「記録のまなざし」アンケートより
2025年3月15,16日の二日間、仙台のevenにて「記録のまなざし」と題してドキュメンタリー映画の上映会を開催しました。
のべ150名を超える方々にご来場いただき、飯岡幸子さん、小森はるかさんをゲストに招いてトークでは、「記録すること」を問い直す機会として、会場からもさまざまなご意見・ご感想の声があがりました。
以下に、アンケートのなかから、ウェブでの公開をご了承いただいたものを転記し、またSNS上の投稿を転載します。
アンケートより
番号
ご覧になった作品
本文
1.
草とり草紙
おてんとうさまがほしい
オロポ・鈍行旅日記
本日鑑賞した全ての作品は被写体(風景)に対する姿勢も違いましたが、記録したあとに構成することへの葛藤が感じられました。そしてどれも個のたわいもない語りが響いてくる構成でした。
2.
草とり草紙
おてんとうさまがほしい
オロポ・鈍行旅日記
・オロポ
傑作だと思いました。思うところがあり過ぎてすぐ書けません。スイマセン。
・鈍行旅日記
やはり終盤のトンネルが素晴らしいです。緑のライトの点滅。
・おてんとうさまがほしい
大変立派な映画でありながら、撮影とは、編集とは、さらに「見る」「見られる」とはどういう事なのか……と考えが無限に続いていくような豊かな問いかけが詰まっていました。
3.
草とり草紙
おてんとうさまがほしい
オロポ・鈍行旅日記
・オロポ・鈍行旅日記
福原さん以外の方が朗読をすることで福原さん感がうすくなるように感じました。福原さんのことを知りたいと思いつつ、映る景色、日記の内容が福原さんから離れるようで、それが意図的であるのかどうかわからないのですが、個人的には「福原さんならでは」という点もなくなるのはもったいない気がして。
・おてんとうさまがほしい
佐藤真監督が関わっていたと知って納得してしまうような。病気、変わっていくトミ子さにょりも、それ以上にカメラマンの生さんを被写体(中心)としてドキュメンタリーだと思いました。
・草とり草紙
口が悪いおばあちゃんだけど、必ず「お客様」と言ってる姿に実直さ、誠実さがにじんでました!
4.
おてんとうさまがほしい
だれでも年をとり、老いてゆくその姿を実感できました。病気や老いは受け入れて、生活を温かく続けてゆくことが大切なのだと思いました。
施設の方々、家族の方々、ありがとうと感謝です。
5.
オロポ・鈍行旅日記
『鈍行旅日記』で登場した「たくさんの被災者」の声(文字)というモチーフが、『オロポ』にも通底していることに気がついた瞬間ハッとした!映像は「画と音だ」と思い直せてよかった。
6.
オロポ・鈍行旅日記
・オロポ
仙台の時間の地層の奥にある記憶に、福原さんの体を通じて再び語るような感覚があります。途中「公園で路上生活のおばあさんと出会う」のプロットから、さらなる、映画だけではなく回想(夢?)の空間・時間に没入したように感じた。
・鈍行旅日記
三回目でした。やはり、福原さんの映画=時間の地層発掘的なイメージ。映画を見る途中、定禅寺通りを走っている車の音が聴こえました。『鈍行旅日記』で映画のロケ地を巡礼した福原さんの映画も、この「見る・感じる」時間でも巡礼したのでは、と思いました。
7.
オロポ・鈍行旅日記
こういう映像は概して退屈してしまうのですが、不思議なことに楽しむことができました。映像とコトバのマッチングが絶妙。誤解を恐れずいうならエンターテインメントとしてもすぐれていると感じます。重く深いことをさりげなく露呈する力。さまざまな固有名詞も。
8.
草とり草紙
おてんとうさまがほしい
記録することはとても多重なものだと伝わる映画でした。
9.
オロポ・鈍行旅日記
・『オロポ』でみる仙台の風景が、過去の記憶の朗読とあいまって、時間が交錯する風景を見ている印象を受けた。
・広島の祈念館でのコトバ、伝承することは情報を伝達するのではなく、生き様を引き継ぐという言葉が印象的でした。
・『鈍行旅日記』の一言一言がおもしろかった。自分も「鈍行」で旅することが好きなので、旅行したような気分になれた。
10.
オロポ・鈍行旅日記
・上映を行なう場のたたずまいがまず良かった。この場と相まっての作品になっていたように感じたので。
・『オロポ』とんでもないものをみせられた(褒め言葉)。土地とその上に重なっていく時間軸の表現がすいすいと入ってくる。
・『鈍行旅日記』こぼれ落ちる名言・至言の数々。小説をもっと読みたい。
11.
草とり草紙
おてんとうさまがほしい
オロポ・鈍行旅日記
・草とり草紙
つねに背景に流れる風の音。ひたすら終わりのないような草をむしり続ける節くれた手。それらの基調のなかで語られる事実としての一人の人生なのだが、次第に音楽と光によって事実そのものの中から事実がはらむ幻想・虚構性が浮き出してくるような感覚があった。
・おてんとうさまがほしい
認知症という病の特殊性ゆえに人が人とかかわりあうときの互いの根底になにがあるのか、なにとなにがかかわりあうのか、じつはわかっているようで、わかっていないことに気付かされる。かかわりあうことのはてしなさのようなもの、かかわりあおうとする者たちのいじらしさのようなものを感じた。
・オロポ
空間と時間が均質に直線的に連続しているというわれわれの常識をリセットして、今の感覚の現場から時空を問い直し、再構築しようとする方向性を探っているのだろうか。それは過去の歴史と今の我々が、理屈ではなく身をもって体感する試みとなる。
・鈍行旅日記
映像の流れの感覚とナレーションの意味とが二重に入ってきて、不思議な感覚を覚えた。映像記録の膨大さと比例して意味が希薄化されていくことは、考えていくべきことついて印象に残った。
12.
草とり草紙
おてんとうさまがほしい
オロポ・鈍行旅日記
上映された4作品はどれも、現在と過去、虚と実を自由に往来しながら、そこに間違いなくあるものの「記録」をしている映画だと思いました。それぞれの記録の偶然の重なりと隔たりに思いをめぐらせていると、上映後のトークでますますその思考が刺激されるような、とても豊かな時間がありました。素晴らしい上映会をありがとうございました。
13.
草とり草紙
おてんとうさまがほしい
オロポ・鈍行旅日記
・オロポ
すべて充実したイベントでした!80年前の空襲は現在とつながっていなくもない。そのことを見せてくれるスイッチは、案外見知った場所やものだったりする。たとえばサウナ。(それにしても私のなかの西公園のイメージが激変。)
・鈍行旅日記
上映後のトークで、福原氏はiPhoneを振らずに三脚などで固定していたこと、電車やバスに乗っているときはiPhoneを両面テープで窓ガラスに貼り付けていたことを知る。まったり、飄々とした語りのなか、社会問題への言及はゼロではない。
・おてんとうさまがほしい
一方がぼけて他方が世話するようになってから本当の夫婦になる、などの渡辺生さんのことばが胸を打つ。認知症の方々や施設の方々への尊敬、患者家族の協力の推進。でもそういうメッセージが映画の意味の中心にはならないように佐藤真氏は編集する。撮影者(夫)の渡辺さん、編集者、プロデューサーの方向がせめぎあっていたこと、同じ撮影素材で別ヴァージョンがあること、長回しを撮ってくるよう依頼された渡辺さんが撮ったもの(そう、あれです)がそのまま使われていることを、飯岡幸子氏のトークショーで知る。
・草とり草紙
ただひたすら圧倒される。佐藤真氏が「阿賀に生きる」を取り始める前にこの映画を見ていたことを小森はるか氏のトークショーで知る。トークショー中、どのシーンや言葉が印象に残ったかを、フロアも入って言い合うのも楽しかった。その前の飯岡氏のトークショーでは、映画美学校での佐藤氏の授業のことも語られた。佐藤氏は学生さんが撮ってきた素材をよく見て、それに反応されたり、そこから引き出せる意外な方向を示唆したりしていたとのこと。
14.
おてんとうさまがほしい
オロポ・鈍行旅日記
「記録が見ているさきは」どんなものだろうと興味を持ち、参加させてもらいました。
ドキュメンタリーは、歴史は、それ以外も、ここから先のためにならなければ自分には必要ないもの、としてしてました。
ただ今を記録する、それが意味あるものになるかもしれないこと。ならないかもしれないこと、考える機会をいただけてよかった。
誰も知らない歌であっても、ただひとりを救うなら無くてはならない様に、何てことないただ過去の記録だったとしても、これからのために無くてはならないのかもしれない。
SNSから
今年の148本目はeven「記録のまなざし」で『オロポ』を観た。記録に誘発され、記録を歩み、記録と溶け合う空想上の主人公が、あたかもドキュメンタリーとして編集された時空に出現する。架空の記録(独白)が現実の風景と重なる作品のありようから空想されるオロポの味を口中におぼえながら、こんな記録との関わりがあるのかと、滅法驚かされた。
— 澁谷浩次 (@yumboshibuya.bsky.social) 2025-03-16T16:01:30.476Z
今年の再見16本目はeven「記録のまなざし」で『鈍行旅日記』を観た。駅近・最安を連呼しつつも、決して「コスパ」的価値観に寄らない旅人の矜持に共感をおぼえる...という瑣末なレベルの感覚で誘い込み、最終的には記録のまなざしについての思索の深淵へと手を引かれるシステム。よくぞ皆木大知の音楽を使ってくれた、と改めて思う。
— 澁谷浩次 (@yumboshibuya.bsky.social) 2025-03-16T16:17:48.966Z
今年の149本目はeven「記録のまなざし」で『おてんとうさまがほしい』を観た。上映後のトークで、飯岡幸子氏が「佐藤真監督は渡辺生さんが『NG』としてよけていた箱に入っていたフィルムを『宝があった』と嬉々として編集に使った」という話をされていた。剥き出しの生命、身体を捉える場合に生じる「成功/失敗」の概念を編集によって見直す健全さに言及していると思った。よってこの映画には「監督」のクレジットは無い。
— 澁谷浩次 (@yumboshibuya.bsky.social) 2025-03-16T16:26:40.051Z
今年の150本目はeven「記録のまなざし」で『草とり草紙』を観た。明治生まれのカツさんの暗がりでの入浴場面に大変感銘を受けた。語弊があるかもしれないが、夜空に輝く星を見るように厳粛な気持ちにさせられる、素晴らしい映像だと思う。カツさんの言う、彼女の言葉を書き留めておくための「くさらない紙」を、我々は持っているだろうか。
— 澁谷浩次 (@yumboshibuya.bsky.social) 2025-03-16T16:37:42.788Z
ドキュメンタリー映画の上映とトーク「記録のまなざし」。空港建設工事に反対を続ける染谷カツの生活の記憶「草とり草紙」、照明技師の渡辺生が撮る妻の記録「おてんとうさまがほしい」、福原悠介さん「オロポ」「鈍行旅日記」と続けて観た。80年代、90年代、2025年が地続きになる一日を過ごした。
— tmmkwmr (@3leoht3) March 15, 2025
「記録のまなざし」
— Shun Ikezoe (@shun_ikezoe) March 17, 2025
念願の『おてんとうさまがほしい』が観れました。トークで副読本の「老いて生きる」のお話を聞きつつ、撮影者と編集者の目線をずっと考えていました。アルツハイマー病の兆候が見え始めた妻を撮り続けた渡辺生さんが、医療・介護の現場で患者さんを支える周囲の人々の懸命な姿を pic.twitter.com/3ETUdLqaQM
記録のまなざし pic.twitter.com/LSG3PeZ5Ub
— t_yamachy (@ytm) March 15, 2025
昨日20年以上ぶりに見た『草とり草紙』。全く覚えていませんでした。染谷のばあちゃんも映画も凄過ぎた。私みたいにぼんやり生きて来ていると、出会っていたのに出会えていなかったり忘れてしまったことが大量にあるわけなんですが、最近、これから先それらと出会いなおす中にしか pic.twitter.com/bRop4V4OHr
— iiokayukiko🍉 (@heidi_yuki) March 17, 2025
