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待ちに待った保育園…のはずが、なんとなくスッキリしない

娘が保育園に入園した。

秋冬は、もう精神の限界だった。いつギャン泣きが始まっていつ終わるのかわからない毎日。かわいいはずの娘がとなりにいるだけで消耗し、夫が娘を散歩に連れ出してくれれば心底ほっとした。保育園に行かせれば、きっと心に余裕ができるはず。わたしはまるで初めて遠足に行く子どものように、指折り数えて4月を待った。

4月1日、1時間のみの慣らし保育。

玄関先で「お願いします」と保育士さんに託して手を離した瞬間、火がついたように泣き出す娘。さっきまでいっしょにるんるん歩いてたの、散歩じゃなかったの?ここはどこなの?訴えるような、すがるような必死の目。その目いっぱいに透明な涙がたまって、ギンガムチェックのスモックにぽろぽろこぼれ落ちる。あ、ふいてあげなくちゃ。いや、もう行かなくちゃ。この日を待ちに待っていたはずなのに、胸がギュッとなる。うー…。これは必要な痛みや、成長痛や…。

「子どもが小さいうちから保育園に預けるなんて信じられない」

職場の、いつかの昼休みが頭をよぎる。「それ言われるのキツイ…」とうつむきがちに苦笑していた同僚がいたっけ。いまなら彼女の肩を抱ける、言い返せると思っていた。(子どものかわいさと心身のしんどさは共存するんだよ!女性だって男性と同じようにふつうに働く権利があるんだよ!昭和のBBAはお口チャック!)それなのに、門をでたあと「預けるなんて、やっぱりひどい仕打ちをしているんじゃないか」という気持ちがわき起こる。なんだかずっと可愛がっていたペットを道路脇に捨ててきてしまったような罪悪感。「ごめんね。どうか、親切な人に見つけてもらってね」「優しそうに聞こえても、これは犯罪者のセリフです」…そんなCM、あったな。いや、これは全然違う。あそこにはやさしい保育士さんがいる。なのに。

子どもと離れる貴重なひとりじかん、いつもは娘のことは頭から消えている。それなのに、なんだかそわそわする。時間があまりにも中途半端だからだろうか。さっきの娘の泣き顔が脳裏に焼き付いて離れず、カフェの時計を幾度も見上げてしまう。夫とどうでもいい会話をしていたらあっというまに1時間が終わり、時間が早く過ぎ去ったことに安堵した。

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内定した保育園に行かせることにどうしても抵抗があるのだと言い、職場を去った後輩がいた。そのときは「自分のキャリアを棒に振って?これから稼げる何千万パーにして?」とびっくりしたけれど、いまは彼女の気持ちもわかる。

わたしはたまたま立地や時間の条件がよい園に決まって、先生たちもベテランで、安心して預けられそうで。4月生まれの娘との日々ももう十分に堪能して。でもこれがもし、ちがう保育園だったら。もっと月齢が小さかったら。「ここに預けていいのかなあ」「まだいっしょにいてあげようかなあ」なんて考えてしまうだろう。迷いがあって当然なのだ。なんにも悪条件がなくて、入園をずーっと楽しみに待ち、そんなわたしですらこんなにも、預けたさやうしろめたさのあいだをウロウロしている。

心のシーソーは「仕事したい」「子育てしたい」の二項対立じゃない。十項対立くらい。安心して預けられる環境か、家までどれくらい近いか、園はどれくらい協力的か、子どもが園を気に入っているか…。いろんな要素で「預けるか」「預けないか」、ぎっこん、ばったん、心が揺れる。わかりやすく二方向に揺れるんじゃなくて、南東にも北西にも真南にも、360°揺れて揺れて揺れて…。その結果、人はこれからの道を選ぶんだろう。わたしがもし後輩のように仕事から離れることがあるとしたら、きっとシーソーがあらゆる方向に揺れ動いて壊れたときだ。

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保育園はすばらしい場所だと思う。栄養満点の手づくり給食、たくさんの絵本やおもちゃ、思う存分ハイハイできる広いお部屋、たくさんの季節行事やイベント、それからお友達…。母親ひとりではどう頑張っても無理なことをいーーーっぱい経験させてあげられる。今まで納豆ごはんだけ食べていた娘が一流フレンチに行くようなものだ。

でも、娘はもしかしたら「いやいやフレンチより納豆ごはんが好きなんですよ」っていう奇特な人かもしれない。こんな人造人間でも「おかあさんといっしょにいたい」って思ってるかもしれない。

結局…。娘がどう思ってるか、それがわからないんだよなあ。

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慣らし保育のあいだ、娘はテレビをみながら横目で何度もわたしのほうを確認し、疲れているのか半分寝ながらお風呂に入り、ぐずることなくすやすやと寝た。

子どもは無力で、立場が弱くて、大人が用意した環境で生きていくしかない。保育園に行くよ、と言われれば従うしかない。

選んだ道を正解にしていくしかない、という意見をSNSで見た。強く同意。でも、じゃあ、正解ってなんだろう。どうすれば正解にしていけるんだろう。

もうすぐきっと、仕事に追われ、保育園のお世話になってもなお娘の相手をするのに精いっぱいになり、くたびれてビール片手に愚痴を吐き、疲れて泥のように眠る日々がやってくる。目の前の子の環境をなんとか正解にしたいと願う、そのささやかな初心をせめて失わずに過ごしたいけれど、それすら難しいだろうか。未来の自分に聞いてみたい。

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