半導体業界とPFAS|なぜ欠かせない? 使用・環境排出・「脱PFAS」の現在地
スマホ、パソコン、自動車、そしてAI。
いま、私たちの暮らしや産業を支える「半導体」は、世界で最も重要な技術のひとつになっています。
では、その最先端の半導体をつくるために、PFAS(ピーファス)が使われていることをご存じでしょうか。
「永遠の化学物質」とも呼ばれ、世界各国で規制の議論が進むPFAS。
日本でも2026年4月から、PFASのうちPFOS・PFOAについて、水道水の水質基準値の遵守と検査が水道事業者などに義務付けられました。
飲み水や泡消火薬剤などの話題で目にすることの多いPFASですが、実は、最先端のチップをつくる工場の中にも深く入り込んでいます。
しかも、
「環境への排出は減らしたい。でも、すぐには使用をやめられない」
という難しい問題を抱えています。
今回は「半導体とPFAS」という少し専門的だけれど、これからの産業を考えるうえで避けて通れないテーマを、
使う → 環境へ出る → 減らす → 代替する
という流れで、できるだけやさしく整理します。

なぜ半導体にPFASが必要なのか
半導体は、シリコンの板(ウエハー)の上に極めて微細な回路を何層にも形成してつくられます。
その製造現場では、
「熱に強い」
「強い薬品にも耐える」
「水や油をはじく」
「電気的に安定している」
「非常に高い純度を保てる」
といった、普通の材料ではなかなか両立できない性能が求められます。
そこで使われてきたのがPFASです。
炭素とフッ素の非常に強い結合を持つPFASには、耐熱性や耐薬品性、撥水・撥油性などに優れたものがあり、その特性が半導体製造の厳しい条件と非常によく合っています。
米国半導体工業会(SIA)の「Semiconductor PFAS Consortium」は、半導体製造におけるPFASの使用・排出について、主に次のような分野を整理しています。
フォトリソグラフィ
微細な回路パターンを形成する工程で使う感光材料や界面活性剤などウェットプロセス
洗浄、エッチングなどで使用する薬液や添加剤プラズマエッチング・成膜
微細加工に使用するフッ素系化学物質熱媒体(冷却液)
装置の温度を精密に制御するためのフッ素系流体組み立て・検査・パッケージ工程
製造装置や配管などの部材
配管、バルブ、シール、薬液容器などに使われるフッ素樹脂潤滑剤
製造装置の可動部などで使用されるフッ素系潤滑剤
つまり、PFASは「ある一つの工程で使われている化学物質」ではありません。

材料、薬液、ガス、装置部品、冷却、潤滑——半導体工場のさまざまな場所に入り込んでいる。
これが、「半導体からPFASを抜くのは簡単ではない」とされる大きな理由です。
では、使ったPFASはどこへ行くのか
ここで気になるのが、
「使ったPFASは、そのあとどうなるの?」
という問題です。
半導体製造では大量の水やさまざまな薬液、ガスを使用します。そのためPFASについても、種類や用途によって、
排水
排ガス
廃液・固形廃棄物
など複数の経路を考える必要があります。
さらに難しいのは、「PFAS」と一言でいっても性質が同じではないことです。
水に溶けやすいものもあれば、装置や部品の材料として使われる高分子のフッ素樹脂もあります。気体として使われるフッ素系化合物もあります。
そのため、
「PFASなら、この処理方法で全部除去できる」
という単純な話ではありません。
排水では活性炭、イオン交換樹脂、膜処理などによる分離・回収が検討・利用され、回収したPFASを含む廃棄物については、その後の適切な処理まで考える必要があります。
排ガスについても、使用する化学物質や工程に応じた除害技術が必要です。
つまり重要なのは、単に「工場の外へ出さない」だけではありません。
どこで使われ、どこへ移動し、最後にどう処理されるのか。
PFASのライフサイクル全体を追う必要があります。
「使わない」だけでは解決できない半導体業界
それなら、
「PFASを禁止すればいいのでは?」
と思うかもしれません。
ところが、半導体ではそう簡単にはいきません。
PFASを使っている材料や部品を一つ変更するだけでも、製造条件や歩留まり、品質、耐久性などに影響する可能性があります。
最先端半導体では、わずかな不純物や工程条件の変化が製品性能に影響するため、代替材料を見つけても、
「置き換えれば終わり」ではなく、長い評価と検証が必要になる
という事情があります。
だからこそ、半導体はPFAS規制の議論でも重要な産業の一つになっています。

EUのPFAS規制は、2026年に大きな節目へ
世界の動きを大きく変えているのがEUです。
2023年、ドイツ、デンマーク、オランダ、ノルウェー、スウェーデンの5か国が、PFASを幅広く対象とするREACH規則上の制限案を提出しました。
そして2026年3月、欧州化学物質庁(ECHA)のリスク評価委員会(RAC)は最終意見をまとめ、社会経済分析委員会(SEAC)も意見案を公表しました。
大きな方向性は、
PFAS全体への規制を進めながら、代替が困難な用途などについては、適切な適用除外を設ける
というものです。
同時にECHAは、規制だけでなくPFASの環境への排出を最小化する対策も必要だとしています。
半導体のようにPFASへの依存度が高く、代替に時間を要する産業にとって、この「どこまで代替できるのか」「どの用途に猶予が必要なのか」は非常に大きな問題です。
そして、もう一つの圧力——「供給がなくなる」
規制とは別のところからも、半導体業界に変化が起きています。
PFASの主要メーカーだった3Mは2022年、2025年末までにPFAS製造から撤退すると発表しました。
そして同社によれば、2025年末にPFAS製造からの撤退を完了しています。
これは単なる一企業の環境方針ではありません。
PFASを必要とする企業側から見れば、
「これまで使ってきた材料が、将来も同じように手に入るとは限らない」
というサプライチェーン上の問題でもあります。
規制への対応だけでなく、安定調達という意味でも、「PFASの代わりを探す」必要性が高まっているのです。
日本からも「フッ素に頼らない」技術が出てきた
そして今、興味深い動きが日本から出てきています。
2026年4月、富士フイルムは、炭素―フッ素結合を持つ原材料を使用しない「フッ素フリー」のネガ型ArF液浸レジストを世界で初めて開発したと発表しました。
ArF液浸リソグラフィは、AI半導体などの先端半導体製造にも使われる重要な技術です。
従来のArF液浸レジストでは、微細な回路形成に必要な反応を助けたり、ウエハー上に残る水による欠陥を抑えたりするために、PFASが使われてきました。
富士フイルムは、その役割をフッ素に頼らず実現する材料設計に取り組んでいます。
これは、
「PFASの性能が必要だから、PFASを使うしかない」
という前提そのものを、材料技術から変えようとする試みです。
またDICも、従来のフッ素系界面活性剤に匹敵する性能を目指したPFASフリー界面活性剤「MEGAFACE EFS」シリーズを開発し、半導体を含むエレクトロニクス分野への展開を進めています。
もちろん、これらによって半導体製造からPFASがすぐになくなるわけではありません。
用途ごとに求められる性能は異なり、代替が難しい領域も残っています。
それでも、
「PFASでなければできない」と考えられてきた領域に、少しずつ別の選択肢が生まれ始めている。
これは、とても重要な変化だと思います。
半導体は「PFAS問題の縮図」なのかもしれない
半導体とPFASの関係を調べていくと、PFASという問題の難しさがよく見えてきます。
PFASは、単に「危険だから禁止すればいい物質」でもなければ、
「産業に必要だから使い続ければいい物質」でもありません。
高い性能があるから使われてきた。
社会を支える技術の中に深く入り込んだ。
一方で、環境中で極めて分解されにくいという問題が分かってきた。
だから今、
使う量を減らす。
環境へ出さない。
回収する。
適切に処理する。
そして、代替できるところから代替する。
いくつもの対策を同時に進める必要があります。
半導体は、その難しさが凝縮された産業なのかもしれません。

「永遠の化学物質」と、最先端技術のこれから
スマートフォンも、AIも、自動車も、再生可能エネルギーも。
私たちが「未来の技術」と呼んでいるものの多くは、半導体なしでは成り立ちません。
そして、その半導体をつくる工程の一部を、PFASが支えてきました。
だから、この問題の答えは、
「PFASを使うか、使わないか」
という二択だけではないのだと思います。
必要性を見極めながら排出を減らし、代替できる用途では新しい材料へ移行していく。
その境界線を、科学と技術で少しずつ動かしていく。
「永遠の化学物質」と呼ばれるPFASと、最先端の半導体技術。
一見すると遠く離れているように見える二つの世界は、実は深くつながっています。
次にスマートフォンを手に取ったとき、その小さなチップの向こう側で、いま世界中の研究者や技術者が「フッ素に頼りすぎない半導体」を模索していることを、少しだけ思い出してもらえたらと思います。
そして、その動きはすでに日本企業でも始まっています。
この記事でも紹介した富士フイルムは、2026年4月、炭素―フッ素結合を持つ原材料を使用しない「フッ素フリー」のネガ型ArF液浸レジストを世界で初めて開発したと発表しました。
写真フィルムの会社というイメージを持つ方も多いかもしれません。
けれど現在の富士フイルムは、半導体材料の分野でも事業を展開しています。
なぜ富士フイルムが、PFAS代替技術にたどり着いたのか。
そして、この技術は半導体業界の「脱PFAS」をどこまで変える可能性があるのか。
8/10は「富士フイルム」を深掘りします
この記事でも紹介した、富士フイルムの「フッ素フリー」半導体材料。
写真フィルムで培ってきた技術を持つ企業が、なぜいま半導体の「脱PFAS」に挑んでいるのでしょうか。
8月10日(月)の「PFAS企業シリーズ」では、富士フイルムを取り上げます。
世界初と発表されたフッ素フリーのネガ型ArF液浸レジストをはじめ、同社の半導体材料事業とPFASとの関係を、もう一段深く見ていきます。
※本記事は、環境省、欧州化学物質庁(ECHA)、米国半導体工業会(SIA)Semiconductor PFAS Consortium、3M、富士フイルム、DICなどが公表している情報をもとに、2026年8月時点の状況を一般向けに整理したものです。PFASには多数の物質が含まれ、用途・性質・環境挙動はそれぞれ異なります。本記事は特定の企業・製品を推奨するものではありません。
