼痛、腫脹、水疱、落屑が生じる抗がん剤の皮膚有害事象である。正式名称はpalmar-plantar erythrodysesthesia(PPE)。生命を脅かす副作用ではないが、重症化すると日常生活動作(ADL)が著しく障害され、抗がん剤の減量・休薬・中止を余儀なくされる。つまりがん治療の継続性を脅かす、臨床上重要な副作用である。
原因薬剤として最も知られているのはカペシタビン(ゼローダ®)であり、その発症率は22〜75%と報告されている。他に5-FU持続静注、ドキソルビシン(特にリポソーム製剤)、ソラフェニブ、レゴラフェニブなどのチロシンキナーゼ阻害薬も原因となる。
従来、HFSの予防には尿素クリーム(10〜20%)やセレコキシブ(内服)のエビデンスがあったが、セレコキシブは心血管リスクの懸念から積極的に使用しにくい状況であった。そこに登場したのがジクロフェナクゲル外用という、安価で入手しやすい予防法である。
1. HFSの病態とCOX-2の関与
HFSの正確な発症機序は完全には解明されていないが、現在有力とされている仮説は以下の通りである。
①薬剤の局所蓄積説: カペシタビンの活性代謝物(5-FU)への変換酵素であるチミジンホスホリラーゼ(TP)が手掌・足底の皮膚に高発現しているため、これらの部位で局所的に高濃度の5-FUが産生され、ケラチノサイトが障害される。
②COX-2を介した炎症説: カペシタビンによるケラチノサイト障害がCOX-2(シクロオキシゲナーゼ-2)の発現を亢進させ、プロスタグランジンを介した炎症反応が手掌・足底で増幅される。HFSの本態は「手掌・足底に限局した炎症」であるとする見方がある。
この「COX-2介在性炎症」仮説こそが、NSAIDsによるHFS予防の薬理学的根拠である。
2. セレコキシブ(内服)のエビデンス:効くが使いにくい
COX-2阻害薬によるHFS予防は、セレコキシブ(セレブレックス®)の内服で先行して研究された。
Zhang et al.(2012)— Annals of Oncology
ステージII・IIIの大腸がん患者139名を対象にした前向きランダム化第III相試験。カペシタビン±セレコキシブで比較した結果、Grade 1以上のHFS発症率はカペシタビン単独群74.6%、セレコキシブ併用群57.4%(P=0.034)、Grade 2以上はそれぞれ29.6% vs 14.7%(P=0.035)であった。多変量解析でセレコキシブ使用がHFS予防の唯一の独立した因子であった(Grade 1以上:HR 0.556, Grade 2以上:HR 0.414)。
メタアナリシス(Pandy et al., 2022 — Support Care Cancer)
16のRCT(計2,814名)のメタアナリシスで、セレコキシブはカペシタビンによるHFSの全グレード(OR 0.52, 95%CI 0.32–0.85)および中等度〜重度(Grade 2以上)の発症リスクを有意に低減した。
セレコキシブの問題点
セレコキシブは心筋梗塞・脳卒中などの心血管イベントのリスクを増加させる可能性があり、がん患者——特に高齢者や心血管リスク因子を有する患者——への長期投与には懸念がある。また、消化性潰瘍のリスクもある。このため、エビデンスがあるにもかかわらず、HFS予防目的でのセレコキシブの処方はルーチンには行われていないのが実情であった。
3. ジクロフェナク外用の登場:D-TORCH試験
背景と着想
セレコキシブ(内服COX-2阻害薬)がHFS予防に有効であるならば、COX-2を局所的に阻害できる外用NSAIDsでも同様の効果が期待できるのではないか——この仮説から生まれたのがD-TORCH試験である。ジクロフェナクゲル(1%)はOTC薬としても入手可能な安価な外用NSAIDであり、全身吸収が少ないため心血管リスクの懸念も大幅に軽減される。
D-TORCH試験(Santhosh et al., 2024 — J Clin Oncol)
試験概要: インドの単施設で実施された第III相二重盲検プラセボ対照RCT。乳がんまたは消化器がんでカペシタビンベースの治療を予定している264名の患者を、1%ジクロフェナクゲル群(131名)とプラセボゲル群(133名)に無作為に割り付けた。
介入方法: 参加者はジクロフェナクゲルまたはプラセボゲルを、両手の手掌面と手背面に1日2回、12週間(カペシタビン4コース分)塗布した。1回の塗布量は片手の片面あたり1 FTU。足底への塗布は行っていない点に注意が必要である。
主要評価項目: Grade 2以上のHFS(CTCAE v5.0)の発症率。
結果:
評価項目 ジクロフェナク群 プラセボ群 差(95%CI) P値 Grade 2-3 HFS 3.8% 15.0% 11.2%(4.3–18.1) 0.003 Grade 1-3 HFS(全グレード) 6.1% 18.1% 11.9%(4.1–19.6) — HFSによる減量 3.8% 13.5% 9.7%(3.0–16.4) —
相対リスク減少は約75%であり、NNT(Number Needed to Treat)はGrade 2以上のHFS予防に対して約9と算出される。
安全性: ジクロフェナクゲルに関連する重篤な有害事象は報告されなかった。外用製剤であるため全身性NSAIDsに伴う心血管・消化管リスクは最小限に抑えられている。
サブグループ解析: 男女別、乳がん/消化器がん別、単剤/併用療法別のいずれのサブグループでもジクロフェナクゲルの有効性は一貫していた。
試験の限界
単施設試験であり、外的妥当性の検証には多施設試験が必要
足底への塗布を行っていない(手のみの塗布で足の結果を外挿できるかは不明)
インドの患者集団であり、人種間の皮膚特性の違いが結果に影響する可能性
カペシタビン以外の原因薬剤(ソラフェニブ等)への適用可能性は検討されていない
4. その他の予防策との比較
尿素クリーム(10〜20%)
メタアナリシスでは、尿素クリームもカペシタビンおよびソラフェニブによるHFSの予防に有効性が示されている(Lan et al., 2022, Cancer Nursing; OR 0.48, P<0.00001)。角質を柔軟に保つ保湿効果と、軽度の角質溶解作用が機序と考えられている。安価で入手しやすく、副作用もほとんどないため、広く使用されている。
ピリドキシン(ビタミンB6)
かつてHFS予防に広く使われていたが、RCTでは有効性が示されず、現在のエビデンスに基づくガイドラインでは推奨されていない。
ステロイド外用
発症後の炎症管理には使用されるが、予防目的でのRCTは乏しい。
ネットワークメタアナリシスの結論
2022年のネットワークメタアナリシスでは、Grade 2以上のHFS予防に統計的有意差を示した唯一の介入はセレコキシブ(OR 0.29, 95%CrI 0.13–0.68)であった。ただしこの解析にはD-TORCH試験(2024年発表)は含まれていない。D-TORCH試験の結果を加えれば、ジクロフェナク外用も有力な選択肢として位置づけられると予想される。
5. 処方対応と服薬指導への示唆
薬局で遭遇するシナリオ
カペシタビンと一緒にジクロフェナクゲル(ボルタレン®ゲルなど)が処方されている場合、あるいは患者が「先生に市販のジクロフェナクゲルを塗るように言われた」と相談してきた場合、HFS予防が目的である可能性がある。
塗布方法の具体的指導(D-TORCH試験準拠)
清潔で乾燥した皮膚に塗布する
両手の手掌面と手背面の両方に塗布する
1回の塗布量は片手の片面あたり1 FTU
1日2回塗布する
傷口、湿疹、感染部位には塗布しない
塗布後は手を洗わない(有効成分を皮膚に留めるため)
同じ部位に日焼け止めやその他の外用薬を重ねて塗布しない
目・鼻・口への接触を避ける
患者への説明のポイント
「抗がん剤による手の皮膚トラブルを予防するためのお薬です」
「関節の痛み止めとして知られていますが、ここでは手の炎症を防ぐ目的で使います」
「飲み薬のNSAIDsと違って、塗り薬なので全身の副作用は非常に少ないです」
「手の症状(赤み、痛み、腫れ、水疱)が出たら早めに受診してください」
注意点
NSAIDsアレルギーの既往がある患者には禁忌
経口NSAIDsやアスピリンとの併用は、D-TORCH試験では除外基準とされていた
足底への予防効果は未検証(D-TORCH試験では手のみに塗布)
6. まとめ:安価・安全・有効——三拍子揃った予防法
手足症候群に対するNSAIDsの有効性は、「COX-2を介した炎症」というHFSの病態仮説に基づいている。セレコキシブ(内服)で先行して有効性が示されたが、心血管リスクの懸念からルーチン使用が難しかった。
2024年にJ Clin Oncolに掲載されたD-TORCH試験は、1%ジクロフェナクゲルの外用という極めてシンプルな介入が、カペシタビンによるGrade 2以上のHFS発症リスクを75%低減し(3.8% vs 15.0%, P=0.003)、抗がん剤の減量も抑制したことを示した。NNT≒9、重篤な副作用なし、安価で入手しやすいという特徴は、臨床現場への導入障壁が非常に低い。
単施設試験であること、足底への適用が未検証であることなどの限界はあるが、現時点で最もアクセスしやすいHFS予防策の一つとして注目に値する。今後、多施設での追試や他の原因薬剤(ソラフェニブ等)への適用検討が進むことが期待される。
がん化学療法を受ける患者の多くは複数の薬剤を使用しており、副作用マネジメントにおける薬剤師の役割は大きい。ジクロフェナクゲルという身近な薬剤が、がん治療の継続性を守る「縁の下の力持ち」になりうるという知見は、すべての薬剤師が知っておくべきものである。
主要参考文献
Santhosh A et al. Topical diclofenac for prevention of capecitabine-associated hand-foot syndrome: a double-blind randomized controlled trial. J Clin Oncol. 2024;42(15):1821-1829. PMID: 38412399
Zhang RX et al. Celecoxib can prevent capecitabine-related hand-foot syndrome in stage II and III colorectal cancer patients: result of a single-center, prospective randomized phase III trial. Ann Oncol. 2012;23(5):1348-1353. PMID: 21940785
Zhang RX et al. The effect of COX-2 inhibitor on capecitabine-induced hand-foot syndrome in patients with stage II/III colorectal cancer: a phase II randomized prospective study. J Cancer Res Clin Oncol. 2011;137(6):953-957. PMID: 21113620
Pandy JGP et al. Prophylactic strategies for hand-foot syndrome/skin reaction associated with systemic cancer treatment: a meta-analysis of randomized controlled trials. Support Care Cancer. 2022;30(11):8655-8666. PMID: 35655045
Lan TC et al. Effect of urea cream on hand-foot syndrome in patients receiving chemotherapy: a meta-analysis. Cancer Nurs. 2022;45(5):378-386. PMID: 34483284
Lin EH et al. Retrospective study of capecitabine and celecoxib in metastatic colorectal cancer: potential benefits and COX-2 as the common mediator in pain, toxicities and survival? Am J Clin Oncol. 2006;29(3):232-239. PMID: 16755175
Kwakman JJM et al. Management of cytotoxic chemotherapy-induced hand-foot syndrome. Oncol Rev. 2020;14(1):442. PMID: 32431787
Lacouture ME et al. Prevention and management of dermatological toxicities related to anticancer agents: ESMO Clinical Practice Guidelines. Ann Oncol. 2021;32(2):157-170.
本記事は論文に基づく情報提供を目的としたものであり、個別の診断・治療・処方を推奨するものではありません。手足症候群の予防・管理は処方医の責任のもとで行われるべきものです。ジクロフェナクゲル外用によるHFS予防は、日本において承認された適応ではありません。
