ベトナム|ホーチミン|クチトンネル|ベトナム戦争を体感する‼️
ホーチミン観光で「一度は行くべき場所は?」と聞かれたら、私は迷わず クチトンネル を挙げる。
ここは
・楽しい
・美しい
・映える
そうした言葉とは、対極にある場所だ。
だが、ベトナムという国を理解するうえで、これ以上に重要な場所はない。そう断言できる。
■驚異の地下要塞「クチトンネル」とは
クチトンネルは、ベトナム戦争時にベトナム解放民族戦線(南ベトナム解放軍)が構築した全長約250kmにも及ぶ地下トンネル網だ。
場所は、ホーチミン市中心部から北西へ約70km。
かつてこの一帯は米軍から「鉄の三角地帯(Iron Triangle)」と恐れられた。


トンネル入り口となる小さな蓋を挙げるポーズがシンボルである。

観光客用に整備されているが、様々な場所が見所となる。
■ 訪れた感想
■地下に築かれた「見えない街」
このトンネルが異常なのは、単なる「隠れ穴」ではなかった点だ。
地下は最大3階層に分かれ、
作戦会議室
病院
武器庫
キッチン
生活空間
が、すべて地下で完結していた。
つまり、ここは 「地下の街」 だった。
正直、「よくここまで掘ったな…」という感想しか出てこない。

かなり広範囲にトンネル網があることが分かる。

硬い土を、よくここまで掘ったなぁと感心する。
■地面に隠されたトンネル
ガイドさんに促され、森の地面に巧妙に隠された入り口の前に立つ。
……小さい。想像以上に小さい。
枯葉をどかさなければ、まず気づかない。

大人一人が入れる小さな穴が出入り口となる。蓋の上に葉っぱを置いて分からないようにする。普通に歩いていたら、まず気づかない。
■ ゲリラ戦が生んだ、恐怖のトラップ群
見学ルートには、当時実際に使われていた数々の罠が展示されている。
どれも原始的。だが、極めて合理的。
これらの罠は、敵を殺すためというより、恐怖と心理的圧迫を与えるために作られていたという。
「ここに足を踏み入れたら、何が起こるか分からない」。その感覚こそが、最大の武器だったのだろう。

このような原始的なトラップが多数あり。味方は印でトラップのありかを知ることができ、回避できるらしい。

鋭い鉄串の罠が展示。このようなトラップが敵に心理的プレッシャーを与えるらしい。

勝利の象徴として、ベトナム戦争に関する軍事の展示には欠かせないもとなっている。

廃タイヤから草履を作るらしい。これが非常に丈夫だとのこと。この発想に感心する。

米粉からライスペーパーを作るデモも途中で見ることができた。
■観光用に拡張されたトンネル内部へ
四つん這いで進むと、湿った土の匂いと、まとわりつくような熱気。
暗い。
狭い。
逃げ場がない。

実際にトンネルに入る体験もした。
同行していたフィリピン人観光客は、途中でギブアップし地上へ戻っていった。
正直、その判断は正しいと思う。
極限の閉塞感が突きつけてくる現実。
一人で進む暗闇の中、胸を締め付けるような圧迫感に襲われる。
このサイズ感は、明らかに 体格の大きい西洋兵士を拒む構造だ。
生き延びるための、冷徹で、極めて現実的な設計。
この狭さの中で、何千人もの人々が10年以上、生活し戦っていた。
そう考えた瞬間、背中に冷たいものが走った。

日本人の標準的な私でも相当狭いと感じた。そして、蒸し暑い。前にいた西洋人は相当しんどそうであった。これも小柄なベトナム人の知恵らしい。
■ 地上に戻って食べたキャッサバの味
地上へ戻ると、再現された「ホアン・カム・ストーブ」で蒸されたキャッサバが振る舞われる。
素朴で、甘い。
だが、その一口が、なぜか胸に刺さった。
当時、これが主食だったという事実。
現代の飽食と、当時の飢え。
その対比が、静かに、しかし確実に心を締め付ける。


アメリカ軍が使用していたロケットランチャーらしい。
■ 総評|生存の記憶
クチトンネルは、
観光地
戦跡
博物館
そのどれでもあり、そのどれでもない。
ここは、ベトナムという国の「生存の記憶」そのものだ。
ベトナム側にとっては命を繋ぐための聖域。
米軍にとっては出口の見えない悪夢。
この地を訪れて初めて、ベトナム人が語る「戦争」という言葉の重みを、ほんの少し理解できた気がする。
